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fiore di loto  作者: まどか
1/9

プロローグ

 




 散る。



 散る……。



 ―――サァ……



 花が散る。



 薄紅の花弁がはらりはらりと。



 吹き荒ぶ乾いた風に乗って舞い落ちる。



 「……見ぃつけた」



 口端を糸月のように吊り上げた黒衣の男が呟いた。



 視線の先には稚い少女。



 母親の指をしっかりと握り、舞い散る桜を仰ぎ見る。


 ぽかりと口を開け、額を軽く小突いたならそのまま転ころりと転ぶだろう。



 円みを帯びた顎。舞う花弁よりも仄に赤みの強い柔い頬。紅を差したようなふくりとした唇。黒目がちな双眸が細められた。


『――ちゃん、行くわよー』


『はあい』


 幼子特有の鈴を転がすような澄んだ声音。


 母親に腕を引かれそちらを向くと思われた少女が、ひたりと脚を止めた。



 肩で切り揃えられた黒髪が揺れて、少女がくるりと身体の向きを変える。



 その視線の先には――。



 ―黒衣の男。



 少女が黒目が勝った双眸を細め、胸の前で小さく手を振った。


『ばいばあい』




『――ちゃん、どうしたのー? 誰もいないよー?』


 母親は立ち止まった少女を不思議そうに見遣り、そう言って笑うと再びその小さくふっくらとした手を引いて歩き始めた。




 黒衣の男は口元を吊り上げたまま、その様子をただ見つめている。


 「……バイバイ。またね」




 幼い少女のその魂。



 「……我の伴侶」



 ―前世も現世も来世も、他人が与えた名など知らぬ。



 ―無情なこの世界。



 ―その清廉な魂は我の為のもの。



 ―そしてまた我のこの魂は其の為のもの。



 ―泥水の中に茎を伸ばし、清浄な花を咲かせる蓮のような、其の名を。



 「……(れん)



 ―我がその魂に名を刻もう。



 視線の先で小さくなる少女の背中が一瞬煌めいた。



 ―その魂を狩るのは我。



 ―そして今生を終えた暁には………。



 「……人の世などほんの一時」



 ―ならば待とうか。その時が来るまで。



 少女の姿は既に見えない。黒衣の男は未だ少女が歩いた方向に双眸を向けたまま衣を翻す。



 残されたのは桜吹雪。



 薄紅の花弁がはらりはらりと。



 吹き荒ぶ乾いた風に乗って舞い落ちる。



 散る。



 散る……。



 ―――サァー



 花が散る。






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