有斗、面接へ行く
有斗たちがグリーンハイツドラゴンで暮らし始めてから三週間が過ぎていた。
最初は何も分からなかった現代生活にも、少しずつ慣れ始めている。
コンビニ。
スマホ。
電車。
買い物。
まだ戸惑うことは多いが、少なくとも公園に突然現れた日のような混乱はなくなっていた。
そして今日。
有斗にとって新たな挑戦の日だった。
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面接当日。
有斗は鏡の前に立っていた。
白いシャツ。
黒いスラックス。
ホームセンターの面接用に葵が選んだ服だ。
何度も襟元を整える。
そしてまた整える。
さらに整える。
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「緊張してる?」
背後から葵が声を掛けた。
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「していない」
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即答だった。
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「嘘だね」
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「何故だ」
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「五分前から同じ場所ばっかり触ってる」
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有斗は黙った。
図星だった。
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数週間前まで。
彼はノクスフィアで魔王討伐の旅をしていた。
魔物と戦い。
王国を守り。
命を懸けていた。
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なのに今は。
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面接で緊張している。
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「変な話だな」
有斗はぽつりと呟いた。
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「何が?」
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「魔物より怖い」
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葵は思わず吹き出した。
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「面接官は襲ってこないから安心して」
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「本当か?」
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「たぶん」
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「たぶん?」
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不安が増した。
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共有スペースへ向かうと、みんなが集まっていた。
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莉愛奈。
瀬玲奈。
しおり。
そして部長。
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なぜか全員いる。
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「勇者様」
莉愛奈が立ち上がった。
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「頑張ってください」
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「戦場ではない」
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「ですが戦いです」
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真面目な顔だった。
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有斗も否定できなかった。
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瀬玲奈も笑顔を向ける。
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「応援しています」
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「ありがとう」
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瀬玲奈は少し考えた後、小さく付け加えた。
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「履歴書を忘れないでくださいね」
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有斗は固まった。
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慌てて鞄を確認する。
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入っていた。
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「危なかった」
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「忘れてたんだ」
葵が呆れる。
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その様子を見て、しおりがスマホから顔を上げた。
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「噛むな」
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「またそれか」
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「大事」
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「確かに」
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しおりは再びスマホへ視線を戻した。
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部長だけは興味なさそうに欠伸をしていた。
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「にゃあ」
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「お前は気楽でいいな」
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「にゃあ」
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一時間後。
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駅前のホームセンター。
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有斗は入口の前で立ち止まった。
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ここで働くかもしれない。
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そう思うと少し不思議な気分になる。
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ノクスフィアでは勇者だった。
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今は求職中。
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人生は何が起こるか分からない。
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「行ってらっしゃい」
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入口まで付き添った葵が手を振る。
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有斗は小さく頷いた。
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「行ってくる」
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そして建物の中へ入っていった。
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三十分後。
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「終わった」
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有斗はぐったりしていた。
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近くの喫茶店で待っていた葵の向かいへ座る。
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「どうだった?」
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有斗は天井を見上げた。
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「不思議な戦いだった」
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「だから戦いじゃないって」
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「剣を抜かない」
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「うん」
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「鎧もない」
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「うん」
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「趣味を聞かれた」
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「聞かれるね」
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有斗は真剣な顔で頷く。
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「何故趣味を聞く」
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「その人がどんな人か知りたいから」
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「難しいな」
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葵はコーヒーを飲みながら笑う。
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「なんて答えたの?」
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「剣術」
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「うん」
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「野営」
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「うん」
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「魔物討伐」
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「うん……」
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面接官の顔が容易に想像できた。
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しばらくして。
有斗は窓の外を眺めた。
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行き交う人々。
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働く人たち。
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学生。
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家族連れ。
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誰も魔王なんて知らない。
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誰も勇者なんて知らない。
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けれど。
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「少し楽しかった」
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有斗はそう言った。
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葵は少し驚く。
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「楽しかった?」
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「知らないことばかりだった」
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有斗は静かに笑う。
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「だが悪くない」
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その顔には、転移してきた頃の不安はもうほとんど残っていなかった。
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グリドラでの生活。
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仲間たち。
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そして現代。
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少しずつだが。
確かに前へ進んでいる。
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「結果は三日後です」
面接官はそう言っていた。
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採用されるかは分からない。
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それでも。
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有斗は初めて、自分の意思でこの世界の未来へ踏み出していた。




