リリアーナ達、領地に戻る
領地への帰り道。
一同は驚くほど静かだった。
リリアーナはラニアに寄り添い、ラニアはリリアーナに身を預けていた。
エドモンドは、ただ自分の手を握りしめていた。
皆、それぞれの思いを抱きしめていた。
そして領地に到着すると同時に、エドモンドは急ぎオルフェウスとマルグリットのもとへ向かった。
報告は多かった。
姉――イレーネが生きていたこと。酷い火傷を負っていたが、リリアーナが治したこと。その後、騎士団長と偶然出会い、その息子の失われた視力を取り戻したこと。イレーネには、もう住む場所があり、決して一人ではないということ。
話を聞いたオルフェウスもマルグリットも、
言葉を失った。驚き。深い悲しみ。…そして何より、無事を知れた喜び。
「……名乗れませんでした」
エドモンドは握った拳を見つめながら言った。
それは、悔しさだった。近くにいたのに――“弟だ”と言う勇気を持てなかった。
オルフェウスは背に手を置き、静かに答えた。
「イレーネが、生きていると分かっただけでも良い。それだけで……十分だ」
「しかし……」
エドモンドがまだ言おうとしたその時、
ラニアがぽつりと口を開いた。
「イレーネは笑ってたよ。 それだけで、いいんじゃない」
その声には何の感情も混じらない。ただ――事実を述べただけ。だがその一言は、オルフェウスとマルグリットの心に大きな安堵となって染み込んだ。
しばらくの沈黙のあと、オルフェウスはぽつりと呟いた。
「しかし……リリアーナの治癒の力が、ここまでとはな」
エドモンドは眉を寄せた。すぐに思い起こすのは、騎士団長の言葉だった。──その力は、王都へ来るに値する。
「団長は、リリアーナの名は伏せると約束してくれました。けれど……気がかりです。治ったことは喜ばしいはずなのに、素直には……喜べません」
手にしたものは大きい。だが同時に、背負うものもまた大きくなっていた。誰もその言葉を否定できなかった。
「騎士団長の言葉は、確かに気になりましたが、私の居場所はここです」
リリアーナはそう言って、エドモンドの手を包み、エドモンドを見つめた。真っ直ぐに、澄んだ瞳で。
「リリアーナ…」
エドモンドはリリアーナの手を強く、握りしめた。
リリアーナが領地へ戻ってから、穏やかな日々が再び始まった。
リリアーナは毎日、甘甘草に魔力を注いだ。それはもう、大量に。そして、葉を摘んではお茶作りに励んだ。
マルグリットは歓喜していた。
そして――エドモンドとの結婚式の準備。
魔鳥の襲来が収まったあとに、と日取りを決めた。ドレスを合わせ、二人で過ごす部屋の内装を考える時間はくすぐったくて、幸せだった。平和な毎日に、少しずつ夢が形になっていく。
そんな中、マルグリットから「妻としての心得」の授業が始まった。リリアーナには知らないことが山のようにあり、マルグリットが呆れ返ることもしばしばあった。
それでも、リリアーナは真面目に耳を傾けた。ふと、不安が胸をよぎり、ぽつりと言う。
「……私に、できるのでしょうか」
マルグリットは、娘を見るような優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。誰だって、最初は不安になるものよ」
その言葉に背を押されるようにリリアーナは小さく頷いた。
夜、リュートを弾くリリアーナの隣にエドモンドが寄り添っていた。
「それ以上近いと、弾くのに邪魔です」
リリアーナは言ったが
「じゃあ、歌だけにすれば」
とエドモンドは笑った。
「……もう」
リリアーナは膨れっ面をしつつも、エドモンドから離れることはなかった。
……誰も二人の間には、入れなかった。
一方で、ラニアはというと――
いつもリリアーナの少し後ろを歩いていたが、気づけば姿が見えなくなることもあった。
誰もが「いつか聞いてみよう」と思いながらも、気づけばまた側にいるので深く追及しないまま時が流れていった。
オルフェウスとエドモンドの訓練も再開された。
訓練再開当初、オルフェウスは遠く空を眺めながら思った。……もう少しゆっくり戻って来ても良かったのだが。
……エドモンドの訓練は、日々オルフェウスの限界を試していた。
結果、オルフェウスは自分の全盛期を越えるほど、強く弓を放てるようになっていた。
……オルフェウスが、自分を信じられないほどに。
魔鳥の襲来は、もうすぐそこに迫っていた。
そしてある日。いつもと同じように、リリアーナとラニアは森へ薬草を摘みに出かけた。
本当に、何の変哲もない朝だった。誰も、疑いもしなかった。だが――その日。
……ふたりは帰らなかった。
一方、王城では――
騎士団長が国王の御前に呼び出されていた。
静寂を裂くように、国王が口を開いた。
「息子の目が見えるようになったと、噂で聞いた。……事実か?」
その声は低く、威圧的で、揺るぎない。
……もう、王の耳にまで届いたか。
騎士団長は一瞬だけ目を伏せ、すぐに恭しく答えた。
「はい。運良く、優れた治癒能力を持つ者に
出会うことができました」
「その者の素性は確認してあるのだろうな」
疑念を孕んだ国王の問い。
騎士団長は、背筋を正し告げた。
「存じております。しかし治癒の代価として
その者に関する一切の情報を伏せると約束いたしました。……たとえ国王陛下であろうとも、申し上げることは叶いません」
国王は、鼻で笑った。
「そうか……。まあよい」
だが、その目は厳しく光る。
「…探す手立てならば、いくらでもある」
聞こえないよう、小さく、短く吐き捨てると、手のひらをひらりと振って退去を命じた。
騎士団長が去る背を睨み、
国王はすぐに側近を呼びつける。
「――聞いたな」
「はっ」
「急ぎ、その人物を探し出せ。どんな手を使っても構わぬ」
「仰せのままに」
側近は音もなく姿を消した。
……静寂だけが残った。国王は、何もない空間を見つめていた。




