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第40話 清らかで光に満ちた絶対領域②

「……っ!」


 ショヘラ神の喉仏が大きく上下する。神としての記憶を取り戻し、すべての真実を知った後でさえ、アリンス神が放つ抗いがたい魅力に、彼の「渇望」の権能が激しく反応してしまうのだ。


「あの時、私のためにすべてを投げ打ってくれたあなたの泥臭い瞳。そして、熱湯と血液に溺れながら感電していく時の、あの絶望に満ちた叫び声。本当に、本当に最高だったわ。ねえ、もう一度、私を狂わせてくれないかしら?」


 アリンス神がショヘラ神の頬をそっと撫でる。


 ツカンサー神は、少し離れた場所からその光景を眺めていた。夫であった彼が見る前で、ショヘラ神が女神へ抱く「不敬な欲望」が膨れ上がっていく。

 ツカンサー神はそれをそのまま神界のエネルギーへと変換していく。


「素晴らしい。ショヘラ神、もっと彼女を欲しがれ。君がアリンス神様を欲すれば欲するほど、僕の神としての権能が強まり、この神界がより歪んでいくのがわかる」


 ツカンサー神は、世界が自らの支配下で歪んでいく様を愉悦の表情で眺める。彼の周囲の空間が、強大なエネルギーによって波打ち、神殿の柱に亀裂が入り始めていた。


 信仰という名の寝取り。

 神界でのマウント合戦は、人間界でのスケールを遥かに超えた次元で繰り広げられていた。


「あなた様はいつだって、安全な高みから俺を見下ろしていらっしゃる。しかし、ツカンサー神様。あの居酒屋で、俺が愛莉須の手を引いて逃げ出したとき、あなた様は確実に慌てていたはずです。俺の計算外の情熱で盤面を狂わせたのですよ」


「三人の死が近づいていたあの時、すでにアリンス神様として神の能力が漏れ出ていたのかもしれない。結果として、僕の想定を超えた極上のカタルシスを生み出してくれたから、君ではなく彼女にしてやられたってわけだよ。最終的に、アリンス神様の本当の熱を引き出し、最も深い悦びを与えたのは僕の冷徹な支配なのだからね」


「違う! アリンス神様が一番感じていたのは、俺が命懸けで彼女を救おうとしたあの瞬間だ!」


「いいえ、二神とも間違っているわ」


 アリンス神が、二神の争いを遮るように高らかに笑った。


「私が一番悦びを感じるのは、あなたたち二神が私を巡って争い、互いの存在を否定し合いながら、最終的に私という底なし沼に溺れていくその様よ。誰が私を支配しているかじゃない。誰が一番、私に支配されているか、ということなのよ」


 アリンス神の言葉に、ツカンサー神もショヘラ神も押し黙った。

 彼らは気づいている。「誰が一番支配しているか」という競い合いは、ついにはこの世界をも食いつぶそうとしていることに。


「ふふふ。どうやら、この神界での反省会も、そろそろ飽きてきたみたいね」


 アリンス神が、艶やかな唇を舐めながら提案した。


「ねえ、今の立ち位置に飽き足らないなら、さらなる『飛躍した刺激』を求めて次の転生先を相談しない?」


 その言葉に、ツカンサー神の瞳に冷酷な光が戻った。


「そうですな。こんなα世界はいかがでしょう? 弱肉強食の魔獣界。僕が『飼い主』、アリンス神様が『懐かない牝の魔獣』、ショヘラ神、お前が『それを奪おうとする隣国の調教師』となり、本能のみでマウントを取り合うんだ」


「俺に調教師をやれというのですか? いいでしょう。力ずくでアリンス神様を奪い取り、あなた様の目の前で完全に手懐けてやりますよ」


 ショヘラ神が好戦的に笑う。だが、彼はすぐに首を横に振った。


「しかし、このβ世界も捨てがたいですぞ。概念だけの精神世界。肉体を捨て、お互いの『意識』の中に直接入り込み、誰が誰の思考を最も汚染、つまり寝取りできるかを競うのです。あなたのその理知的な思考回路を、俺の熱い欲望でドロドロに染め上げて差し上げるのも悪くないでしょう」


「思考の汚染か。僕の計算に勝てると思っているなら、受けて立ってもいいがね。でも、僕はもう少し物理的な制約がある方が、君の無力さを観察できて楽しいんだがな」


「それなら、こちらのγ世界がいいわ」


 アリンス神が、両手を合わせて楽しそうに微笑んだ。


「リベンジよ。微妙に変更させたパラメーターで再度同じ人物として地上へ生まれ変わり、さらなる遊びの延長戦を楽しむの。あのタワーマンションの続きからでもいいし、もっと前からでも。今度は、翔平さんがもっと早く私の本性に気づくように、注意深さパラメーターを上げる設定にするのも面白いかもしれないわね」


 三柱の神々は、それぞれの提案を出し合いながら、さらに深く、さらに歪んだ地獄の構想を練り上げていく。誰が勝っても、誰が負けても、その絶望と興奮を共有している限り、三神は「歪んだ共依存の円環」から逃れられないことを、彼ら自身が一番よく理解していた。


「どんな設定にしようと、最後に勝つのは僕だ。観照し、支配する者こそが、このゲームの絶対的な勝者なのだから」


「ふん、いいましたなツカンサー神様。次は、俺があなた様の目の前で、彼女の『すべて』を奪ってみせます」


 ショヘラ神が、ツカンサー神を指差してそう宣言する。


「ふふっ、期待しているわ、二神とも。私を最高に楽しませてね」


 全員が加害者であり、全員がその歪みを楽しんでいる。救いようのない、突き抜けた狂気が、神殿の中を満たしていく。


 三神は狂気に満ちた声を上げて笑いながら、再び記憶を消して新しい地獄という名の世界へと飛び込んでいく――。


 永遠に続く、絶望と興奮のマウント合戦の円環を、再び回し始めるために。




 第1章 完




ここまでお読みいただきありがとうございました。

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