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完結済となったあの作品の彼らは、今  作者: 五十鈴スミレ
本編2:エピローグのその先のプロローグ
8/8

(5):美幸の場合



「へーへー。じゃ、早くオレを帰せよ」

「それだけは聞けないなぁ」

「なんでだよ!?」


 美幸はダンッとテーブルに手をついて男に詰め寄った。

 もう今回の件に関する話も聞いた。用事は終わったはずだ。

 ……いや、そもそもその話をするために美幸はとどめ置かれたわけではない。話の流れで聞くことになっただけだ。

 では、男の目的はなんなのだろうか。

 美幸がここでこうして、男と対面している理由とは。


「たしかに君は仲介役に適任だったけど、他にもちょうどよさそうな登場人物がいなかったわけじゃない。その中で君を選んだのは、完全に俺の趣味。君に会ってみたかったんだ」


 にこり、と男は笑う。

 それはやはり何を考えているのかわからない笑みで。

 胡散臭さに美幸は眉をひそめる。

 そんな顔で会ってみたかったと言われても、まったくもってうれしくない。


「君の物語は俺の一番のお気に入りだ。君の物語というよりも、君という主役が、かな」

「そりゃどーも」


 反応に困って、美幸はそうとだけ返した。

 褒められているのだろうけれど、他にどう答えればいいのかわからない。


「ねえ、美幸さん。俺と恋をしてみない?」


 男は笑みを深めて、そう言った。

 すぐには理解できずに、美幸は目を点にした。

 おれと、こいを、してみない?

 こいとはなんだっただろうか。池の鯉か? わざとという意味の故意か?

 けれど十秒ほどで、美幸の頭は正常に言葉を理解してしまった。


「……寝言は寝て言え」

「それって照れ隠し? かわいいなぁ美幸さん」

「違ぇし! 照れてなんかねぇ!」


 美幸はクスクスと笑う男を怒鳴りつけた。

 照れてなどいない。断じて、照れてなどいない。

 男は冗談を言っているだけなのだ。何を照れる必要があるのだろうか。


「大丈夫、わかってるよ。美幸さんは積極的にアプローチされると弱いんだよね」

「弱くねぇし!」


 癇癪を起こす子どもを見るような目を向けてくる男に、美幸はさらに怒鳴る。

 何もかもわかっていると言わんばかりの笑みが、美幸の神経を逆なでする。

 今、確実に言えることがある。

 この男と美幸との相性は、最悪だ。

 言葉一つ、表情一つが、妙に癇に障る。


「弱いよ。だからクラウス王子にもほだされた。俺は全部知ってるよ」


 男の的確な指摘に、美幸はぐっと詰まった。

 男は美幸の物語を知っている。そのことがひどく悔しい。

 反対に、美幸は男のことを何も知らない。だから、反撃の材料になりそうなものは思い至らない。


「プライバシーの侵害だっ!!」

「物語の主役の君たちに、そんなものがあると思ってる?」

「横暴だ!!」

「どうとでも。君に振り向いてもらうためなら俺はいくらでも知識を使って、知恵をしぼるよ」


 それは、美幸がなんと言おうとあきらめないということだろうか。

 なぜそれほどに男が美幸に執着するのかがわからない。

 だって、美幸は。


「オレは物語の登場人物なんだぞ!?」


 美幸は、自分が物語の中でだけ生きている存在なのだという自覚があった。リートやミーウェルミルシーもそうだろう。

 その物語を楽しむ、上位世界があるのだということも、誰に言われるともなく理解していた。

 物語の管理人というものは初めて知ったが、そう名乗る男は、美幸たち物語の登場人物にとって、神のような存在なのだろう。

 美幸とは異なる理の中に生きる、上位世界に住まう人々。

 たとえば、美幸にとって虫がどうでもいい存在であるように。

 男にとって、美幸は目をかけるほどの存在でもないはずだ。


「そんなこと関係ないよ。君はもう作者の手を離れていて、魂が宿っている。普通の人間と変わらない」

「だ、だからって……」


 わからない。理解できない。

 男が嘘を言っているようには聞こえなくて、言葉を返せない。

 美幸は混乱していた。


「信じられないなら何度でも言うよ」


 男はそう言うと、ソファーから立ち上がった。

 テーブルを回って美幸の前まで来たかと思うと、ひざまずいて美幸の手を取った。

 振り払おうとしたが、男の力は意外と強く、離してもらえそうにない。


「俺は美幸さんのことが好き。ずっと君のことを見ていた。ずっと、君に会いたかった」


 美幸を見つめる男の紫色の瞳は、真剣そのものだった。

 刃のような鋭さを持ちながらも、美幸を炙るような熱をも秘めている。

 目を合わせていられずに、美幸は視線をそらした。


「お前みたいな胡散臭い奴、オレは絶対好きにならない」


 それは本心だったはずなのに、強がっているような響きを持った。

 男の目を見て告げることができなかったからだろうか。

 悔しい。腹が立つ。

 どうしてこんな男に、美幸は競り負けているのだろうか。

 逆らってはならないという直感を無視して、男を殴り飛ばしたかった。


「美幸さん、忘れてない? 俺はこの本棚の管理人。君の物語の管理人。君の性格も、趣味嗜好も、過去も、俺は全部知っているんだよ」


 男の声はどこか楽しそうに弾んでいる。

 それはまるでストーカーのようではないか、と思ったが、すんでのところで言いやめた。肯定されても否定されても恐ろしいような気がしたからだ。

 圧倒的に美幸のほうが不利なのは理解している。

 男が言っていることはたしかだろう。彼は美幸のことを、詳しすぎるほどによく知っている。

 それに、美幸は舌戦となるとてんで弱い。クラウスにも毎度のように言い負かされたものだった。

 見るからに、男は口がうまい。それは短い時間でも充分にわかった。

 クラウスにほだされた過去があるのだから、この男にほだされる可能性がないとは言いきれなかった。


「だからって、好きになるかなんてわかんないだろ!」


 それでも、今の美幸にはそう言うことしかできなかった。

 先のことは誰にもわからない。

 それは、物語の管理人だろうと同じはずだ。


「好きにならないかも、わからないよね?」

「ならない! つーか、好きとかそういうの、今はいらない!」


 握られた手は払えないままに、美幸は立ち上がる。

 そのまま男を睨みつけるようにして見下ろした。

 失恋したばかりの美幸は、恋なんて当分したくないと思っていた。

 こんな唐突すぎる告白、受け入れられるわけがないではないか。


「なら、待つよ。時間はいくらでもあるからね」


 男も立ち上がり、心底楽しそうに笑う。

 感情の伝わってくる、人間らしい笑みだというのに、美幸はげんなりとした。

 そんなことをそんな表情で言ってほしくなかった。

 厄介な奴に気に入られてしまった。

 ため息をつく美幸に、男は思い出したように「ああ、でも」と口を開いた。


「引き延ばしてもいいけど、十年くらいで折れてね。高齢出産はリスクが高いから」

「なんの話だよ!!」

「あれ、わからない? 家族計画の話」


 にやにやと嫌な笑みを浮かべながら男は言う。

 わからない。わかりたくない。誰がわかってやるものか。


「いいから、さっさとオレを帰せーっ!!!」


 辛抱できずに、美幸は最大音量で叫んだ。

 男はそれに、あははははっと声を出して笑うだけ。

 いつ帰してもらえるのか。そもそもちゃんと帰す気があるのかどうか。

 待つと言われた以上、大丈夫だと信じたいところだが。

 いまいち信用できないのが、悲しいところだ。




 これは、エピローグのその先の、プロローグ。

 美幸の物語が、これからどんな道をたどるのか。

 それは、物語の管理人にもわからないことだ。

 けれど、きっと、そう悪くもない結末へと向かうことだろう。


 ……たぶん。







ここまでお付き合いくださってありがとうございました。

これにて完結です。


押しに弱い子なので、美幸はきっといずれほだされてしまうでしょう。物語の管理人は特に縛られるものもないので安心です。

リートとミーウェルミルシーは仲良く暮らしていくことでしょう。いつかそこに愛が生まれることもあるかもしれません。


2013/11/22 誤字修正しました。

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