表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/93

20話 タコさん、お手紙を出す

 ナスキアクアは小国であるが、少なからず存在感のある国であった。

 その理由は、いまだに独立を保てているという事が大きい。


 この大陸における小国は、大抵が『三大国家』と呼ばれる大国の属国である。

 魔族と言う人類共通の敵がいる以上、小国は大国の庇護を受けなければ、たちまち侵略の憂き目にあう。

 魔族が亜人の支配を進めて国力を増していくごとに、小国は次々と大国へ従属していった。


 だが、ナスキアクアは防壁代わりの川や湖が豊富にある。さらに、最強の精霊使いである王がウンディーネと共に前線に立てば、それを突破できる者など存在しなかった。

 しかし、それは過去のものとなる。


 ナスキアクアにて反乱が発生。

 首謀者は現王の義弟、レオナルド。


 これ自体は周辺国にとって大きな衝撃ではなかった。

 既に送り込まれていたスパイなどにより、この国において民衆の不満が高まっていることや、現王とレオナルドの不仲などは認識されていたからだ。


 だが、レオナルドが魔族と協力体制を築いており、予測よりも早期に首都の制圧まで済ませてしまったことは予想外であった。

 これにより周辺国は迅速な介入を行うことができず、現王関係者の保護、新体制が整うまでの侵攻といった手段が取れない。


 予想外はさらに続く。

 反乱が起きてからというもの、スパイや内通者のほとんどが発見され、ナスキアクアの情報が入手できなくなってしまったのだ。

 それでも、『魔族の侵攻からナスキアクアを救出する』という名目の元、軍を派遣する国はあったのだが、悪天候や魔獣の群れに邪魔され失敗。

 周辺国は、それぞれの親元である三大国家に今後の判断を委ねる。


 信仰の国、聖スプレンドルは即座に介入を決定した。

 元々、精霊など魔獣と同類としか考えていないこの国は、ナスキアクアに対して友好的とは言えなかった。

 しかし、同じ人類であり、魔族に敵対しているという理由から、積極的な干渉は避けていたのだ。だが、その魔族と手を組んだというのならば捨て置くことはできない。

 この国のトップである教皇は、ナスキアクアは『人類の裏切り者』であるとして、神の名のもとに聖なる裁きを下すことを宣言した。


 軍事国家、サン・グロワール帝国も同様だ。

 魔族との戦争に役に立たないどころか、害でしかない国に用は無い。ならば我々の支配下に置き、更なる領地拡大を目指さんと侵攻を決める。


 そして、ニューワイズ王国。

 この国は元々、魔法技術の研究、発展を第一とするオルドレッジ魔法王国から、魔法技術を戦争利用しようとした王族が、信奉者と共に独立してできた国家だ。

 ならば帝国同様、ナスキアクアに対し侵攻するだろうと他国は考えていた。そして、最終的にナスキアクアは三大国家により分割支配され消滅。

 国や軍に関わる物ならば、そんな予想が普通である。


 だが、その予想は覆された。

 ニューワイズ王国はナスキアクアに対し不干渉。正確にはナスキアクアにおいて反乱が起きた後に進軍させていた軍を、突如撤退させたのだ。

 このままではナスキアクアを他の二国に奪われることになる。それを見過ごす理由は何か。

 国内に問題が発生したのか。二国の衝突を期待したのか。まさか、ナスキアクアと裏取引をしたのか。

 懸念は少しずつ、三大国家の中に亀裂を生んでいった。



「王子、申し訳ありません! 雨は予想以上に激しく、橋を復旧する作業にすら手を付けられない状態です!」

「ん……ああ、そうか。しばらくは様子を見る、駐屯地の維持を優先させてくれ」


 ここは、ニューワイズ王国に従属する小国と、ナスキアクアとの国境付近。

 国境に流れる大きな川には巨大な橋が架けられ、普段はお互いの国を行き来することができる場所である。しかし、先日から降り始めた大雨はその橋を綺麗に押し流してしまった。

 結果として、本国から異例の速度で進行していた軍は、その手前にある駐屯地で足止めを食らわされてしまう。


 この軍はニューワイズ王国の第二王子、パトリックが直接指揮を執っており、彼の私兵まで加わっている。

 そのため、軍としての能力や練度は非常に高く、小さな都市程度ならば十分に落とすことができるほどだ。


 だが、その彼らをもってしても、この大雨に太刀打ちはできなかった。そもそも、下手をすればこの駐屯地が流されてしまうかもしれない状況である。

 今も魔法が使える工兵が必死に対処を行っているが、橋にまで手を回すことができないのだ。


 だというのに、指揮官であるパトリックにはほとんど焦りが見られない。

 少し前の彼は出世欲の塊のようなもので、『王位のためならどんなことでもやる』と噂されるほどだった。

 部下に対する素行も荒く、失敗した者は厳しい叱責や処罰を受ける。


 しかし、最近の彼は今までが嘘であったかのように覇気が無い。この駐屯地に来てからも最低限の指示だけ行うと、ほとんど自分用に当てられた部屋に籠っているという具合だ。

 先に報告へ来ていた兵士も、どのような叱責を受けるのかと恐々としていたが、こちらを気遣うような返事を受けて、逆に困惑してしまったほどである。


 そもそも、パトリック自身はこの作戦に。いや、今となっては王子としての職務にすらほとんど気が入っていなかった。

 その原因は、祖霊召喚の儀に失敗したことが原因だ。

 そう、彼はオクタヴィアを儀式の生贄にしようとし、結果として邪神タコを召喚してしまった人物である。


 今でも鮮明に思い出せる紫の肌、白黒が反転した瞳、触手となっている手足。

 あの邪神を名乗る少女と出会った時にとった言動は、今となっては大きな後悔として刻まれていた。

 あれほどの力を持った存在に対しての無礼。さらに、オクタヴィアに対しての所業が知られたらどうなるか。

 いつか、それらに対する報復に彼女たちがやってくるのではないかと思うと、しばらくは夜も眠れなかった。


 儀式の失敗自体は、『巨大な魔力を感知したドラゴンによる妨害』とすることができた。

 しかし、あの規模の計画に失敗したというのは大きな汚点だ。国においてパトリックの立場が下がったのは間違いない。


 ならば、もうそれでいいかとも思った。

 邪神におびえて生きるよりも、さっさと引退して田舎に引きこもる。その方が精神的に楽になるのは間違いだろう。

 だが、第二王子である彼には、支援をしてくれる派閥の者が大勢いる。彼らの手前、そんなことをするわけにはいかなかった。


 そんな中もたらされたのが、ナスキアクアにおける反乱の情報だ。旧王族に恩を売るのでも、魔族を撃退して土地を奪うのでもいい。何らかの形で手柄を立てることができるはずだ。

 しかも運悪く、ナスキアクアとの国境付近にパトリックの派閥の者が領地を持っていた。彼は早々に介入することをパトリックに申し立てる。


 なぜ、派閥の者までが他国に介入したがるのか。それもこれも、ニューワイズ王国の次期王位をめぐる争いが原因である。

 当代の国王は、好色王と揶揄されるほどの女好きだった。子供の数も多く、次期王位を巡る争いは一時、泥沼と評されたほどである。その中で派閥ごとの勝敗や、吸収合併が行われ、最近はある程度状況が整理された。

 そして現在は、第一王子と第二王子が有力候補として争っている。さすがに国へ損失を与えるような妨害は無いが、お互いの関係は最悪だ。


 ただでさえ祖霊召喚の儀に失敗したパトリックは、この機会を逃せば王位を得るための競争に勝つことは不可能となるであろう。

 そうなっては最悪、魔族との戦争で前線に立つ羽目になるか、派閥もろとも辺境へ放逐されかねない。

 それだけは何としても避けねばならぬと、派閥の者たちは渋るパトリックをナスキアクアへ送り込んだのだ。


「若、少々よろしいでしょうか」

「……セシル老か、何かあったのか?」

 パトリックに話しかけてきたのは、既に老齢にかかった魔術師だ。国有数の魔術師と言われており、祖霊召喚の儀を古い文献から再構築した人間でもある。

 彼がパトリックについた理由は単純だ。パトリックは王位のためならばどんな手段でも取る人間だったからである。


 セシルは元々、オルドレッジ魔法王国で魔法の研究をしていた。彼は優秀な魔術師であったが大きな問題がある。それは、精神操作や死霊に関する魔法が得意であるということだ。

 これらの魔法はどうしても倫理的な問題が付きまとう。それは、オルドレッジにおいても扱いに困るものであった。


 それなのにセシルは犯罪まがいの実験を何度も行うため、ついに国は彼を拘束することを決定する。

 だが、その直前に国を抜け出し、新たなパトロンを求めた。そして見つけたのがパトリックである。


 それからというもの、好きなだけ研究室に籠り、兵士の戦意を強烈に増幅する魔法や、死体の記憶から情報を収集する魔法などを開発していた。

 そんなことができたのも、パトリックによる支援があってのことだ。


 これらの研究はそれなりの成果を挙げ、魔術師としての自信を高めていた彼であったが、それは先日の失敗で粉々に砕け散った。

 いや、正確に言うならば儀式に失敗したことが原因ではない。


 邪神を名乗る者が、非力な少女を巨大な力を持ったドラゴンに変える。

 そんなものを目の当たりにしては、自分の持っている力がいかに矮小なものであるか、セシルはまざまざと思い知った。


(儂が、人道を無視してまでやってきたことは何だったのか。所詮、人の身には限界があるのか……)

 自信を失った彼は、儀式に失敗した責任も含めて辞職することを申し出る。そのやつれた姿には、パトリックの方が面喰ってしまったほどだ。

 結局、セシルを手放せなかったパトリックの慰留を受け、降格処分という扱いに落ち着く。


 それを受けてセシルも「自身を一から鍛え直す」と気を新たにし、今では研究室に籠るのもやめ、他の魔術師と一緒に下働き同然のことを平気で行っていた。

 元上司が同僚扱いとなったことで魔術師たちに混乱もあったが、しばらくすればそれも落ち着いてくる。

 先ほどまでも、大雨の対処のため他の魔術師と外を飛び回っていたところだ。そんな彼が、いつにもまして真剣な顔をパトリックに向けてる。


「恐れ入りますが、内密に話したいことがございます」

「何? ……仕方がない、全員下がれ」

 セシルの思いつめたような表情に気づいたパトリックが人払いをすると、部下たちは素直に部屋から出ていく。

 全員がいなくなったことを確認した後、セシルは音が漏れないように魔法を唱える。ずいぶんと念入りなことにパトリックは疑問を感じながらも話を促した。


「それで、いったい何があった?」

「この大雨の原因ですが、魔法によるものである可能性が高いです」

「何だと!?」

 彼は思わず声を上げて立ち上がる。

 確かにこれほどの雨が続くこと自体、不自然なことではあった。だが逆に、自然に対してこれほどまでの影響を与えられる魔法や儀式など、簡単に行えるものではない。


「正気か? これほどの雨を長期間降らせるなど、魔族でも不可能だろう」

「若、お忘れですか? つい最近、それが可能なお方に会ったばかりではないですか」

 一瞬、セシルが何を言ってるのか分からなかった。いや、分かりたくなかった。しかし、頭に浮かんだものを否定することはできない。


「まさか、あの邪神がこの雨に関係している……?」

「少なくとも、この雨が自然なものでないのは間違いありません。さらに、我々とは異なる魔法技術が使われております。そう、我らを容易く麻痺させたあの時の魔法のような。そこから類推すれば、結論はそれしかないかと」

 確かに、それならばこの事態も説明がつく。恐らく、邪神は何らかの理由でナスキアクアに肩入れしており、この雨は混乱が収まるまでの防壁という事だ。


 だが何故、ナスキアクアの為に邪神が動いているのか。やはり魔族の味方なのか、または混乱を起こすため反乱勢力についているのか、ひょっとして、王族の生き残りに加担しているのか。

 理由はいくらでも思いつくが、どれも予想の範囲は超えなかった。


「一体ナスキアクアで何が起きているんだ? しかし、あの邪神がいるのならこれ以上の深入りは……」

 パトリックは椅子に座り込むと、額を押さえてうなだれる。あれほどの存在が関わっているとなれば、慎重にならざるを得ない。

 仮に、オクタヴィアのように人をドラゴンすることを自由に行えるならば、三大国家と言われた自国も安全とは言い切れないからだ。


 さすがに撤退の二文字が頭に浮かぶ。だが、それを検討しようと考えをまとめる間に、ふと、視界に不自然なものが入ってきた。

 思わず体が震えてしまい、セシルもそれに気づく。


「若、どうされました?」

「そこのテーブルにある手紙、それはいつからあった?」

 自然に置かれていたのはシンプルな白い便箋。だが、少しもくすんでいない白い紙自体が貴重であるこの世界では、それ自体が重要な文書であることを示している。

 さらに、それは書かれてすぐに運ばれてきたようで、雨に濡れていなければ、少しの汚れもついていなかった。


「……私が部屋に入った時には、間違いなくありませんでした」

 重要な手紙ならば封も開けずに放置されることなどありえず、重要なものでなければこの部屋に運ばれることも無い。

 便箋を取ろうとしたセシルを制し、パトリックが自分で便箋を手に取る。それにはご丁寧に触手の生えた奇妙な生物、つまりはタコを模した封蝋がなされていた。


 思わず手がひきつり、便箋を落としそうしなる。だが、そんなことをするわけにもいかない。

 この手紙が重大なものであることは確定した。この紙が持つ力は、数億の金が動く証文や、数万の命が左右される命令書よりも大きいことだろう。


 椅子に座り直すと、ナイフを取り出し慎重に封蝋をはがす。一呼吸してから決意と共に取り出した手紙には、ただ一文が書かれているだけだった。


『本日深夜、この部屋にお邪魔します。人数は少な目がおすすめ。 邪神タコ』


 気づかず流れた汗が雫となって手紙に落ちる。

 何とか自分の感情を咀嚼して飲み込むと、息を吐いて椅子にもたれかかった。そして、セシルにも見えるように手紙をテーブルに置く。


 彼もその内容を読めば、額に汗をかき震えだす。

 理由が書かれていないことが逆に恐ろしい。向こうの意図が読めない以上、想定するパターンは山ほどある。

 それに対しての備えまで含めれば、途方もないほど対応を考える必要があるだろう。


 とりえあえず、夕食は不要であることを部下に伝えなければいけないな。今は体が受け付けそうにない。そんなことを考えながら、パトリックは窓の外を見る。

 雨は少し弱くなっているようだ。景色も暗くなり、夕方も過ぎていることも伺える。

 残り時間が少ないことを恨みがましく思いながらも、できることはしなければならない。


 まず、邪神を迎えるにふさわしい恰好は何だろうか。パトリックは過去の式典や儀式などから利用できる例はないか、必死に自分の頭から探し始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 邪神の名状しがたい手紙を読んだ王子はSANチェックです(1d10/1d100)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ