45話 レイン、覚悟を決める
「鎧やろー! 今日も手合わせ願うのじゃー!」
◆
「うきゅー……」
「はい、お疲れさん」
少しは動きの良くなっているエウラリアだが、まだレインに勝てるわけもない。いつものように目を回して転がっていた。
そして、いつものようにポーションをかけられるが、今日は別の主張を振りかざす。
「お主はずるい! 何じゃそのかったい鎧は!」
「そっちは立派な体を持ってるくせに、文句を言わないで欲しいわね」
何度がレインに攻撃を当てているエウラリアだが、それはすべて鎧で止められている。しかも、そのガントレットでボコボコにされているのだから、文句を言いたくなるもの当然だった。
まあ、レインの言う反論も正論ではあるのだが。
「むー。と、とりあえずその鎧なしで勝負せんか! 儂も爪を使わんからどうじゃ!?」
「嫌よ」
そんなエウラリアの提案を、レインは即座に却下する。自身にメリットが無いから当然であるはのだが、その様子が逆にエウラリアをむきにさせた。
その後もしつこくかまってくる彼女に鉄拳を叩き込むと、レインはさっさと伏魔殿に戻ってしまう。
それが、めんどくさいことになるとは薄々感づいたうえで。
◆
「ねえレイン。エウラリアちゃんが妖精たちに、あなたが鎧を脱いでる時間を聞き回ってるみたいなんだけど?」
「あ、そう」
数日後、タコがレインに報告を入れる。エウラリアの体では伏魔殿に入れないので、外仕事が多い妖精から情報収集をしているようだ。
しかし、レインはタコの方を向きもせず、おざなりな返事しかしない。
「ほっといていいの? どっちにせよかわいそうじゃない?」
「別いいわ。何かあったらこっちで対処するから」
むしろ、レインはエウラリアの行動を読んでここにいる。ある程度の情報を聞いたなら、そろそろ仕掛けてくるであろうことも予測していた。
そして、その予想はエウラリアの出現により正しかったことが証明される。
「はっはっはー! いかにお主とも言えど風呂の中では……なんじゃとー!?」
そう、二人は火山島にある露天風呂で話をしていたのだ。だが、エウラリアの作戦は失敗に終わる。
「何で鎧のまま風呂に入ってるのじゃー!?」
「そんなの人の勝手でしょう。ちゃんと魔法で汚れは落としてから入ってるわよ。さて、覗きにはそれにふさわしい罰を与えないとね」
レインはいつものように鎧を着ていた。これは、エウラリア対策というわけではなく、普段からこうしているのである。
そもそも、レインはこの世界に来た時に自身の体を調べるために鎧を脱いだが、それ以降はまとんど着たままなのだ。
「うきゅー」
そして、レインはいつものようにエウラリアをぶん殴ると風呂から出ていく。タコがいるのでアフターケアもお任せである。
さすがに不憫ななったタコは、回復魔法と共にちょっとした助言をする。
「ねえエウラリアちゃん。あんまりお勧めできないけど……あの子なら珍しい花でももってくれば、すぐに言うことを聞くと思うわよ」
「ふむ、それもそうか! ならば、すごいやつを持ってきてやるのじゃー!」
「行っちゃった。まあ、レインも加減するわよね……」
エウラリアは素直にそれを聞くと、そのまま空へ飛んで行ってしまった。
色々と懸念もあるタコだったが、レインもエウラリアに悪い感情は持っていないだろうと、フォローは本人に任せることにした。
◆
「この花はドラゴンの里でもほとんど咲かない貴重な花じゃ! これが欲しかったら鎧なしで勝負せい!」
「分かったわ」
数日ぶりにやってきたエウラリアは、確かに可憐な花を持ってきている。それを見たレインは、すぐさま了承すると鎧を脱ぎ始めた。
予想よりもあっさりした対応に逆に出鼻をくじかれたエウラリアだったが、それはすぐに驚愕へとかわる。
「え? そんな簡単に……んじゃ!?」
鎧の中にいた者は、白かった。
むしろ白すぎてエウラリアは一瞬、透明なのかと錯覚してしまったほどだ。
妖精であるのは間違いない。だが、その肌や長い髪はもちろん、シンプルなインナーすらも白い。
その特異な見た目は妖精の儚さを強調しており、風が吹けば花のように散ってしまうのではないかと思えるほどである。
これが、本当に自分を軽々と殴り飛ばしていた者の正体なのだろうか。思わず自分の目を疑ってしまったが、レインが脱いだ鎧を横にどけようとした時、新たが驚きが襲い掛かってきた。
その背中。妖精ならば羽の生えているはずのそこに、何も無かったのだ。いや、よく見れば何も無いわけではない。
最初はごく小さい羽が生えているのかと思った。だがそれは、わずかに残っている羽の生え際だったのだ。
しかも、それは明らかに不自然な残り方をしており、誰かが無理やり引きちぎったかのような醜いものである。
「お主……その羽……」
「ああこれ? 見てのとおりよ……気にしなくていいわ」
そんな驚愕をよそに、レインは淡々と鎧を片付けていた。その様子は何も気にしてはいないようだが、少し強がっているように見える。
遂に、エウラリアはこの空気に耐えられなくなってしまった。
「……わ、儂が悪かったのじゃー!」
彼女は花を置いて飛び去ってしまう。
レインはしばらくそれを見送っていたが、おもむろに花を拾い上げて香りを嗅ぎはじめる。それ自体は儚げな妖精にふさわしい、美しい光景であった。
だが、その表情には少しばかりの憂いを感じられる。
「……いい香り。これなら素晴らしいハチミツが取れそうね」
「ねえレイン。さすがにあれをほっといていいの?」
そこへ、状況に気づいたタコがやって来た。その言葉には心配と若干の抗議が含まれている。あれでは、エウラリアが無理やりレインの弱みをさらけ出した悪者のようだ。
「脱げと言ったのはエウラリアでしょう? 私は悪くないわ」
「そうなんだけど、もうちょっと手心というか……」
タコは、レインがもう少し事情説明をするものだと思っていた。
しかも、こうなることはレイン自身がよく分かっていたはず。むしろ、こうなるように誘導したのだろう。
そもそも、レインをこのような姿にしたのはタコ自身である。
レインの追加種族は『翅なし』。翼や羽をもつ種族ならほとんどが取得することができる追加種族だ。
その効果は種族ごとに違い、体重の減少、装備制限の解除、一部能力値の増減などがあり、共通のデメリットとして飛行ができなくなる。
そして、妖精の場合、メリットは魔力の上昇だ。
ゲームでは、妖精の羽が特殊な魔法を発動して飛んでいるため、あえて切除することで魔力の消費を抑えることができる、という設定だった。
ただし、妖精本来の飛行も速度がそれなりに早く小回りが利くので、放棄するデメリットも大きい。
レインのように、ある程度の前衛クラスを取りながら魔力も確保したいという、バランス型のキャラなら選択肢にあがるかも? 程度のものである。
まあ、そもそも筋力が低い妖精で前衛キャラを作る人があまりいなかったのだが。
ちなみに、レインのキャラ設定的には、『病弱で生まれつき色素の薄かった妖精が、力を得るために魔の鎧と取引して自ら羽を捧げた』ことなっている。
そのため、レインは自身の姿のことを特に気にしてはいないし、別にタコを恨んでいるわけでもない。
だが、知らない人がこの姿を見ればどう思うかなど、分からないはずが無かった。
「……これで来なくなるなら、それでいいわ」
「レイン……」
既に鎧を身に着けたレインが、タコの横を通り抜ける時に呟く。その声は珍しく怒りとも悲しみともつかない感情がこもっている。
さすがにタコも返す言葉がみつからず、ただその背中を見送ることしかできなかった。
◆
「ぬーん……ぬーん……」
「どうしたんですか、エウラリア様。最近は情緒不安定でしたが、今日は特にひどいですよ」
レインの元を去ったエウラリアは、里に戻ってくるなり洞窟の奥で丸くなってしまった。
そのままどうやって謝罪をするべきか悩んでいると、その唸り声が気になったデスピナが顔を出す。
「儂だって悩むことくらいあるのじゃー……のう、デスピナ。とてつもなくひどいことをしたとき、謝るにはどうしたらいいんじゃ?」
「知りませんよ。自分でどうにかしてください」
しかし、デスピナはその質問をバッサリと切り捨てる。さすがに長としてその程度はどうにかしてもらいたいと思うのだが、エウラリアの生い立ちから考えれば対人スキルを求めるのも酷と言うものだ。
結局はため息をついた後に助言を始める。
「まあ、強いて言うなら、悩んでいるよりもさっさと行動した方がいいと思いますよ? 相手が忘れるのを期待するなら話は別ですが」
デスピナとて正解を持っているわけではない。あくまで一般論を言って背中を押してあげるのが精いっぱいだ。
それでも、信頼する彼女の言葉は、エウラリアにとって十分な力になったようである。
「……ちょっと出かけて来るのじゃー」
「はい、行ってらっしゃいませ」
エウラリアはのそのそと洞窟から出ていく。そして、謝りに行こうと決意したのはいいのだが、やはり誠意を見せたほうがいいのでは、とも考える。
それには花しか無かろうと、エウラリアは里の奥地へ向かって飛び立っていった。
◆
数日後、今日もタコはレインやオクタヴィアと、ドラゴンたちをどうするべきか考えていた。
だが、いい手段が思いつかず議論が停滞していると、室内に若干の揺れが発生する。
「あら、地震ね……どうしたの? レイン」
「何でもないわ」
レインは明らかに中腰になっていた。さすがに地震が怖かったわけではなかろうとタコが不思議がっていると、ふと、一つに理由が頭に浮かぶ。
「ああ、エウラリアちゃんが来たのと勘違いしたのね。やっぱりレインったらあの娘のことが心配なん……ほげー!」
「変なこと言うんじゃないの、まったく」
タコが言いきる前にレインが雷を落とす。兜で隠れているため指摘できる者はいなかったが、その頬には少しの赤みがさしていた。
しかし、なんとなくそれに感づいているタコが立ち上がろうとすると、またしても室内が揺れた。しかも、これは先ほどとは明らかに様子が違う。
「あれ? やっぱり揺れて……」
「やっほー! オクトちゃんーん!」
そして、外から大声も響いてきた。これはドラゴンのエヴァの声だ。窓から外を見れば、三体のドラゴンが伏魔殿の周囲を飛んでいる。
オクタヴィアは外に出ると、手を振って彼女たちに答えた。
「皆さん、一体どうしたんですか?」
「デスピナ様から何か頼まれたんでしょ? これ、私たちからの応援!」
エヴァだけでなく、ペトラとカリスも一抱えほどの花を持ってきている。そのまま持たせていてもしょうがないので、全員が外に出てまずは話を聞く。
「あなた達、何を頼まれたか知ってるの?」
「ううん、知らない。でも、最近エウラリア様もデスピナ様も変だったしね。その関係でしょ?」
エヴァたちは単純に、『お花を上げるから頼まれ事頑張ってね』という気持ちでここに来たと言う。
エウラリアがレインに花をプレゼントしているのは知っていたので、それを真似したそうだ。
「驚いたわ。子どもでも見るところは見てるのね……」
デスピナの性格上、自分から里の問題を漏らしたことは無いだろう。しかし、この子たちは周囲の雰囲気を読んで、里に何らかの問題があること、その対応にエウラリアとデスピナが悩んでいることを察していた。
さらに、その上で自分たちに何ができるのかを考えて実行したのだ。それもこれも、あの二体のドラゴンを心から慕っているからできることだろう。
「タコ、ごめん。最近の私、やっぱり変だった」
もらった花を見ながらレインが呟く。
こんな子どもでも、自分達にできることを必死にやっているのだ。自分だってエウラリアたちのことが助けたいのに、やったことは子どものような嫌がらせだった。
「私には確実に解決するための筋道が立てられなかった。この世界のドラゴンや呪いなんていう未知の存在が、正解への道を霧で覆っているみたいだったわ。そして、それを振り払えない自分にイライラしていたみたい」
エウラリアたちを伏魔殿に連れて来たら、伏魔殿の魔力が不足するのではないか。
仮にドラゴニュートにしたところで、封印が解けらたらどうするのか。
転生アイテムが効かなかった以上、自分達にできることは無いのではないのか。
タコが延々と試している横で、レインは最悪の事態を想像しては、その解決法が見つからない泥沼に陥っていた。
「レイン様でも、そんなことがあるんですね」
「言っとくけど、私、想定外やアクシデントって大嫌いなのよ。事前に多数の状況は想定しているけど、それから外れたらパニックになる自信があるわ」
今までも様々な作戦を立てているレインだが、それは関係者の思考や、行動の影響を何十、何百通りと思考実験した結果である。
レイン自身は、自分をかなり臆病な性格だと自己評価していた。そのため、どのように作戦が進もうとも失敗しない、という状況を作り上げてから実行している。
それに、今回の件はレインにとっても失敗したくない理由があった。
「なるほどー。お気に入りのエウラリアちゃんに何かあったら困るもんね。だからいつも以上に慎重に……ほげー!」
それをわざわざ口に出してしまうタコにレインが雷を落とす。だが、これにより場の空気が和らいだのも確かだ。タコも笑顔でレインの方を見ている。
レインは少しばかり息を吐いて気合を入れると、エヴァたちに向き直った。
「エヴァ、ペトラ、カリス、すべてを話すわ。あなた達も協力してちょうだい……でもね、この作戦に確実性はないの。それに、あなた達にも覚悟を決めてもらう必要がある。それでもいいかしら?」
これは、成功の確証がない作戦を実行するという、自分の信条に反することである。
しかし、エウラリアの封印が時間ともに弱まっている以上、早くことを起こした方が有利なのも確かだ。
ならば、レイン自身も覚悟を決めるしかない。
「うん、わかった!」
「エウラリア様とデスピナ様のためでしょ、なら何でもやるよ!」
「私もいいよ! まかしとけー!」
もちろん、エヴァたちはレインの提案に元気よく同意してくれる。不安要素は尽きないが、このドラゴンたちの絆とて作戦成功の一因になるだろう。
あとはデスピナを呼んで説明かと思っていたが、ドラゴンたちの後ろから別の声が上がる
「面白そうな話をしてますね」
いつの間にがデスピナがこの場に現れた。エヴァたちが出て行ったことに気づき、魔法で姿を消して追跡していたらしい。改めて事情を説明すれば、もちろん彼女も協力を約束してくれる。
だが、その口角が少し吊り上がっていることには、誰も気づいていなかった。




