ラディンが来る
そんなある日、北の領地にひとりの男がやって来た。
「……長かった」
ぽつりと呟き、男は空を見上げる。
「とりあえず、挨拶だけして帰ろう」
陽光を受けて輝く金色の髪。ラディンだった。
彼はそのまま城を訪ねる。最初に姿を見せたのは、エドモンドだった。
「疲れているようだが、無事に戻ってきて何よりだ」
ラディンはかすかに目を細める。
「……そうだな。色々あったからな」
そう言って、彼は遠い目をした。
「今日は疲れているだろう。話も聞きたいし、泊まっていかないか?」
エドモンドがそう言うと、ラディンは小さく肩をすくめた。
「まあ、1日くらいならな」
そのとき、廊下の向こうから足音が近づいてくる。
「あ、ラディン。お帰りなさい」
現れたのは、リリアーナとラニアだった。
ラディンはふと足を止め、ラニアを見つめる。違和感が、胸に引っかかった。
……瞳の色が。
緑ではなく、金色に見える。いや、緑か? だが確かに、光の加減では説明のつかない色がそこにあった。
「エドモンド。ラニアの瞳が、金色に見えた気がしたのだが」
ラディンが言うと、エドモンドは首を傾げる。
「え? 俺には緑に見えるが。リリアーナは?」
名を呼ばれ、リリアーナはラニアの顔を覗き込んだ。
「……あれ? 何か、金色に見える。緑だったよね」
ラニアはぱちりと目を瞬かせ、少しだけ困ったように笑った。
「大きくなったから、魔力の影響が瞳に出てるみたい。魔力のとても強い人や、本質を見抜く人には、多分、金色に見えると思う。今はね……」
「……そうなのか?」
エドモンドは戸惑いを隠せないまま呟く。その横で、リリアーナは言葉を失っていた。
ずっと近くで見ていたはずなのに。誰よりも傍にいたはずなのに。
――気がついていなかった。
「まあ、ラニアはラニアだし。変わらないよね」
内心を殺してリリアーナは言った。
……それは、問題なのではないか?ラディンは一瞬そう思ったが、すぐに考えを改める。
相手はラニアだ。常識から逸脱していても、今さら驚くことでもない。
「旅では、何かあったの?」
リリアーナが問いかける。
ラディンは小さく息をついた。
「……行きは、途中でセラフィーネが病気になった。結局、二週間くらい足止めになったかな」
「師匠が? 珍しい」
リリアーナが目を丸くする。
「あと、島から出ようとしたときに、何か船が壊れたらしくてな。修理待ちをしていた」
淡々と語るラディンに、エドモンドは苦笑しながら肩を叩いた。
「……大変だったな」
「それから――島を出るときに、セラフィーネが妙なことを言っていてな」
ラディンが思い出すように目を伏せると、リリアーナが身を乗り出した。
「何て?」
「――もしこの島を捨てて、あなたを追って行ったなら。そのときは、どうか受け入れてほしい、と」
言葉を選びながら、ラディンは静かに答える。エドモンドが、ごくりと喉を鳴らした。
「……何て、答えたんだ」
「島の王女には、無理だろう――そう言った」
「……そのあと、セラフィーネは何か言っていたのか?」
エドモンドが慎重に尋ねる。
ラディンは少し考えてから、肩をすくめた。
「ええと。それはいいから、受け入れるのか、と言っていたな。まあ、絶対に無理だから、いいぞ、と返したが」
その言葉を聞いた瞬間、エドモンドは口を閉ざした。沈黙が落ちる。
……俺でもわかる。
それは、いちばん言ってはいけない言葉だ。
エドモンドは、口には決してしなかった。
いつの間にか会話の輪に加わっていたオルフェウスが、ひどく沈痛な面持ちで口を開いた。
「ラディン。男に二言は無い、って知ってるか?」
その声音には、妙な重みがあった。
「……いや、彼女は来ることは無いだろう」
ラディンはその圧に少し、身をひいた。
少し離れた場所では、セリウスとローデンがさりげなく聞き耳を立てている。
……突っ込みどころが、多すぎる。
ローデンはふと視線を動かした。
ラニアが、ごく自然にラディンのすぐそばに立っている。
それが、なぜか妙に気にかかった。
セリウスとローデンは、自室へと戻った。
「ラニアの瞳って、緑だよね?」
セリウスが何気なく口にする。
――俺には、最初から金色に見えていた、と言うべきか。ローデンはそう思ったが、口には出さなかった。
「このあたりの人は、魔力で瞳の色が変わる種族だったりするのかな」
独り言のようなセリウスの言葉に、ローデンの胸中はわずかにざわめく。
――違う。あれは、人外だ。人ではない。
だが、ローデンはそのまま無言を貫いた。
その沈黙を別の意味に取ったセリウスは、ふっとため息をつく。
――あーあ。そんなに、あの男とラニアが親しげだったのがショックだったのか。
ラディン、と言ったか。確かに整った顔立ちだった。あれでは、ローデンに勝ち目はない。ほぼ、絶対に。
いや、もしかすると兄妹か血族かもしれない。そうであれば、まだ望みはあるのか。
頑張れよ、とセリウスは心の中でひそかにエールを送った。
その夜、セリウスはローデンに内緒で手紙を出した。




