泉からの帰り道
「……いいんじゃない?」
くるりと振り返ったラニアは、まるで散歩の感想でも言うような軽さだった。
「帰ろっか」
ローデンは、まだ荒い呼吸を整えきれないまま問い返す。
「……もう、いいのか?」
「うん」
あっさりとした返事。
ラニアは鞄を開き、中を確かめる。甘甘草の葉を、乾燥させたもの。そして、先ほど胸に抱いていた玉。
どちらも、もう、魔力は込めた。
自分の魔力も——補充した。
何事もなかったようにロキを伴い、歩き出す。ローデンは無言でその後ろをついて行った。
森の中は静かだ。さきほどの衝突が嘘のように、風だけが木々を揺らす。
ずっと無言だった。
森を抜け、城の石壁が見え始めた頃。不意に、ラニアが口を開いた。
「ローデンは、結構やるね」
足を止めずに、軽く振り返る。
「……そうか?」
ローデンは慎重に答えた。自分でも、何をやったのか、うまく整理できていない。ラニアは微笑む。
「あそこで、動けるなんてね」
金色の瞳が、細くなる。
……あれは、酷い。普通なら、膝をつく。剣を抜くどころではない。ローデンは心の中でそう思ったが、口には出さなかった。
「そうそう、これをセリウスに渡して」
ラニアは鞄から甘甘草の葉を取り出す。
何も包んでいない、そのままの姿。
しかし、今回のものは、きちんと乾燥させてある。
「効果は、前と同じって」
ローデンは受け取り、自分のハンカチを取り出した。
丁寧に広げ、葉を包む。
角を揃え、きちんと折りたたんだ。布は、くしゃくしゃではなく、綺麗に畳まれていた。
「あれ? 気にしてたの?」
ラニアが面白そうに覗き込む。
「違う、たまたま、だ」
即答。
……気づかれた。あの日以来、ハンカチを常に綺麗にしておこうと、無意識に気を配っていたことを。理由は、自分でもはっきりしない。
「悪くない、よ」
ラニアは悪戯っぽく笑った。その金色の瞳が、楽しそうに揺れる。
「楽しかったね」
……一体、何処が楽しかったんだ?楽しい、とは、何だ?
「ほら、ロキも尻尾振ってるよ」
ラニアは楽しそうにくるりと回った。
ロキは、そのラニアの周りを駆ける。
……何で俺は、ここにいるんだ。
セリウスを守る立場のはずだ。ラニアとは、距離を取るべき立場のはずだ。
それなのに。
ローデンは、自分の胸の奥に芽生え始めた感情の名を知らないまま、ただラニアを見つめていた。
冬の終わりの光が、二人の影を長く伸ばしていた。
城門脇の回廊から、セリウスは二人の姿を眺めていた。
森から戻ってくる影。並んで歩く、ラニアとローデン。最初にラディンという男が現れた時は、正直、穏やかではなかった。しかも、ラニアと妙に距離が近い。
だが、しばらく見ていれば分かる。あれは身内に近い。
それに比べて——
セリウスは、ふっと口元を緩める。ラニアは変わらない。
自由で、計算高くて、どこか無邪気だ。だがローデンは。いつ見ても、無意識のようにラニアを目で追っている。
今もそうだ。彼女が何か言えば、わずかに表情が動く。距離を取っているつもりで、きちんと隣にいる。
……あんな所で会話か。
森帰りで、まだ人目も少ない場所。良い雰囲気だ。始まり、か、と内心で苦笑する。
自分には、そんな時間はなかった。
いや、あったのかもしれないが——先に決められた話からだ。
出立の日が近い。皇国へ戻る。
この北の領地で過ごした冬は、成果があったとも、なかったとも言える。
残念だな。セリウスは小さく息を吐いた。
自分が去った後、この城の空気がどう変わるのか。それを見届けられないのが、少しだけ惜しかった。




