Your time,My time.
学校なんて嫌いだ。
本来ならずっと机に着いて、黒板と向かい合って、知識と向き合っていたい。それなのに周囲にはたくさんの人がいて、誰もかれもが誰かと会話を交わしている。
そんな周りから孤立するかのようにただ一人で隅に居座っている。
友達を作って楽しい学校生活なんて幻想は、夏休みを迎える頃には諦めていた。だからこそ、変哲のない三年間が早く過ぎ去って欲しいと切に願っていたんだ。
けれど、そんな望は十月に入ってしまえば易々と切り捨てられてしまう。
望んでもいない、願ってもいないのに文化祭の季節は否応もなく訪れる。
退屈なだけなら耐えられた。
孤独なだけなら慣れていた。
それなのに、今回はクラスの一員としての役割が与えられ、居座る場所などどこにもないのに人の輪に押し入れられ、自然と片隅に追いやられてしまう。
信用も信頼もなにも勝ち取ってきていない、この身に任せられる役割なんて取るに足りない誰にでも代替できてしまうような簡単なもので、直ぐに手も空いてしまい、教室の片隅で膝を抱える以上にやることなんてなくなってしまった。
普段通りの授業ならどれだけよかっただろう。もう何度目になるかわからない問答をした時、茫然と眺めていた床にこちらを向くつま先が映り、頭上から声が降ってきた。
「手が空いていたら手伝って貰えないかな?」
見上げた先には、距離感を測りながらぎこちなく声を掛けてきた彼女がいる。
まさか声を掛けられるなんて思いもしていなかったので、困惑しつつもどうにか声を振り絞る。
「……はい」
かなり久しぶりに学校内で会話をした気がする。
「よかった。断られたらどうしようかと思っていたんだ」
彼女は一安心しているようだが、暇人である以前にクラスメイトである以上、クラスの出し物の手伝いと言われてしまっては断るに断れない。
「それじゃあ、ついてきて」
「うん、わかった」
踵を返し、教室から立ち去ろうとする背中。
言われるがままについていくと、校外にでるそうなので大人しく外履きへと履き替えて、なおも彼女の後を追いかける。
今まで碌に話したこともない相手、そんな間柄で会話が弾む訳もなく、沈黙を連れたって歩き続ける。
そんな静寂に耐えかねたのか、彼女が口を開いた。
「私たちのクラスって文化祭でメイド喫茶をやることになったじゃない?」
「うん、そうだね」
今時メイド喫茶なんてありきたりな物は如何な物か、と決まった時には思ったが、代わる対案を出せるわけでもないので、黙って受け止めたことを思い出していた。
「それで、今から取りに行くのが、そのメイド喫茶で使う看板を作るための段ボールね。文化祭期間の時は近所のスーパーが捨てるはずだった段ボールを分けてくれるんだって」
「へぇ、そうなんだ」
クラス内での話し合いなどには参加していないので、段ボールなんかを何に使うのかと思っていたが、そんな使い方をするのか。
「そうなんだよ。お店の前に置く看板はもちろんだけれど、宣伝用に持って回るプラカードにも使う予定なんだよ」
「それは中々重要だね」
少なくとも今日やってきた中では一番の大役と言える。
「そう、重要だよ。もし看板とかを作れなかったらお店の存在を知ってもらえなくて、ずっと閑古鳥が鳴いているような寂しいお店になるかもしれないんだから」
「そんな大袈裟な……」
段ボール一つ、看板一つが無かったとしても、校内案内のパンフレットには全部のお店が載るはずだし、余程やる気のない展示とかでなければ普通程度にはお客さんは来るだろう。
「あはは、やっぱり大袈裟だよね。でもね、万が一にもそうならないようにするためにも張り切って段ボールと取ってこようよ」
浮かれているのか、普段からこういう人なのかは彼女のことをよく知らないので判断はつかないが、足取り軽くどんどん進んで行く。
そして、楽し気な彼女の後を追いかけていると、いつの間にかに学校の近所にあるスーパーについており、裏手の方に段ボールがあるそうなので、そちら側へと回り込む。
「じゃあ、これお願いね」
「うん、わかった」
言われるがままに持ち帰れそうな程度の段ボールを抱え、彼女も段ボールを持つのを見てから来た道を引き返す。
「段ボールって意外と重たく感じるね」
「確かにそうだね。持ちにくいからよりそう感じるのかも」
彼女と同程度の数を持っているが、思っていたよりも重たくて少し驚いた。
「それじゃあ帰ろうか」
「うん、そうだね」
彼女のその言葉を合図に段ボールを両手に抱え、学校への道を辿る。
†
退屈で仕方がない、と思っていた文化祭の準備期間も気が付いてみればあっという間に過ぎ去っていた。それもこれも、なぜだか仕切りに声を掛けてくれた彼女のお陰だろう。
そして、今日は文化祭当日。
この日に向けて着々と進めてきた準備の成果を披露する日だ。
クラス内でも目立つ側の人たちは表に立って、お手製のメイド服に身を包んで接客に勤しむ。
そんな人達を大変そうだな、と眺めながら裏方の業務であるコーヒーや紅茶を淹れたり、買ってきたクッキーなどのお菓子を紙皿の上に並べていく。そんな作業をこなしていると、注文を受けた彼女が目の前に立っていた。
「ねえ、これどう? 可愛いかな?」
そう言いながらスカートの裾を広げて見せてくる。
「……悪くはないと思うよ」
人を褒めることに馴れていないから、気恥ずかしさから面と向かっては言えず、視線が泳いでしまった。
「うーん、褒め方としては微妙だけれどありがとうね」
褒め方の酷さに関しては自認していたので、ぐうの音もでそうにない。
そんなちょっとした会話を交わしつつも、メイド喫茶の業務はつつがなく行われ、これといったトラブルが起きることもなく無事に交代の時間になった。
けれど、仕事がなくなってしまったせいで暇となり、文化祭の残りの時間をどうやって過ごすのか、それが最大の問題となりそうだ。
これから昼食を摂ったとしても、残り半日をどこでどうやって過ごそうか?
そんなことを悩んでいると、背後から肩を軽く叩かれ、振り返ってみると彼女が立っていた。
「ねぇ、良かったらでいいのだけれど、一緒に回らない?」
「……え?」
何を言われるのかと思ったら、そんな想定外の言葉が耳に届き、上手く理解できなかった。
「だから、一緒に文化祭を見て欲しいって言っているの」
二度も同じことを言わされたことにむくれているのか、多少不機嫌そうにも見えた。
「いいけれど、いつも一緒にいる友達は放っておいていいの?」
彼女は店の当番が終わった後は、いつのも面々で出店を見て回るものだとばかり思っていた。
「うん、それは大丈夫だよ。ちょっとした約束をして納得してもらったんだ」
ちょっとした約束というものが何なのか非常に気になったが、部外者が口を出す問題ではないだろうし、その疑問は飲み込んでおく。
「問題がないならいいよ」
元々一人でどうやって時間を消費するか懊悩していたわけだし、この状況は願ったり叶ったりだ。
「それじゃあ決まりだね。行こう!」
明るい声の彼女に背中を押され、活気と喧騒の満ちる校舎内へと繰り出した。
†
彼女に連れ回されるがままに振り回されていたら、気が付けば陽はとっくに落ちていた。グラウンドの中央で赤々燃えるキャンプファイヤーの輝きが夜の暗がりを振り払い、辺りをぼうっと照らしている。
炎の灯りを眺めつつ、グラウンドの片隅に彼女と肩を並べて座りながら、終わろうとしている文化祭を振り返っていた。
思い返してみれば、今年の文化祭はあっという間に時間が過ぎ去っていた気がする。
準備が始まった頃は、退屈で長いだけの時間をどうやって潰すかを考えていたのに、振り返ってみればそんなことを考えていたことが馬鹿らしいくらいに楽しんでいた。
それもこれも全部彼女のお陰だ。
炎の揺らぎで動く影。その影が落ちる彼女の顔を横目で盗み見ながら胸中で独りごちる。
君の時間、私の時間。
時の流れは同じなのに、君と一緒にいた時は、独りで過ごしていた時とは比べものにならない程に早かった。これが君の見ていた時間なら、独りで見ていた時間はどれほど遅く、停滞していたのだろう。同じ時間でも見ている人が違うと、こうも流れる速さが異なるんだ。
そう思うと今まで自分がどれだけつまらない時間を過ごしていたんだ、と思い知らされて、呆れて笑えて来そうだった。
「どう? 楽しかった?」
横にいる彼女が呟く。
そして、その言葉には自信をもって答えられる。
「うん、楽しかったよ」
入学して以来、一番楽しい時間を過ごせた。
思い返しただけでも頬が緩んでしまいそうなくらいに、この文化祭期間は充実した時間を過ごせた。
「ならよかった」
微笑む彼女と共に、名残惜しみながら文化祭の終わりを眺めていく。
揺らめく炎と舞い上がる白煙。
いつか消えるその時まで。