11:裏山の魔族 ③
どこに隠れていたというのか、岩場の周辺には無数の動物達が集まっていた。さっきのワシ魔族のようにサイズがデカイ奴は居ないが、狼や虎のような判りやすく凶暴そうな物からリスや兎といった一見愛らしい物まで多様だ。一つだけ言えるのは外見のイメージとは裏腹に全ての個体が敵意をこちらに向けているのが伺える点だろう。
「これは不味いな。完全に囲まれているんじゃないか?」
「コニーは魔族発見と危険の二種類の狼煙を上げろ。終わったらなるべく俺と一緒に魔術研の姉さんを守るように動け。」
「了解です!」
「シャリーアさんはさっきみたいに飛ぶ奴が居たら優先してお願いします。俺とワイオミさんで近寄ってくる奴を撃退、少しずつ山道に戻りましょう」
「妥当な作戦ですが、さて、上手く行くでしょうか」
これから向かおうとしている山道側も勿論動物達が蠢いているが、じわりじわりとそちらへと近づいていく。
「発煙筒の準備出来ました!」
「良し、山道の反対側に投げろ! 投げたら道を作るから、そこに突っ込め!」
「「「おう!」」」
コニーさんが点火したのを確認して詠唱に入る。
「投げますっ!」
「ハイランドの名を借りて願う、大地の力よ! 我が望みの形を成し給え! <大地変動>!」
投擲に合わせて足元の地面にイメージを込めて手を触れる。長さ20m、横幅10m、厚さ50cm程の地面を時代劇の『畳返し』の要領で跳ね上げる!
イメージ通りに反り立っていく地面を見てヘクトルさんが驚嘆の声を上げる。
「おお、結構まともな術も有るんだな」
「さっきのが不発だっただけですから! さ、あんまり連発も出来ないんで急ぎましょ!」
反対側に倒れていく地面製の『畳』の後を追うように、陣形を維持したまま走りこむ。開戦の合図がなされた今、囲んでいた動物達もこちらへと向かってきている。
「山道までは一気に抜けないと!」
「大丈夫、まだ距離は有る!」
ユリウスがそう報告した瞬間、目の前を倒れていく地面の壁が倒れきる前に派手にぶち破られた。
『グルァ! シャイブの奴が間抜けな事をするから面倒な事になるのだ! 始めから監視などせずに、この前の奴のように獲って食えば良いのだ!』
もうもうと立ち込める砂埃の中、左手を天に掲げた丸耳の獣人が立っていた。ムキムキな筋肉、手に嵌めたナックルガードに黒い全身鎧の上半身部分だけの装備。どう見ても近接馬鹿だ。
「うお、新手か?!」
「どうやらアコロ様の盾をやった犯人みたいだな、さっきのワシとはかなり違うぞ」
ユリウスも気が付いたようで、ナックルガードという獲物から推測出来るのは黒鉄鋼の盾に残された鈍器のような殴り跡。最重要警戒対象の出現に足を止める事を余儀無くされ、再び包囲網に包まれる。
前方の筋肉獣人の動向に気を払っていると背後からカカカンと金属音が響いた。振り返るとヘクトルさんがタワーシールドを構え、シャリーアさんを庇うように立っている。
「今度は何だ、飛び道具か?!」
「いいえ! 上空を見て下さい」
言われて見ると、上空を物凄い速さで飛ぶ三つの影。ツバメとかそういう感じの小さい鳥だった。
「嘴でつつかれた音かよ、今の」
「シャリーアさん、さっきみたいに出来ますか?」
「対象が小さくて速過ぎます! さっきの術は空中の水分に働きかけるので、場所指定です!」
「取り合えずユリウスと俺で正面の奴、他のは任せます!」
「了解した! お嬢さんは俺の後ろ! ワイオミは背面全域頑張れ!」
「了解っす!」
一歩ずつ獣人との距離を詰めて行く。近接馬鹿っぽいが魔族となれば何か奥の手があるかもしれないのでユリウスのやや後方を意識する。
『作戦会議は終わりかぁ? シャイブにすら手こずりそうだった奴が二人で良いのかぁ?』
「うるせぇ! 魔術一発で行動不能になる程度の奴なんざ、二人でも十分なんだよ! 丸い耳しか特徴がねぇお前は何だ? タヌキか? アライグマか?」
相手の手札が判らない以上、冷静な判断力を奪い戦力を露呈させるのも戦いの基本。こういう手合いには挑発してやれば良いだろう。
『俺様は、熊だあああ!!』
やっぱり単純な奴は敵も味方も楽で良い。吼えながら接近してくるので、やはり近接特化だろうと判断する。
「ユリウス! 正面からは受けるなよ?」
「百も承知だ!」
そう言いつつも真正面から対峙するユリウスに、熊の全力で振りかぶった右ストレートが繰り出される。判りやすい軌道なのでそれを難なく回避し、腕の付け根に愛用のロングソードを突き込むユリウスの表情が強張る。
「何っ?!」
鎧も無い場所なのに毛皮に剣が通らず弾かれた様だ。
『ただ巨大化を願ったシェイブと同じと思うなよ!』
突かれた威力すら利用して、熊獣人がクルリと身を捻り背を見せる。回し蹴りか!
「形状変化、『超ロングソード』!」
させるものかと神剣をフルスイングしながら10m程に伸ばし、完全に射程外からの不意打ち一閃。良くやる連携だけあってユリウスは声に反応して身を屈め、盾で回し蹴りを受け流す。
ギリンと鋼の擦れ合う音が二つ、ユリウスの盾が受け流した蹴りの音。もう一つは熊獣人の鎧と神剣の交錯した音。頑丈な鎧だ。弾かれた後、器用にバク転しながら離れる熊獣人を警戒しつつユリウスと合流する。
「戻れ神剣! ユリウス、大丈夫か?」
「何、かすり傷さ!」
盾で受け流したのに何がかすり傷かと見ると、盾が真っ二つな上に左手をダラリと下げているユリウス。
「嘘だろ、直撃じゃないんだぞ……」
「今は痺れてるだけだが、直撃だったら腕が飛んでたかもしれんな」
「こりゃ本当に当ったら即死か。参ったね」
背後を任せている面々の方にはここまでの攻撃力の奴は居ないようで、それなりに奮闘している。しかし最初に見た小鳥が面倒なようで、地上の狼を中心に引っ掻き回され隙をついて急降下でシャリーアさんを狙ってくる奇襲に手を焼いているようだ。
『戦利品の鎧が役に立つとはなぁ、やはり技術だ! 俺の力に技術が加われば、やはり敵は居ないのだぁ!』
ユリウスの怪我に気が付いたらしく、再び熊獣人が距離を詰めてくる。
「格闘家タイプのバトルマニアかよ、面倒だなっ!」
今度はユリウスだけに任せるのは危険なのでと等距離に並び、左右に別れて迎え撃つ。標的が二つになった事で多少はマシになった被弾率をついて、鎧や毛皮の無い場所である顔面を狙うがキレの良い動きで悉く回避されてしまう。
「ハイランドの名を借りて願うおうううう?!」
術でハメようとするとすぐに俺にターゲットがくるので、集中して詠唱も出来ない。俺の詠唱が止まるとすぐにユリウスに対して多目に手数を出してくる。復活前に仕留めるつもりなのだろう。
『チョロチョロと本当にすばしっこい奴らだ! 少し止まれ!』
「アホか! 止まったら死んじゃうだろうが!」
スピードタイプでは無いのが救いなのだが、大振りの攻撃のどれもが即死級と思うと油断は出来ない。さっきの回し蹴りのようなトリッキーな技もまだあるかもしれない。
『面倒だ!』
回避し続ける俺達に痺れを切らしたのか、何かをするために距離を取る熊獣人。油断無く観察していると、おもむろに息を吸い込み始める。すぐに手を察知してカウンターを取る。
「ユリウス! 後ろ任せる! 吼えるぞ!」
「大音量の咆哮が来るぞ! 塞げたら耳を塞げ!」
千載一遇のチャンス。タメの時間に絶対に間に合わせる為に出来る限り早く命令をイメージしながら神剣を熊獣人へと向け、空いた手で片方の耳を塞ぐ。
「形状変化」
『ガアアアアアアアアアアア!!』
「『ドーム』!」
少々遅れたようで、開幕の咆哮が体中に振動となって伝わってくる。が、神剣の形状が熊獣人を囲む形でドームのように包み込んで行くと音量がグンと下がり、すぐに途切れた。
「戻れ神剣!」
半円状に包み込んでいた神剣を戻すと、狙い通りに必殺の咆哮が全部自分に返ってきた熊獣人がフラフラしている。
「斬撃よりは打撃だろうな、かったいし」
足元も覚束ない熊獣人を一発で仕留める為に神剣を地面に突き刺して準備する。
「形状変化、『根』!」
大地の一定範囲に根のように張り巡らせるイメージで神剣を伸ばし、しっかりと抱え込む。岩場な地形だけあって、地下も良い具合に硬い地層があるようだ。
「『ハイランド』! 軽いの一発分だけ頼むぜ!」
『一発だけなら、大丈夫……ジャン?』
神力行使の技だが危険な奴の排除の為、出し惜しみして復活されても次が無い。地面に突き刺さったままの神剣を背負うように構え、力を込める。
「我が腕、山をも揺るがす! 神力<大地の膂力>!!」
神剣を持った右手に流れ込んでくる活力。筋力強化の最高峰の術であり、『ハイランド』を介しての俺の使えるギリギリラインの技。漲る力で強引に、『根』で掴んだ地盤ごと剣を引っこ抜く。
「動くなよ?」
複雑に『根』の絡んだ巨大な岩石の塊を先端に付けた『ハイランド』をそのまま全力で熊獣人の上から叩きつけるだけの作業。規模は小さめだが俺の必殺技。我ながらとても地味な絵だと思う。
フラリとよろけながらも回避しようとする熊獣人を追尾するように軌道を少し変え、ど真ん中で見事に捕らえる。ズンと重い音と共に、小さな隕石が落ちたようなクレーター状に地面がへこみ、岩石の半分以上が埋没している。
「や、やったのか?」
「だからソレ言うなって……戻れ神剣!」
ヒュルルンと元の形に戻し、ふぅと溜息一つ。残りの細かい奴の処分がまだ残っている。ユリウスの左腕の状態が大分戻っているのを確認して後方の四人と合流する。
「へい、お待ち。前は空いたぜ」
「何か凄い音がしたが、終わったのか?」
「楽勝!」
「そっちのが楽だったかもしれんなぁ……とにかくこっちはあの鳥が煩わしい」
予備の盾を付けたユリウスと並ぶヘクトルさんが忌々しそうに上空を見上げる。そこには悠然と飛ぶ小鳥の姿が未だに三つある。
「地上のは何匹かやったが、手強いのは狼と虎だ。元が可愛らしい奴はそれなりだから後回しで良いだろう」
「同意っす。狼は速度、虎は一撃が重いっす」
「おっけーい。シャリーアさん、地面を濡らす事って出来ます?」
「出来ますね。まずは地上からという事ですね」
「そういう事、頼みますね」
「畏まりました。水を司るアクエリア様に願います、シャリーアの名の元にお力を示し給え。土に潜む水の力よ、我が声に従いその身を起こせ! <霜柱>!」
「ハイランドの名を借りて願う、大地の力よ! 我が望みの形を成し給え! <大地変動>!」
俺達の詠唱に合わせてチョッカイを出してきた小鳥は二枚の盾の騎士に完全に阻まれた。シャリーアさんの術で前方に扇形に広がっていく霜の降りた地面、そこに追い討ちを掛けて撹拌してやるとグズグズの足場の完成だ。ちょっと深めに弄ったので、下手に足を踏み込めばスッポリはまるだろう。踏み込まずとも術の影響下の地面に居た動物が泥の中にその身を沈めて行く。
「おお、これなら地上のは半数以上捉えたな」
「後は空の鳥を警戒しながら下がりましょう。俺の術は今のでそろそろ打ち止めなんで」
「了解した。ワイオミ! 殿を二人で持つぞ!」
「了解っす」
熊獣人の墓標の岩石とその元の場所にある大穴を避けて山道へと一目散に撤退する。大物を二匹も仕留めたのだし、後は狼煙に気が付いてるはずの駐屯地の兵と一緒に山狩りをすれば大丈夫だろう。もう一人くらい大物が居るかもしれないが、あのタイミングで出てこなかったのだから無理して連戦する事も無い。
追尾してくる動物をあしらいつつ山道を徐々に降りていく。何度か飛来した小鳥を一匹シャリーアさんが仕留めると、残り二匹も帰って行った。仕留めた小鳥を厳重に氷漬けにして、今回の証拠というか現物として持ち帰る事にする。
あの二匹が首領格だったのか、その後の追撃は散発的になって行き、無事に駐屯地まで戻って来れた。小型の動物はさほどの脅威でも無いので小鳥にだけ注意するように言い付け、駐屯地で戦闘準備をしていた兵士達に山狩りを依頼する。何か問題が有ればすぐに出撃だが、暫し休憩だ。
「当面は野生生物が居ない範囲を探せ。普通の生物を見るようになったらそこまでで良かろう」
「了解です!」
「王城の方は大丈夫そうですか?」
「はい! 見張りの者も異常を確認しておりませんし、伝令も定時通り行っております!」
ヘクトルさんが捜査方針を指示し、俺もついでに王城の確認をしてみたが問題無いようだ。暖かい飲み物を持ってくるとコニーさんがテントから出て行くと、皆一様に椅子に深く腰を降ろした。結果は楽勝だったが、想定よりはトンでもないのが出てきた物だ。
「ユリウス、手平気か?」
「ああ、もう問題無いな。しかしあの盾が割られるとは思わなかったぞ」
「攻撃力だけなら魔王クラスか。案外魔化結晶ってヤバイかもな」
「小鳥のやつを見たが、大きさに比例するんじゃないかと思うんだが」
ユリウスの言葉に合わせてシャリーアさんが氷漬けの小鳥をテーブルの上に置いた。覗き込むと小鳥の胸部にビー玉くらいの黒い宝石が見てとれる。確かに小さい。
「マリーのはこれの三倍くらいあったよな?」
「そうだな。クレイ少年のは見たことが無いが、ガルファリオンもそれくらいだったな」
「勇者様のお知り合いにもこの宝石を持つ者が居るのですか?」
「ああ、俺の元居た世界にね。あっちはマナが無いからね、普通の人間だったよ。その人達のためにも絶対に邪神は倒す」
「なるほど、そういう仕組みなのですね。これは研究のし甲斐がありますね」
「あんまり見くびらない方が良いよ? 神様曰く、邪神の一部らしいからね」
「それは怖いですね。判りました、研究は辞めて女王に報告したらすぐに処分しましょう」
「うん、そうしてくれるとありがたいね」
この駐屯地周辺の調査にどの程度掛かるのか。取り合えず俺の復帰第一戦は華やかな勝利で終えることが出来たようだ。
コニーさんが持ってきてくれたホットミルクを飲みつつ、暫くは大物は勘弁して欲しいと願うのだった。
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