ラニアのお礼
ロキは、ラニアの服の裾を咥えるようにして、先ほど掘った穴の方へ引いていった。
ラニアは素直にその後を着いていき、穴を覗き込む。しばらく見つめたあと、迷いなく手を差し入れ、埋めたはずの玉を取り出した。
……透明、だと?
ローデンは目を見開いた。
先ほど見たとき、あれは確かに、淀んだ色をしていた。見ているだけで気分が悪くなるような、禍々しい塊だったはずだ。それが今は、澄んだ水晶のように、何の濁りもなく光を通している。
ラニアはその玉を見つめ、ふわりと笑った。そして、ロキの頭を優しく撫でる。
ロキはくるりとローデンの方を向き、短く鳴いた。
ラニアは玉をそっと地面に置き、ローデンの方へ歩いてくる。
「ありがとう」
上目遣いにローデンを見て、そう言った。
……人外が、俺に、礼だと。そんな目で、見るな。
「助かった」
ラニアは少しだけ、恥ずかしそうに笑った。
ローデンの思考は、そこで止まった。
ラニアは再び玉を拾い上げると、それを胸に抱きしめるようにして目を閉じた。
……何を、している?
どれだけ見ても、ローデンには理解できない。ただ、あたりに満ちていた重さが、わずかに軽くなったような気がした。
ラニアはしばらくそのままでいたが、やがて目を開けると、
「お待たせ」
そう言って、玉を鞄に入れて何事もなかったかのように歩き始めた。
城に着く頃には、空はすっかり夜の色に染まっていた。
ローデンは、道すがら何度も口を開きかけた。聞きたいことはいくらでもある。あの泉のこと、玉のこと、ラニアの力のこと。だが結局、何ひとつ言葉にできなかった。
隣を歩くラニアは、起きてからというもの、驚くほど普通だった。足取りは軽く、時折ロキに声をかける余裕すらある。
……人外と魔物との散歩が、普通の散歩に見えるなんて。俺は、壊れたのか?
ローデンは真剣にそう考えていた。やがて城の灯りが見えてくる。その手前で、ラニアがぴたりと足を止めた。振り返り、ローデンを見る。
「皆には、内緒だよ」
さらりと言った。
「何て、言い訳をするんだ」
ローデンは低く聞いた。
「散歩して、疲れて昼寝してた、で良いんじゃない?」
ラニアはあっけらかんと言う。
……明らかに、無理だ。
もっと他に、ましな言い訳はないのか。ローデンは必死に考えたが、何も浮かばなかった。結局、
「わかった」
と、渋々うなずくしかなかった。
城門をくぐった途端、足音が駆けてきた。真っ先に現れたのはリリアーナだった。
「ラニア、どこに行ってたの? 心配してたのよ?」
息を弾ませながら、ラニアの前に立つ。
ラニアは少し首をかしげて、いつもの調子で答えた。
「ごめん。森を散歩して、途中で疲れて昼寝してた」
「もう……。でも、無事でよかった」
そう言って、リリアーナはラニアをぎゅっと抱き締めた。
ラニアは驚いた様子もなく、そっと腕を回す。そして、心から満たされたような、柔らかな笑みを浮かべた。少し遅れてエドモンドとセリウスがやってくる。理由を聞いた二人は、ラニアとローデンを交互に見て――
絶対違うな……。
そう言いたげな、疑いの目を向けていた。
ローデンは、その視線を受けながら、静かに思った。
……明るい未来が、まるで見えない。
夕食後、セリウスとローデンはそれぞれの部屋に戻った。扉が閉まり、二人きりになった途端、セリウスが口を開く。
「……何があったのかな?」
ローデンは視線を逸らした。彼はセリウスの護衛だ。長時間、無断で離れるなど、本来ならあり得ない。
「……俺の口からは、言えない」
低く、押し出すように言う。
――言っても、信じてもらえるのか?
「僕に、隠し事?」
セリウスの声は、わずかに上擦った。
「そうじゃない。どう言えばいいのか、わからない」
ローデンは辛うじて答えた。
――そのまま話しても、結局、わからないままだ。
「そっか……」
セリウスは小さく頷いた。
だが、その内心はまったく別の方向に走っていた。
……これは、絶対に初めての恋に混乱しているんだ。二人きりの時間のことなんて、恥ずかしくて話せないよね。わかるよ。自分だけの宝物にしておきたいよね。
うんうん、青春だ。僕は、応援するからね。
セリウスは、ひとり静かに、盛大に勘違いしながら頷いていた。




