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仲介屋は煙草を巻く  作者: colove
ep12「封書」

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幕間「約束」

 花月十七日、夜。


 ヴェルナーが扉を閉めた。


 足音が階段を下りていく。石壁に反響して、消えた。表の扉が開き、閉まる音。通りの足音が遠ざかり——何も聞こえなくなる。


 ヘルマンは椅子に座ったまま、しばらく動かなかった。


 机の上に、小さな箱が開いたまま残っている。中は空だ。十年間、この中にあった紙が——今はあの若者の懐にある。


 茶碗を手に取った。冷めている。花のような香りは消えて、ただ苦い。——飲んだ。


---


 眼鏡を外した。布で拭いた。ゆっくりと。


 約束を、果たした。


 あの方が封書を預けたのは十年前だ。「あの男が自分で動き出した時に、渡してやってくれ」と。もう一つ、付け加えた。「それより前に渡すと、壊れる」。


 壊れなかった。


 封蝋を割る時、あの若者の手は震えていなかった。読み始めてから——震えた。読む覚悟はできていた。書かれていた内容に耐えられるかは——別のことだ。


 だが耐えた。立ち上がり、礼を言い、帰って行った。


 あの方の読みは——正しかったことになる。


---


 箱を閉じた。引き出しに戻した。


 空の箱が、引き出しの中にある。中身は渡した。だが箱は残った。


 覚書の内容を反芻する。ヴェルナーが短く伝えてくれた。


 入手経路が確認されていなかった。調査が止められた。命令の経路が通常と異なっていた——そこで文が途切れていた。


 あの覚書は、「何が起きたか」を書いている。


 だが——「なぜ起きたか」は、書かれていない。


 あの方は几帳面な人だった。途中で筆を止めるような方ではない。止めざるを得なかった。そこから先を書くことが、危険だったのだろう。


 わたくしの補足は正直なものだった。「意図的に流された可能性がある」と。覚書と書簡の返事を合わせれば、その結論に至る。


 だが——「意図的に流された」の先がある。


 なぜ偽の情報を流したのか。なぜ調査を止めたのか。——あの部隊が、何かに触れかけていたからではないのか。


 確信はない。だが疑いは——書簡の返事が来るたびに、重くなっている。


---


 窓辺に立った。花月の夜は穏やかだ。通りの街灯が石畳を照らし、遠くで衛兵の巡回の灯りが動いている。


 ヴェルナーに、まだ全てを話していない。


 「全容がわかったら全てを話してくれ」と言われた。「お約束いたします」と答えた。


 約束は二つになった。一つは果たした。もう一つは——まだだ。


 「全て」の中身が何か、わたくし自身にもまだ見えていない。見えかけてはいる。糸は集まりつつある。——だが確信のないまま伝えることの危うさを、この歳になれば知っている。


 「焦らぬよう」と言った。あの若者に。


 ——焦っているのは、わたくしの方かもしれない。


 あの若者は変わった。丘陵から帰ってきた目は、レーベンに辿り着いた頃の目とは違っていた。膝を折っていた男が立ち上がり、走り出している。もう止まらない。


 使うのか、守るのか。——萌月の夜から考え続けた問いだった。


 使いもしなかった。守りもしなかった。あの若者が自分で立ち上がり、自分で動き出し、自分で受け取りに来た。わたくしは——ただ、渡した。


 残ったのは次の約束だ。


---


 あの若者が真実に辿り着いた時——「はめられた」の先にあるものを知った時——何をするか。


 怒るだろう。当然だ。仲間の命が使い捨てにされた理由を知った男が、怒らないはずがない。


 だが——怒りの先に何を選ぶか。それは、わたくしには見えない。


 蝋燭が短くなっていた。一本消した。残り二本。


 もう少しだけ灯りが要る。もう少しだけ——確認が取れるまで。


 空の箱を引き出しに入れたまま、帳簿を重ねた。


 窓の外。花月の夜空。星が、街灯に負けて小さく光っている。


「お約束を——果たしました」


 旧友への言葉だった。この部屋には自分しかいない。帳簿の山が、黙って聞いているだけだ。


 ——もう一つの約束は、もう少しだけ。


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