婚約破棄。
「今日を限りに貴女との婚約を破棄させて頂きたい!」
はい?
今、なんと?
「ドゥリズル公爵には先ほど早馬を送った。貴女に落ち度は無い。全てはこの国の行く末を勘案し、思慮思案した結果の事。マリサ、君には本当に申し訳なく思っている」
真剣な眼差しで、彼女に向かってそう語る彼。
いきなりわたくしの目の前で繰り広げられたのはアルベール王太子殿下とその婚約者でこの国ベルクマール聖王国の聖女であるマリサ・ドゥリズル公爵令嬢の修羅場?
でも、だって。
今日は聖緑祭の本番でしょう?
この国の今年の豊作を祈る、大事な儀式がこれからあるんじゃないですか!?
そんな大事な日に、こんな大勢の来客の目の前で。
ちょっと流石にどうかと思いますけど。
「ですが殿下、わたくしどもの婚約はこの国の未来の為、陛下はこのことはご存じなのでしょうか?」
泣き出しそうなそんな声で、殿下に向かって声を上げるマリサ嬢。
ああ、なんだかかわいそうで見ていられません。
「ああ。しぶってはいたが納得せざるを得ないだろう。何せ、真の聖女が降臨なされたのだから」
はい?
「君のようなお飾りの聖女とは違う、真の力を持った神の使い。本物の聖女がこの世界に現れたのだ。であれば、私の正妃にふさわしいのはそちら、真の聖女になるであろう? 君を第二妃にという声もあったが、それでは公爵が納得するまい。もちろん婚約解消に伴う慰謝料は充分に用意した。今その交渉のために使者を送ったところだ」
真の聖女、ですって?
どういうことでしょう……。
「そんな、お金なんかほしい訳じゃないです! 幼い頃より貴方に恋をしていたわたくしのこの気持ちはどうすればいいというのです!? 結局、わたくしのことなどただの利点のある婚約者以上には見ては下さらなかったと、そういうわけですか!?」
ふるふると震えながらそう泣き叫ぶマリサ嬢。
お顔も真っ赤になって、涙が溢れて止まらない、そんな彼女に同情しつつ成り行きを見守っていたわたくしに、なぜかすすすっと近づいてくるアルベール殿下。
そして。
「申し訳ない、私はこちらにいらっしゃる真の聖女、レイニー様に心を奪われてしまった。もう今まで通り君のことを見ることができないのだ」
そう、マリサ嬢に向かって言い放ったあと、こちらに振り向くアルベール殿下。
「ああ、女神よ。真の聖女レイニー嬢よ。私は貴女に恋をしてしまいました。これは真実の恋。どうかこの手を取ってくださいませんか」
そう、跪き、こちらに手を伸ばす。
って、嘘!
いくらなんでもそれはないでしょう!!
いくらわたくしでも、そんなふうに他の女性を手ひどく振った男性の手を取るなんて真似、できるわけないじゃないですかー。
それに、こんな公衆の面前で長年付き合ってきた婚約者の女性に婚約破棄を突きつけて、ケロッとしている男性なんか、ぜっったいにお断りです!!
呆れた瞳で彼のことを一瞥すると、わたくしはそのまま貴賓席から立ち上がり、くるっと振り向くと黙ってスタスタと会場をあとにしました。
「レイニー嬢!」
と叫ぶアルベール殿下の声がしますが、そんなのは無視です無視。
こんな式典の最中に黙って会場をあとにするのはちょこっとだけ気が引けましたが、だいたいそれこそこんな大事な式典の最中に、いくら休憩時間だとはいえ、か弱いレディを辱めるような婚約破棄をする王太子がいる国なんて、もうほんの少しだっていたくはありません。
泊まっているお部屋に帰ったわたくし、すぐにこの国を発つ旨を周囲の人たちに伝えました。
わたくしが怒っていることを察してくれたメアリィが、何も聞かず全てを手配してくれて。
その日のうちに聖王国聖都をあとにすることができたわたくしたち。
まだ祭祀の式典は続いているはずですし、王太子からの追手? は特に現れませんでした。
もうほんと、どうかしてる。嫌になっちゃいます。




