31:出発の日
「でさ、その時の総司の逃げ足の速さ。俺だけ残されちゃってすげー怒られたわ」
「私より速いの?」
「いや流石にそりゃないな。アルマさんが一番速い」
「ふふん!」
夕飯を食べる食卓の背後、リビングの方から勝ち誇ったアルマの視線を感じる。当時の俺と張り合って何になるというのか。徹が今していた話は小学生の頃の話だ。遊んでいたボールが近所でもうるさいと評判の爺さんの家に入り、植木か何かを壊してしまった。そんな昔話だ。
「トオル君は本当にソウジ君と仲が良かったのね。親友ってやつ?」
「違いますよ、姐さん。腐れ縁ってやつですよ」
「アネさん……何か引っ掛かる響きだけど、まぁいいわ。ユリウスも何かあげてたし、私からもお世話になったお礼しないとね。何にしようかしらね……<極炎>のスクロールでも要る?一般人10人くらいなら一瞬で消せるわよ?」
「物騒な物渡そうとしてんじゃねーぞ、こら」
聞こえてくる会話をチェックしているとこちらの家族の会話に集中出来ない。第一それは王家からの借り物であって、シェンナ個人の持ち物ではないだろうに。何を貰えるのか楽しそうにしている徹を見て隣に座った真由が邪推を始めたようだ。
「徹さん、シェンナ姉さんと何か仲良くない? もしかして……?」
「徹のストライクゾーンは違うと思うけどなぁ。アレはレディースの総長に憧れる、下っ端の目線だろ」
「どっちも酷い例えだね……でもなんとなく判るかな」
結局、仕事で指を怪我した時用にとシェンナが常時持っていた低級の治癒軟膏を渡しているようだ。
「ありがとうございます、姐さん! これで事故っても平気ですね!」
「あ、いや、そこまで凄い効果は無いからね?低級だし」
大喜びする徹にドン引きしながら、シェンナがこちらにやってくる。
「ついでにママさん達にも渡しておくわ。まだ交渉してないから全員来られるとも限らないしね」
今シェンナが言った交渉とは即ち、かすみちゃんの観光の約束を引き合いに出して、一回で良いから日本人メンバー全員をアルテミアに連れて行こうという算段。思い付いたのはシェンナだ。
「本当は一人一個渡したいんだけどね、一応私の虎の子だから数が無いのよ。はい、ママさん着けてみて」
まだ神様に話を通している訳ではないので、現実的には今日のこの夕食が最後の別れとなる。本当はミトさんにも来て欲しかったが、身内だけででやって欲しいと遠慮されてしまった。平屋兄妹が居るんだし関係無いと思うのだが残念だ。そういう訳でシェンナを含め、心残りが無い様に何かをしようとしている最中である。
シェンナが差し出したペンダントブローチを母さんが着ける。シェンナの髪の色に似た真紅の小さな宝石が光っていた。
「その宝石の所、ソケットになってるのよ。開けてみて」
言われて母さんが開くと、中にはハンドクリームのような白い物が入っていた。母さんが何かしらと指に掬おうとするとシェンナが慌てて止める。
「ダメダメ、それ本当に貴重なんだから。トオル君に上げた奴の比じゃないのよ。本当の上級治癒軟膏、即死じゃなければ多分ギリギリなんとかしてくれるはずよ」
「おま……なんつー物持ってるんだ。昔から使えよ」
「使ってたわよ! ユリウスもソウジ君も何回死にかけたと思ってるの? 最初は小瓶くらいあったのに、もうあとそれだけなのよ?」
「まじか……セリスの術で治ってたとばかり思ってたわ」
「いえ、私も何か治りが早いなとは思ってましたけど、そういう訳だったんですね。陰ながら支えて下さってた事に感謝します」
今日はセリスも坂上家の食卓だ。シェンナが珍しく口を滑らせた事で顔を少し赤くして照れている。
「別に前衛が死んだら次はあたし達の訳だし、困るから使ってただけよ……って何でソウジ君はニヤニヤしてるのよ」
「いや~、見事なツンデレだなと思いまして。ここまで完璧な物は見たこと有りませんよ、ねぇ先生」
「うん、ここまでの逸材は他に居ないわ。やっぱりシェンナ姉さんは凄いよ」
「妹ちゃんまで何なのよ。二人とも、修行は容赦しないからね?」
「「すいませんでしたー」」
シュババっと土下座に移行する我ら兄妹、シェンナの魔術講義はこれで地獄コースが確定なのだろうか。そんな俺らを腕組みして見下ろしているシェンナに母さんがお礼を言う。
「何か凄い物をありがとうね、お墓まで大切に持って行くわ」
「ああ、いや、そうならないようにあげたんだけどね。使い所はパパさんに任せたいけど通じてないか。ソウジ君、通訳しといて」
笑顔で母さん達を見守る父さんに、軽く説明をする。ついでに補足で人前では使うなとも加えておく。言ってた効果の薬品など、こっちの日本で使えば教祖にでもされかねない。父さんも同意してくれた。
「じゃあ、私達からのも渡しておくわね。シェンナちゃんは美容用品か悩んだけど、こっちの方が嬉しいかなと思って」
父さんが台所から何かそれなりの大きさの袋を持ってきた。俺も今回は聞いてないのでシェンナの開封を見守る。ごそごそっと取り出したのは昔学校で良く見た奴だった。
「これは……何?」
理科の実験で見かけたあれだ、上皿天秤。その他にも乳鉢やビーカーなど等、理科の実験セットだった。
「それは天秤ね。重さを量る道具よ。詳しい使い方は総ちゃんが知っているから、あっちで聞いてね。この前にお部屋で見学してた時に、分量が毎回変わっちゃうって言ってたでしょ? 他の道具もちゃんとしたのがあるかもしれないけどまとめて安かったからオマケね」
母さんが説明している間に簡単に実演してみせる。片方の皿に箸を乗せ反対側に付属の分銅をつりあうように調整して乗せる。
「これで水平になったら、両方が同じ重さって事だな。分量調整する時に、こっちの分銅の重ささえ覚えておけば、いつでも同じ量が判るってことだ」
俺が簡単な説明をしてやると食卓からゆっくりと自分の目線まで持ち上げて、ゆらんゆらんと揺れる上皿天秤を見詰めるシェンナ。
「重さを量るだけの……機械?」
ジーっと無表情で見詰めている。あまりのその変化の無さに、正直ユリウスのベビーカーに比べたら地味すぎたのだと思ったが。
「なーーにーーこーーれーー! こっちの? こっちの箱の奴で量るのね。わ、こんな軽いのもあるのね。こんな細かい単位で量れるの? うん、そうなのね。食材市場の大雑把なやつじゃないわ、これよ、こういうのよ! そしてこっちの透明なコップ。ガラスみたいに透けてるのにガラスとは違う素材ね。軽いし何よりこの横線! これも量る機械なのね。同じ分量の液体を量る機械なのね! あ、でも機械なら電気が必要なのかしら?」
「い、いや。今並んでる器具には必要無いかな」
「本当? 機械なのに電気が要らない子も居るのね。それならもう問題無いわ、これよ! こういう綿密な計測が出来る物が必要だったのよ!」
まるで何かのキーアイテムを手に入れたように、高々と上皿天秤を掲げるシェンナ。流石に蒸留器などは無かったが、魔術師というよりマッドな錬金術師として今後伸びていきそうな気配を感じざるを得なかった。
「ママさん、パパさんありがとう! これこそ家宝よ、絶対に墓場まで持って行くわ!」
「喜んで貰えたようね、良かったわ」
ニコニコと笑う母さんだが、毎度毎度相手の事をよく見ていると感心する。俺だったら間違いなく化粧品などを用意していただろうに。普段からは想像出来ないハイテンションのシェンナを見てアルマもこちらへやってきた。
「私もー、はいこれ」
差し出したソレは呪具だろうか。白黒茶の三色の毛のような繊維で編まれたミサンガのような物。アルマの髪の色と同じ配色なのは気のせいだろうか。
「私の髪の毛で編んだ。これで弱い獣は寄ってこない……はず」
理屈は良く判らないが呪いの品のようだ。両親には装着しないようにと薦める。
「やー、呪いなんか無いよ。折角作ったのに」
「お前なら何か現物を狩ってくるかと思ってたが、こんな怪しいアイテムを作るとは思わなかった。何、お前、スカウトじゃなくてシャーマンだったの?」
「意味わかんない。これはうちの村の伝統工芸品、フォレスティア大陸ならメジャーなお土産なの!」
プンプンと怒るアルマ。フォレスティアというのはハイランドの隣の大陸の事だ。森だらけの大陸でアルマの様な獣人達が大多数を占めるらしい。ハイランドもそうだが、翻訳のせいか安直な名前の大陸は多い。名前で特色がピンと来ない大陸は鉄鋼産業の盛んなガミネラ大陸くらいだろうか。
思考が少し脱線している間に母さんがアルマにお礼を述べていた。
「アルマちゃん、ありがとうね。これでハイキングで熊に襲われても安心ね」
うーん、あるかな?そういう場面。などと考えているとアルマ用のお土産が出てきた。引き裂くようにアルマが包みを開けるとその刀身が露になる。小型のナイフだ。
「あんまり大きいのは無理だけど、アルマちゃんならそれくらいでも大丈夫よね」
「おー、凄いね! ちょっと暗い色でかっこいい。戦うには小さいけど解体には使えそう?」
サイズは全体で20cm位の黒い炭素系の刀身とゴム製のグリップのついた物だ。どこかのメーカー品だろう、鞘の袋にロゴも入っている。
「それ、銃刀法とか大丈夫なの?」
「自宅で持っている分は平気らしいわ? でも持って出歩くのは絶対ダメだって。でもあっちの世界に持って行っちゃうから関係ないわよね」
「そ、そういうもんかな……」
今までのお土産の中で一番不安だ。嬉しそうにナイフを振るアルマが危ない。没収しようにも近寄るのも怖い。
「室内で振り回すな!」
「ちょーかっこいい!」
こちらもテンション上がるお土産に手が付けられない。騒いでいると腕輪を母さんから貰った父さんがアルマに話しかける。
「喜んでる所悪いんだが、それにはまだ秘密兵器があるんだ。袋の方に何か付いてないかい?」
「え、なんだろ。これかな、これも取れるね?」
ヒョイヒョイと袋の横についていたパーツを外す。片方は簡単に判った、これは笛だ。もう片方は何だろう、紐で繋がった小さな棒とザラっとした面がついた板だ。
「こっちの笛は判るかな、吹いてご覧」
「うん! スーーーーーッ」
素直に返事をして思いっきり息を吸い込む様子に、見守っていたメンバーが咄嗟に耳を塞ぐ。
ピイイイイイイイイイイイイイイ!
「「うああああ」」
哀れリビングの方のテーブルから悲鳴が上がり阿鼻叫喚になっていた。ミネルバさんがテーブルから転げ落ち、クレイ君はマリーにしがみついて震え、徹は腰が抜けたようだ。
「馬鹿かお前は! 加減って物を知らないのか!」
「失敗失敗。許してニャン、テヘ」
左右で高さの違う、手首だけを曲げた拳を顔の前に持ってくる変なポーズとワンニャン語尾で謝罪するアルマ。反射的にかすみちゃんを見ると目を反らされた。また変な事を吹き込みやがって……。
「アルマ、それは俺の中では『どんな刑罰でも受けます』のポーズだ。後で執行する」
「またカスミンに騙されたの……こうすればソージは怒らないって……」
騙す方もアレだが騙される方もどうかと思う。落ち着いてから父さんの説明が続く。いつの間にか大きめの金属のボウルを持ってきており、その中にティッシュを何枚か入れる。
「こっちの紐の道具、これが目玉だね。まずはこっちの棒を少し削って粉を落とす」
板状の部品を器用に使って棒を少し削ると黒い粉のようなものがティッシュの上に落ちた。
「あんまり落としすぎても危ないからね、慣れてきたら減らしてくれ。で、落としたら、こいつで……擦る!」
ザラザラの面に宛がった棒を一気に引っ張ると、パチパチと火花が散りティッシュの上の粉が瞬いて引火した。
「おお! ソウスケは魔術使えたんだね! 凄いね!」
「魔術じゃないよ、これはファイアスターターって道具。マグネシウムの棒を使った火を起こす道具だね。最初のきっかけだけだから火力は低め、火種が消える前に枯葉とかで補ってあげてくれ」
どうやらナイフはオールインワンのサバイバルナイフセットだったようだ。他にもグリップ部分に研ぎ用のシャープナーが内臓されているらしい。着火をやってみたいというアルマの要望に父さんが答える。
優しくアルマに説明して上げている父さんは、まるで息子に何かを教えている感じだった。実際にやってみて失敗するアルマに根気よくコツを教えている。そう言えば小さい頃の俺と父さんもあんな感じだっただろうか。自転車の特訓に付き合ってくれた頃、まだ当時は俺もパパっ子だった気がする。
何回かの失敗後にアルマも着火に成功した。得意げな顔でシェンナに向かって、これで私も魔女!とか言っている。当然シェンナは相手にもしていないが。
「この流れだと、次はミーララかな?」
「あ、私は大丈夫でーす。もうこの中に入ってますから」
ペンペンと大きなリュックサックを叩いている。はち切れんばかりに膨らんでいるが何が入っているのだろう。
「で、お前からの贈り物は何だ?」
「露骨に催促しますね。もうお出ししているじゃないですか」
「ん、何かあったか?」
部屋を見渡しても、俺達が用意した荷物以外見慣れた風景だった。首を傾げていると腕輪を付け直した母さんが笑いながら教えてくれた。
「今日のカレー以外のお料理、全部ミーララちゃん一人で作ったのよ? 気が付かなかった?」
「まじか!? 母さんの料理と全然違わないぞ?」
食っていても何も違和感の無い家庭の味だったはずだ。というか、最終日に母さんの手料理じゃないってどうなんだろう。ちょっと俺は寂しいぞ。でもまぁカレーは譲らなかったようで、そこは安心した。
「ふっふっふー、免許皆伝の腕前、如何でしたか!」
「くっ、やるじゃないか……これからも俺の為に飯を作るが良い」
「ははー、有り難き……あれ、幸せなんですかね、それ?」
腑に落ちない表情のミーララだが、自然な流れで暫定アルテミアNo1シェフを永久雇用する事に成功したようだ。これで俺達のあちらでの食事は安泰だ。そんな未来に満足しながているとマリー達がやってきた。もう席はゴチャゴチャ、というか俺があっちに行った方が早い気がするんだが。
「ソウジさん、マユさん、シェンナさん、アルマさん、ミーララさん。私達の為にご迷惑をおかけします。どうかご無事で。あちらで再会出来た暁には、何としてでもこのご恩に報います」
さっきまでの流れから急に真面目に来られても困るな。丁寧に頭を下げるマリー達に声を掛ける。
「そういうのは終わってからでいいよ。俺達は絶対に勝って帰ってくるから。マリー達とはお別れじゃないさ。セリスと一緒に期待して待ってて、母さん達を頼むよ?」
「はい、一生懸命手伝いますね!」
「クレイ君も頼むね。俺の分減った男手を補ってあげてくれ」
「分かった、ソウジも頑張れよ!」
「おう。頑張るぜ」
「参加出来なくて済まんな。今更、体の事を愚痴る気は無いが、宜しく頼む」
「戻って復活したら稽古でもつけて下さい、相当強かったんでしょ?」
「戻ったらな。大陸一の剣士にしてやるぞ」
「お手柔らかにね……」
そんなやり取りとしていると、窓ガラスがガリガリと引っ掻かれる。ああ、また忘れる所だった……慌ててアピールするガルファリオンの元に移動する。
『毎度毎度、俺を忘れてないか?』
「すまんすまん、外ってどうしても意識が行かないんだよね……」
『あまりお前と話す機会が無かったからな、言いそびれていたが。向こうに戻ったら俺達の様な奴には気をつけろ。他にも居るぞ』
「何おぉ?!」
確かにあんまり話す機会は無かったけどさ……今言うのかソレ。
「他にもってどういう意味だよ。しっかり話せよ」
『本当はもっと前に時間を取りたかったのだがな、どうも接する時間を貰えなくてな。マユは散歩に行く時は腕輪を外している場合が多いし、ナナコもだ。腕輪無しで世話をしてくるのは何故だ!』
「あー……確かに喋らなければ普通にペットっぽいしなぁ……。犬飼いたいって言ってたもんな」
全然知らなかったガルファリオン事情に少し同情して頭を撫でてやる。
『とにかくだ。俺はマリーやクレイと違って、モルスゴッグの護衛として他の場所にも顔を出していた。同じ様な魔化結晶の実験施設は何箇所かある。あいつの術で移動していたから詳しい場所は判らないが、未だに潜伏している可能性はあるぞ』
「お前、そんな重要な情報持ってたのか……今まで何かごめんね。室内犬なら良かったよ……」
『待遇は別に良い。これでも昔の場所よりは比べるのもおこがましいくらいだ。神社の時にでも伝えれば良かったのだが、マユとお前の邪魔をしては悪いかと思っていたらこのザマだ。俺も甘かった』
「ガル、お前結構まともに良い奴なんだな。少なくともアルマよりは空気読めるわ」
『あんな人と獣の半端者と一緒にするな。俺は純粋な獣だ』
あ、やっぱり仲は悪いんだ。これは俺の心のメモ帳に記入しておこう。
「ギリギリのタイミングだけど、ありがとな。あっち着いたら早速話してみるよ」
『うむ、マユを頼むぞ』
「任せとけって」
それだけ伝えると、ガルファリオンは静かに小屋に戻って行った。なんとなく、これで良い区切りかなと思い、窓を閉めながら出発の意思を皆に宣言した。
◆
「忘れ物無い? ハンカチは? ティッシュは?」
「お母さん、遠足じゃないって……そういうお約束は良いからさー」
大きめのリュックを背負った真由を母さんがあれやこれやと世話を焼いている。過保護なまでのその様子に真由が顔を赤くして照れていた。
少し離れた場所では、ミーララが手荷物の最終チェック中だ。リストと照らし合わせながら、一つ一つ丁寧に確認している。シェンナもその横で自分の分を見ているようだ。
「総司」
「総司さん!」
そんな様子を眺めていると、徹とかすみちゃんがやってきた。かすみちゃんはシェンナから貰ったのだろう黒いローブを身に着けていた。
「一回観光に行けるなら、まぁ別れはそん時だけどよ。気張って来いよ!」
「絶対に勝ってきて下さいね! 向こうに行ったら是非お話聞かせて下さい!」
「ああ、そん時は有名所案内すんぜ? 楽しみに待ってろや」
寂しくないわけじゃないが、いつも通りのやり取りをしたのだが。徹が不意に肩ごと掴んできて耳元で囁いた。
「縁起悪いとは思うが、次が有るとは限らないからな。今まで楽しかったぜ、総司」
「お前、そういう不意打ち辞めろよ……キャラじゃねーだろ」
口ではそう言いながらも、徹と過ごした時間が一気に溢れてきた。馴れ馴れしくつるんでた訳じゃない。いつも一緒に居ただけだ。しおらしいのは好きじゃないから、さっきまでも調子者を通してたのにな。こいつに泣かされるとは思わなかった。
「俺も、楽しかった。最高の友達だ、お前は」
「よし、行って来いや。あんまりやると次に再会したら気まずいしな」
「もう十分気まずいだろ……はぁ……」
大きく揺れた心で、最後に両親を前にする。もう自信は無い。予め色々と言葉は考えていたんだが、果たして言えるのだろうか。
「父さん、母さん。本当に今まで有難う御座いました。三年前まで当たり前のように文句を言って困らせてたのに、こうしてまた迎え入れてくれて……本当に感謝しています。なんて言うか、本当言葉では表現出来ないくらい感謝してます。本当に……」
もう台詞なんて出てこない。何を言おうとしたんだっけ、もっとこう昔の失敗をネタにして明るい感じだったはずだ。涙をだらだら流しながら必死に用意した台詞を思い出そうとする俺を優しく母さんが抱いてくれた。
「もうそれで十分よ。男の子は泣かないの、お別れも笑顔。ミトさんも言ってたでしょ?」
「ごめん……最後まで心配かけてごめんね……」
最早謝るだけの俺の肩に父さんがそっと手を置く。
「安心して行ってこい。残ってる人は俺達が責任を持って面倒見ておく。嫁さん泣かす事だけはするなよ?」
俺の涙が止まるまで、暫しの間そのまま温もりに身を任せた。
◆
グズッと鼻を啜りながら、面白そうに俺を見る爺さんを睨む。
「何だよ?」
「いやいや、お主もまだまだ子供じゃなと思ってな」
「うるせぇな、早くしてくれよ」
「フォッフォッフォ、怖い怖い」
欠片もそう思ってないのがみえみえな態度で、爺さんが杖を掲げる。すると前回よりももっと大きな門がリビングに現れた。重厚な音を立てながら、奥に広がる暗い空間へとその扉が開いていった。
「しかし、大きな荷物じゃのう。あまりアルテミアの文化を壊すでないぞ? あれはあれでバランスが取れているのじゃからな」
「あー、ダメそうなの有ったら先に言っておいてくれないか。別に俺もそういう目的は無いしさ」
「悪影響が出そうだったら声を掛けるとするかの。現地の生命体がどういう反応をするのかはまだ未知じゃてな」
「OK、了解したぜ」
文化侵略について多少確認をしたところで、爺さんが杖をトンと鳴らす。大きな門から一直線に白い道が伸びて行く。
「もしかして、今回は歩き?」
「左様、人数が多い上にその荷物じゃ。運ぶのは少々疲れるわい、戦の前じゃし省エネってやつじゃ」
「省エネねぇ……」
たまに混ざるこちらの世界の表現が的確すぎてどうにも違和感があるが、神様相手に言っても始まらない話だろうか。そういえばもう一個懸案事項があったと思い出す。
「そういや翻訳腕輪はどうしたら良いんだ? 俺と真由だけ付けた方が良いのか?」
「それはいらんよ。あちらに着けばお主と真由ちゃんには自動で適用されるようにはなっとる。残った者が帰る時にでも回収すれば良かろう」
「了解、そういう事らしいわ。セリスが管理頼む」
「はい、お任せ下さい」
笑顔で返事するセリスを、最後にギュッと抱きしめてから門を背に振り返る。
「んじゃま、行ってきます!」
「「いってらっしゃい!」」
大きな声で元気良く、一部には不評の最高の笑顔で挨拶をして門をくぐる。何も無い暗い空間に、仄かに発光する白い道。踏みしめると予想よりは硬質な物だった。後ろがつかえるとアレなので、振り返る事無く少しずつ進んでいく。
「よいしょっと、これで全員でーす! リュックもこっちに入ってまーす!」
最後尾のミーララが入ったようで、合図が送られてきた。
「では閉じるとするかの。振り向かずとも良いのか?」
俺より先に入っていた爺さんが聞いて来る。このまま行こうかとも思っていたが、最後に少しひよって後ろを振り返る。少し遠くなってしまったリビングの景色、そこに並ぶ人々に最後に叫ぶ。
「またなああああああああ!」
さよならでは縁起が悪い。再会の可能性だってあるさ。
重厚な音を立て、門が閉まりきるまで俺はその景色を眺め続けた。
これにて1章終了と相成りました。ここまでの読了ありがとうございまいした。
明日以降は閑話を挟んでのアルテミアでのお話となります。ようやくファンタジー世界ですね。作風は変わらず、斬った張ったよりは日常風景が多めです。今後とも宜しくお願いいたします。
宣伝:短編で「先輩の先輩」という1万字程度のホラーをあげてみました。相当昔に書いた物を打ち直しただけですが、お時間有ればそちらも如何でしょうか。




