20:ショッピング
夜長月とは良く言った物で、一日毎に日が暮れる速さを実感出来る様になった頃。段々とユリウスが居ない生活も普通に感じるようになってきていた。俺一人分の風呂を借りに行くのも勿体無いので、最近はセリスか真由を連れて平屋家にお邪魔させて貰っている。セリスも人当たりが良い方なので、徹の両親のウケは上々だった。
特にどこに行くわけでも無く、大人しい生活が暫く続いたのだが。
本日の夕飯の最中、流石に文句が飛んできた。
「ソージ、何時になったら私外に出れるの?」
アルマ専用に多めに盛られた白身魚のフライをペロリと平らげた後、頬杖をつきながら冷たい視線を送ってくる。脱走の後は比較的大人しかったが、逆に言えば良く持った方だろうか。
「早急に善処します」
「この前もそう言ってた、退屈」
アルマの場合、性格やウッカリが要因なので対策らしい対策が浮かば無いのが頭の痛い所。外見的には前回の一件で隠す所を隠せばどうとでもなるのは判っている。ここまで我慢出来たのだし、精神的成長を鑑みて少し条件を緩和してやるとするか。
「じゃあ、前回みたいにマスクを絶対に取らないと誓うなら少し許可しよう。勿論、この間の失敗を教訓として外出中の飲食は不可、最初は人目に付き難い夜限定な。可能なら俺か真由が同行する。それでどうだ?」
最大限に譲歩してアルマの顔を見ると、結構嬉しそうだった。
「服装はフード付きの上着に長ズボン、マスクは絶対着用。人と接しそうになったら退避、会話はしないで逃げろ。良いな?」
「分かった! じゃ、早速行って来る。洗濯しちゃったから服貸して」
そう言うアルマの現在の格好はあちらの服装だ。
ハーフパンツに黒のタンクトップのという格好で色々と目立つ。
「真由、何かソレっぽの貸してやってくれるか?」
「ある事はあるけど、上着とか私のじゃきつ……小さいんじゃないかな」
真由が箸を咥えながらアルマの方を羨ましそうに眺めている。主に胸かな。
「そろそろ季節の変わり目だし、丁度良いから秋冬物も欲しいわね」
「じゃあ、明日にでも買出し行く? 休みだし付き合うよ」
「それじゃあそうしましょうか。真由は学校だし、もう一人欲しいわね」
母さんが悩んでいると、ここぞとばかりにミーララが立候補する。
「ママさん、そういうのは私の出番ですよ!」
「じゃあ、ミーちゃん一緒に行きましょ。他の人は良いかしら?」
「最近外出してないし、誰か行くか?」
俺と母さんで話を振るとセリスが手を挙げる。マリーも少し行きたそうだが、クレイ君の方を見て諦める。この二人はセットでどこかに連れて行って上げたい所だ。
「私は?」
「アルマはまだ人混みはダメだな。明日の晩から多少は動けるんだし我慢しとけ」
「らじゃ」
先が見えたせいか、格段に聞き訳が良くなっている問題児に安堵する。最近はミネルバさんも映画やドラマに入り浸りなので、外出が難しいメンバーもこれで少しは大人しくなるだろう。買出しのメンツが決まり、食事に戻ろうとするとミーララが手を挙げる。
「もし出来ればで良いんですけど、服だけじゃなくて色々見たいんですがダメですか?」
「色々って、例えば?」
「観光じゃなくて、雑貨とか調理道具とか色々な物が置いてある場所に行ってみたいんです。『てれび』が言ってた『しょっぴんぐもーる』とか……」
「要するにこっちの市場が見たいのか」
「そうですそうです。ソウジさんが働いている商店街には何度かママさんと行ったんですが、『てれび』で見た、キラキラ~なのも見てみたいんですよ」
うっとりという感じで手を組み合わせて虚空を見つめるミーララには悪いが、TVが取材に行くようなオシャレな施設などこの辺りに有るわけがない。作戦参謀の真由に耳打ちをする。
「多分、アウトレットモールとかそういうのだよな。この感じだと」
「茅蒲野付近には無いよね……一番近くても市を跨がないと無いと思うよ?」
「色々売ってて商店街じゃなくて近い場所……あそこしかないか」
「あそこって? ああ……あにぃ、あそこはちょっと違うんじゃない?」
「キラキラっていうかギラギラだけどな。まぁ似たようなもんだろ」
「似てない、似てないよあにぃ」
残念ながら同意は得られなかったが、バスで行ける範囲でミーララの希望に出来る限り近い店に行く事にする。あそこなら色々取り揃えているし、アルマの変装用に最適な何かも見つかるだろう。
◆
「何か……想像してたのと違います……」
翌日。目当ての店舗に着くとミーララのテンションが下がってしまった。何故だろう。
「キラキラしてるだろ? 眩しいくらいに」
「こんなピカピカ派手なのにいかがわしいお店じゃないんですよね……?」
「ちゃんとした店だぞ? 日本が誇る大手のディスカウントストア、品揃えも無駄な物を含めて豊富だ。何より安い」
「絶対違う……」
尚も文句を言ってくるミーララを押して入口へと向かう。徐々に店のテーマソングの音量が上がってくると『来た!』と実感できる。俺はこの突き抜けたセンスは嫌いじゃない。
「う~……こんな音量で下品な音楽かけて、本当に普通のお店なんですか?」
中に入るなり、耳隠しのニット帽の上から更に耳を押さえてミーララの文句が加速する。吟遊詩人の真似事も出来るくらいには音楽に拘りがあるらしく、TVに出演するアーティストに向かって酷評する事もしばしばあった。
「私は別に大丈夫ですけど。あ、これ可愛いですね」
横にくっついているセリスは大丈夫な様だ。店内には外国人も少なく無いので、そこまで目立っている感じも無い。入り口脇に置かれたキャラクターグッズを手にとって眺めている姿が微笑ましい。
「私が見たいって言ったのは、こう、港の横にある小さいお店が立ち並ぶ街みたいな作りで、置いてある商品ももっとセンスのある服とか小物で……音楽ももっと落ち着いた感じで~……」
「大体合ってるじゃないか」
「ぜんっぜん違いますよ!ああ、どうしてこうなったの……」
ガックリと項垂れるミーララを無視して目的の物を買うとしよう。まずは第一目標の服から選ぶ事にして進み始める。目的の売り場までの道中も、目を惹く珍品が所狭しと並んでいるので退屈もしない。やっぱり楽しいな。
「総ちゃんも部屋着の予備選びなさい。女の子用のは私達で選びましょ」
そう言いながら母さん達は商品の海へと消えていった。言われた通りに自分の分として、スウェット上下とパーカーを適当に選ぶ。他の商品も見てみるが、でかいキャラクターが描かれていたりして好みではない。すぐに終わってしまったので女性陣に合流する為に捜索に出るが、お約束とばかりに見つからない。グルグルとソレっぽい場所を回っていると母さんを発見出来たので声をかける。
「俺はこれで良いよ。他の二人は?」
「あら、後ろに居たと思ったのに。そこらへんに居るんじゃないかしら?それより総ちゃん、これ可愛くない?」
ピンクの生地に有名なキャラクターがプリントされたトレーナーを広げる母を見て少しクラッとする。時々センスが疑わしい物を買ってくるが、こういうノリなんだろう。
「ピンクだし、シェンナに似合いそうだね」
母さんから渡された時の反応が楽しそうなので適当に言っておく。それよりも異世界組だけで動かすのは危ない、探さなくては。
「セリス達探してくるから、後は適当に買っといて」
「分かったわ、ここら辺に居るわね」
商品で狭くなった通路を順番に探して行く。昼間のせいか客数はそこまで多く無いが、非常に見通しが悪いので中々見つからない。何本目かの通路を覗くとようやく、しゃがみ込んで商品を見ているミーララを発見出来た。
「おい、勝手に離れると迷子になるぞ」
「ひゃいあああ!?」
声をかけると物凄い勢いで驚いて立ち上がる。手に持った商品がそのまま俺の見える位置まで持ち上がって来るので目に入ってしまうが、これは紐……下着か?周りを見ると女性下着売り場の様だ。
「ちがちがちがいます。これでどうやって隠せるのかなと考えてて」
「ああ、うん、何かごめん。分かったから、こっちに向けなくて良いから、元に戻そうね」
「はひ……」
プシューンと煙を噴きそうな程真っ赤になって紐を戻すミーララ。凄く微妙な空気が流れる中、無言で母さんの場所まで誘導して身柄を預ける。有り勝ちなお約束展開だったが、実際に遭遇した身から言わせて貰うと本気で気まずいだけだった。
気を取り直してセリスを探し始めるが見つからない。服関係のフロアを探しつくし、隣接する家電エリアに突入すると……居た。
「何してんの……」
「快適です」
どっかりとマッサージチェアを堪能している王女が居た。そんな歳じゃないでしょ君。最近、加速度的に『お淑やかで健気な王女』のイメージが崩壊しているのだが、本当に大丈夫なのだろうか。
「それは年寄りが使うもんだぞ。もしくは疲れたお父さん用だ」
「祭礼などは立ち仕事でしたからね。足の部分の小型のだけでも欲しいです……」
年寄り臭い事言ってくる。これがロリババアって奴だろうか?少し違うか?
規定時間が経過したらしく、マッサージが終わりセリスが立ち上がる。身長のせいでどう見ても子供が使ってるようにしか見えなかったが、その表情は明らかに施術を受けた後のサラリーマンと同じだ。巫女って大変なんだなと思ってしまう。
「お城のメイドさんのマッサージも良いですけど、これも中々ですね。気を使わなくて良いですし」
「しかし良く使い方とか判ったな。説明書読めないだろ?」
「通りかかった時に使っていた方に聞いたら丁寧に教えて頂けました。ちょっと鼻息が荒かったのが気になりましたけど」
「あぶねぇな! 完全にヤバイやつじゃねーか」
「こちらは人攫いなどは居ないのでは? 治安は良いと仰ってませんでしたか?」
「少ないだけで水面下で危険なのは居るんだよ。取りあえず帰るまで単独行動禁止、一緒に行くぞ」
微妙にズレた感覚のセリスの手を引いて母さんに合流する。
「あら、手繋いじゃって仲が良いわね」
「そんな暢気な事じゃないの。危ない奴に絡まれかかったみたいだからこうしてるの」
「そうなの? セリちゃんは可愛いから狙われちゃうのね」
よしよしとセリスの頭を撫でる母さんの姿に少し不安になる。新鮮なメンツでのお出かけのせいか、少しテンションが怪しい。早々にケリを付けて帰宅しようと心に誓う。
そんな俺の袖をミーララが引っ張る。振り返って何だと尋ねると、下に置いてあるカゴを指差しているので目を向ける。俺が放り込んだ服以外、かなり派手なチョイスがされている様で、鮮やかな原色が目に痛い。しかめっ面になった俺を見てミーララが小声で耳打ちしてくる。
「こちらではこういうのが普通なんでしょうか……?」
「そんな事は断じて無い。そうか、いつもの買出しは父さんが止めてたのか……」
父さんは割と外見に拘る部類だ。仕事中、唯一のお洒落ポイントのネクタイも綺麗なデザインの物が多く、たまに見る私服もしっかりコーディネイトされている。そんな人がこの買い物を許すわけが無い。
「母さん、そろそろ服は十分なんじゃないかな? 大量に買うと持って帰るのも大変だし、食料品とかも見ないとね」
「まだ足りない気がするし、もう少し見たいわ。四人居れば大丈夫よ」
「いやいや、えーと……そうだ、ミーララも何か見たいよな?」
振り返りながら『何か言え』と視線で合図を送ると『私をダシに使うんですか?!』と視線で返ってくる。アイコンタクトはバッチリだ。
「え~と……あ、そうそう。調理器具が見たいんですよー、ママさんも一緒にお願いしますよー」
少し棒だが良い仕事だ。後で褒めてやろう。
「そういえば見たいって言ってたわね。じゃあ、そうしましょうか」
いつも通りのニコニコ顔で、吊ってある看板を頼りに調理器具売り場を目指し歩き始めた母さんに安堵する。父さん抜きでこういう買い物をするのは初めてだったが、日頃の苦労が少し垣間見えた気がした。
調理器具売り場に到着すると、今度はミーララのテンションが目に見えて上がって行った。フライパンやら鍋やらを手に取り素振りをしたりしている。
「す、凄い。こんなに軽いなんて」
「そのフライパンは焦げ付かない様にコーティングもされてるな。そっちの鍋は付属の蓋をすると、圧力を利用して通常より高温で調理時間の短縮が出来る」
「何ですかその魔法の品々は。そこまでの効果が付与されているとなると、家一件くらいのお値段しちゃうんじゃないですか?」
「お前が良く食ってるポテチの袋50個分くらいかな。高いのはもっと高いけど、大体そんなもんだぞ?」
「はぁ~……全部欲しいです。ぽてちは我慢しますので、ご一考お願いします」
「だからそんな大層なもんじゃないって……」
一般調理器具でこの反応。
当然電化製品になると収拾がつかなくなった。
「これは中に物を入れてスイッチを押すと細切れにしてくれる機械、こっちは赤外線で食材の中まで暖める機械、これはホイップを作るとか撹拌専用の機械、でこっちは……」
「もう良い、もう良いです! どれもこれも欲しいです! キカイ凄い!」
良く判らない称賛の言葉を呟きながら、手に持ったカゴに手当たり次第に詰め込み始めるミーララの目が狂気に彩られている。横に居るセリスや母さんが若干引いている。これの処理を俺がするのか……。
「これ程の器具が有ればどんな食材でも調理出来ます……いや、してみせますよ!」
「落ち着け、最後の砦だったお前が暴走してどうする! 流石にこんなに買える金は無い!」
「お金が無いなら私自身を抵当にしてお願いするまでです! この財宝にはその価値が!」
「おーちーつーけ! 機械は電気がねーとうごかねーだろうが!」
その一言で動きが止まったので一安心したが、こちらを向いたミーララの顔。この世の終わりのような悲痛な顔だった。そこ忘れてたのかよ。ガックリと床に手をついて恨めしそうに呟いてる。
「最近の生活ですっかり忘れてました……あ、でもこのお鍋とかは大丈夫ですよね?」
案外立ち直りも早かったので安心する。
最初に紹介してやった電化じゃない方の品物を物色し始めた。
「だから最初にそっちを紹介したんだよ。取りあえず今日はフライパンと圧力鍋くらいにしとけ」
「了解でっす。さよなら、魔法の調理器具さん……」
名残惜しそうにジューサーを元に戻すミーララを見てホッとする。普段が大人しいからこういう暴走するとは思わなかったが、自身を身売りしてまで買いたいとかどんだけだよと思う。まぁ、これでミーララのお土産は調理器具の何かで決定で良いだろう。
落ち着いた様で、母さんとセリスを交えて今回買う物を選んでいるようだ。もう少し時間がかかりそうなので、お土産の目星をつけて置く事にした。
◆
夕飯後の争奪戦は熾烈を極めた。所狭しとリビングの床に広げられた、極彩色の服の中から、少しでも無難な物を奪い合う女性陣の戦争だ。
アルマは興味が無いらしく残ったので良いと離脱しようとしたが、夜に目立たない原色系以外を俺が選んだため、結果的に一番無難な服を手に入れたのは無欲の勝利だろう。じゃんけんの勝敗で一喜一憂するその様子を少し離れた所から俺と父さんが見守る。
「母さんって昔からあのセンスなの?」
「……ノーコメントだ」
「何で今回は止めなかったの?」
「お前が行くから大丈夫だろうと思ったんだがな。買被り過ぎたようだ」
「期待に答えられなくて、すんません」
そんな会話をしていると決着がついた様で。例の、どピンクのトレーナーがかけられたシェンナがソファーで放心状態になっている。僅差で勝った真由も、手に持った蛍光グリーンのパーカーを無言で見つめていた。あんまり変わらない気がする。
一連の騒動を見ながら母さんが笑顔で呟く。
「取り合いなんて賑やかで良いわよね。また買ってこなくちゃね」
父さんと無言で視線を交わし、深く頷きあった。
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