リリアーナは気づく
その翌日、リリアーナはふと気がついた。
あの、淀んでいた玉が、透明になっている。
思わず手に取り、光にかざす。
……いつ?
一昨日までは、確かに濁っていたはずだ。見間違えるはずがない。記憶を辿る。
……ローデンと散歩に行った時?リリアーナは、ラニアを呼んだ。
「これ、いつこの色になったの?」
ラニアはあっさりと答える。
「昨日だよ」
「ローデンと一緒だった時に?」
「そうだけど?」
あまりに自然な返事に、リリアーナは言葉を失った。沈黙が落ちる。
自分が一番ラニアに近い存在だと、思っていた。そして、ラニアにとっても、自分が一番なのだと、疑いもしなかった。
「私は、手伝う必要なかったの?」
リリアーナは静かに尋ねた。
ラニアは首を傾げる。
「昨日は、セリウスの相手で大変だったでしょ?」
……確かに、そうだけれど。リリアーナは、じっとラニアを見つめた。
「あの淀みは、毒、よね? どうしたの?」
慎重に言葉を選ぶ。ラニアは、あまりにも普通の口調で答えた。
「森の中で、穴を掘って、埋めた」
「ローデンと?」
「まあ、そうかな」
ラニアは軽く言った。リリアーナの胸に、小さな棘のようなものが刺さる。
「ローデンは、皇国の人よ。知られても、良いことなの?」
ラニアは、まったく気にした様子もなく言った。
「知ろうと、知らないでいようと、関係ない」
「……そうじゃ、ない」
リリアーナは低く言った。ラニアは、怪訝そうにリリアーナを見返した。
「あなたは、私にとって特別なの。危険なことは、してほしくないの」
リリアーナは、まっすぐにラニアを見て言った。ラニアは、わずかに目を見開く。
「でも、リリアーナの特別は、エドモンドでしょ?」
その声音は、どこか平坦だった。
「どちらも、特別なの」
リリアーナは迷いなく答えた。ラニアは小さく息を吐く。
「我が儘だね」
「最近、ラニアと一緒にいられる時間、あまり作れなかったけど……それも、関係してるの?」
ラニアは、答えなかった。きゅっと引き結ばれた唇が、何より雄弁だった。
「黙っていたら、わからないよ」
リリアーナの声は、やわらかいのに、逃げ道を与えない。
ラニアは、ゆっくりとリリアーナを見た。その瞳は、ひどく静かだった。
ローデンは、そのやり取りを物陰から聞いていた。
……理解不能が、さらに理解不能になった。
けれど、ひとつだけ、はっきりしていることがあった。リリアーナがラニアを責めるのは、違う。
考えるより先に、身体が動いていた。ローデンは二人の間に踏み出し、ラニアの前に立つ。
「ラニアは、ずっと頑張ってた」
……俺は、何を言ってるんだ?
「問うのは、違ってる」
リリアーナの声が、静かに返る。
「これは、私とラニアの問題なの。あなたは関係ない」
その言葉に、ローデンは言い返せなかった。ラニアが、そっとローデンの服の裾を引く。
無言で、首を横に振った。それでも、ローデンは口を開いた。
「かもしれないが、ラニアをよく見てやれよ」
リリアーナは、きょとんとした顔になった。ラニアは、俯いたまま動かない。
「ラニア、来い」
ローデンは、ラニアの手を引いた。引かれるまま、ラニアは歩き出す。
その場に、リリアーナだけが残された。
リリアーナは、その場にひとり残されたまま、しばらく動けずにいた。
……違うの。
胸の奥で、言葉が渦を巻く。私は、ラニアを責めたかったわけじゃない。ただ、心配だっただけ。何かを、ひとりで抱えて。ひとりで、何かをしていそうで。それが、怖かった。
本当は、抱き締めて――
「言いたいことは、言ってもいいよ」
そう、言いたかっただけなのに。ラニアが、私に何かを遠慮している。それが、たまらなく、苦しい。
リリアーナは、唇をきゅっと結んだ。




