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温泉に入ろう!

 宿屋での休息は、これが最後になるっぽい。というのも、ここより先は魔物達の地で、人間が町を作れなかったからだ。

 ここも町というよりは村っていう程度の規模なんだけど、外壁だけは砦かって言うぐらい立派。中は質素。住民はみんな強そう。

 そんなわけで、食料をしっかり買い込み、野営の準備も整えてから出発。荷物がちょっと重くなったけど、まあこの程度はザインの邪魔になるような物でもない。

 魔物の地とはいえ、そんじょそこらに山のように魔物がいるってわけじゃない。ただ、遭遇率はこれまでより高いし、会う奴は大抵強敵。それでも、今やザインは普通に戦えるんだけどね。

 たまに出るホーンラビットは完全な癒し兼おやつ。こいつこんな弱いのに、なぜこの地で生きていられるのか。世界七不思議の一つだね。

 戦って、進んで、戦って、休んで、戦って、戦って、食べて、戦って、進む。いや、結構苛酷だね、魔物の地。

 でも、思ったより荒廃した土地ではなくって、少し荒れてはいるけど林とかもある。中には果樹なんかもあって、食料に関しては思ったより不自由しないかも。

 ただ、どうしても不自由するのが休息。特に体をきれいにすること。

 ここじゃあ行水程度しかできない上に、まず寒くてその行水をしたくない。ま、やろうと思えば魔法でお湯にはできるけど、手間がかかるのが難点。

 なのでそこに関しては諦めるしかないかなーと思ってたんだけど、意外とそこも何とかなりそうな気配がある。

 辺り一帯に漂う、独特の臭気。ザインは若干アンデッド過敏症になっているらしく、すぐにシャベルを構えたけど、どうも腐臭ではなさそう。

「ザイン、ちょっと待って。これ、腐臭じゃないよ」

「そ、そうなの?卵が腐った臭いに似てるけど……」

 言われてみればそうだけどね。でも、この臭い……いや、匂いは……前世で嗅ぎ慣れたものかも?

「ね、ちょっと匂い辿ってみよう?もしかしたら、良いもの見つかるかも!」

「良いもの?まあ、リィンが言うなら」

 近くには山もあるし、たぶん間違いないとは思うんだよね。匂いは山の方からしてるし。

 果たして、そこから五分ほど歩くと、もうもうと湯気の出る泉を発見した。これはまさしく……硫黄泉!

「あったー!やったねザイン!温泉だよ温泉!」

「お、温泉?これ、入れるの?」

「ちょっと待ってねー……うん、ちょっと熱めだけど端っこの方は適温!ほらほら、動物とか魔物も結構入ってるし!」

 猿、レッドベア、スティングディアなど、色んな生き物が温泉を楽しんでいる。ザインは思わず身構えたけど、温泉の生き物がそれを気にする様子はない。

「こ……これ、人間が入って平気な物!?」

「平気平気!硫黄泉はね、お肌に良いって言われてるんだよ!ここは匂いが強いから硫黄泉の硫化水素型かな!保温効果も高いし、この匂いがいかにも温泉って感じだよね!でも金属は劣化したり変色したりするし、酸性が強いと布もボロボロになったりするからそこは注意だね!」

「いよいよもって入って良いものなのそれは!?」

「だから大丈夫だって、聞き分けのない男だね!一応、皮膚への刺激が強いから、気になるなら最後に水に濡らした布で体を拭くといいよ!」

「それにしても……リィン、やたら詳しいね?」

「温泉好きだからね!温泉マイスター検定受けようかって思ってたぐらいだからね!」

「し、知らない検定だけど……すごく好きなんだなってことはわかったよ」

 障害あったり大怪我したりで、温泉とはお友達だったからね。人それを湯治と呼ぶ。

 とにもかくにも、せっかく見つけたんだから入ろうという話になり、ザインは滅茶苦茶ビビりながら温泉に浸かった。まあ、温泉にビビってるっていうよりは、周囲の魔物にだと思うけど。でも、ここは争い禁止の不文律があるらしく、誰も襲ってはこなかった。ま、襲ってきても即返り討ちだけどね!

 もちろん、私ものんびり温泉を楽しむ。しかしひっさしぶりだなぁ。こっちの世界では初めてだから、15年以上ぶりだ。前世ではちょくちょく入ってたんだけどね。

「あふぁ~~~~……ほんと、いいお湯だねぇ~……」

「リィン、寛ぎ倒してるね……ていうか、他の動物とか魔物と同レベルに馴染んでると言うか……」

「ザインも変なこと気にしないで、寛いじゃえばいいんだよぉ~。これ、ほんとに良い感じのお湯だし、楽しまなきゃ損だよぉ~」

 せっかくなので、私は源泉湧出口の近くで氷を周囲に浮かべ、程よい温度にして楽しんでいる。見る間に溶けていくから、魔力消費もちょっと多いけど、まあ許容範囲。

「うん、まあ……僕も程々に楽しんでるけど、まあ、その、リィンはゆっくりしていいよ」

「あい~」

 お言葉に甘えて、私はだらーっと四肢を弛緩させ、ぷかぷかと浮かぶ。あー、ほんとにこれ最高……昔よりサイズが小さいから、超広大な温泉になってるのも最高。前世の感覚で言えば、学校の校庭が丸々温泉と化した感じ。ああ、本当に最高だなあ。

 迷惑がる相手もいないし、ちょっと泳いでみる。うつ伏せでバタ足……あ、さすがにお湯跳ねるのは迷惑っぽいな。よし、平泳ぎにしよう……うん、即行でのぼせそうだからやめるか!

「リィン、なんか泳ぎ慣れてる?」

 真っ赤な顔のザインが尋ねてくる。のぼせるなよ少年?

「うん、泳げないことはないよ。足と手をそれぞれ同時に動かすって感覚はまだ慣れないけど」

 昔は手だけで泳いでたからね。手だけのクロールで25メートル泳ぎ切るぐらいはできたけど、あんまり泳がせてもらえなかったんだよね。

 しっかし、ザインこっち見てくるなあ。ま、温泉ではしゃいでる妖精さんって可愛い感じに見えるのかもね!

 そんな感じで温泉を楽しんでいると、何やらギャイギャイとした声が近づいてきて、一体何だろうと思ったところで、ゴブリンの一団と目が合った。

「ゴブリン!?」

「ギィ!?」

 ザインもゴブリンも、お互いに『なんでいるんだ!?』とでも言いたげな感じ。まあ、ゴブリンはともかくザインは明らかに異物だよね。

「ザインー、大丈夫大丈夫。場所空けてあげれば、何も起きないと思うよー」

「ほ、本当に大丈夫かな……?」

「ゴブリンだって、戦いに来たんじゃなくて温泉入りに来ただけだもんね。平気平気ー」

 ザインは不安そうだったけど、浮かせかけた腰を下ろし、再び温泉に浸かった。それを見たゴブリン達は、しばらく戸惑っていたものの、やがて何も起きないと判断したらしく、服……と言えるのかな?ボロい腰巻とかを脱いで温泉に入ってきた。

 人間、妖精、動物、魔物。色んな種族のるつぼと化した温泉。カオス温泉と名付けよう。ここには確かに、平和な世界というものが体現されていた。でもまあ、私には関係ない話。温泉が気持ち良ければ、他のことは本当にどうでもいい。

 しばらくして、本格的にのぼせそうになってきたのでお湯の外に出る。うわぁ、身体から湯気がもうもうと……うん、この感じも懐かしいねえ。

「あ、リィン、もう上がる?」

「うん、もうポッカポカで、これ以上入ってたらのぼせちゃう」

「じゃ、僕も上がれるようになったし、上がろうかな」

 そう言ってザインも上がると、濡れタオルで全員を拭っている。うん、ちょっと肌ピリピリするしね。私も魔法のでいいから水浴びよう。

 ザッと身体を流し、服を着て、荷物を持つ。一部の魔物は少しこっちを気にしてるけど、特に何事も無かったように再び旅立つ。

 いやあ、本当にいいお湯だった。他にも温泉あるかもしれないし、これからは温泉探しながら行こうかな。


 で、10分ぐらいしてから、私は色々気付いた。

 久々の温泉ではしゃぎまくってて忘れてたけど、私、タオル持って入ってなかったよね……ザイン、めっちゃこっち見てくるなって思ってたけど、そりゃ当たり前だよね……。

 仰向けで浮かんだり、うつ伏せで泳いだり……やりたい放題してたけど、あれ、絶対……てか、ザインも『出られるようになった』って……ゴブリンに驚いた後だから……それって、つまり……。

 色々思い当たることはあるけど、確認することはできない。私はその日一日、温泉の効果以上に、あまりの恥ずかしさに真っ赤になったままで過ごす羽目になるのだった。



 今日の成果=温泉を見つけて入った。

 魔物の地は人の手が入ってないから、天然温泉が結構あるみたい。油断すると温泉と呼べるギリギリの25度とかのもあるけどね。

 温泉では争い禁止、狩り禁止が徹底されてて、思った以上に平和だよ。現状あそこだけは、人と魔物が共存できる唯一の場所だね。

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