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第19話 病と献立(前編)

 王宮の厨房に静かな緊張が走っていた。

 料理長バルドが一同を集め、厳かな口調で告げる。


「王妃陛下が、近頃まともに食事を摂れておられん。侍医の話では、長く続けば命に関わる病だと」


 ざわり、と料理人たちがざわめく。

 王妃はこの国でも特に敬愛されている存在。彼女の病が、それほど深刻なのかと皆が顔を曇らせた。


 バルドは言葉を継ぐ。


「陛下より直々のご命令だ。王妃の口に合う料理を、誰かが作らねばならん。そして……その役目を担うのは」


 バルト視線の先には、鷹也がいた。


「俺……ですか?」


「そうだ」


 バルドはうなずく。


「昨日の王の命令だ。お前の手で、王妃を救え」


 どよめきと、戸惑いと、そして一部の者の露骨な不満が交錯する。


「魔法も使えない料理人に任せるなんて、正気の沙汰じゃないぞ!」

 中堅の料理人が声を上げる。


「この厨房は魔法と技術で成り立ってる。火加減すら魔法に頼れない奴に、王妃の食事なんて……!」


 しかし、バルドはその声を遮った。


「うるさい。お前たちの料理で王妃が癒えたか? 結果が出せぬ者に、口を挟む資格はない」


 料理長の威圧に、周囲が静まり返る。


 鷹也は、深く息を吐いた。


「やらせてください。……でも、王妃様がなぜ食べられないのか、まずはそこから知りたいんです」


 バルドが眉を上げる。


「ほう?」


「何か原因があるのかもしれない。まずは、王妃のことを教えてもらえませんか?」


 その目は真剣だった。

 彼はただ料理を作るのではない。誰のために、なぜそれを作るのか――それを見極めようとしていた。



――――――――――――――――――――――




 王宮の一角、陽光の射し込まぬ奥まった医務室。

静寂の中、白衣の侍医が分厚い記録帳をめくっていた。


「……三ヶ月ほど前から、王妃陛下のお食事量が目に見えて減っております」


 鷹也は侍医の前に立ち、慎重に言葉を選ぶ。


「具体的には、どのような症状ですか?」


「特にこれといった疾患は見られません。ただ……もともと華奢でいらした王妃様が、さらに体力を落とされている印象です。貧血、胃の不調、食欲不振……。ご自身は“あまりお腹がすかない”と」


 医師は苦々しげに息を吐いた。


「診立てに困るのです。症状があまりに漠然としていて。特定の病ではなく、体質や気質の問題に近い」


「……心労、ということも?」


「それも否定はできません。表には出されませんが、王妃陛下は代々の“静の妃”と呼ばれる立場。政治的発言は控えるよう育てられており……表情にも言葉にも、なかなか本心が見えにくいのです」


 医師は机の上に一冊の小さな帳面を置いた。


「こちらは、ここ数ヶ月の食事内容を記録したものです。もし、何かご参考になるようでしたら」


 鷹也は帳面を手に取り、ぱらりとページをめくる。


「……干し果実入りのパン粥、乳と蜜をかけた穀物粥、野菜のピュレ……なるほど、どれも胃に優しいものですね」


「少しでも召し上がっていただけるよう、厨房の者たちも工夫はしておりますが……」


「香りの強いものや、油を使ったものは避けられてますね」


「ええ、今は特に。匂いだけで気分が悪くなることもあるようで」


 鷹也は静かに頷いた。


 ――これは、腕の見せどころだな。


 単に美味しい料理ではなく、“体と心をそっと支える一皿”が求められている。

 彼の三つ星の経験すら、試されるような難題だった。


「ご協力、感謝します。少し厨房をお借りして、いくつか試作させていただけますか?」


「もちろん。必要な素材は、何でも申し付けてください」



――――――――――――――――――――――



 厨房へ戻った鷹也は、フィーネの姿を見つけると声をかけた。


「少し手を貸してほしい。王妃様のための料理なんだ」


「……いいわよ。どんな方向性で考えてるの?」


「香りが優しくて、消化によくて……できれば、食べることが“楽しみ”に変わるような料理。贅沢じゃなくても、どこかに喜びを感じられるような」


「……ふふ、あなたらしいわね」


 フィーネは手際よく干したガルム鳥を手に取った。


「このあたりなら、スープにすると優しい味になるわよ。香草を合わせれば、重たくならずに香りづけもできる」


「ありがとう。そこから組み立ててみよう」


 鷹也の中で、献立の輪郭が少しずつ浮かび上がっていく――

 それは華やかさではなく、静かな慈しみに満ちた料理だった。




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