03:妖精とたこ焼き
結局、茅蒲野駅前でお土産類を買う時になってようやくこの二人では酒が買えない事に気がついた。俺は未成年で、ユキヒメは身分証が無い。
押し切れば行けるだろうが、そこはそれ。問題になりそうな行動は控えめにするに越した事は無い。夜にでも父さんと買いに行くとして、最中や煎餅、チョコレートといった食い物系を抱えて帰宅する。
「ただいま~」
玄関で声を掛け、両手の紙袋をドサリと置くと。
「あにぃ、ユキヒメさんおかえり~」
「ソウジ様、お帰りなさいませ」
「おかえりなのじゃ!」
ヒョイヒョイヒョイと顔を出すメンツに何か混ざっていた。
「は~疲れたわぁ、はよう羽伸ばしたいわ」
「比喩じゃなく、本当に窮屈そうでしたね」
「いつもの服なら簡単に出せるからねぇ。綺麗やけど、同じ生地で仕立て直して貰わんとな」
完全に無かった事にして、セリスと真由の頭をポンポンと叩いてリビングに向かう。
「お土産か! お土産なのじゃな! 楽しみじゃのうどんな物が入っておるのじゃ?」
玄関先に置かれた紙袋を必死に伺うソレ。食われては流石に不味いので、仕方無く相手をしてやるため、頭を後ろから掴み力を込める。
「何をしているんだ……?」
「いだいいだい!! 割れる、割れるのじゃ……!」
「言ったよな? ゲート使う時は問題起こると面倒だから、必ず俺と同行しろと」
「ほ、他の者は言われておらんのじゃ! 差別なのじゃ!」
「うちはちゃんと守ったで。ソウジ君、ソレ変わろか?」
効果はより出そうだが、俺の力でも十分なので変わったら玄関がホラー映画になってしまうのは明白。丁重にお断りする。
良識有る人には特に言って無いが、問題児扱いされたこの二人には慣れるまでは同行が条件と言い含めてあったのだ。
「ペナルティだ。お前からは使用権限を剥奪する」
「ま、待つのじゃ! 早まるでない! 我も一人で来た訳では無いのじゃ!」
真由とセリスの方を見ると、リビングの方を指差す。二人じゃないとすると誰だ?
「誰かと来れば良い訳じゃねぇ、俺を通せ!」
「こ、心に刻んだのじゃ。だから離すのじゃあ!」
解放されこめかみを押さえるメビウス。こういう躾けは大事なのだ。
「で、誰が来てるって?」
文句の一つも言ってやろうとリビングに入ると、かなり意外な人物が居た。
「やぁソウジ君。お邪魔してるよ」
「アレンさん? どうしてまた」
爽やかな挨拶をしながらも、手元の資料を見ながらあれやこれやと母さんに何かを説明している。
「ああ、総ちゃん。ちょっと一緒に考えて欲しいの」
何の事かと食卓で行われている会話に参加してみる。
「本当はお越し頂いた際にしようかと思っていたんだけどね。こういった話し合いでお時間を取らせるのも悪いだろうと、女王様から先に済ませておけって命令されちゃってね」
「で、これは何ですか?」
「色々と融通して貰っているからさ、どうせなら正式に交易として当たり障りの無い物資を輸入出来ないかなと思ってね」
その為の候補が書かれているのであろう書類なのか。
「あにぃの許可取ってからって言ったんだけどね、アレンさん結構押しが強いんだよね」
「国の為ですよ。上手く行けばハイランドの特産品になりますしね」
今回の騒動が一段落したので新宰相となったから張り切ってるのは判るが、これは少々頂けないかな。
「んー、正直駄目ですね。日本からの物資の持ち込みは全部俺の権限でやります」
「う、案外そこら辺しっかりしてるんだね……」
「俺自身匙加減に苦労してますからね。契約したからって持ち出されて、神様お怒りじゃ元も子も無いでしょ?」
「まぁ……そうだよねぇ。良いアイデアだと思ったんだけどな……」
ガックリして肩を落とすアレンさんには悪いが、身内だからと許可を安易に出しすぎたかなと反省する。
あの場に居たメンバーは信頼に足ると思っているし、それは間違い無いとは思う。今回だって国の繁栄を思っての事だろうし、そこに邪な心は無いのも判る。
メビウスの件もあるし、一回全員にちょっと厳しく言わなきゃな。
「後でちゃんと通達しますけど、通行は許可しますが物資の移動の際は俺の許可を必ず得る事! 後は俺が慣れたと判断するまでは勝手に使わずに、俺かセリスか真由を同行する事! ちょっと厳しめに行きましょうか」
「軽率でした、反省します……」
うーん。とても居心地が悪い。あの装置にしろ借り物な訳で、そこで俺が偉そうに言って良い物か?俺自身も今度私用で使う訳だし、便利だけど厄介な代物な気がしてきた。
飄々としているようで、結構な野心家だったアレンさん。善悪の判断は付くし悪い人じゃない、今後は控えてくれるだろう。俺も調べ物にかこつけて、何かと日本に居る事が多くなってしまっているのは不味いかもしれない。意識がズレ始めたら何時か痛い目を見る気がする。
「決めた、俺も控えよう」
唐突に宣言したせいか、周りがキョトンとなっている。
「突然何、あにぃ?」
「何を控えるのですか? 食事ですか?」
そこまで食いしん坊じゃないんだが。それとも太ったか?
「いや、俺とかが安易に使うからこうなるんだよな。真由はしょうがないにしても、セリスもなるべくアルテミアで暮らさないか?」
「ふぅん、殊勝な事言うてるやん?」
「何かこのままじゃ日本側の立ち居地になっちゃいそうでさ、怖いんだよね」
「確かにある程度線引きは必要かもしれませんね。ソウジ様とご一緒してるせいか、私もこちらに居るほうが多い気がしますし」
「だろ?」
各々で節度を守って楽しくね。何かの標語になりそうな感じだ。そんな空気をぶち壊すヤツもいるのだが。
「嫌なのじゃー! 折角こんな面白い事になってるのに、それじゃつまらないのじゃ!」
「そういやアレンさん、何でこいつ連れてきたの?」
「いやぁ。話し合いに伺うと言ったら付いてくるって聞かなくてね。僕も初めてだからどうしようかと困ってた所だよ」
「ああ、そうじゃ。用事があって来たのじゃ。この間の件で暫く里帰りするからの、土産と挨拶に来たのじゃ」
ケロっとして真剣な表情で用件を切り出すメビウス。それを先に言えと。
「お前も帰るのか。いつ出るんだ?」
「明日じゃの。妖精族の里と迷宮の方を見てくる予定じゃ、暫く会えなくなるから寂しいじゃろうなぁ」
「静かになってええんちゃう?」
ユキヒメを指差して、それだ!とアピールする。
「全く毎度毎度余計な事を。折角良い物を授けてやろうとしてしたのにのう」
「良い物? ロクでもない物じゃないの?」
「まぁ置き土産代の代わりじゃ、ほれ」
ポイっと俺に投げられる飴玉。じゃない、これ宝珠だ。
「あの小僧も食えんヤツじゃの。ちゃんと説明すれば良かろうに」
「どういう事?」
「あの時、言うておったじゃろうが。『マナが無いから魔術も使えないガラクタ』じゃと」
「……え、まさか?」
「それで使えるんじゃないかの? 我には里帰りを促しておきながら必要な事態が起こりえるのはお主の周囲が一番濃厚。そうしろとでも言いたいように聞こえたぞ?」
案外この子頭回るのね、感心しちゃう。
若干オネェになってしまう程動揺して、神剣を取り出し元々宝石が埋まっていた穴に入れてみる。
『ジャン?!』
効果覿面、ニョッキリと刀身が生えた。
「なんか電池みてぇだな……」
「大きさはさほどでも無いからの、あまり使いすぎるとすぐに切れるのじゃ」
「ああ、でもこれは助かるぜ。イザって時どうしようか悩んでたとこだ」
「内助の功は我がトップの様じゃのう。感動したなら迷宮復興の支度金を用意させるが良いのじゃ」
「まだそれ言ってるのかよ……」
呆れながらもリビングで試し振りしてみたら母さんに怒られた。
「うん、前まで通りだ。やっと腰が寂しく無くなるな」
剣客かと自分でツッコミを入れるが、本当にしっくりとくる。鞘はアルテミアの部屋に有るので後で取ってこよう。
「ソウジ君、神剣はあんまり派手に使わない方が良いかもしれない。元魔術師達の中には結構過激な事考えてる奴らがいるらしいし、未だに魔術が使えると知れたら何言われるか分からないよ?」
一部始終を見ていたアレンさんが忠告してくる。魔術が使える理由が知れたらメビウス達に迷惑が掛かるのは明白、使用の際には細心の注意を払うように心がけよう。
「暫くは普通の剣ってことにしておくか。皆も内緒ね?」
コクコクと頷いてくれる一同。宝珠の件は抜きにして、フィリス女王には伝えておいてくれとアレンさんに頼む。
「了解したよ、自衛の手段を持ってくれるとこっちも助かるしね。今ソウジ君に死なれたら、お先真っ暗さ。ユリウスも回復次第護衛に付くって張り切ってるし、長生きしておくれよ?」
「健康管理はお任せ下さい!」
「その他サポートは任せなさいっ!」
フンと鼻息荒くポーズを決めるセリスと真由。何か似てきたな……。
片方ずつ頭に手を置いて頼りにしてるぜと言ってやると、更にテンションが上がってしまった。その様子を苦笑しながら見るアレンさんが母さんに話しかける。
「では商談はご破談で。まぁ交易は駄目として、国としてはご子息・ご息女に多大な恩が有るわけですから。金銭は意味が無いにしろ、こちらの食材や贈答品くらいは受け取って貰いますよ? これはメンツの話です」
「贈答品って総ちゃんのペンダントみたいなやつかしら? あんまり高そうなのは受け取れないわね」
「勲章の事ですかね? ご所望なら作らせますがご希望で無いですし、恐らく農作物辺りが妥当ですかね」
「お野菜とかを頂けるなら助かりますね」
「正直こちらの食材の方が美味しいでしょうけどね。調味料をこちらの物を使えば、我が国の物でも美味しくなるでしょう」
そこからは主婦の会話かというような、どんな野菜が有るのかとかそんな話になってしまった。ここ数ヶ月で出費の嵩んだ家計には有り難い話なのかもしれない。
話は長くなりそうなので真由とユキヒメを母さんのサポートに付けて、メビウスの土産を買いに出る事にした。
宝珠の件も有るし、どうせ言ってもついて来るのだろうからメビウスも連れて行く事にする。
◆
「ふおお……石ばかりで出来た町じゃのう。こんな硬い地面では植物など育たぬのではないか?」
真由の小さい頃の服を引っ張り出し、黄色のパーカーと長ズボンを履かせた。背中のこんもりを隠す為にリュックを背負わせ、更に帽子を被せるだけと比較的手頃な変装である。これだけでどこからどう見てもはしゃいでる外国人の子供に見える不思議。地方都市なので外国人ってだけでも目立つのはご愛嬌か。
「まぁ居住区だけだよ。一応は野山もあるし、ここら辺は自然が残っている方かな」
逃げ出さないように両手はガッチリと俺とセリスで握っている。バスは避け、長い長い下り坂をのんびりと歩いて駅前に向かっている最中だ。
「と言っても土なんか見当たらないのじゃ。もう少し自然を大事にしろと言いたいのじゃ」
ガラにも無く妖精っぽい事を言ってくれる。俺の腰より少しだけ高いくらいだが、これでも4桁単位で生きてきた生物。一家言あるのだろう。
「これからアルテミアもこうなってしまうのかのう。それは少し寂しいのじゃ」
「今は自然しか無いからなぁ。ここまでになるのは当分先じゃないかな」
「お主らは数百年でここまで来たのだろうが、そんな物あっと言う間なのじゃ」
「私達も自然は残せるように頑張りますから、大丈夫ですよ」
プンプンと怒るメビウスをセリスが宥める。なんというか、現在の自然保護の流れを最初期から意識させるべきかなと心のメモに書きとめる。
道すがら、車や通行人を凝視するだけのメビウス。予想外に大人しいのでこちらの方が心配になる。
「もっとはっちゃけるかと思ってたけど、案外大人しいなお前」
「容姿で判断するでないわ。これでも弁えてるつもりなのじゃ、問題を起こせば火の粉が降り掛かるのはお主じゃろ?」
こいつからそんな正論が聞ける日が来るとは。少しだけ見直したかもしれない。
「問題行動は多いですけど、最近は大人しいですからね。この状態なら多少は多目に見てあげます」
「セリスは最近ガードが固いのう。そんなに夫が取られるのが不安か?」
「取られるなど微塵も思っていませんわ。ソウジ様は私一筋と仰ってましたし」
「その割にはさっきユキヒメとも何か良い感じじゃったのう。通じ合ったというか、気さくになっておったのう」
「お前な、変にかき混ぜるんじゃないよ……」
「あ! それは少し気になってました! ソウジ様、どういう事ですか!?」
「どうもこうも無いって、先代さんの孫に会っただけだよ?」
「怪しいのう。『俺が先代なんか忘れさせてやる!』とか言ったんじゃないのか? ああ見えてあやつは初心じゃから、そんな言葉でもイチコロなのじゃ」
「そんな……」
「いや、だからね……何もありません。嘘じゃないですよ?」
こういう事するから株が下がるのに。握っていた手を離して、頭を思いっきり掴む刑を執行した。
◆
「お久しぶりです、ミトさん!」
「こんにちはミト様」
「おや? 総司とセリスちゃんじゃないか、また帰ってき……」
駅前まで来たついでに、さっき寄り忘れてしまったミトさんの店に顔を出す。騒動が終わった後、報告には来たのだが数日振りに顔を出した次第だが、言葉も半端に何故か凄い目を丸くしてこちらを見ている。
「ソウジ、ここは何の店なのじゃ?」
「俺の働いてた店だよ。粉物のたこ焼きっておやつを売ってるんだ。この人はお世話になったミトさん」
「ほほ~食い物屋か。メビウスじゃ、宜しく頼むぞミト」
シュビっと手を上げるメビウスだが、ミトさんの反応は無い。最初の台詞のまま、固まっているのだ。
「あの……ミトさん?」
「え、ああ。済まないね。いや、異世界の人ってのは育つのが早いね」
「ん? そうですか?」
言われてセリスを見るが、そこまで変わっただろうか?第一セリスは一週間くらい前までこちらに居たはずだが。
「いや、あっちの世界ってのが時間の流れが速いだけかもしれないね。常識に囚われちゃいけないよね」
ブツブツと何か言っているが、いつも通り飲み物を用意してくれるミトさん。
「全員コーラで良いかい?」
「ええ、何でも。後メビウスに1パックと、持ち帰りで2パックお願いします」
「あいよ。じゃあコーラを飲む時の注意事項はパパとママに聞くんだよ、メビウスちゃん」
「……分かったのじゃ!」
「のじゃじゃねぇ! 何乗ってんだ!」
いやまぁ冷静に考えたらそうだよな。俺とセリスで挟んで手繋いで。家族だこれ。しかも性質の悪い事にメビウスがそれを把握して話に乗っかっている。
「パパ、何で怒ってるのじゃ?」
「うるせぇよ! ミトさん違いますからね? 俺とセリスにはまだ子供は居ませんからね?」
「ま、まだってそんな……」
「あー……ややこしくなるからそこで照れないでね……」
「ママー!」
「でも確かに、こんなのが我が子だったらと思うとゾッとしますね」
「案外酷い言われようなのじゃ……」
早合点したと謝るミトさんに気にしないようにと告げ、出てきたたこ焼きをメビウスに渡してやる。
「なんじゃこれはぁ……香ばしい臭い、踊る不可解な茶色。そして何故丸いのじゃ……」
両手で舟を持って、様々な角度から観察するメビウス。臭いを嗅いだり、鰹節を摘んでみたり忙しい事この上ない。
「中身は熱いからな、注意して食えよ?」
「粉物と聞いてパンやクッキーを想像しておったが、これは全く別物じゃのう」
そういやアルテミアってこういう食い物は無かったな。粉から作るって意味で伝わったようで、若干の齟齬が生まれていたようだ。
「小麦と水と卵で作れるから、あっちでもやれそうなんだけどな。薄力粉がベストだろうけど」
「ほー、美味かったら是非研究したい物じゃな。どれどれ」
素手で行こうとする猛者を止め、爪楊枝を指し示す。
「こうか、こうプスリとやるのか」
そのまま持ち上げようとして見事にタコだけすっぽ抜けるたこ焼きあるある。
「な、中身だけ出てきてしまったのじゃ。これは何じゃ?」
「それがタコだな。海……水棲の生物の足の部分だ」
「水に潜むのに足とな……カエルの類では無かろうな?」
「んや厳密に言えば触手なのかな。便宜上足と呼んでるだけで」
「何か凄い嫌な物を連想してしまうのじゃ……水の中に獲物を引き釣りこんで食す獰猛な生物にしか聞こえないのじゃ……」
あながち間違いじゃないんだが。何か怖がってしまっているので、セリスと二人美味しいからと必死に薦める。
「まぁ、騙されたと思って食ってみるのじゃ」
すっぽ抜けたタコを戻して、今度こそ丸ごと口に放り込むメビウス。だから熱いって言ったの忘れてるだろ、こいつ。
「ほああああああああああ!?」
「アホか! 熱いって言っただろうが!」
慌ててコーラを渡してやると、冷たい飲み物と瞬時に察知して一気に飲み干すメビウス。
「ごふぅぅ?!」
炭酸に咽て、盛大に鼻からも噴出した。
あーもう滅茶苦茶だよ……。
「……ソウジは我に恨みでもあるのかのう」
「有るのは否定しないけど、これは事故だ……」
ケプッケプッとコーラが後を引いているメビウスを宥め、落ち着いてから再度トライさせると概ね好評だった。中でも鰹節がお気に入りらしい。
「んー、噛めば噛むほど味が出てくるのじゃぁ。これだけでも美味しいのじゃぁ」
スルメかビーフジャーキーを与えたら一日中噛んでそうな感想を言いながら、オレンジジュース片手に口を動かす様は正にビールを持った中年のおっさん。
やはり精神年齢は高齢のようだ。
お読み頂き有難う御座います。
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