表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マッチング・リスト  作者: suzudeer


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/10

スピンオフ第3弾:十五歳の誕生日と、最強のビジネスマンの「大いなる弱点」

【前編:十五年という歳月と、巨大プロジェクトの完遂】


都内有数の高層ビル、最上階の取締役室。

五十五歳になった小林凌空は、特注のマホガニーのデスクに深く腰掛け、目の前のデュアルモニターに映し出された英語の電子契約書に静かに目を通していた。


シルバーの混じった美しいロマンスグレーの髪、鍛え上げられた長身に纏うオーダーメイドのスーツ。数々の修羅場をくぐり抜けてきた彼の顔には、かつての青年のような鋭さに加え、圧倒的な知性と包容力が刻まれていた。現在は取締役本部長として、国内最大手メガIT企業グループとの数千億円規模に及ぶ資本業務提携の陣頭指揮を執り、まさに今、その歴史的な巨大プロジェクトを完全勝利で完遂させたところだった。


「――本部長、法務および海外事業部からの最終承認が降りました。これで、件の提携案件はすべて完了となります」


秘書が感嘆の色を隠せない声で書類を差し出す。

凌空は万年筆を巧みに走らせ、力強くサインを書き入れた。


「ご苦労だった。各チームにボーナスの手配を進めておいてくれ」

「はっ! 流石の采配でした。我が社の株価も、この発表だけで跳ね上がっています」


国家の経済を動かすような巨大なディールを、涼しい顔で、完璧な手際で纏め上げる。誰もが羨む「日本のトップビジネスマン」としての圧倒的なプロフェッショナリズム。

しかし、そんな冷徹なまでの仕事の鬼である彼のスマートフォンの画面には、今、全く別の意味で世界を揺るがす重大なアラートが点滅していた。


壁掛けのクロノグラフが、午後五時ちょうどを指し示している。

凌空は立ち上がり、完璧な身なりを整えながら、先ほどまでの「冷徹な経営者」の顔から、一瞬にして別の顔――世界で最も重度の「親バカパパ」の顔へと変貌を遂げた。


——今日は、愛娘・結愛ゆあの十五歳の誕生日。

世界を相手に戦うことなど、今日のこの日を定時に帰るための前座に過ぎなかった。


【中編:スマホの画面に釘付け! 激重・過保護な親バカパパ】


高級パティスリーで特注のバースデーケーキを受け取り、凌空は誰よりも素早い足取りで自宅マンションへと急いでいた。

だが、その途中のタクシーの車内でも、彼の目は片時もスマートフォンから離れなかった。


(……待て。GPSの現在地が、学校から駅前のカフェに移動しているぞ)


凌空がスマホで開いていたのは、家族間で共有している高精度の位置情報アプリだった。さらに、妻の友梨佳から数分おきに送られてくる「今日の結愛のリアルタイム写真」が、彼の神経を逆なで(歓喜と焦燥で)していた。


「今日の結愛、お友達とカフェでパンケーキ食べてるって……なっ!?」


画面に映る制服姿の結愛の写真は、ハッとするほど大人びていて、眩しいほどの透明感を放っていた。

ハーフアップに結った髪、透き通るような白い肌、そして少しだけ膝上のスカート。


「スカートの丈が短い! 入学した時はもう少し長かったはずだ! 一体、どこの不良に感化されたんだ……! いや、待て、周りに男の影はないか? このアングルの背景、見知らぬ男子高生の肩が写り込んでいないか……!?」


「あなた、またそんな怖い顔をしてスマホを覗き込んで……。いい加減にしなさいよ」


帰宅するなりリビングで料理の仕上げをしていた友梨佳が、呆れと愛しさが入り混じった笑みを浮かべて声をかけた。

三十八歳になり、ますます美しさに磨きがかかった友梨佳は、夫の異常な過保護ぶりを優しく見守るベテランの域に達していた。


「友梨佳、君は危機感が足りない! 結愛は今や、学校中の男子から狙われていると言っても過言ではないんだぞ! もし変な虫がついてみろ、パパは明日からその男の会社をこの手で潰す!!」

「会社を潰すって、あなたねぇ……相手はただの高校生よ? そもそも、結愛はパパが大好きなんだから、そんな心配しなくても大丈夫よ」


そう言われても、凌空の動揺はおさまらない。

「ううっ、俺の小さなお姫様が、あと数年もすれば結婚して俺の元から去っていくなんて……考えただけで心臓が止まりそうになる……」と、日本経済を動かす男がソファの隅で頭を抱えてブルブルと震えている。

そんな彼の前に、制服姿のままで玄関から「ただいまー!」と元気な声が飛び込んできた。


【後編:バースデーパーティーと、禁断の質問】


「パパ、ただいま! わあ、すごいご馳走!!」


リビングに入ってきた結愛は、ケーキの箱を見るなりパッと満面の笑みを浮かべ、凌空の腕にギュッと抱きついた。


「おかえり、結愛……っ! ああ、今日も元気に学校に行けたか? 変な男に声かけられなかったか? 息をさせてくれ、パパの愛娘が今日も美しすぎて直視できない……っ!」

「もう、パパってば毎日それ言ってる! でも、ケーキありがとう!」


結愛はケラケラと笑いながら、凌空の頬にチュッと音を立ててキスをした。

その瞬間、凌空のHPは完全にゼロになり、天にも昇るような幸福感で全身がとろけそうになっていた。


豪華な夕食を終え、十五本のロウソクの火を吹き消した後のこと。

結愛はフォークを置き、ふと、両親をじっと見つめた。


「ねえ、パパとママってさ。どうやって出会ったの?」


——ピタリ。

リビングの空気が一瞬で止まる。

ビジネスの世界では無敗の男と、完璧な主婦である友梨佳が、見事に同時に呼吸を忘れた。


「結愛、急にどうしたんだ?」

「だってみんなで恋バナしててさ。パパとママって十七歳も離れてるじゃん? ママが今の私と同じ十五歳の時、パパはもう三十二歳のバリバリの大人だったわけでしょ? 絶対に変な馴れ初めがある気がする!」


結愛の鋭すぎる直感に、凌空の背筋に冷たいものが走る。

ここで「マッチングアプリで、ボロボロになって泣いていたところをだな……」などと口が滑ろうものなら、愛娘からの尊敬の眼差しが一瞬で軽蔑に変わる。


「あ、ええとだな、結愛。それはだな、運命のイタズラというか……」

「まさか、パパが街でママをナンパしたとか!?」


図星すぎる推理に、凌空は冷や汗を拭いながら友梨佳に助け舟の視線を送った。

友梨佳はふふっと上品に笑うと、優しく結愛の頭を撫でた。


「じゃあ、ママが本当のことを教えてあげるね」


友梨佳は、夫である凌空の目を愛おしそうに見つめながら、静かに語り始めた。


「結愛が生まれた日のこと、覚えている? パパね、あなたが生まれた時、病院の廊下で男泣きしたんだよ。『この子とママを、命に代えても守る』って、震えながら誓ってくれたの」

「……うん、聞いたことあるけど」

「パパね、昔からずーっと、ママのたった一人のヒーローなのよ。十五歳の時、路頭に迷っていた私に温かいココアを奢ってくれて、そこからずっと、私を見守ってくれていたの」


アプリの「ア」の字も出さず、しかし、二人の間にあった絶対的な真実と、凌空の底知れぬ愛の深さを完璧に表現した美しすぎるストーリー。

結愛は目を丸くし、やがて胸に手を当ててうっとりとした溜息をついた。


「なにそれ……めちゃくちゃロマンチックじゃん……! パパ、かっこよすぎる……!」


結愛が尊敬の眼差しで凌空を振り返る。

凌空は気恥ずかしそうに鼻をこすりながらも、愛しい妻と娘の姿を見て、これ以上ないほど誇らしい気持ちで胸がいっぱいになっていた。


***


深夜。結愛が自分の部屋で眠りについた後。

リビングのソファで、凌空と友梨佳は二人でワイングラスを傾けていた。


「上手く誤魔化したわね、パパ」

「いや、事実しか言ってないからな。……ただ、結愛が十五歳になってみて、改めて思うよ」


凌空はワイングラスを置き、リビングの天井を見上げた。


「十五歳のあの夜、もし俺が通りすがりに君を見過ごしていたら、今のこの幸せな時間すらなかったんだよな。そう思うと、あの時の俺の直感に、一生感謝しなきゃならない」


友梨佳はふわりと微笑むと、隣に座る夫の肩にそっと頭を預けた。


「私もよ。あの時、世界で一番最低な顔をして、でも世界で一番優しかった『嘘つきな男』に出会えなかったら、今の私はいないもの」


十五歳の誕生日という、一つの節目。

過去の傷跡は、今や眩しいほどの家族の絆という光に完全に包み込まれていた。


「なあ、友梨佳」

「ん?」

「来週の週末、結愛が友達と出かけるって言ってたろ? その日、久しぶりに二人で、あの新宿の喫茶店に行かないか?」


凌空の提案に、友梨佳は驚いたように目をパチクリさせ、そして最高に愛らしい笑顔を咲かせた。


「……うん! 行こっか、パパ」


最悪の出会いから始まった物語は、世代を超え、世界で一番温かい家族の奇跡となって、今日も明日も、永遠に続いていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ