2章 世界は表と裏でできている ⑦
忙しさと暑さにかまけてすっかり遅れてしまいました。
次回からは最低でもペース戻していきます……。
「『至然なる意思』……?」
「いい! すごくいいと思う! 気に入ったよわたし!」
兄の能力名なのだが、すっかり妹がはしゃいでしまっていた。
では兄の方はというと、能力名を見て、ものすごく渋い顔をしていた。
「ねぇ〜いいじゃん。これにしちゃいなよ〜。『至然なる意思』! とか叫びながら能力使うの絶対カッコいいって!」
「うっさいわ! 能力名のセンスの話は別にいいっての。どうせ変えられないんだから。問題はそっちじゃなくてだな……」
そう、在人は大事なことを忘れていなかった。いや、気にしていなかったのは環奈だけだったのかもしれないが。
それは……、
「能力のなかみが、ぜんっぜんわからないんだが……」
わざわざ『託宣』を用いて能力名を付けるのは、能力の本質を見極める意味合いが強いのだが、在人の能力はその名前からはまるで想像できなかった。ただでさえ、在人自身でもよくわからない能力だというのに。
在人はまるで痛みをこらえるように頭を押さえる仕草をした。
「う〜ん、まぁよくあることではあるんだけどね。焦らずに、ということだろう」
そうフォローを入れる弧月の表情は変わらない。本当によくあることなのだろう。
在人はそれを聞いてか聞かずか、諦めたように溜息を吐くと、
「……そうですね。いいですよ、もう」
こうして、在人と観咲の能力名は決定された。
「さて、そんなわけで長々と話してきたんだが……、基本的なところはこれでいいかな?」
頷く在人と観咲。能力名を決めた後、いくつか豆知識のような講釈を受けていたのだが、環奈は興味が湧かなかったのか、すっかりお菓子と冬華たちとのおしゃべりに夢中になっていた。
「なら、次は別の意味で真面目な話をしようか。冬華くんもアリシアくんも聞いてくれ」
その言葉を聞いて、冬華とアリシアはおしゃべりを中断し、真剣な顔で弧月に向き直る。……いや、アリシアはあまり表情に変化はなかったが。
環奈だけが戸惑う中、弧月は口を開いた。
「現在、日本全域において、能力者による事件が増加している。期間としてはここ1、2年。数字で言うなら、前年比がこのままだと倍率2桁越えだね。困ったものだ」
「……以前は数えるほどしかなかったんですね。意外、……いやむしろ、これぐらいは事件があったことが驚きですね」
画面に表示されたデータを見て、在人が素直な感想を口にする。『BeSPsyD』という組織が秘密裏にとはいえ活動している以上、それなりの規模で事件が起きているのかもしれないと勝手に勘違いしていたのだが、冷静に考えてみると、そういった話は今まで、まるで耳に入っていなかったのだから、対応しきれる程度の数だったということだろう。
そして、最近は不思議な事件の噂がポツポツと聞こえていた。これは、SNSなど、噂話を拾いやすい環境が整ってきたせいもあるが、そもそも件数が増えたために、対応漏れが出たせいだったようだ。
自分たちが知らないだけで、世間は随分と物騒だったらしい、とハッキリ気付かされたのだ。
「元より、超能力に目覚める、という事例がそう起こるものじゃない。ついでに言うなら、その中でも積極的に事件を起こす輩はまぁ一部だ。たいていの人は突然手に入れた能力に戸惑っているうちに発見されるからね」
「発見できるんですか?」
「ああ。知らなかっただろうけど、街中には能力の発動を感知するミスリルがそこかしこに配置されている。ここのメンバー以外の能力が観測されたらすぐにわかるさ」
そんなことをサラリと説明される。監視体制について聞いておきたいような気もしたが、在人は一旦、話を戻すことにした。
「それで、原因はわかってるんですか? 能力者が増えてるっていうの」
「? 原因とかあるの?」
そんな疑問を口にしたのは環奈だった。
確かに、さっきまでの説明では超能力の発現には規則性や直接の原因があるようには考えられていなかった。環奈のように偶然だと考えるのが普通なのだろう。しかし――
「……明らかな異常には原因があるだろ。それが今はわからないなら仕方ないが、ないと決めつける根拠にはならない」
「まったくもってその通りだ。そして幸い、その原因となるものには調べがついている」
弧月の言葉とほぼ同時に、画面にはとある写真が表示された。
それは、ビニール袋に入った黒い粉末。
在人は、それを見た印象そのままを口にした。
「……違法薬物みたいなイメージですね」
「惜しいね。正確には、まだ違法になっていない薬物だ」
弧月の返しはおどけたような言い方だったが、口調はいたって真面目であった。
「現在、日本の違法薬物売買の現場に徐々に広がっているこの薬物。押収した後、成分調査をしても、既存の物質には存在しない成分だったため、製法も素材も不明。正式名称も決まっていない。
ただ、売人たちの使っていた名称があった。
その名も、『クラッカー』。我々もこの呼称で統一することにしている。
名前の由来は、わたしの予想では、脳を『クラッキング』することからだと思うが、大穴で、火薬のような見た目で、脳機能が弾けるという意味で、パーティーグッズの『クラッカー』をイメージしたから、という説もあるのだが、どうだろう?」
「どうでもいいです」
流石に、名前の由来の仮説を聞かされても、在人は興味が湧かなかった。
「……ふむ、では、この薬の効能だが、諸々の細かな体調の変化は置いておいて、最も顕著な効能が、脳神経を強制的に活性化させることによって、投与された当人に超能力を発現させることだ。経口摂取で、効果はかなりの即効性。
副作用として、興奮状態の誘発による、思考能力、並びに理性の低下。簡単に言ってしまえば、暴走、だね。特に投与時に強い欲求などを抱いている場合、それに忠実になるケースが多いようだ」
それを聞いて、在人は内心、あの襲ってきた爆発使いの男の行動に納得した。彼の恨みがどれほどのものかは知らないが、ムカついたままでその薬を摂取したため、在人に執着していたのだろう。
「ただでさえ困った副作用だが、さらに厄介なのが、これの流通ルートが麻薬と同じということだ。
なにせ、そういった薬の影響で、思考がまともじゃなくなっている状態の人間にこれを売りつけたりするんだからね。それで暴走されるのだから、狂人とまるで区別がつかない。
……まぁ、比較的理性が残っている人もいるけどね。それはそれで、後になって能力をうまく使って事件を起こすことがあるから、なおさら困ったものだが」
「……ということは、いずれにしても場当たり的な対処しかできませんね。目的も手段もバラバラってんじゃあ……。
そういえば、『BeSPsyD』ってどんな風に『クラッカー』を追ってるんですか?」
その言葉に、弧月のみならず、冬華とアリシアまでも渋い顔をした。
在人たちが不思議に思っていると、今まで静観していた富嶽が口を挟んだ。
「何もしてないんだよねぇ……。とりあえずは」
「……はい?」
思わず富嶽を見る在人と観咲。当人は誤魔化すように目を逸らして乾いた笑いを漏らしていた。
「あ〜、いやほら、そもそも違法薬物の捜査は警察の仕事だろう? だからルートの捜査なら、そっちに頼った方が早いというか、そもそも俺らは人数少ないから、全国規模の捜査は元々厳しいというか。あれだ、俺らの仕事じゃないんだよ。うん」
「それは……どうなんですか? いや、言いたいことはわかりますけど」
在人は何とも言えない微妙な表情で答えた。ちなみに、観咲は苦笑い。環奈は少し前からお菓子をパクついて、話半分に聞いていた。
「とにかく、俺らは基本は能力者への対応が任務だ。警察からの情報を元に、摘発の際は実働部隊と称して俺らが出張る。相手も能力者の可能性があるからな。
なお、警察でも能力者の存在は一部しか知らねぇ。だからその時は色々面倒もあるかもしれんが、気をつけてな」
頷く在人と観咲だったが、ここで観咲がちょっとした疑問に気付いた。
「……でも、人手ってそんなに足りないんですか? 能力者が増えているのなら、私たちみたいにここに入る人もどんどん増えているんじゃ……?」
「残念ながらそうもいかん。なにせ捕まったやつの大半からはまずヤクを抜かなくちゃならんし、能力を計画的に利用した奴は普通に、ただの犯罪者と扱いが変わらん。まぁ檻はちと特殊だが。
結果、残ったやつはそう多くないということだ。まったく」
困ったもんだ、と頭を抱える富嶽に、在人達は少し同情した。
つまり、人は増えにくい、大手を振って活動しにくい、さらには仕事は危険がいっぱいと、そんな仕事が増えているということになる。これだけ聞くとかなりブラックな職場である。
確かにこれでは、違法薬物のルートの調査など、警察に任せるしかないだろう。全国規模で広がっていると言うし、そちらの方が効率がいい――――
――――そこまで考えて、在人はあることに気付いた。と言っても、なぜ今まで考えなかったのか、という思いと、実際は、さほど重要なことではないのかもしれない、という考えもない交ぜになってはいたが、まず、その疑問となったものをぶつけてみることにした。
「あの……、全国的に、って言ってましたけど、これって日本だけで起きてることなんですか?」
これはあまり気にしていなかったのか、冬華とアリシアもハッとした様子だった。
「そういえば、それ、考えたことなかった……」
「確かに、気にしてもよさそうだが、意外と浮かばないものだな……」
そして、そんな2人と違って、弧月と富嶽は顔を見合わせ、言葉を詰まらせていた。
「あ〜、それな、うん……。
……はぁ。参った。これがグローバル社会ってやつかね。こんな若者が世界に目を向けるとは」
「キミだってそんなに年をとったわけではないだろう。これだって、普段この業界の閉鎖性を知っていれば、思考から除外してもおかしくはない。我々は捜査官とは違うんだから」
その言葉を聞いて、冬華とアリシアは少し得心がいったようだが、在人は、何か面倒なことを訊いてしまったのか、と少しだけ後悔した。
結論を言えば、その後悔は必要のないものだった。
「……これは、能力研究が進まない理由の1つでもあるんだがね。実のところ、この業界は国際的な連携が不十分なんだ」
そう、弧月は語り始めた。




