第22話
その夜、食事を終えて、僕ら二人は部屋にいた。
世界はいつ終わるのだろう?
それより、カデンはいつ消滅してしまうのだろう?
そんな、暗澹たる気持ちで、僕ら二人は、最後の審判を待つような気持ちで部屋にいた。
「……」
カデンが無言でうなずくような動作をした。
これは、未来と通信しているときのカデンの様子だ。
しばらく通信した後……、カデンが僕に告げた。
「挑夢さん、バタフライ効果は解消されたそうです」
「え? どうして? だってナンパは成功しなかったのに……」
「条件はナンパをしさえすれば良かったのだそうです。別に成功する必要はありませんでした。――というより、むしろ成功しない方が、失敗した方が良かったのです」
「どういうこと?」
「ナンパを何度やっても成功しない、挑夢さんの姿に勇気をもらった青年が……、何度就職活動してもダメだった自分を振り返り、あきらめかけていた就職活動を再開させたそうです。そのおかげで無事就職が決まり、道を踏み外さずに済みました」
「道を踏み外す?」
「その青年、もともとの歴史ではその後やけになって通り魔的な大量殺人を犯して、世の中を震撼させていたのです。この大事件は全世界に報道され、多くの人々にトラウマを残しました。また、多数の模倣犯を生み、世の中の治安の悪化に多大な影響を及ぼしていたのです」
「そうだったのか……」
「その青年は、当初駅前でナンパしまくる挑夢さんを馬鹿にして見ていました」
「だろうね」
「でも、朝から何人に断られようと、ひたすら声をかけまくる挑夢さんの姿に……、ナンパという行為でありながらも、その一生懸命な、必死な、悲壮感さえ漂う姿に心を打たれ、青年はもう一度真面目に就職活動に挑戦する決意をしたのです。そしてついに内定を勝ち取ることができました」
「そうだったんだ……。じゃあ、僕が夕方まで断られながらナンパをし続けることが大事だったんだね。だったら、最初からそういうふうに知らせておいてくれればよかったのに」
「おっしゃる通りかもしれませんよね。でも、あらかじめそれが分かっていたのでは、挑夢さんは、とにかく形だけでも、夕方まで、ナンパのポーズというか、フリだけをし続ければいいということになり、必死さが出なかったでしょう。――というより、むしろ余裕のある態度でナンパを続けられたでしょうから、もしかしたら万が一にも成功してしまったりして、その青年の心理にかえって悪影響を与えてしまっていたかもしれません」
「万が一と言うのが引っかかるけれど……。なるほど……、そういうものかもしれないな」
「あんな鬼気迫る形相でナンパされても、ついていく女の子はいませんから」
「なんか、嬉しくないなあ……。でもともかくこれで良かったんだよな」
「はい」
「カデン」
「なんですか」
「ありがとう。昼間なぐさめに来てくれて……」
「そんな……、私は何も……」
「カデン、あのとき、ミッションをクリアしなくてもいいって言ってくれただろ? あれ、本気だった?」
「もちろんです」
「カデンがああ言ってくれたおかげで……、あの言葉が嬉しくて、がんばれた気がするよ」
「本当ですか」
「ああ。ミッションクリアより、僕個人のことをカデンが考えてくれていたことが嬉しくて……、それでがんばれた」
「そうおっしゃっていただければ、私も嬉しいです」
「カデン」
「はい?」
「これからもよろしくね」
「そんな……、こちらこそ。――では……、これからもバタフライミッションに挑戦していただけれるのですか?」
「うん……、またくじけそうになっちゃうかもしれないけれど……、カデンが支えてくれるならがんばれると思うから」
「挑夢さん……」
いつ発令されるか分からないバタフライミッション。
発令されたら、理由も分からず、クリア目指して挑まなければならないバタフライミッション。
このミッションのせいで、多分バラ色だったはずの僕の高校生活は滅茶苦茶だ。
でも、僕がやらなければ世界は崩壊に向かうのだ。
ならばやってやる。
誰も理解してくれなくても……、カデンだけは僕の理解者となって応援してくれるのだ。
命に代えても応援してくれるのだ。
だったら、僕も彼女の気持ちにこたえたいと思う。
いつか、僕がバタフライミッションをクリアしなくても良くなるその日まで。




