第四十七話:言葉の重み
地割れは、いつの間にか静かになっていた。
さっきまで暴れていた触手は影も形もなく、砕けた地面だけが、大きな口を開けたまま広場に残されている。瓦礫は傾き、粉塵はまだ薄く漂っていた。崩れた建物の隙間から吹く風が、ひゅう、と乾いた音を立てる。
その場に立つ四人は、誰もすぐには口を開かなかった。
エデフィが消えた。
戦いは終わったはずなのに、胸の奥に張り付いた緊張だけが、剥がれずに残っている。
クロアケは広場を見渡した。割れた大地。散った瓦礫。薄く残る血の匂い。そして、仲間の間に残った、目に見えない亀裂。
「……じゃあ、話し合おうか。」
静かに告げる。
その一言に、リュクナの肩がわずかに揺れた。アドペロは視線を落とす。チェディーは長く息を吐き、地面に落ちた大鎌を拾い上げてから、虚空へと仕舞った。
「いいよ。話そう。」
チェディーはそう言ったが、普段の軽さはどこにもなかった。
クロアケは、まずリュクナを見た。
「お前はどうしたい。」
問いは短い。だが、逃げ場もなかった。
リュクナはしばらく答えなかった。割れた地面の縁を見つめ、短剣の柄を握りしめている。やがて、その手から力を抜くと、小さく口を開いた。
「……僕は、許せません。」
言葉は、はっきりしていた。
「故郷を壊されて、家族を失って、やっとご主人に救われたと思ったのに……その原因が、ずっと近くにいたなんて。そんなの、簡単に受け入れられるわけがない。」
アドペロは俯いたまま、何も言わない。
リュクナは続ける。
「ご主人が命を削ってまで薬を作っていた相手が、僕の仇だった。それを知って、何も思わないほど、僕は出来た人間じゃありません。」
「……そうだね。」
返したのは、アドペロだった。
その声は弱く、掠れていた。
「君が怒るのは当然だよ。ボクがやったことは、取り返しがつかない。村を壊したのも、君に傷をつけたのも、全部事実だ。」
アドペロは自分の龍化した腕を見た。まだ薄く鱗が浮いている。
「言い訳も、できない。」
リュクナは顔を上げた。
「じゃあ、なんで隠していたんですか。」
「……怖かったから。」
即答だった。
アドペロは、ようやくリュクナを見た。
「知られたら、この関係が終わると思った。君にも、クロアケにも、チェディーにも。ボクはずっと、兄さんが死んでからも、父さんが死んでからも、自分のことしか考えてなかった。全部終わってから薬を飲むって言ったのも、本当は覚悟がなかっただけなんだ。」
沈黙が落ちる。
アドペロは一歩、リュクナに近づいた。だが、それ以上は進まない。
「……ごめん。」
たった一言だった。
許しを乞う響きではない。ただ事実として、自分の罪を差し出すような声音だった。
リュクナはその言葉を聞いても、顔色一つ変えなかった。
「謝られても、戻りません。」
「うん。」
「ご主人も、村も、家族も、戻らない。」
「……うん。」
それでもアドペロは頷いた。
クロアケは二人を見ていた。どちらも間違っていない。どちらも、もう引き返せないところまで来ている。
だからこそ、ここで無理にまとめてはいけないと分かっていた。
「許さなくていい。」
クロアケが言う。
リュクナが目を向ける。
「許せないなら、そのままでいい。綺麗に流す必要はない。でも、今ここで殺し合ったら、アルケイが命を削った意味も、クエラが消えた意味も、全部なくなる。」
リュクナは唇を噛んだ。
クロアケはさらに続ける。
「救えなかったことは変わらない。今さら、何を言っても無かったことにはできない。でも、ここで止まったら、また同じことが起きる。お前の村みたいに。私の家族みたいに。アルケイやメロウみたいに。」
静かな声だった。
けれど、その言葉は重く四人の間に落ちていく。
チェディーが、壁にもたれるように立ちながら口を開いた。
「チェディーも、そう思う。」
三人の視線が向く。
「ここまで来て、まだ逃げるって選択肢もあるにはあるよ。でも、その場合……レヴィは止まらない。境界の綻びも、ハースティアも、全部そのままだ。人界にもまた魔族が流れるし、誰かがまた食われる。誰かがまた壊れる。」
チェディーはそこで一度言葉を切った。
「正直、チェディーはそういうの、もう見たくない。」
その声には、魔王としての威厳なんてなかった。ただ、疲れた一人の少女の本音のようだった。
「だから進む。レヴィのとこまで行く。チェディーはそうする。」
クロアケは頷く。
「私も進む。」
リュクナはまだ答えない。
アドペロも、何も言わない。
しばらくして、リュクナは小さく息を吐いた。
「……今は。」
その声は固かった。
「今は、共通の敵を倒すために協力します。」
アドペロがわずかに顔を上げる。
「でも、勘違いしないでください。僕はまだ、貴方を許していない。」
「……うん。」
「終わったら、ちゃんと話をつけます。」
「分かった。」
それで十分だった。
和解ではない。
信頼でもない。
ただ、壊れたまま繋がるための、最低限の確認。
クロアケは肩の力を抜いた。
「なら決まりだな。」
「……次は、僕の命を賭けて戦うよ。」
アドペロが小さく言う。
リュクナはそれに返事をしなかった。だが、背を向けもしなかった。
その時だった。
ずうん、と。
遠くの空気が、重く鳴った。
四人が同時に顔を上げる。
廃城の方角。赤黒い空の下で、巨大な影がじわりと揺らいでいた。城を中心に、見えない圧が波のように広がっている。肌を刺すような魔力。喉の奥に鉄の味が広がる。
「……近いね。」
チェディーが呟く。
クロアケの左目が、ずきりと痛んだ。これは警告なのか、記憶なのか、もう分からない。ただ、あの城に自分たちが行かなければならないことだけは、嫌というほど理解できた。
リュクナは耳飾りを押さえる。
アドペロは自分の腕を握る。
チェディーは先を睨む。
クロアケは一歩、前へ出た。
「行くぞ。」
それは誰かを励ます声ではなく、自分自身にも言い聞かせるような声だった。
壊れたままの四人が、再び歩き出す。
その先に待つのが救いではないと、もう誰もが分かっていた。
それでも、進むしかなかった。




