日常の終わる味
これほど気分の悪い目覚めは少ない人生の中でも初めてだ。
昨日の夜、家に帰ってから段々と調子が悪くなり、ひを跨ぐ頃には頭痛、吐き気、虚脱感等々で意識が朦朧として、気づいたら日が登っていた。
鉛のように思い腕を持ち上げて机のケータイで時間を確認する。
12:32
もう昼過ぎか……
昨日いつ寝たか定かではないが少なくとも10時間以上は寝ているはずなのに、体調が良くなっている気がしない。
むしろ悪くなっている気さえする。
あー、クソ。こんな事なら早く実家に帰っておけば良かった……
一人暮らしの辛いところは、病気になっても誰も看病してくれない所だ、なんて話を聞いてはいたが実際体験してみると辛さが痛いほど分かる。
こんな時、彼女が居れば話は違うのだろうが、生憎彼女どころか女の子の知り合いすらいない。
力の入らない体をなんとか気合で持ち上げ、壁を支えにしながら、財布を握り、ふらつく体で玄関に向かう。
昨日は風呂に入る気力も起きず、服は外着のままだ。
このまま寝てても良くなる気がしない。
どうにかコンビニまで行って、薬を買わないと。
外に出ると体調不良に外の暑さも手伝って体から汗が吹き出す。
おかげで服が体に張り付き気持ち悪い。
壁や手すりに掴まりながらなんとか下まで降りる。
普段はなんとも思わないコンビニまでの道のりが今では、フルマラソンのコースのように感じる。
アパートの敷地から出て、塀伝いに歩き出す。
歩き出してすぐ、前から怒気を含んだ声が微かに聞こえてきた。
「じゃ―、ミユ――ど―――――――しえろよ!」
顔を挙げて前を向くと、スーツを着た長身の男と声を荒らげている男性の二人組が何か口論しながらこちらに向かってくる。
こんな体調悪い時に勘弁してくれ……
出来るだけ二人組の視界に入らないよう、出来るだけ目立たないよう顔を下げて歩く。
「絶対こ――りに居―――だ」
「だからまだ―――襲わ――――決まって――――ょう」
「そんな訳ないだろ! あいつは―――それが――で来たんだぞ!」
「仮にそ―――しても、もうここにはいないでしょう」
「だったら探さないって言うのかよ、ア゛!?」
「だからそうは言ってないでしょう。探すにしてもそんな風に周りを睨みながら歩いてたんじゃ、見つかるものも見つかりませんよ。少し落ち着いて……」
「落ち着ける訳ねぇだろうがっ!大体お前……」
なんとか、あの二人の横を通り過ぎる事が出来た。
大きな声が頭に響く。
そんなことより早く薬買って家で寝た……
「おい」
突然肩を掴まれた。
不意の事で心臓が飛び跳ねる。
反射的に振り向こうとする前に、頬に衝撃が走る。
脳が揺れ視界が回り、気づくと背中が硬い何かにぶつかり、雲一つない青空を見上げていた。
「お前だろ?」
先ほどと同じ声が上から聞こえてくる。
「ミフユをどこにやった!?」
気づくと、首を締めあげられ、視界が般若のような表情を浮かべた男の顔で埋め尽くされた。
その怒声を聞くと、もう体が限界らしい。
意識が段々とボヤけ視界が暗くなり、体の感覚が無くなってくる。
「ちょっ! 何やっ―るんですか! 」
「離せ! こいつがミ――を襲った――だ!」
「何―――るんですか!何を――――そんな――を……」
「こいつにも――――!」
「え!?―――――――――は……」
「―――――!」
話声も遠のき、最後に感じたのは、産まれて初めて殴られた頬の痛みと、口の中に広がる鉄くさい血の味だった。