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21話 タコさん、裏工作をする

 深夜、パトリックは椅子に座りながらも、額から汗がにじむのを止めることができなかった。

 その横に座るセシルも不安と恐怖が入り混ざり、結局は無表情になっている。


 部屋にいるのはこの二人だけだ。護衛など何の意味も持たないだろうし、秘密を漏洩させないためにも人数は少ない方がいい。

 服もありふれた物にして、自らの意思や主張が感じられないように努めた。


 そう決意したのは良かったが、時間と共にパトリックの不安は大きくなってくる。そもそも、あの邪神が今更自分に何の用があるのか分からない。


 やはり、オクタヴィアに対する仕打ちの報復だろうか。邪神が一目で彼女を気に入ったのは間違いない。

 それでも、事前に予告してくるのは弁解の余地があるのか。それとも、邪神らしく叶わない希望を持たせるのが目的なのか。

 考えれば考えるほど不安が募り、体の震えは激しくなっていく。


「……来ました」

 セシルが空間の歪みを感知した。その言葉通り、パトリックの目の前では転移魔法が発動して何者かが姿を現す。

 それは、忘れるはずもない紫の肌をした人魚、邪神タコ。さらに、手足の鱗を露にするドレスを着たオクタヴィア。

 そして最後に、パトリックに見覚えはないが、緑がかった灰色の全身鎧を着た人物、レインが出現した。


「……」

 パトリックは口を開くことができない。

 何か言わなければ。しかし、何を言えばいいのか。

 謝罪か、服従か、それとも命乞いか。


 悩んだ結果出した答えは、無言のまま跪くことだった。向こうが話をしに来たというなら、こちらから切り出すよりも問題がないだろう。

 セシルも同じ結論だったのか同時に膝をつく。


「<人払い(アボイド)>」

 まず、レインが腕を少し上げ、何かの魔法を発動した。パトリックは、外部に音などを漏らさないようにするものだと予想する。


「お久しぶりね、パトリックさんだったかしら。……それが、何のつもりか聞いてもいい?」

 そして、タコが感情のこもらない声を出す。それでも非難されているように感じるのは、パトリックが感じている引け目のせいだろうか。


「あなたが神であるならば、人にできることは首を垂れることだけ。ご用件をお聞ききしていない以上、それしかないと判断いたしました」

 パトリックは絞り出すように言葉を吐き出す。不安は汗となって滲みだし、こめかみから顎へと流れていった。


「ふーん」

 タコは腕……触手を組み、その先端で自分の二の腕あたりをトントンと叩いていた。その様子は明らかに何か不満があるようだ。

 パトリックは対応を間違えたかと寒気を感じる。耐えきれずに視線を横にずらすと、全身鎧の人物はなぜかプルプルと肩が震えていた。

 それに、明後日の方を向いて口元を手で押さえている。あの姿勢まるで……まさか、笑いをこらえているのか?


「……ちくしょー! タコさんの負けだー!」

 突然、タコが爆発したかのように触手を振り上げた。それはすぐに収まったが、いまだ不満を表現するように口をブーブーととがらせている。

 状況が分からず混乱するパトリック達だが、そこにオクタヴィアが優しくその手を差し出した。


「パトリック『さん』、セシル『さん』、頭を上げてください。あなた達に危害を加える意図は『もう』ありませんから」

 彼女の呼び方に違和感を覚えながらも、その手を取り立ち上がる。

 いつの間にか、部屋には椅子とテーブルが用意されていた。タコもレインも普通の椅子では上手く座ることができないので、自分で用意した物である。

 パトリック達も示された椅子に座ると、お互いにテーブルをはさんで向き合う。


「君は……私たちを、恨んでいないのか?」

 あまりにも不自然なオクタヴィアの様子に、パトリックは思わず口を開く。

 彼女の顔は自分たちに対し、何の感情も抱いていないかのようだった。しかし、それが逆に恐ろしい。目の前にいる存在が、理解できない何かに思えてくる。

 せめて、恨み、憎しみ、怒りといった表情を見せるものではないか。それこそ、復讐を果たす前の嘲笑でもされたほうが、よほど理解がしやすかった。


「タコ様によって生まれ変わった私は、母以外の過去を捨て去りました。つまり、あなた達とは初対面です。初めて会う人間に、恨みなど抱きようがありません」

 正気とも狂気ともつかないオクタヴィアの言葉に、パトリックは何も言うことができない。

 その様子を気にせず、彼女は話を続けた。


「実際の所、タコ様はお怒りでしたよ? それを、ここにいるレイン様が押さえてくださったのです」

「でもね、やっぱり許せないタコさんとしては、一つだけ条件を出させてもらったの。会った途端に媚びたり命乞いをしたらアウト、この話は無しって」

 タコはいまだに不機嫌な顔で横を向いている。


 もともと、タコはパトリック達に会う気など無かった。

 彼らはオクタヴィアをひどい目を合わせたのみならず、儀式の生贄にしようとした者だから当然である。

 今更謝罪の場を設けたところでオクタヴィアの気分を害するだけだと思い、金輪際関わらない方向で考えていた。

 仮に向こうから接近してくるのなら、容赦なく排除すればいい。それがタコの結論である。


 しかし、そこにレインが『とある作戦』を提案してきた。それは、パトリック達の引け目を逆に利用するというものである。

 大反対したタコであったが、レインは既にオクタヴィアへの根回しを済ませていた。


 オクタヴィアは、その作戦がタコの、ひいてはアウトサイダーにメリットがあるものならば、断る理由など何もない。

 むしろ、自分のせいでタコの行動に影響が出ているのならば、その方が心苦しいと言うのだ。

 さすがのタコもそれには言い返せず、不承不承、作戦を承認した。しかし、それでも譲れなかったのが、先ほどの条件である。


「あれからずいぶんと時間が経ってるし。まともな思考があれば、今更タコに変な態度をとろうなんて思わないでしょ」

「はぁ、さすがにそうよね。分の悪い賭けだったわ」

 レインの言葉にタコがやれやれと脱力してると、オクタヴィアはニコニコと飲み物の準備をしていた。意外にも5人、全員分を用意している。

 さすがに口を付けられないパトリック達をよそに、オクタヴィアが話を切り出した。


「さて、今回お邪魔した要件をお話しましょうか。結論から言いますと、このまま兵を率いて自国に戻っていただきたいのです」

「……断れば、私たちは死ぬのだろうか?」

 言ってしまってからパトリックは失言に気づく。そもそも、実力で排除するつもりならば、こんな機会を設ける必要はない。

 オクタヴィアは過去を捨てたと言っているが、どうしても悪意があるのではと考えてしまうようだ。


「とんでもない。これは、きちんと対価をお渡しする依頼です。ええと、こちらがナスキアクア周辺の地図で、ここが、いま私たちがいるところですね」

 オクタヴィアはインベントリから地図を取り出しテーブルに広げる。その正確さはまるで上空から景色を切り抜いた様であり、パトリックとセシルは思わず見入ってしまう。

 実際の所、これはウインドウのマップ機能を紙に出力したものであり、魔法でもこれ以上の物は作れないであろう。


「ここから少し先、この地点に金の鉱脈があります。発掘量の半分をそちらに渡しますので、それでいかがでしょうか?」

 示されたのは、ここからほど近いナスキアクア国内の一点。周囲には湿原が広がり、容易に出入りができるような場所ではない。

 国境に近いこともあり、防壁代わりにするため、あえて開発はされなかったのだろう。

 しかし、そんな場所から金が出るわけがない。未開発の山ならまだしも、湿原の地下に鉱脈など聞いたことがなかった。


「どういうことだ? そもそも、そんな場所に鉱脈などあるわけが……」

「ええそうです。つまり、『そういう事』にして国を黙らせて欲しいんですよ」

 そんな疑問は分かっているとばかりにオクタヴィアが答える。話の意図がつかめないパトリックに対し、今度はレインが言葉を続けた。


「出てくるものはもう用意してあるわ、これがその一部ね。手付金として持って帰っていいわよ」

 レインがインベントリからインゴットや鉱石を取り出す。金色の輝きを放つそれはとても偽物とは思えず、次々と置かれてテーブルからこぼれんばかりの量となった。


「ついでに、こういったものがある方が話を通しやすいかしら?」

 そう言いながら取り出したのは、封をしたガラスの容器に入れられた物体。

 水銀のような見た目でありながら、淡く赤い光を放つそれを見た瞬間、セシルは思わず腰を上げる。


「ま、まさかそれは!?」

「そう、賢者の石。これのせいでこれだけの金が発生したとすれば、少しは説得力が出るでしょ」

 ゲームでの賢者の石は、アルケミストのクラスが使うアイテム変換装置の一部だった。

 アイテムごとに設定された『価値』が等価ならば、賢者の石を通じて交換できるというシステムである。


 例えば、鉄のインゴットが『100』、金のインゴットが『1000』などと『価値』が設定されており、鉄のインゴットが10個あれば、金のインゴット1個に変換することが可能だ。

 実際の変換率はクラスレベルや使用する機材のランクにより減少するので、100%の等価交換にはならない。


 また、変換には価値に比例したサイズの賢者の石が必要であり、賢者の石自体も使用ごとに消耗する。

 さらに、価値が大きい物への変換はそれなりの時間がかかるので、万能には程遠いものとなっていた。


 だが、重要なのは賢者の石の性質がこの世界でもほとんど変わらないことだ。

 違う点といえば、この世界ではかつて滅んだ魔法王国に存在した遺産の一つであり、今のところ現物が発見されていないことだろうか。


「あなたがたは一体、何が目的なんだ?」

 そんな物をあっさり渡すなど何を考えているのか。オクタヴィアでもさすがにその価値を知っているはずだ。それを、好意を持たない相手に渡すなど普通は考えられない。

 タコたちの真意がつかめないパトリックは、根本的な疑問をぶつける。


「ですから、軍の撤退を……」

「そうじゃない。そもそも、何故、軍を撤退させる必要がある? オクタヴィア『殿』が一息拭けば、我々など何の障害にもならないのでは?」

 その疑問はもっともだ。実際には一息とはいかないだろうが、オクタヴィアが本気を出せばこの世界の人間による軍など、あっと言う間に殲滅できる。

 どう答えたものかとオクタヴィアが考えていると、横からタコが口を開いた。


「ナスキアクアは人類の敵となった。このままでは周辺国から袋叩きにあうでしょうね」

 今は何とか周辺国を足止めしているが、それを永遠に続けるわけにはいかない。

 とりあえず、この雨を止めるにはニューワイズ王国と停戦する必要がある。そのためにこうしてパトリックと話をしに来たのだ。


「タコさんたちも、同時に多方面へ作戦を展開したくないの。だって、敵対するものを全部滅ぼすことにもなりかねないでしょ?」

 別の国境線ではゴーレムや竜牙兵など、知能の無い戦力を放っている。だが、彼らでは三大国家の主力部隊には敵わないだろう。

 そうなるとイカや人狼たちを出すか、最悪タコが出撃する必要がある。その場合、殲滅するなら話が早いが、平和的にお帰りいただくのが難しい。

 前線を拡大し続ければ人手が足りなくなる恐れもあった。そこでレインが提案した作戦の第一歩が、ニューワイズ王国との停戦である。


「あなた方の意図は理解しました。……全力を尽くしますので、どうか、どのような結果になろうとも慈悲をいただきたい」

「別に、タコさんは自分から人を殴りに行くような趣味は無いわよ。それだけは覚えておいてちょうだい」

 これはタコの本心だ。あくまで女の子を悪堕ちさせるのが主目的であり、自分から攻めに行くつもりはさらさらない。

 パトリックがそれを信用するかは分からないが、どのみち、彼にできるのは全力でことに当たることだけだ。


「最終的には、あなたに王位を取ってもらおうかしら。ナスキアクアと正式に国交を結んだり、一緒に他国へ対応してもらいたいしね」

「それは……いえ、分かりました。善処いたします」

 タコがあっさりと言う目的を聞けば、パトリックは自分の胃が上げる悲鳴がいっそう強くなるのを感じていた。

 それはつまり、今後ともタコやオクタヴィアとの交渉を続けなければいけないという事だ。自分の国を騙したうえで。


 その困難は計り知れないものとなるだろう、すでに多大なストレスがパトリックを襲っている。

 ストレスが胃に与える痛みに耐えながら、彼はタコと今後の連絡手段などの打ち合わせを進めていった。


「んじゃ、通信用のアイテムを渡しとくわね。あとは……疲労回復のポーションと、転移用のドアと、えーとそれから……」

 タコはまずパトリック達に対し、通信や転移など、今後の作戦に有用と思われるマジックアイテムを次々に渡していく。

 それらアイテムの効果を教えてもらえば、パトリックはタコたちへ更なる畏怖を感じることとなった。


 魔法技術に関しては三大国家中トップの自国でも、これほどの効果がある物を大量に用意するなど不可能だからである。さらに、アイテムの中には模倣することすら困難なものも多い。

 パトリックは改めて、恨みを捨ててくれたオクタヴィアに心の中で感謝していた。


 そして、今後の予定などの話を終えたあたりで、セシルから老人とは思えない力強い声が上がった。


「タコ様、恥知らずも、無礼も承知で申し上げます。この身などいくらでも捧げますゆえ、どうか、あなた様が持つ英知の一端だけでも、ご教授していただくことはできないでしょうか?」

 その言葉からは、彼自身の人生、全てを賭けたかのような重さが感じられる。

 セシルにとって、これは最後のチャンスである。既に高齢となった彼に残された時間は少ない。いくら魔法のある世界でも寿命だけは避けられないのだ。

 そして、目の前に今までの人生で積み上げた物よりも数十倍の英知が存在する。そう思ったら、それに手を伸すことを止めることはできなかった。


「え? やだ」

 だが、それをタコはバッサリと切り捨てる。残念ながら、タコは女の子以外に何かをしてあげるつもりは無い。

 そもそも、あまり良い印象が無い相手から言われれば、考える時間すら必要無かった。

 しかし、そこへレインが助け船を出す。


「ちょっと待ってちょうだい。セシル老だったかしら、あなたはこの世界の魔法に詳しいのよね? なら、私の研究に付き合ってもらえるかしら。結果次第ではタコに口を効いてあげてもいいわよ」

「おお! ありがとうございます! 是非ともお願いいたします!」

 実際の所、レインはそこまでセシルの働きに期待をしているわけではない。ただ、これくらいの事を言った方がやる気が出るだろうと思っただけだ。

 それでも、セシルにとっては願ってもいないことである。大きく頭を下げてタコとレインへ感謝の意を示した。


「セシル老、それは……いや、リスクを考えても繋がりを強めるべきか……?」

 それに対し、あまりタコとの接点を増やしたくないパトリックではあったが、先ほどもらったマジックアイテムだけでも計り知れない利益を受けている。

 タコとの関係が改善できるならば、悪くない話ではないかと思い始めていた。


「どちらにせよ、あなた方が国を押さえられてからですよ。タコ様の為に、しっかりと働いてください」

 既に部屋の片づけを済ませていたオクタヴィアが二人に念を押す。彼らはもちろんだと強くうなずいた。


「それじゃ、がんばってねー」

 タコがお気楽に手を振ると、レインが転移魔法を発動して3人の姿が消える。

 残されたパトリック達は、さっそくこれからの計画について詳細な検討を始めるのだった。

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