21:知られざる陰謀
ある程度の自由を許可した手前、問題を起こさない様にしっかりと面倒を見なくてはならない。ガルファリオンの面倒は真由が率先してやっているし、代わりといっては何だが夜のアルマの散歩は俺の担当となった。走って逃げられないかと心配したのだが、ちゃんと言いつけを守っていてとても大人しい。住宅地なので21時を過ぎたこの時間はそこまで人通りは多く無く、ほろ酔いのサラリーマン以外は足早に自宅へと急ぎ、こちらに絡んでくる事も無かった。
早期に問題点の洗い出しが出来たのも大きい。まずは目だ。夜目が利くのと引き換えに、やはり爛々と光るその目は目立ちすぎた。結構遠くからでも、人型の影の目の位置が光るという感じで見えてしまい、このままでは新たな都市伝説が生まれてしまう事が確実だった。マスクは外せないのでサングラスを着けると完全に不審者になってしまうため、どうにかならないかと本人に聞いてみると。
「別に暗い所を見ようとしなければ光らないよ?」
簡単にそう言いながら縦長の瞳孔が人間の様な丸に変わり光らなくなった。後日、明るい部屋でその変化を見せてもらったが、瞳孔の形が丸から縦長にグググと変わって行く過程は若干ホラーを感じさせる動きだ。瞳孔の形状変化を自在に出来るらしい。詳しく聞くと、獣人の中でもこの手の変化が出来る者は珍しく、アルマが過去に斥候として重宝されていたのはこの特技と足の速さのお陰だそうで。今更ながらの新事実に驚きながらも、光る目に関しては良く判らない生態に感謝だ。
もう一点の問題点は警察の見回りだ。偶然パトカーの巡回に出くわした時は少しヒヤリとした。道の端に避けていると、一瞬見られはしたが何事も無く済んで胸を撫で下ろした。先に目の件が解決してなかったら、不審者認定で間違い無く職務質問だっただろう。アルマにパトカーと警察について注意するように伝えると、こちらも回避は簡単だと被ったフードの上の猫耳をピンと指で弾く。
母さんの自信作である『なんちゃって猫耳フード』。市販のパーカーのフードに、アルマの猫耳の位置と重なるように三角の猫耳っぽいデザインがされた出っ張りを増設した代物だ。内側からポケットの様になっており、本物の耳を折り曲げる事無く飾り部分に収納出来るので、集音性能は段違いに向上したらしい。
これで車のエンジン音を聞いたら姿を隠せば良いと言う。実際それ以降は散歩中にパトカーは愚か車に出くわした事は無い。閑静な住宅地で区画も細かく分かれており、道の選択肢が多いこの場所なら人にすら出会わずに歩けるとも言う。最悪塀を飛び越えて逃げる事も出来るので絶対に問題は起こさないと胸を張って宣言していた。
俺が同行しているからか、本人も遠出はしようとせずに住宅街を中心に外の風を楽しみ、遠くの風景を見たり誰も居ない公園の遊具で遊んでみたりと散歩を楽しんでいるようだ。
そんなコースの中でお決まりの場所、大洗神社の境内で休憩をとりながら語り合う事も増えた。いつもの食う事しか考えて無い会話とは違った、素のアルマと会話するというのも妙な感じだ。
「この分ならガルファリオンを連れて、夜の散歩を二人で行かせても良いかもな。予想以上に順調だ」
「んー、ガルはあんまり好きじゃないな」
「そうなのか? 同じ獣人系、同じ庭の住人だから仲が良さそうなもんだがな」
「多分あの子、獣人じゃないよ?」
「え……今は完全に犬だけど、目撃情報だと狼男なんじゃなかったっけ?」
「マリーとかと一緒。魔族としての姿が獣人っぽいだけで普通の犬。多分そう」
野生の勘という奴だろうか、そう言われると凄い納得できる。マリーもクレイ君も普通の人間だ。目撃情報の外見とは似ても似つかない。犬っぽい感じだから余り気にしてなかったが、今度素性をちゃんと聞いた方が良いだろうか。あいつ自身、俺達と少し距離を取っている感じだが、要はセリスやマリーと同じ被害者のはずだ。ちゃんと面倒看てやらないとと今後の予定に組み込む事にする。
特に時間を決めてはいない散歩なので、折角ならこういう時間を使って色々と聞いみようと思い立つ。もしかしたら今の様な発見があるかもしれないし、何か人に言えない不安を抱えているかもしれない。まずは軽いジャブを飛ばしてみる。
「お前、この前退屈だから早く帰りたいって言ってたけど、こうやって散歩に出れるようになってもそうなのか?」
真由とよく並んで座るお堂の角に腰を降ろして問いかける。こちらを向いて立ったまま考え込んでいるので、俺の隣の床を叩いて合図する。
「まぁ、座れよ。アルマと真面目に話す機会なんて滅多に無いからな、落ち着いて話そうぜ?」
「そう言えばソージと二人だけで真剣に話すのは久しぶりだね。いつ以来?」
トコトコと歩いてきて俺の真横、想定より大分近い密着する距離にアルマが腰を降ろす。俺が叩いていた場所に律儀座った結果だ、他意は無いはずだ。少し動揺するが悟られないように話を続ける。
「最初にお前を捕まえようとして逆に吊られた時……か? あれ、他に有ったっけ?」
「それ一番最初。その後も数えるくらいだけど、一番最後は魔王戦の前の夜?」
「あー……飯食ってる時か。よくもまぁあの状態であんだけ食えると感心したんだったな」
「食事は基本。さっきの質問の答えだけど、こっちはご飯も美味しいしマユもナナコも優しいから好きだよ。ソウスケはあんまり話さないし、カスミは……ちょっと鬱陶しい。触り過ぎ」
父さんはどちらかと言えばユリウス達と酒を飲むのが基本だったし、かすみちゃんは偶に来るとずっとアルマを撫でている事も有る。もう少し自重するように今度それとなく言っておくか。
「名前が出てこない徹は?」
「髪が変?」
プチリーゼントは異世界、異種族にも印象が悪いらしい。これは言っても直さないだろうから、逆にアルマに注意しておく。
「それ絶対に本人には言うなよ? 泣いちゃうから」
「らじゃ!」
親指をグッと立て良い返事をしているが目が笑っている。そのうち言うのだろうなと安易に予想出来る。
「じゃあ、帰りたいのは家族というか部族の為か?」
「私はもう森から出た身だし関係無い。そういうのじゃなくて、単純にあっちの世界の方が楽しいからかな。ソージもそうだよね?」
体を捻ってキラキラとした目でこちらを見て来るアルマ。当然でしょとでも言いたい様だ。真由にも言われたが、やっぱりどこかでそういう雰囲気を出しているんだろうか。自分自身に問いかけながら、質問に答える。
「楽しいのは否定はしないけど、俺としてはこっちの世界も大事……だと思う。毎日が冒険だったあっちの世界と違ってこっちは退屈極まりないと感じるけれど、本質は一緒なんだよな。生きる為の手段が違うだけ。その方法が合うか合わないかだけだろ」
「もしかして……ソージは帰らないの?」
俺の言葉に対し、不安そうにアルマが訊ねてくる。そこはもう迷わないのですぐに否定する。
「いやそれは無い。セリスと一緒に帰るってのは決定事項だ」
「良かった。計画が狂う所だった」
俺の返事に安堵を露にしたついでに何か物騒な事を口走った様に聞こえた。
「……計画? 何の?」
「ハーレム計画?」
「よし、詳しく聞かせろ」
想像以上に物騒な計画名を聞いて背筋を正して問い詰める。絶対に何か良からぬ計画に違い無い。俺にとって命に関わりそうだ。
「ソージが帰って、セリスとくっ付く」
「ふんふん、それで?」
「ソージが王様なって、女を一杯囲んでハーレム作る」
「ほうほう、なるほどな。そこにお前が入る、と?」
「そうそう、私の将来はこれで安泰」
今までの真面目っぽい言動の反動でVサインを作ってこちらに向けてくる馬鹿に対しての評価が凄い速度で下がって行く。取りあえず野放しにするわけには行かない、出来るだけ情報を引き出そう。こいつが単独でそんな頭を使う事をする訳が無い。
「その計画をセリスは知っているのかな?」
「まだ言ってないよ。子供作ってからじゃないとダメだって言ってたし」
「言ってた? 誰が?」
「マスターちゃん」
フッとアルテミアで商売としてダンジョンを経営している変わり者の妖精族の顔が過ぎる。討伐祝賀会で、もうすぐ赤字の補填が出来るとかどうのこうの言っていたのを思い出した。どうやらあちらに帰ってからの最初の仕事は迷宮掃除で決まりそうだ。
「マスターちゃんも当然ハーレムメンバーなんだよな? 他には居るか?」
「今の所はマスターちゃんと薬屋ちゃんだけかな。ミーララを含めて、他に何人か有望な人物にも声をかけるって言ってたけど」
どれくらい居るのかちょっと期待したけど、少ない。しかも二名は完全に金目当てだ。薬屋のアメリアさんはちょっと予想外だったが、あそこも商売が上手い方ではない。王室御用達への道と考える方が妥当か……個人的な人気の無さにガッカリする。
「大体こんなもんか。さて……判決だ。有罪」
「何で?!」
「まず一つ、金目当てで愛が無い。二つ、日本では一夫多妻は認められてないし、俺もする気は無い。三つ、セリスが許す訳が無い、以上」
「やー! 別にソージ嫌いじゃないし、あっちはニホンじゃないし! セリスなら許してくれるってマスターちゃんも言ってたし!」
「多分現状のセリスを知らないからだろ。この事が公になれば、あのダンジョンは確実に国に滅ぼされるぞ?」
「そんな……私の将来設計が」
「いや、別に見捨てたりはしないけどさ……ハーレムは無しな」
「子供も無し?」
「同じ意味だろうが」
「それとこれは別。ソージの子供は欲しい」
「さらっと爆弾発言するな。何でそこだけ獣っぽいんだよ」
「強い子孫残すのは女の役目?」
「いや生物的にはそうだけどさ。ああ、うん、それも無しね。俺はピュアに生きる」
「うぅ……お先真っ暗……」
金目当てだけでは無かった数少ないファンを慰めながら家路に着く。目に見えてガッカリしているので何か俺が悪いようにも思えるが、勝手に変な計画を建ててた罰だ。知らず知らずにその計画が発動してしまっていたら、俺は恐らく……考えたくも無い。
自宅に到着すると、アルマがふらふらとリビングのソファーに突っ伏して唸り始めた。その様子を真由が不思議そうに見てから、当然聞いて来る。
「何か遅かったけど……アルマさんどうしたの?」
「ロクでもない計画を建ててたんでお灸を据えた」
「ここまでヘコむなんて珍しいね……」
そう言いながらココアの入ったマグカップを片手に真由が心配そうに食卓からアルマの横まで移動して行く。話し掛ける前、手に持った飲み物を口に入れた絶妙の瞬間にアルマがボソリと呟く。
「ソージにフラれた」
ブファっと盛大に俺に吐き出されるココア。こいつ狙ってやがったのか。
「ちょ、ちょっとどういう事!?」
真由に揺すられながら、近くにあったティッシュで顔を拭く。ベトベトで気持ちが悪いったらありゃしない。無言で顔を拭き続ける俺に尚も真由が質問攻めを続ける。
「何であにぃとアルマさんがそういう関係になってるのよ! あにぃ、たらしなの? 節操無いの? セリスさんという人が居ながら何でもOKなの? ハーレム願望とか不潔!」
「あのな……言いたい放題は良いが、俺に断られたって言ってるだろ。コイツは俺が結婚してからの財産目当てで結成された秘密結社の構成員だったんだよ」
「はい?」
衝撃の俺の言葉に、真由が完全に理解不能という感情を露にする。そんな真由が大声で騒いだのだから父さん母さんもこちらをガン見し、そして当然セリスもやってくる。台所でミーララと何か作っていた様で姿が見えなかったので少し期待したのだが、引き金を引いたのはアルマだ。俺は悪くない……大丈夫だと信じたい。
◆
ピンと張り詰めた空気の中、真由が人数分のお茶を置いて席に着く。ハレーム計画なる邪悪な陰謀の全容を伝え終え、俺は敢えて伏せて説明したのに最後の最後にアルマが「子供は欲しい」と場を凍りつかせたのがその直後だ。
父さんと母さんはオロオロとセリスを気遣い、真由はお盆を抱え俺とアルマとセリスを代わる代わる見ている。マリーさん達は食卓の方に非難して興味深そうにこちらの様子を伺っている。何だこの状況。何で修羅場になってるんだ。
ズズッとお茶を一口飲んで、テーブルに湯飲みを置いたセリスに注目が集まる。アルマはソファに突っ伏したまま、うつ伏せの状態で尻尾だけ揺らしている。数秒にも数分にも感じられる沈黙をセリスが破る。
「大体お話は判りました。ソウジ様はどうしたいのですか?」
え、俺主体なのかよ。
「さっきも言ったけど、俺はNOだ。倫理観は日本式を採用している」
繰り返すがそんな節操無い事をするつもりは無い、俺は一途な男だ。そうアピールするとセリスがニコリと微笑む。よしよし、俺は安全は確保された様だ。
「個人的にはアルマさんなら別に良いんですけどね、第一婦人の座は譲れませんが。今回はソウジ様が嫌だと明言されましたので無しですけどね」
「おぉ……これが正妻の余裕」
真由が思わず感嘆の声をあげる。俺もビックリだよ。
「勿論、アルマさんだからですよ? お金だけが目当てじゃない様ですし。他の方……特に主犯の方はどうしましょうか。国の兵士さんを動かすより街の猛者に討伐依頼を出して根こそぎ没収してしまうのが良いでしょうかね」
「あいつには妥協無しで良いと思うぞ。根こそぎやってもどうせ復活してくるだろうし。商売根性と戦闘能力だけは評価出来る奴だ」
「そうですね。では帰ったらと言わず次回の神剣様との連絡の際にお父様にお願いしてみましょう。精鋭で当たる様に進言しておきますね」
「さよなら、マスターちゃん……」
フレンドリーな判決に機嫌が戻ったアルマが裏切りを宣言している。極秘計画にアルマを引き入れたのが運の尽きだ。安らかに眠れ、迷宮妖精。
◆
リビングでの一件の後、自室に戻るとセリスがやってきた。さっきの続きだと言うので持参してきたお菓子を摘みつつ暫し語り合う。
「別に浮気を認める訳では無いですよ? そこはちゃんと理解しておいて下さいね」
「さっきも言ったけど別にそんな気は無いって。それよりも条件付でOKって言った事に驚いてるんだけど、ハイランド国って一夫多妻は認めてるの? ダグダさんはフィリス女王一筋だったと思うんだけど」
「お父様とお母様は馴れ初めからして尋常じゃありませんからね……お互いに相手しか見えていません」
国王と女王の馴れ初めについては国民全員知らない者が居ないくらい有名な話だ。アルテミアの他の大陸にまで吟遊詩人が伝え広げた英雄譚。
要約すると。当時は王女だったフィリス女王の危機を知り、己の命を投げ捨てて単身で数千の敵兵へと斬り込んで助け出すというダグダ国王の話。そこだけ聞くと超人国王の美談で収まるのだが、実際の現場の人から聞いた話では女王の美的センスにかなりの癖を感じる悩ませ物だ。
では、実際の話はどうだったかと言うと。まずは最初の時点でダグダ国王はフィリス女王を個人として認識すらしてなかったらしい。単純に自国の王族の危機に駆けつけた忠臣という立場だったそうだ。
で、次に数千の敵兵。これは全体の数で、女王自体を取り巻いていたのは数百人だそうだ。それでも十分に異常なのだが、これは単純に話に尾ひれがついたという感じなのだろうが、実際に本人を知っている身からするとやりかねないというのが正直な感想だ。
最後にお互いが意識し合った瞬間。数百人の人間の壁を大剣一本で本当の意味で切り開いた人間の外見はどうなるのか。返り血と臓腑塗れのそれこそ鬼と称するに相応しい姿を見て、女王様が惚れたらしい。その後、権力をフルに使い自分の近衛へと引き上げた挙句婿に迎えるまでが真相であり、その発端の戦闘の姿が原因で付いたのが現在の異名「暴牛王」であるそうだ。血塗れの大男を見て、素敵と思える感性はどうなのだろう。
「結局、あの王様も尻に敷かれているのか……」
「お母様が政務を全て引き受けていますからね。お父様は国の象徴的な存在ですけど、お母様に頭は上がりません。ですから他の妻を娶る等はしないのですよ。ただ、別に禁止されている訳ではありませんから、ソウジ様が望むなら法的には大丈夫ですよ?」
「入り婿なのに他の女を引っ張るとか、どんだけ根性座ってれば出来るんだよ……」
「まぁ、お父様達と違ってソウジ様の周りには女性の影も多いですからね。良く知らない勝ち馬乗りな輩は願い下げですけど、ちゃんとソウジ様の魅力を理解した上で真剣に婚姻を願う女性には私も吝かではないです」
「アルマはともかく、薬屋のアメリアさんとかどうなんだろうね。確かに優しかったけどそんなに接する機会は無かったはずなんだよな」
「何がその人の感性に引っ掛かるかは判りませんからね。他にも候補が居る様な事も言ってましたし、都度私が判断しますね」
「あい、お願いします」
「ただ、マリーさんの様に今後も増やして行く様な軽率な態度はですね……」
お小言を言われながら、完全に自分の将来が見えてしまった。女王制の国の女性にはどう頑張っても勝てないだろう。ダグダさんと二人、こっそりと城を抜け出す自分の未来の姿を想像してしまった。
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