15.あっという間に終ってしまいました。
Tis brief, my lord
――
私は、アリエルといっしょに、ホールまで戻って来ました。
Q13 さあ、あなたはどうする?
2.らせん階段を上って、男爵を襲う。
3.食堂に入って、奥さまを襲う。
――
「いよいよクライマックスね。さあ、どうしよう?」
「あいちゃん。レックスからアリエルを助けたために、私たちはすでにしびれ薬を使ってしまいました。もう残っている武器は、伝説の聖水だけです。そして、向かう敵は人狼の奥さまと、彼女に操られた狂人の男爵です」
「うん。でも、ここでさ、男爵を襲ってから奥さまを襲うのか、直接奥さまを襲っちゃうのか……、難しいよね」
「ですよね。奥さまを倒すために聖水を使うとなると、男爵に対する武器は何もないことになります」
「そして、男爵には聖水は効かないし、力ずくで襲っても返り討ちに合っちゃうと。
じゃあ、はっきりいって、男爵に勝つすべはないってことじゃん?」
「そうなんです。だから、私は、男爵はほうっておいて、奥さまと対戦すべきだと思うんですけど……、あいちゃんはどう思いますか?」
「もしも、男爵を襲うことで、奥さまを倒すための貴重な情報が得られるよう、シナリオが設定されていたら、うちらはゲーム達成できなくなっちゃうんだね。
ということは、ここは賭けになってしまうと……」
「はい。ただ、男爵を襲って返り討ちに合ってしまっても、やはりゲーム達成はできません。
あいちゃん、ここは奥さまに直接一騎打ちを挑むべきだと思います」
「あらら。チイちゃん。いつになく積極的だね」
「はっ……、ごめんなさい。つい、熱くなってしまいました」
「うん。私も同感よ。ここは奥さまと最終決着といくべきだよ」
「はい――」
こうして、意見もまとまって、私たちは奥さまと最後の戦いを挑むことにした。
私たちは、Q13に対して、3を選んだ。
――
わたしはまわりに注意をしながら食堂の扉へと近づき、扉を少しだけ開けてみました。中には奥さまが一人だけ、食卓の椅子に腰かけています。奥さまはこちらに背を向けて、テーブルに突っ伏しています。どうやら、眠っているみたいです。わたしは、食堂の中に足を踏み入れると、そっと扉を閉めました。男爵さまやアルフレッドが戻ってくるとまずいです。今の内に、奥さまを襲ってしまわなければなりません。でも、あたりに武器になりそうなものは置いてありません。ひょっとしたら、奥さまなら素手のわたしでも太刀打ちできるかもしれません。
わたしは、奥さまの背後にゆっくりと近づいていきました。料理皿が片付けられたテーブルの上には、グラスとお酒の大瓶が置いてあります。奥さまはぐっすりと気持ちよさそうに眠っていらっしゃいます。お顔の色が赤くなっているので、お酒に酔っぱらっていらっしゃるみたいです。わたしはテーブルにのっている瓶を手にして、そのラベルをみてみると、アブサンと書かれていました。わたしは以前にこの名前を聞いたことがありました。強くて、飲みすぎてしまうと脳がとろけてしまうという、とても怖ろしいお酒です。
Q16 さあ、あなたはどうする?
1.奥さまに襲いかかる。
2.奥さまを襲うのを止める。
3.奥さまに聖水をかける。
――
「もうここは、聖水をかけるってことだよね?」
「ですね。私たちに余裕はありません。悔いを残さないためにも、聖水攻撃でいきましょう」
「了解です」
私たちは、Q16に対して、3を選んだ。
――
その時、閉めていたはずの扉が、さっと開きました。わたしはおどろいて、扉の方へ目を向けました。
そこには、アルフレッドが立っていました。
『ミランダお嬢さま。わたくしにできることがあれば、ご助力申し上げます』
わたしはあわてて口元の前で人差し指を立てました。
『しいっ、おじいさん、静かにして――』
アルフレッドはわたしの意図を察して、口をつぐみました。わたしはすぐに奥さまを見つめましたが、奥さまはまだ現状に気づいておらず、ぐっすりと眠られています。
わたしは、アリエルが後ろにひかえておとなしくじっとしているのも、確認しました。
奥さまとわたしとの今の距離は、わたしの歩幅で十歩ほどです。このまま、奥さまに近づいて聖水をかけることができるでしょうか?
と、その時です。テーブルに伏せている奥さまのさらにずっと向こうにある、食堂のもうひとつの扉が、ドタンと大きな音を立てて勢いよく開きました。そこには爛々と光る赤い眼をした男爵さまが立っておられました。男爵さまが大きな声を張り上げます。
『レイチェル――、目を覚ませ! ありんこがお前にたかろうとしているぞ!』
すると、うつ伏せていた奥さまのあたまが、ゆっくりと持ち上がりました。
『ふふふっ……。これから面白い余興が始まろうとしていたのに、ラルフ、私の邪魔をしないでちょうだい。私は最初からこの子たちが部屋に入ってきたことに気づいていたわ。
この子たちがこれから何をしようとしているのか、楽しみに待っていたところなのよ』
『そうだったのか、レイチェル。でも、もうここまでだ。
このラルフ=フィッツヘルベルト男爵さまが、ありんこどもを蹴散らしてくれよう。
まずは、ミランダ――。貴様からだ……』
そういって、男爵さまは不気味な笑みを口元に浮かべました。
わたしの背後には、アリエルとアルフレッドがいます。奥さままでの距離は、わたしの歩幅で十歩ほど。一方、男爵さまはずっと向こうの扉の前に立たれていますが、今にもこちらへ飛び込んでこようとされています。
もう猶予している間はありません。一刻も早く、奥さまに聖水をかけなければならないのです。でも、奥さまへ攻撃するのは、誰に行かせるべきでしょうか?
Q18 さあ、あなたはどうする?
1.みずから、わたしが行く。
2.アルフレッドに行かせる。
3.アリエルに行かせる。
――
不意をつかれた私は、目をぱちくりさせた。
「えっ、何。この質問? 誰が行っても同じじゃないの?」
ふとチイを見ると、彼女は案外と冷静な顔をしていた。
「アルフレッドは奥さまに洗脳されているから、奥さまを攻撃しようとしても、きっとできないのでしょうね。
そして、あいちゃん。こんな質問が出されたということは、正解はおそらくひとつだけです」
「だろうね。だったら、わたしかアリエルってことになるよね。
えー、でもさ、そんなのどっちでもいいじゃん? ただ、アリエルじゃあ子供でたよりないから、結局、わたしのミランダちゃんってことになるんでしょ。なんでこんな馬鹿げた質問をするのかなあ……? ここに来て、エロウサギの意図が読めないよ。
こんな質問をされると、まるでミランダちゃんが奥さまに聖水をかけに行くと失敗しちゃう、って感じを受けちゃうよね」
チイがにっこりと笑った。
「今まではっきりと触れられてはいませんが、もしかすると、人狼の洗脳術は大人にしか効かないのではないでしょうか?
アルフレッドも男爵もみな大人です。奥さまがアリエルを早々に捕えて地下牢に監禁した理由は、子供であるアリエルを怖れていたからではないでしょうか?」
「うん、でも、だったら……?」
「はい。そして、ミランダちゃんは今日誕生日を迎えて、大人の仲間入りをしてしまいました。昨日までは洗脳できなかったけれど、今日から奥さまはミランダちゃんを自由に操れるようになっているのでしょう。だから、奥さまは昨日の晩餐で、あえてミランダちゃんを牢屋に拘束しなくても一日経ってしまえばいい、と判断されたのかもしれません。あくまでも、私の推測に過ぎませんが……」
「なるほど。だから、今日になった時点で、奥さまにはミランダちゃんが全く怖くなかった。仮にミランダちゃんが襲ってきても、眼を見つめて、催眠術にかけて、ミランダちゃんを狂人にしてしまえばいいのだから……。
でも、今はレックスから救い出した子供のアリエルが後ろに控えている……。
チイちゃん、もしかしたら、ここの答えって……」
「たぶん、アリエルに行かせる、ですね」
「まさか、そんな……。でも、それって――、ありえるわ!」
「……、ですね」
「あれれ、チイちゃん。私の渾身のだじゃれに反応してくれないの?」
「あいちゃん、ごめんなさい。あまりにストレート過ぎて、つい、反応のタイミングを逸してしまいました」
チイが申し訳なさそうに顔を赤らめた。
「うん、じゃあ、行くよ。最後の大勝負の決断を……」
「はい。お願いします」
私たちは、Q18に対して、3を選んだ。
――
わたしは後ろをふりかえりました。そこにはアリエルが立っています。
『アリエル、よくお聞きなさい。この瓶の中のお水を、何も考えずに、テーブルにいる奥さまにかけちゃうの。
いい? わき見をしちゃ駄目よ。分かった?』
そういって、わたしはアリエルに聖水の入ったふた付きガラス瓶をしっかりと手渡しました。
『うん。お姉ちゃん。この中のお水をおばちゃんにかけちゃっていいんだね。分かったよ』
そういうと、アリエルはひょこひょこと奥さまに向かって歩き出しました。
『アルフレッド。ついて来なさい!』
すぐさまわたしは、アルフレッドに声をかけると、テーブルの方にかけ出しました。
近づいてくるアリエルの姿を見て、奥さまの目つきがキッと変わりました。
『何? なんでこの子がここにいるのよ? レックス――、レックスはいったい何をしているの?』
奥さまが動揺してわめき散らしています。明らかに奥さまはアリエルのことを怖がっているみたいです。
『ラルフ。お願いだから、このいまいましい餓鬼を捕まえておしまいなさい』
奥さまの命令に、男爵さまははっとされて、こちらへ向かってとび出しましたけど、わたしとアルフレッドが、前に立ちはだかって、邪魔をしました。
『ええい、そこをどけ!』
赤い眼をした男爵さまは、恐ろしい声でわたしとアルフレッドを一喝しましたが、わたしとアルフレッドは男爵さまの腕に必死にしがみつきました。
『くそ。邪魔をするな!』
男爵さまの力は強靭です。まず、アルフレッドがはじき飛ばされて、次にわたしも簡単に振りほどかれて、両腕を押さえつけられてしまいました。
『ふん。お嬢さん。あなたはもう少ししたら、存分にかわいがって差し上げますよ』
そういうと、男爵さまはわたしをからだごと壁に放り投げました。わたしは壁に強く打ちつけられて、意識がもうろうとしました。
でも、このわたしたちのささやかな抵抗の甲斐あって、アリエルは奥さまのすぐそばまで近づいていました。お酒に犯されている奥さまは、椅子から動くことができないようです。
『ラルフ。助けてちょうだい。この子だけには私の神通力が通用しないのよ!』
奥さまは、真っ蒼になって、男爵さまに助けを求めましたが、すでに時遅しでした。
アリエルは瓶のふたをポンとはずすと、奥さまのあたまに、中身の聖水をどぼどぼと、ぜんぶかけてしまいました。
『ぎゃあああ』
恐ろしい叫び声を上げながら、奥さまは、椅子から転げ落ちると、もがき苦しんで床の上をのた打ち回ります。すると、仰向けになった奥さまの口の中から、不気味な緑色をしたけむりがごぼごぼと吹き出してきました。でも、そのけむりの固まりは空中で徐々に小さくなっていき、やがて消えてしまいました。
気がつくと、目を丸くして驚いているアリエルと、気を失って倒れているアルフレッドと、男爵さま、そして奥さまの姿がありました。
『アリエル。よくやったわ』
わたしはアリエルのそばに行って、彼を抱きしめました。
『うん。お姉ちゃん。でも、何が起こったの?』
アリエルは、まだキョトンとしています。
すると、男爵さまが意識を取り戻されました。両方の眼の色は、すっかり、男爵さま本来のきれいな碧い眼の色に戻っていました。
『レイチェル――』
男爵さまはすぐに妻のところまでかけ寄りました。
『おお、大丈夫だ。目を覚ましたぞ』
男爵さまに抱きかかえられた奥さまの目がゆっくりと開きました。
『ああ、ラルフ。私、どうしていたのかしら……』
男爵さまは喜びのあまり、奥さまを抱きしめました。すると、その後ろで、アルフレッドも腰を押さえながらゆっくりと立ち上がりました。
鵺鳥邸での恐ろしい一夜は、終わってみれば、円満な結末を迎えていました。
わたしとアリエルは、にこやかに手をふられる男爵さまと奥さまの優しい笑顔に見送られて、鵺鳥邸をあとにしました。アルフレッドが、深い森の中を、べリアル村までわざわざ、わたしたちの道案内をしてくれました。
こうして、わたしとアリエルの兄弟は、べリアル村まで無事に戻って来ることができました。
めでたし、めでたし……。
ゲームコンプリートです。おめでとうございます!
――
私が見ている画面に、たくさんのウサギのスウィーニーのキャラクターたちが、両腕を上げたり降ろしたりしながら、列になって画面のまわりを回っています。中央には、コンプリートおめでとうございます、と祝福のメッセージが書かれています。
「あれれ、お客さん。ついに終わりまでいってしまったのですね。おめでとうございます。どうです、私の渾身のエンディング画面は――。
ああ、いえいえ、お褒めの言葉は結構です。なにしろ、製作するのに天才のこの私でも丸二日を要しましたんですからねえ」
「うーん、ゲームを終えられた時はすごくうれしかったんだけど、このエンディング画面を見て、プチ興ざめかなって感じ……?」
愚痴る私は無視して、真横を通り過ぎたスウィーニーは、チイに声をかけた。
「いかがでしたか、お嬢さん。ゲームは存分に楽しまれましたか?」
チイが笑顔で答えた。
「はい、とても面白かったです。スウィニーさん、ありがとうございます」
「そうですか。次回作もただいま製作中でして、出来上がったらお嬢さんに真っ先に報告いたしますね。またチャレンジよろしくお願いしますです」
「はい、その時はぜひ呼んでくださいね」
「それなら、お嬢さん。私とお友達登録をしていただけませんか?」
スウィーニーがちらっとチイに目を向けると、
「はい。喜んで」
と、チイはすんなり答えた。
「ちょっと、ちょっと、いつまで二人だけで会話しているのさ。私はどうなっているのよ?」
業を煮やした私が、二人の会話の間に割り込んだ。
「あ、お客さまも、お疲れ様でした。またのお越しをお待ちしております」
スウィーニーがそっけなく返答した。
「なんか、むかつく。ちょっと、スウィーニーさん――。応対が違い過ぎるんじゃないの? チイちゃんと私とで……」
「えっ、そんなことは……、ありませんよ。お客様の思い違いですってば。
ところで、ようやく私の名前を間違えずにいえたようですね。それとも、呼び名のネタが尽きましたかねえ」
「ふん、面白いからちょっとからかってわざと間違っていただけよ。だいたい何さ。エド・スウィニーなんて、覚えにくくて奇天烈な名前を付けちゃってさ……。
どうせ、あんたの本名なんて、エンドウ スネオ、とかいうんじゃないの?」
出まかせに発した私の言葉に、突然スウィーニーが動揺し出した。
「げげっ、どうして私の本名が分かってしまったんだ……。おのれえ、恐ろしき女妖怪め――」
「あれれ、当たっちゃったんだ。適当にいってみただけなのに。あはは……」
「相変わらず、あいちゃんの直感って鋭いですね」
うしろで私たちのやり取りを見ていたチイが、あどけない笑顔で微笑んでいた。
ちょっと前に『人狼村からの脱出(SCRAP&鹿野康二著)』という本が発行されました。読者が質問に答えて、ハッピーエンディングを目指す、いわゆるゲームブックと呼ばれる書物です。読者が、ゲームブックやアドベンチャーゲームで遊ぶプレーヤーになり切って、ゲーム達成を目指すような小説を書いてみたいと思って手がけたのが、本作品『小説・人狼ゲーム3rd』です。
ただ、書いてみると、意外に手こずりました。どこまで謎を深くすればいいのか、プレーヤーであるアイリスやチイにどんな推理をさせるのか。簡単にしすぎると陳腐な内容になってしまうし、かといって、謎を難しくし過ぎても、読者が興ざめしてしまう。加減も分からず、また、書いていてなかなか面白いストーリーにならずに、私にとって相当苦労した作品になりました。ようやく書き終えて、今はほっとしています。
この小説のご意見ご感想をお待ちしております。次回作も頑張ります。よろしくお願いいたします。
アイリス ゲイブ




