10:裏山の魔族 ②
大遅刻。明日は大丈夫だと良いなぁ。
駐屯地に有った備品で良さそうな物を融通して貰い、三騎士の面々の外見にも変化が出た。防寒用のマントは勿論だが、馬車の中で決めた役割に従って獲物と防具が変わっている。
ヘクトルさんは盾を大型の金属製のタワーシールドに変更し、ワイオミさんは逆に盾を捨て両手斧を背負い、鎧も少し軽装の物になっている。ユリウスも予備の盾を一枚貰い背中と左手の二枚持ちだ。
シャリーアさんは初級相当だが自分が使えない魔術のスクロールを数本補充し、回復系の物も何本か拝借したようだ。
俺は変化無し。付け焼刃で盾を持ってもしょうがないし薬品類は前もって用意してきたので不要なのだ。
コニーさんの案内で登山道と言う名の何も整備されてない山道を登っていく。流石に軟弱な日本人とは違い、知能派のシャリーアさんですら平然と同行している。ちなみに俺はマナ温存の為に薬品で筋力増加中なのでなんとか着いて行けてると言った感じである。
「しかし静かでのどかな雰囲気じゃないか。なんかこうハイキングに来てる気がしてきたよ」
「ソウジ、幾らなんでも気が緩みすぎじゃないか?」
「ハイキング気分で魔族狩ろうってんだから大物なんじゃないのか?」
「うっす、それは同意し兼ねます」
「ハイランドの騎士って皆さん馬……楽観主義なんですか?」
シャリーアさんが本音を少し漏らしかけたが、そこを気にするような人がハイランド騎士の訳が無い。
「シャリーア殿、貴女も少々気が緩んで居るようですね?」
「これは失礼を。勇者様のお言葉の真意を気が付いていらっしゃらない御三方よりは警戒していると思いますが」
「ソウジの言葉の真意だと?」
シャリーアさんの言葉に問い返すユリウス。俺の言葉の真意、俺も是非聞きたいので目配せしてきたシャリーアに意味有り気に頷いてやる。
「静かでのどか、この山道でそれが言える理由。それは先程から動物の声が一切致しません。野鳥の声すら無く、木々を渡る小動物すら一切見ていませんよ?」
「そ、そう言えば……コニー殿、ここらは以前からこうなのですか?」
「どうでしょうか、私もこちらは初めてな物で」
「おいおい、考えてみろ。こんな安全な散歩道にアコロ様の部隊が派遣されると思うか?」
「同意っす」
「私の以前読んだ書物の記述が正しいのなら、この山脈の何処にも安全な場所などありません。こうして歩いている道ですら過去に何件も野生生物による被害報告が有ります」
「という事は、この周辺に生物が居ない?」
「流石はユリウス様、気が緩んで無い騎士様は違いますね」
してやったりの表情で俺に『どうでしょうか! 判ってましたよ?』と書いてある顔を向けてくるシャリーアさん。面白いのでそのまま黙って頷くと小さくガッツポーズをしている。外見のイメージに似合わず可愛いらしい。
「ソウジがそこまで考えていたとは思えないのだが……」
「ふっ……」
終始無言の俺にやや訝しげな視線を送ってくるユリウスは流石に付き合い長いだけある。言われて俺もなるほどと思った深読み具合だ。
「やはりラザリス様が見込んだ方は違いますね。まさか私が試されるとは思いもしませんでした」
「いやぁ馬車の中ではアレでしたからね。ここらでちょいとカマそうかと思いましてね」
「ホホホ、お戯れを。此度の参謀役は安心してこの私にお任せ下さい」
良く判らないけど俺の評価が上がったようで何よりだ。適当に合わせて笑っておく。
「ワイオミ、お前はどう思う?」
「絶対考えて無かったと思うっす」
「だよなぁ……まぁ魔術研の姉さんが上機嫌だし、良いか」
ヘクトルさんとワイオミさんは直感派の優秀な騎士のようだ。背後のヒソヒソ話にそれを痛切に感じ取れた。
「まぁ話を戻そうか。この辺りに生物が居ないという事は、妥当な予想なら魔物に狩り尽くされたか逃げ出した、という事で良いだろうか?」
「ええ、聡明なユリウス様、勿論そういう見解です。どちらにしてもこの山脈に住まう猛獣以上の存在が生態系を狂わせたという事でしょうね」
「危険地帯の生物が逃げ出すほどの存在か、本当にヤバそうかな」
未だ見えぬ敵の脅威が増す中、一行は最初の目的地であるアコロさんの盾が発見された場所に辿りついた。
そこは山道からは離れた場所で少し開けた広場のようなゴツゴツした岩場だった。草が踏み荒らされてる訳でも無く、血痕が有る訳でもない。そんな場所で見つかったベコベコの盾、謎は深まるばかりだ。
「そこの岩の横に盾が有ったらしいです!」
元気良くコニーさんが指を刺す先、大きめの岩が見える。近寄って一応周囲を確認してみるがやはり戦闘の形跡は見受けられない。
「なんだこれ、ミステリーの密室殺人かよ」
「何かから逃げている最中にここに投げ捨てた、とも考えられるが」
頭を捻る俺とユリウス。そこにシャリーアさんも参加してくる。
「おかしいですね、周囲にも魔族の痕跡のようなマナの乱れすら有りません」
『そこは僕からも言っておくジャン。ここらの鉱物は数年前から誰かに砕かれたりした様子も無いジャン』
「ビックリした……そちらが神剣様ですか」
「あ、そういやずっと黙ってたな。時々喋るから気をつけてね?」
『昨日の晩から王女ちゃんが引っ切り無しに連絡してくるから大変なのジャン。今何処ですか、ソウジは無事ですかの繰り返しジャン』
「お前! それは言えよ!」
『初対面の人が居ると恥ずかしいジャン』
「本当に面妖な剣ですね。分解しても宜しいでしょうか?」
「おう、いいね。シャリーアさん、君は実に優秀だとラザリスにも伝えておこう」
「是非」
何となくキャラが掴めて来たかな。典型的な秘書タイプの人だ、しかも派手に勘違いするインテリ派。こういう人はからかうと楽しいので、今後も是非指名しようと思う。
「しかし、じゃあアコロ様の盾はどこから来たんだ?」
「謎っす」
「周囲に何も無くて、ポツンと物だけ有る。上からって言っても崖も無いし……な?」
自分の言葉に天を見上げると、俺達の真上を何かが飛んでいる事に気が付く。上空を旋回しているので普通なら鳥と思うだろうが、この山に入って初の生物の姿だ。しかも結構な高度のはずなのに、その容姿がわかる程度には肉眼で見えてしまう。
「ワシ……だよね?」
「何がだ?」
「上」
俺の言葉に全員が空を見上げる。その瞬間、ワシがこちらに急降下してきた。
「アレか!」
「というか、不味いぞ。速度もアレだが大きさがデカすぎる!」
「散開! 避けろーーーーー!」
慌てて方々に散る一同。さっきまで固まっていた場所に突風が巻き起こり、象の様に巨大なワシが降り立った。キョロリキョロリとその目でこちらを観察し、そして高らかに笑い声を上げた。
『クカカ、良く良く見ればモルスゴッグ様より伺っていた勇者の一行か! そうかそうか、我らの存在に気が付いたのか。良かろう、次回の聖戦まで潜む必要も無い。この場、この時よりが我らの聖戦なるぞ!』
「何言ってんだこいつ?!」
「良く判らんが、黒だ! 奴の胸を見ろ!」
戦闘態勢を取るユリウスの指摘したワシの胸元、そこにあるのはマリーの物と同じ黒い宝石。
「魔族化した野生動物って事か!」
運よく盾役が割れて、俺とユリウス、残り三名でワシ魔族を挟む形での布陣になった。
「『ハイランド』、神力は使えるか?」
『僕の分は最近の転移でほぼ空ジャン。邪神の事も考えるとこの場はソウジのマナだけで対応出来たら嬉しいジャン』
「おっけーい! 行くぜ野郎共!」
「「「おう!」」」
「や、野郎……?」
やはり三馬鹿はノリが良い。身体強化は薬品任せで、リソース全てを術行使に回す。
「先手必勝! ハイランドの名を借りて願う、大地の力よ! 大地に穴を穿て! <落とし穴>!」
バサァ
ポッカリと空いた穴、そして再び飛翔していったワシ魔族。呆然とお互いを見つめ合う形になる俺達。
「良いかワイオミ、手をこうして合図したら逃げるぞ?」
「うっす」
「ラザリス様、魔道の探求はお任せします」
「ソウジ……」
「……すいません」
『クカカ、よもやよもや大空を舞う俺に落とし穴とはな!』
先程よりは低い高度で嘲笑うワシ魔族向かって大声で抗議する。
「降りてこいや! 俺はここだぁ! 卑怯だぞ!」
『アホか貴様は。飛べる者が飛ばずに何をするというのか』
挑発だ、挑発して降ろすしかない!
「あの、ユリウス様。先程は失礼致しました」
「ああ、いえ、気にしないで下さい」
「ワイオミ、一緒に地元に帰って農業やらないか?」
「うっす、拒否します。自分王都派なんで」
「お前らも何か考えてくれ!」
『クカカ、勇者一行と思ったが旅芸人だったか。まぁ良い、前触れとして貴様らの遺体を王都の鐘楼に供えてくれる!』
完全に舐めきった態度で一直線にこちらに迫ってくるワシ魔族。旅芸人とは失礼な。
「頭は動物のままなのですね。そういう攻撃は奇襲で一発で決める物ですよ」
スッと目を細め、シャリーアさんが杖を振るう。
「水を司るアクエリア様に願います、シャリーアの名の元にお力を示し給え。大気に潜む水の力よ、我が声に従いその身を固めよ! <氷結陣>!」
『クカッ?!』
シャリーアさんの声と共にワシ魔族の飛来する軌道上に霧の様なモヤが生じる。急降下の勢いもあってか、少しだけしか回避出来ずにモヤに突っ込んだワシ魔族の片翼が氷に包まれ、当然バランスを崩したワシ魔族は錐揉み状態で地面に叩きつけられる。
「どのようにして再度射程に入って頂くか悩んでいましたが、こうもアッサリとは……とても残念です」
心底落胆したという表情でワシ魔族を見下すシャリーアさん。ゴミを見る目とはこういう目だろう。横で見ている四人の背筋にも寒気が走るほどだ。
『何故だ! 貴様は神術の巫女では無いのか?!』
「何かこう……情報の差異が見受けられますね。勇者様如何しますか?」
「取り合えず身動き出来ないように固めちゃって下さい。尋問はそれからにしましょう」
俺の依頼に従い、もう片方の翼と足を氷漬けにするシャリーアさんを恨めしそうに睨みつけるワシ魔族が唐突に甲高く鳴き声を挙げた。
「何だ何だ? 悪あがきの大声攻撃か?」
『何やら我らの知らぬ事情が有ると見た。潜伏は辞めだ! 全力で貴様らを捕らえ、逆に尋問してやろう!』
キンキンと耳鳴りがする中で、ワシ魔族の宣言が聞こえてくる。その直後、地面から微かな振動が伝わってくる。
「お、おい。何か意外に簡単だなって思ってたけどさ……」
「同意っす。出番無かったかと思ったっす」
「固まれ! 俺とヘクトルの間に全員入れ!」
何が起こるか容易に想像出来る程の地鳴り。復活されても面倒だからと、即座にワシ魔族の頭を落とし、返す剣で魔化水晶も叩き割る。それから大急ぎでユリウスの背に滑り込んで、愚痴を零す。
「まさか居なくなってた動物全部じゃないよね?」
「そう願いたいものだ」
木々の間からこちらを伺う無数の視線。どれもこれも殺気溢れる活きの良い物ばかりだった。
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