ロキは見た
ローデンはラニアの手を引いたまま、中庭まで来ていた。
「いつまで、手を引くの?」
その声に、はっとしてローデンは手を離す。
急に、妙な気まずさが落ちた。
しかし、口を開いた。
「あのさ。ちゃんと、自分のことを言った方がいいぞ」
ラニアは、じとりとローデンを見る。
「……関係、ない」
ぽつりと落ちた言葉。
「いや、体調とか、思ってることとか」
ローデンは少し早口になった。
……俺は、何を言ってるんだ。
ラニアの瞳に、わずかに悲しい色が宿る。
「……言えない、し。言わない」
静かな声だった。
「言わないと、わからないだろう? 決めつけるなよ」
ローデンは言った。
ラニアは、どこも見ていなかった。
「言っても、変わらないよ。きっと」
その言葉に、ローデンは何も返せなくなった。
「……じゃあ、体調悪くなったら、俺に言えよ。泉まで、背負ってやるよ」
ローデンはそう言った。
……俺は、何を言っている?
ラニアは小さく首を傾げる。
「もう少ししたら、国に帰るのに?」
「それでも、だ」
間を置いて、ラニアがふっと笑った。
「あはっ。変な人だね」
金色の瞳が細められる。
「ありがと。……少し、胸が暖かいかも」
弧を描いた唇が、ローデンの脳裏に焼き付いた。
「……ちゃんと、言えよ」
ローデンは言う。
「その時が、来たらね」
ラニアは手をひらひらと振り、その場から立ち去った。
ローデンだけが、中庭に取り残された。
ローデンは、去っていくラニアの後ろ姿をただ見送っていた。
……俺は、何をしたかったんだ。
頭の中には、さきほどの笑顔だけが残り、思考はそこで止まっている。
その中庭の様子を、少し離れた場所からセリウスはしっかりと眺めていた。
――いい感じじゃないか、ローデン。
ラニア、微笑んでいるぞ。そこだ。踏み込むんだ。心の中で声援を送りながら、しかし次の瞬間には肩をすくめる。
――あーあ。全く、駄目だなぁ。
人の恋路というものは、どうしてこうももどかしくて、そして面白いのか。
セリウスは、しみじみとそう悟っていた。
リリアーナは、ラニアの姿を探して走っていた。
胸の奥がざわついて、落ち着かなかった。
……いた。裏庭の端で、ラニアがロキと遊んでいる。穏やかな光景に見えた。リリアーナは足を止めた。
「ラニア、さっきはごめんなさい」
息を整えながら、そう声をかける。
「どうして、謝るの?」
ラニアは首を傾げた。
「誰にだって、言いたくないことはあるよね」
リリアーナは一度、言葉を飲み込んだ。それでも、伝えたいことだけを選ぶ。
「けれど……ラニアに何かあったら、私は心配なの」
ラニアは、少し目を見開いてリリアーナを見た。その瞬間、リリアーナはラニアを強く抱き締めた。
「無茶なことは、しないでね」
ラニアは何も答えない。リリアーナは、抱き締めたまま、そっと問いかける。
「返事は……?」
ラニアは、少し間を置いてから、渋々といった様子で答えた。
「……わかった」
リリアーナは、ラニアを胸に抱き寄せ、いっそう強く腕に力を込めた。
「……苦しいよ」
ラニアが小さく抗議する。それでも、リリアーナの腕は緩まない。まるで、離せばこの温もりごと失ってしまうとでもいうように、彼女はラニアを抱き締め続けていた。
その様子を、ロキは少し離れた場所から見ていた。
――ラニア、嬉しそうだな。
口ではそっけないことを言っているのに、口元がわずかに緩んでいる。
ロキは静かに尻尾を揺らした。




