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46話 タコさん、ドラゴンを堕とす

 レインに渡すための花を探していたエウラリアは、予定よりも時間がかかりながらもある程度の量を集めることができた。

 そして里に戻ってくるも、誰の気配もしない。そこで能力を発動してみれば、皆が伏魔殿の方に行っているのが分かった。

 なぜ、全員がそっちにいるのかい疑問に思ったその時、探知に異常が起こる。


「エヴァたちの気配が……消えた?」

 改めて探知をすれば、完全に消えてはいない。一体だけは何とか反応が残っている。

 しかし、異常はそれだけではなかった。


「この反応は……デスピナなのか……?」

 あまりにも大きな反応。性質はデスピナに似ているが、少し違う。何か別の力が混ざったかのような反応があるのだ。

 とりあえずここに居ても仕方がないと、エウラリアは全速力で伏魔殿へ向かう。


 そこで待っていたのは、惨劇だった。


「な、なんじゃ……これは……」

 平地の一角が爆撃を受けたかのように荒れ果て、多数の者が倒れている。タコ、オクタヴィア、エヴァ、ペトロ、カリス、全員が怪我と血にまみれ、生きているのか死んでいるのかも判別がつかなかった。


「あら、遅かったですね、エウラリア様」

 その中心に一人の人間が浮かんでいる。髪や服は漆黒で統一されており、夜の闇から生まれたかのような印象を受けた。

 しかも、その人間には翼と爪、それに尻尾が生えおり、オクタヴィアと同じドラゴニュートのようだ。

 だが、その翼は痛んでおり所々骨が飛び出している。しかも、全身からヘドロのような禍々しい瘴気を吹き出していた。


 この人物が尋常の存在でないことは明らかである。しかし、エウラリアの探知能力は、目の前の人物が非常に良く知ってる者だと主張していた。


「デ、デスピナなのか!? お主、その姿は!? それに、これはいったい何があったんじゃ!?」

 エウラリアが叫ぶように声を張り上げる。しかし、デスピナらしき人物はそれを無視して話を始めた。


「私、実は精神操作が得意なんです。あなたには見せたことはりませんが……でもね、見せたことは無くても、よく使っていたんですよ」

「え? ……がっ!? あああああああ!」

 デスピナが指を鳴らすと、エウラリアの封印が解けられる。すると彼女の心に、大量の記憶が湧き上がってきた。

 それは殺戮の記憶。ドラゴンを探し、殺す。探し、殺す。探し、殺す。ただそれだけの繰り返し。

 自分はそれ以外を知らない。それ以外してはいけない。それが母の『命令』なのだから。


「これが……儂の記憶……? 儂がドラゴンを……ドラゴンを!?」

 全身から汗が噴き出す。エウラリアは否定したくでも、それが自分の記憶だと確信していた。記憶と共に自身の手が、牙が、同胞を殺めた感触を思い出してしまったからだ。


「おや、少しは理性を保てるようですね。今まではすぐに暴れまわっていたというのに」

 今もエウラリアの頭には『ドラゴンを殺せ』と命令が下されている。だが、今の彼女はそれに苦しみながらも、何とか自我を保つことが出来た。

 それは、奇しくもレインと会っていたことが原因だ。

 レインとの戦闘訓練によりエウラリアは急速に力を付けていた。それは、彼女に本来の力の使い方を理解させ、それが呪いに対する抵抗力を高めていたのだ。


「デスピナ……一体何が目的なんじゃ!?」

 痛む頭を押さえながら再度エウラリアが叫ぶ。

 デスピナが自身の力と記憶を封印した理由は分かる。だが、なぜこのような真似をするのか。なぜ……エヴァたちを手にかけたのか。

 それがエウラリアには分からない。いや、分かりたくなかった。


「決まっているでしょう? 私は繁栄派の生き残り。この世界はドラゴンが支配するべきなのです。しかし、私では力を封印したあなたには敵わない。今までずっと機をうかがっていたのですよ」

 デスピナが繁栄派であることはエウラリアも知っている。だが、そんなことは既に忘れていると思っていた。

 だが、今のデスピナは妖艶でありながらも、エウラリアを馬鹿にするような視線を向けている。

 そして、彼女が指を鳴らすと鎧を着ていないレインが転移で姿を現した。


「ふふ、エウラリア様のおかげです。あなたがこの妖精の心にちょっとした隙間を作ってくれたおかげで、私はこんなに素晴らしい力を、それに最高の駒を入手することができました。ねえ? レイン」

「……はい、デスピナ様。私はあなたのしもべです」

 レインは正気を失った瞳で、デスピナに依存するかの様に寄り添っている。デスピナはその髪を撫で、自慢するかのようにエウラリアの方を見つめていた。


「レイン!? 嘘じゃ、おぬしがそんなことをするはず……レイン! ただの演技なんじゃろう? そうなんじゃろう?」

 しかし、レインにはエウラリアの声など聞こえていないようだ。その目にはデスピナしか映っておらず、他のことなどまるで気にしていない。

 だんだんとデスピナが裏切ったという現実を認識するエウラリアだが、その時、背後から小さなうめき声が聞こえてきた。


「う……あ……」

「エヴァ!?」

 振りむけばエヴァの頭が少し動いている。まだ息があったようだ。

 だが、デスピナがそれ気づくと、いいものを見つけたとばかりにニヤニヤとした笑みを浮かべる。


「ちょうどいいですね。これならあなたでも理解できるでしょう?」

 レインがインベントリから槍を取り出すと、デスピナに手渡す。彼女はそれに自身が放つ瘴気を込め、エヴァめがけて投げつけた。

 とっさにエウラリアはその射線に飛び込み、槍をその身で受ける。瘴気の効果なのか、その身に対して小さな槍なのに全身に激痛が走る。


「ぐぅっ!」

「エウラリア……様?」

 痛みに声を上げるエウラリアだが、エヴァの声を聞けばそんなものは一瞬で意識の外に放り出し、彼女のそばへ駆け寄った。

 横たわるエヴァは少し首を持ち上げてエウラリアの方を見る。しかし、その目に生気は感じられない。


「エヴァ、気がついたか!? 喋るでない! すぐに助けて……」

 声をかけるも、既に何も聞こえていないのか、エヴァは絞り出すように声を出す。


「ごめんない……デスピナ様を、止められなかっ……」

 それも途中までだった。その体から力が抜けて、首が地面に崩れ落ちる。その目は見開いたままで、明らかにこと切れていた。


「エヴァ? エヴァ!? そんな……そんな……」

 首を揺するも反応はない。呆然として嗚咽を漏らすエウラリアだが、後ろからは嘲笑が聞こえてくる。

 しばらくしてゆっくりと立ち上がり振り返ると、デスピナは余裕の表情でエウラリアを見つめていた。


「あはははは! 愚かですねぇ、死にぞこないを庇うなんて。急がなくても、次はあなたの番なんですよ?」

「本気……なんじゃな……デスピナ」

 さすがのエウラリアでも、意識を切り替えざるをえない。しかも、彼女の頭の中では未だに『ドラゴンを殺せ』と命令が鳴り響いていた。

 だが、それに従うつもりは無い。せめて、自分の意思で、デスピナを止めたい。


「もちろんです。では、さようなら」

 そんな決意など気にせず、デスピナは翼をはためかせるとエウラリアに向かって飛び掛かる。そのまま爪で喉を切り裂こうとするが、エウラリアも自身の爪でそれを防いだ。

 ドラゴニュートになったことで力も強化されたのか、力が拮抗して押すも引くも出来ない状態になる。


「……往生際が悪いですね。これも、あなたのためなんですよ? 今更その血にまみれた手で、ぬくぬくと生きるつもりですか?」

「分かっておる……分かっておる!」

 デスピナの言葉と共に、ドラゴンの怨嗟の声が聞こえてきた。それは、彼女の能力なのか、それともエウラリアの所業による幻覚なのか。

 苦悩する彼女に対し、デスピナはさらに言葉で攻める。


「狂ってしまえば罪が許されるとでもお思いですか?」

「違う!」


「それとも、私を殺して世界の破壊者になりたいのですか?」

「違う!」

 必死にその言葉を振り払おうとするエウラリアだが、心が揺れるたびに自身の中にある呪いが強くなっていく。デスピナ……いや、ドラゴンを殺せと叫んでいる。

 その葛藤のせいか、力比べの拮抗が崩れた。デスピナがエウラリアを弾き飛ばし、地面に転がす。


「でもね、あなたは今の私に勝てない。レイン?」

「……はい、かしこまりました。<魔力最強化・怪力(マイト)>」

 デスピナが命令すれば、レインは彼女に強化魔法をかける。筋力の低いレインがエウラリアを吹き飛ばすほどの力を与える強化を、今のデスピナにかければどうなるか。


「死になさい」

「ぐはっ!」

 未だ地面に倒れるエウラリアを、一瞬で距離を詰めたデスピナが蹴り飛ばす。さらにそれを追い越すと、片手で空中へ弾き上げる。

 そして、自身も空中に飛び上がれば、エウラリアに向かって両手を振り下ろした。その巨体が地面にめり込むほどの勢いで衝突し、轟音と大量の土煙が発生する。


「デスピナ……ふふふ、そうか……そうか……」

 だが、エウラリアは笑っていた。痛みと絶望により、呪いを押さえきることが出来なくなってしまったのだ。


「あははははははは! ドラゴンは……ドラゴンは殺す!」

「呪いに負けましたか……期待外れですね」

 デスピナは、その様子を空中から見下すように眺めている。そんな彼女に向かって、正気を失ったエウラリアが飛びかかってきた。

 しかし、いくら本来の力を取り戻したとはいえ、レインに強化されたデスピナの方が強い。難なく攻撃をさばいていく。

 そして、彼女はさっさと戦闘を終わらせることを選んだ。


「せめてもの情けです。すぐに終わらせてあげましょう。レイン、準備なさい」

 レインがは課金アイテムを使用して一瞬で鎧をまとう。だが、いつものような肉体強化の魔法は発動させない。


 この鎧を構成する金属『強欲な銀』には一つの特徴がある。それは、上限の無い強化が可能という事だ。

 たいていの装備には『魔力+10』であったり、『MP+100』といった強化を施すことが可能であるが、それは装備の素材などにより上限が決められている。


 だが、『強欲な銀』製の装備にはそれが無い。当然、強化するにはかなりのスキルや触媒を要求されるが、強化すればするほど強くなっていく。

 もちろん、そこにはデメリットも存在する。この金属自体がレアで入手困難というのもあるが、一番は強化と比例して重量も増加していくというものだ。

 自身の筋力以上の重量がある装備は行動にペナルティがかかり、最終的には動けなくなってしまう。

 しかも、その増加量は指数関数的に増えていくので、通常のプレイヤーはある程度の強化で止めてしまう。


 だが、タコはなんとかこれを利用できないかと考えたのだ。その結果完成したのがレインの全身鎧である。

 この鎧にはどの部位にも高ランクの魔力強化とMP増加が施されており、着用するだけでも高ランクの魔力とMPを有することができた。当然、重量もとんでもないことになっている。

 しかし、レインは種族により高い魔力を誇る。その二つが合わさったことによる強大な魔力で自身に肉体強化魔法を放ち続けることで、重量制限を無理やりクリアすることに成功したのだ。


 強化が多ければ魔法による筋力増加も増えるが、増やしすぎると結局は動けない。そのバランス見極めるにはタコもかなり苦労した。

 金属がレアなこともあり、強化を施す触媒やプレイヤーへの謝礼も含めれば調達にはとんでもない金が動いている。

 その金をまともな装備に回せばよっぽど楽に強くなれるというのに、その馬鹿馬鹿しさはプレイヤーの間でも一時話題になったほどだ。

 だが、完成した装備はタコの理想通りの性能と見た目を備えていた。しかも、装備する中の人が可憐なアルビノ羽無し妖精というのも、タコとしては素晴らしい悪堕ちぶりである。


 そして、その趣味の極みが今、最悪の形で力を発揮しようとしていた。


「《魔力過給》最大レベル。<遅発・遠隔詠唱・多段連射・魔力最強化・水槍(ウォータースピア)>、<遅発・遠隔詠唱・多段連射・魔力最強化・水槍(ウォータースピア)>……」

 レインは機械のように魔法を唱えている。そのすべてが長時間の遅発設定のため、まだ何も起きていない。

 その間、デスピナはエウラリアの足止めをしていたが、しばらくすると再度エウラリアを地面に叩きつけて、レインの後ろまで後退した。


「さあ『レイン』、その名前の意味を教えてあげなさい」

「……<多段連射・遠隔詠唱・魔力最強化・水槍(ウォータースピア)>」

 そして、雨が降る。

 空から水が落ちる現象を『雨』と言うなら、それは間違いなく『雨』だった。だが、その『雨』の一滴が地面に落ちれば、土を深くえぐり底の見えない穴を作る。

 それは、エウラリアに落ちた物も同様だ。雨は鱗を貫き肉をこそぎ取る。雨を避けるなど不可能であり、レインが詠唱を続ける限り雨は降り続ける。

 腕を、爪を、首を、目を、尻尾を、次々に雨が貫いていく。だが、雨は止まらない。エウラリアの全身から噴き出す血を、雨がさらに増やしていく。


 ついにレインのMPが切れる。その時には周囲は穴だらけとなり、血まみれで息も絶え絶えなドラゴンが横たわっていた。


「……ド……ドラゴン……ドラゴンは……ドラゴンは殺す!」

「意外ですね……まだ息がありましたか」

 それでも、エウラリアは生きている。その口からは呪詛のような声が漏れている。だが、それも時間の問題なのは一目瞭然だ。


(もう……だめか……)

 死が近づいているせいか、エウラリアは若干の理性を取り戻していた。しかし、全身に力が入らない。今、生きているのが不思議なほど血が流れている。


(本当にそれでいいの?)

 エウラリアの頭に誰かの声が響く。これは、邪神を名乗る者の声だったか。


(あなたの体には、邪神が与えた力がある。ほら、ちょっと手を伸ばせば届くわよ?)

 そう言われれば感じることができる、自身の体の中にある圧倒的なエネルギー。

 呪いが一度は拒否したその力が、手を伸ばせばすぐそこにあるような気がした。

 だが、そのわずかな距離が果てしなく遠い。今の自分は指先すら動かす力残っていない。


(こんなところで諦めるの? 今一度聞くわ、本当にそれでいいの?)

 そうだ。まだ、やることが残っている。デスピナを止められるのは、自分しかいないのだ。呪いとて、目の前の死から逃れるためなら、自分に協力してくれる気がした。いや、協力させてみせる。


「儂は……儂は!」

 二つの意思が混ざり合い、最後の力で手を伸ばす。永遠とも思える一瞬が経ち、その力に指が届く。


「死んでも、デスピナを止める!」

『死んでも、ドラゴンを殺す!』

 その瞬間、エウラリアの体から闇があふれだした。全身から余計なものが剥がれ落ち、残った肉体が集約されていく。

 闇がすべて収縮した後に現れたのは、一体のドラゴニュートだった。今のデスピナと同じような背格好に足元まで届きそうな長い髪、漆黒の鱗、ボロボロの翼が生えている。

 その体は傷ついたままであるが、先ほどまでとは比べものにならないほどの力が溢れていた。

 さらに、以前のエウラリアの残り香なのか、漆黒の瘴気ともに金色のオーラがその身を包んでいる。


「ドラゴン……デスピナァ!」

「なっ……馬鹿な!?」

 エウラリアは先ほどのよりも数段早い速度で空に飛び上がる。

 姿形が変わったのはもちろん、つい先ほどまで死にぞこないだったはずの彼女から、デスピナは直感的な恐怖を抱いていた

 エウラリアは爪を振り上げ、デスピナの首を狙う。何とかその爪を止めることに成功するが、その力はわずかにエウラリアが強い。


 負けが見えた力比べに応じる必要はないと、デスピナは腹に向けて蹴りを放ちエウラリアを突き飛ばす。

 だが、彼女はすぐさま体勢を立て直して真っすぐに突っ込んでくる。


 力で勝るエウラリアだが、デスピナはそれを何とか逸らして耐える。何度も何度も二人の攻防が交差し、それは永遠に続くかと思われた。

 だが、その均衡もついに崩れる。デスピナの蹴りに対しエウラリアも蹴りをぶつければ、お互いの足から鈍い音が響く。

 どうやらエウラリアが自爆覚悟で足の破壊を狙ったようだ。


「死ねいっ!」

「まだまだっ!」

 体制を崩したデスピナにエウラリアの爪が迫る。だが、デスピナは翼を盾代わりに自分の前に出した。爪は彼女の翼を大きく切り裂くが、その隙にデスピナもエウラリアの翼を同じように切り裂く。


 残った足で地面を蹴り、お互いに距離を取る。

 しばらくはにらみ合いが続くも、片足が壊れ、この翼では早く飛ぶこともできない。既に体力も限界だ。こうなってはやることは一つ。次の一撃で勝負を決めるしかない。

 互いに体勢を低くして残った力を右腕に集中させると、同時に地面を蹴った。


「デスピナァー!」

「この、死にぞこないがぁ!」

 叫び声と共に右腕を振り上げる。デスピナは漆黒の瘴気を、エウラリアは金色のオーラをまとった拳だ。

 凄まじいエネルギーがこもった拳がぶつかり合い、周囲に爆発のような衝撃が走る。地面はクレーターのようにえぐれ、稲妻のような衝撃波が乱れ飛ぶ。


 だが、次の瞬間、デスピナは微笑みと共にその腕から力を抜く。守りが無くなった右腕、そしてその肉体を、エウラリアの爪は難なく貫き通した。

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