朝の公園で。
街を歩くと朝の清々しい空気がとてもおいしくて。
まだ朝日がうっすらと辺りを照らし始めたばかりのこの時刻。
人の往来も少なくてこうして散歩するには程よい頃合いかもしれないと思いつつ。
心を落ち着けようとわざと周囲を眺めてみるけれど、あいにくと景色がすんなり心に響いてこなかった。
それでも、黙って半歩遅れてついてきてくれるメアリィの存在が心強く感じる。
一人だったら、やっぱり行くのをやめようか、とか考え、何度も足を止めてしまっていただろう。
ここまで来てなお、やっぱり彼に会いたくないって気持ちの方が強かった。
でもその反面。
今までの人生で愛したたった一人のひとと本当にこのまま別れていいの?
そんなふうにも心ざわめいて。
ダメだ。
だから、ちゃんと決別するためにも彼と本音で話したい。
もしかしたら、今度こそ真摯に謝ってくれるのかもしれない。
あの時のような、あからさまな保身が透けて見える形だけの謝罪ではなくって。
♢ ♢ ♢
公園に着くと。
彼は、中央の噴水の前で立っていた。
こちらに気がつくと、満面の笑みを浮かべて「レイニー」と言ったのが口の形でわかる。
爽やかな笑顔は、まるで学生時代に戻ったかのように。
わたくしの好きだった彼そのものにも見えた。
思わず少しだけ嬉しくなる。
だめ。絆されちゃだめ。そう思うのに。
「レイニー。君の白銀の髪が朝日に煌めいてとても綺麗だ」
近づくと、そんなふうに声をかけてくれたクレイン。
ああ。昔もこんなふうにわたくしの髪を褒めてくれたこともあったっけ。
そんなふうに懐かしさも感じながら、彼を見つめた。
「来てくれてありがとう。きっと君は来ないとそう思っていた。それくらい、私は君に酷いことをしてしまった」
わたくしは、声も出せずに立ち尽くしていた。
彼は天を仰ぎ、瞼を閉じて。
「それでもこうして待つしか出来なかった。ああ、心配しなくてもいいよ。流石にもう君と復縁したいだなんて烏滸がましいことは考えていない。君を取り戻したいだなんて、そんなことを言いたいわけじゃない。ただ、このまま君に本心から謝ることができないまま国に帰り、もう二度と会えなくなるのは我慢できなかった、ただそれだけだ」
「本当にごめん。私のわがままに付き合わせてしまったことも本当に申し訳ないと思うけれど。もう少しだけ話をさせてくれないか」
彼のその瞳は真摯なものに見えた。
わたくしの頬に一筋、涙が落ちた。
「ごめん。泣かせるつもりじゃなかった」
こちらに手を伸ばそうとして、伸ばした手を躊躇して止めるクレイン。
「ううん。いいの」
クレイン。あなたのことはやっぱりどうしても許せない気持ちの方が強いけど、それでもなんだか報われた気分にはなったから。
「私は愚かだった。君がしてくれていたことにも気がつかず。君は、ずっと言ってくれてたよね。皇帝陛下は私たちの後見人なのだから、って。その本当の意味を考えようともしていなくて」
「わたくしも、まさかクレイン様がわたくしが皇帝陛下の孫だと知らなかったとは思っていませんでした。隠してたつもりも全くなかったのですよ。それよりも、知っていて下さったからこそわたくしとの婚約を承諾して下さったのだとばかり思っていましたから……」
「そうだよね、そう思うよね。それに、君が皇帝陛下に口添えしてくれたおかげで、私たちの国はそれまでと比べとてつもなく豊かになった。国民も皆幸せにすごせている。それが全部、君が王妃でいてくれたおかげだったんだね。レイニー」
気がつかなくて、本当にごめん。
最後にそう小声で話し俯くクレイン。
「わかってくださったのなら、嬉しいです……」
「愚かな私は君の妹リリスの誘惑に負け、君のことを考えることができなくなっていた。そして彼女から私の子を授かったと聞いた時、舞い上がってしまったんだ。それでも君を王妃として尊重するつもりは変わっていなかったんだよ。彼女を側室、第二夫人として生まれた子を大事にしていこう、そうは考えたのだけれど」
「本当に、バカだった。レイニー。君を失って初めて目の前が開けた気がする。本当になにも見えていなかったのだと、そう自覚できた。もう今更君に戻って来て欲しいだなんてそんなことはとても言えないけれど、最後にこの気持ちだけでも伝えたかった。時間を取らせてすまなかったね」
そう言って。
今までそんなところ見たことがなかったけれど、彼がわたくしに頭を下げたのだ。
途端に、涙が溢れて止まらなくなった。
彼の手がスッと伸びて。
わたくしの頬の涙を拭う。
「レイニー。お詫びの意味でもないけれど、これを受け取ってもらえないか。来月の君の誕生日のプレゼント用に造らせたネックレスなんだ」
彼が取り出したのは、金の細工がとても綺麗なネックレスだった。そこに、真っ赤なルビーが嵌まっている。
「君の瞳の色が金色だから金細工にした」
「ルビーはクレイン様の?」
「ああ、そうだ。君と私、いつまでも一緒にいたいとそんな気持ちを込めていたのだけれど。馬鹿馬鹿しいよね」
「いえ。お気持ちはすごく嬉しいです……」
「つけてもいい?」
「ええ」
そう言って、彼はわたくしの首に手を回し、その金のネックレスの留め具をはめた。
その瞬間。
目の前が真っ白になった。