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黒緋色の翽  作者: 瑞ノ星
第五章
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第四十七話:言葉の重み

地割れは、いつの間にか静かになっていた。


さっきまで暴れていた触手は影も形もなく、砕けた地面だけが、大きな口を開けたまま広場に残されている。瓦礫は傾き、粉塵はまだ薄く漂っていた。崩れた建物の隙間から吹く風が、ひゅう、と乾いた音を立てる。


その場に立つ四人は、誰もすぐには口を開かなかった。


エデフィが消えた。

戦いは終わったはずなのに、胸の奥に張り付いた緊張だけが、剥がれずに残っている。


クロアケは広場を見渡した。割れた大地。散った瓦礫。薄く残る血の匂い。そして、仲間の間に残った、目に見えない亀裂。


「……じゃあ、話し合おうか。」


静かに告げる。


その一言に、リュクナの肩がわずかに揺れた。アドペロは視線を落とす。チェディーは長く息を吐き、地面に落ちた大鎌を拾い上げてから、虚空へと仕舞った。


「いいよ。話そう。」

チェディーはそう言ったが、普段の軽さはどこにもなかった。


クロアケは、まずリュクナを見た。

「お前はどうしたい。」


問いは短い。だが、逃げ場もなかった。


リュクナはしばらく答えなかった。割れた地面の縁を見つめ、短剣の柄を握りしめている。やがて、その手から力を抜くと、小さく口を開いた。


「……僕は、許せません。」


言葉は、はっきりしていた。


「故郷を壊されて、家族を失って、やっとご主人に救われたと思ったのに……その原因が、ずっと近くにいたなんて。そんなの、簡単に受け入れられるわけがない。」


アドペロは俯いたまま、何も言わない。


リュクナは続ける。

「ご主人が命を削ってまで薬を作っていた相手が、僕の仇だった。それを知って、何も思わないほど、僕は出来た人間じゃありません。」


「……そうだね。」

返したのは、アドペロだった。


その声は弱く、掠れていた。


「君が怒るのは当然だよ。ボクがやったことは、取り返しがつかない。村を壊したのも、君に傷をつけたのも、全部事実だ。」


アドペロは自分の龍化した腕を見た。まだ薄く鱗が浮いている。

「言い訳も、できない。」


リュクナは顔を上げた。

「じゃあ、なんで隠していたんですか。」


「……怖かったから。」

即答だった。


アドペロは、ようやくリュクナを見た。

「知られたら、この関係が終わると思った。君にも、クロアケにも、チェディーにも。ボクはずっと、兄さんが死んでからも、父さんが死んでからも、自分のことしか考えてなかった。全部終わってから薬を飲むって言ったのも、本当は覚悟がなかっただけなんだ。」


沈黙が落ちる。


アドペロは一歩、リュクナに近づいた。だが、それ以上は進まない。

「……ごめん。」


たった一言だった。

許しを乞う響きではない。ただ事実として、自分の罪を差し出すような声音だった。


リュクナはその言葉を聞いても、顔色一つ変えなかった。

「謝られても、戻りません。」

「うん。」

「ご主人も、村も、家族も、戻らない。」

「……うん。」


それでもアドペロは頷いた。


クロアケは二人を見ていた。どちらも間違っていない。どちらも、もう引き返せないところまで来ている。

だからこそ、ここで無理にまとめてはいけないと分かっていた。


「許さなくていい。」

クロアケが言う。


リュクナが目を向ける。


「許せないなら、そのままでいい。綺麗に流す必要はない。でも、今ここで殺し合ったら、アルケイが命を削った意味も、クエラが消えた意味も、全部なくなる。」


リュクナは唇を噛んだ。


クロアケはさらに続ける。

「救えなかったことは変わらない。今さら、何を言っても無かったことにはできない。でも、ここで止まったら、また同じことが起きる。お前の村みたいに。私の家族みたいに。アルケイやメロウみたいに。」


静かな声だった。

けれど、その言葉は重く四人の間に落ちていく。


チェディーが、壁にもたれるように立ちながら口を開いた。

「チェディーも、そう思う。」


三人の視線が向く。


「ここまで来て、まだ逃げるって選択肢もあるにはあるよ。でも、その場合……レヴィは止まらない。境界の綻びも、ハースティアも、全部そのままだ。人界にもまた魔族が流れるし、誰かがまた食われる。誰かがまた壊れる。」


チェディーはそこで一度言葉を切った。

「正直、チェディーはそういうの、もう見たくない。」


その声には、魔王としての威厳なんてなかった。ただ、疲れた一人の少女の本音のようだった。


「だから進む。レヴィのとこまで行く。チェディーはそうする。」


クロアケは頷く。

「私も進む。」


リュクナはまだ答えない。

アドペロも、何も言わない。


しばらくして、リュクナは小さく息を吐いた。

「……今は。」

その声は固かった。

「今は、共通の敵を倒すために協力します。」


アドペロがわずかに顔を上げる。


「でも、勘違いしないでください。僕はまだ、貴方を許していない。」

「……うん。」

「終わったら、ちゃんと話をつけます。」

「分かった。」


それで十分だった。


和解ではない。

信頼でもない。

ただ、壊れたまま繋がるための、最低限の確認。


クロアケは肩の力を抜いた。

「なら決まりだな。」


「……次は、僕の命を賭けて戦うよ。」

アドペロが小さく言う。

リュクナはそれに返事をしなかった。だが、背を向けもしなかった。


その時だった。


ずうん、と。

遠くの空気が、重く鳴った。


四人が同時に顔を上げる。


廃城の方角。赤黒い空の下で、巨大な影がじわりと揺らいでいた。城を中心に、見えない圧が波のように広がっている。肌を刺すような魔力。喉の奥に鉄の味が広がる。


「……近いね。」

チェディーが呟く。


クロアケの左目が、ずきりと痛んだ。これは警告なのか、記憶なのか、もう分からない。ただ、あの城に自分たちが行かなければならないことだけは、嫌というほど理解できた。


リュクナは耳飾りを押さえる。

アドペロは自分の腕を握る。

チェディーは先を睨む。


クロアケは一歩、前へ出た。


「行くぞ。」


それは誰かを励ます声ではなく、自分自身にも言い聞かせるような声だった。


壊れたままの四人が、再び歩き出す。


その先に待つのが救いではないと、もう誰もが分かっていた。


それでも、進むしかなかった。

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