二人の男
セリウスたちの出立予定日の、二日前。
まだ朝靄の残る時刻だった。北の領地へ、二人の男が現れた。
旅装束に身を包み、無駄のない足取りで城門へ向かう。迷いも躊躇もない。目的地を知っている者の歩き方だった。
門番が槍を構える。
「止まれ。何用だ」
男たちは顔を見合わせることもなく、まっすぐに答えた。
「私たちは、セリウス様を迎えに来ました。護衛です」
簡潔な名乗り。しかし、門番は眉をひそめる。セリウスの護衛は、今この城にいるローデンのはずだ。
新たな護衛など、聞いていない。城に入れて良いものか。緊張が走る。
やがて報せを受け、城内からセリウスが姿を現した。
外套を羽織り、いつもの穏やかな顔で。二人の男を見た瞬間、その口元がわずかに緩む。
「遅かったじゃないか」
気安い調子。門番たちの空気が、わずかに揺らぐ。知己なのか。
ローデンも後ろから現れ、二人を見据えた。
鋭い視線。
「どうして、ここに?」
低い声。男たちは、揃って肩をすくめた。
「何だ、聞いてないのか?」
呆れたような顔。その態度が、逆に場の空気を重くする。
ローデンは一歩、前に出た。……知らされていない。
「ローデンには、内緒にしてたんだ。この二人は、僕が身分を保証する」
セリウスは穏やかに言った。
門番たちは顔を見合わせ、やがて道を開ける。二人の男は迷いなく城内へ足を踏み入れた。その歩き方は、ただの護衛のそれではない。訓練された軍人の足取りだ。
石床を進みながら、セリウスが軽く振り返る。
「もしかして、人選に揉めた?」
「……多少」
短く答えたのは、背の高い方の男だった。
「少し、過剰じゃないの?」
セリウスは冗談めかして言う。
すると、もう一人がきっぱりと言い切った。
「今までが、異常なのです。護衛一人など、あり得ません」
冷静で、妥協のない声。セリウスは肩をすくめる。
「そうかな。ローデンは優秀だよ」
その名を出されても、二人の表情は変わらない。ローデンは少し後ろを歩きながら、彼らを観察していた。
隙がない。腰の剣の位置、視線の配り方、呼吸の整い方。
——強い。
そして、思い当たる。どうして、この二人が。皇国の第二副騎士団長と第三副騎士団長。どちらも、前線を任される実力者だ。
名だけの護衛ではない。戦場を知る者の気配。
ローデンの背筋に、わずかな緊張が走った。
セリウスは、ローデンと二人の男を伴って、執務室へ向かった。
重厚な扉が開かれる。中ではオルフェウスが書類に目を通していたが、来訪者の顔ぶれを見て静かに立ち上がった。
男の一人が前へ出る。無駄のない動きで書簡を取り出し、両手で差し出した。
「皇国よりの正式な書状です」
オルフェウスは受け取り、封を解く。
室内は静まり返る。紙をめくる音だけが響いた。
やがて一読し終えると、ゆっくりと視線を上げ、セリウスを見る。
「誠、なのか?」
重い確認。セリウスは真っ直ぐに頷いた。
「はい。私は、この二人と共に皇国へ帰ります」
迷いのない声。そして続ける。
「しかし、ローデンはここに、もう暫く滞在させて頂きたい」
オルフェウスの眉が、わずかに動く。
「しかし、理由が……引き続き薬草の調査とは。務まるものなのか?」
慎重な問い。
この北の領地は、学舎ではない。生半可な理由で人を預かる場所でもない。
セリウスは一歩も引かない。
「ここに来る前よりは、明らかに知識を得ています」
穏やかだが、断言する。
「ローデンは剣の使い手でもあります。居ても負担にならないよう努めます」
言い切った。執務室の空気が、わずかに張りつめる。
オルフェウスは、書簡の一文に視線を落としたまま、低く言った。
「期限が、“本人が諦めた時”とあるが……良いものなのか?」
曖昧な期限。
通常の滞在許可とは違う。年数でも、季節でもない。本人の意志に委ねる、という条項。
領主としては、頷きづらい条件だった。
セリウスは静かに答える。
「はい。短くても、長くても」
迷いはない。
「謝礼は用意しております。足りなければ、追加で用意しましょう」
金銭だけの話ではない、と分かっていても、まずは形から示す。誠意と、覚悟を。
オルフェウスは書簡を閉じた。
視線をセリウスからローデンへ移す。この青年は、自ら諦めるまで帰らないということか。
重い沈黙が落ちる。北の領地は、甘い場所ではない。だが同時に、覚悟を持つ者を拒む土地でもない。
オルフェウスはゆっくりと息を吐いた。
その判断が、城の空気を変えることになると、理解した上で。
ローデンは、無表情のまま立っていた。
微動だにせず、ただその場に在る。だが内側では、思考が走っていた。
……待て。何も聞いていない。俺が、ここに残る?しかも――期間は未定?
“本人が諦めた時”。それはつまり、自分の意志ひとつで終わる、ということだ。
そんな話は、聞いていない。薬草は、すべて確認したはずだ。見落としはない。
あるとしたら――ラニアから渡された、あの葉。あれだけは、名も効能も曖昧なままだ。
セリウスは、何かに気づいたのか?
それとも――
この二人は、セリウスの帰国路の護衛。
ならば自分が残る理由も、形としては通る。
だが。残ったとして――俺は、何をする?
薬師としてか。誰かの、護衛としてか。それとも、別の何かか。
無表情の奥で、わずかに視線が揺れた。
自分の意思ではなく、他者の思惑で動くことには慣れている。だが今回ばかりは、話が違う。
諦めるまで、ここに。それは任務ではない。
選択だ。
……何を?ローデンは、静かに息を吸った。表情は、変わらない。だが胸の奥に、小さなざわめきが生まれていた。




