第二章 Vol:3.06 リアル美少女との出会い
最近の大学構内放送は、掲示板のテキスト情報を即時AI音声合成で流す方式になっている。
ナチュラルなイントネーションになったとはいえ、妙に抑揚の癖が強く、肉声らしい部分と無生物的な部分が混じっているのが逆に現実離れしている。人間の脳はこういう「わずかな機械臭」にすぐ反応してしまうのだろう。
俺は呼び出しを受けて急ぎエントランスへ向かった。連絡通路には、次世代の情報パネルやサークル募集広告がタッチレス対応で並び、壁の一角にはIoTセンサーや顔認識カメラが埋め込まれている。
ID兼用の学生証をポケットに握りながら、慣れ親しんだ大学の利便性――つまりは監視社会まるごとの包容力に、どこかで慣れきってしまった自分を意識する。
一方、呼び出しのモニターを見て、まるで「現実」と「仮想現実」が交錯したような感覚に襲われる。
――俺、なんとなく今日の呼び出しはただごとじゃないような気もしていた。
*
管理棟の正面玄関を抜けると、人影が一つ。
その背中は俺に向けられており、右手を後ろに回して指先を少しだけ動かしていた。左手は右肘を控え目に抑えている。身体全体が小刻みに揺れていて、それが期待なのか、それとも不安なのか判じかねる。
水色の小さなリュック。深緑の大きめハンティング帽の下から、艶のある黒髪が零れている。細身のジーンズに、AIフィッティングでぴったり調整された足首までのブーツ。首元からは吸水発熱素材のTシャツがのぞき、薄っすらとスポーツブラのシルエットが透けてみえた。その無造作な着こなしには、今時の若者特有の飾り気のなさと、合理的な機能美が感じられる。
腰にはパーカーを軽く巻き付け、身体の線が浮かぶほど細い。
真由美は深呼吸を繰り返していた。AI放送が告げた「瀬上先輩」の名前、その音の余韻を胸の奥で何度もなぞる。未来的なこの空間で、自分だけが場違いなのではと不安になり、何度もリュックのストラップを指先でつまんだ。ディスプレイには、微かに先輩のIDタグがそばにあることを示す小さな印が浮かんでいた。
「……えっと、瀬上ですが、呼び出しされたのはあなたですか?」
俺が声を掛けると、少女はビクリと肩を揺らし、ゆっくり振り返った。その顔には見覚えのあるゴーグルが浮かぶ。AR対応の次世代モデル――その軽さとフィット感は、今の高校生世代では当たり前になりつつある。
Bluetooth通信と視線追従システムを備え、スマートコンタクト併用もできる最新のウェアラブル。未来感漂うそのゴーグルの下、少女の眼差しはどこまでも生身で震えていた。
真由美は声をかけられて、条件反射のように振り返った。ゴーグル越しに先輩の顔が映り込む。その端整な輪郭に見とれながら、不意に緊張が込み上げる。手が汗ばんでゴーグルの端をはずそうとするのに、うまく指が動かなかった。
「……君もアルファテスター?」
先輩の声が、まるで現実感を確定する「観測者」のように響く。
真由美はようやく両手で帽子をとる。帽子の内側から、腰まで伸びる自分の黒髪がさらさらと落ちる。その手順一つで、デジタル世界の仮想人格から「本当の私」へと切り替わっていく気がした。
まさか…
つい先日、あの事件で助けた少女。現実でまた会うとは想像もしていなかった。
彼女は泣きそうな目で俺を見て、唇をかすかに噛んでいる。
「……君は、あの時の……」
俺の声が出るのと、彼女の胸が小さく震えるのとがほぼ同時だった。
真由美は無意識に息が詰まる。「この人だ、本当に現実で会えたんだ」
震えた声で、ようやく言葉がこぼれた。
「はい、瀬上先輩。その節は……本当にありがとうございました........やっとお礼が、言えました……」
目尻に涙が浮かんでいる――自分の顔が赤くなっているのがわかる。でも、その本当の気持ちをやっと伝えられたことに、心の奥に温かいものが流れた。
しばし、静かな間が生まれる。「これって、正しい現実だよね」と、内側で夢と現実の境界で隔たれていた現実感が、今この場でようやく確定される。
俺はその沈黙に、少し耐えられなくなって水を向ける。
「……どうしました?僕に何か御用ですか?」なぜか敬語になってしまう。
「あ、え…っと、その……」
彼女は現実に引き戻されたように慌てて俯く。「先輩に……会いたくて、来ました」
そのたどたどしい告白が、妙に胸に響く。
真由美は視線を感じる。近くを通る大学生たちが二人の様子をちらちら見ている。恥ずかしくて、でも本当に伝えたいから、私は勇気を出して先輩のアロハの裾をそっとつまむ。
指先に微かな布の温度が伝わる。現実のこの瞬間を感じていないと、また夢の中に戻ってしまいそうで――
(あ、しまった……恥ずかしい!)
手を離そうとして、顔が一気に真っ赤になる。
俺の裾に触れる手の感触に、思わずドキリとする。振り返れば、少女が顔を真っ赤にして俯いた。
「あっ、ごめんなさい……!」
「心配なら、掴んでていいよ」
思わず自分でも照れてしまう。自分でも意識してしまうほど、今の中学生は大人びている。そう思う一方で、彼女が帽子に組み込まれたシースルー液晶の縁をいじっているのが、なんとなく愛らしい。
真由美の胸の奥がバクバク鳴る。「手を掴んでいてもいい、と言ってくれた。」自分の“勇気”を認めてもらえたようで、ちょっと嬉しいのに恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。
そのまま、静かに先輩の後ろを追いかける。
俺は学部の研究棟の休憩スペースに案内する。ここの自販機も顔認証とNFC決済になったばかりだ。AI管理で24時間出入り自由になり、コーヒーや飲み物の購入履歴も自動ログ取得される。
彼女をソファに座らせ、自販機でカフェオレとブラックのコーヒーを選んで渡す。
「どうぞ」とカップを差し出すと、彼女は両手で包み込むように受け取る。
自分は少し離れて腰を下ろした。カップの縁から立ち昇る湯気の向こうに、彼女の緊張した表情が揺れている。
コーヒーの温もりが手から伝わる。カップの内側の香りが、ほんの少しだけ真由美の呼吸を落ち着かせてくれた。
最新型の電子決済は確かに便利だけど、こうして紙カップの縁を指でなぞるだけで、なぜか現実を確かめている感じがする。「ここは夢じゃないんだ」と、小さくホッとする。
----勇気を出して顔をあげる。
「……あの、先輩に伺いたくて……」
「先輩、ずいぶん前からアルファテスター、されていたんですよね?」
やっと搾り出した声――応える先輩の表情だけが、今の私の現実を確かめてくれる。
彼女の言葉に、一瞬だけ過去の記憶やゴーグルの中でのミッション、交錯した未来のイメージがよぎる。「これはたぶん、新しい物語の始まりなんだろう」と、カップの苦い温度とともに思う。
少女の黒髪がカップの湯気の向こうで揺れている――未来の技術で自分たちは出会い、こうして言葉を交わしている。それなのに、いまこの瞬間だけは、予測アルゴリズムもAI翻訳の手も及ばない「生身の自分の鼓動」につながれている気がした。
彼女もまた、同じ世界にいる。
本当は、リサーチを済ませて投降したかったのですが、なかなか・・・・
心理描写がうまく書けるように頑張ってみます。




