本当の聖女に。
「……わたくしは、お飾りの聖女ですから」
会場を後にし、静かな廊下に出たところで、マリサ様がポツリと呟いた。
涙のあとが残る顔を見せ、健気に微笑む。
「最初からわかっていました……。わたくしに聖女としての力などないことは。ただただ持ち回りで回ってきた聖女職を箔がつくからとお父様が受けただけに過ぎないのです。それでも、せめてこの国のために、王太子の婚約者として役に立てるならそれでいいと、そう思っていたのです」
彼女の声は震えていた。
「けれど……それすら必要ないと、今日、突きつけられてしまいました」
その言葉に、あの時の、クレインとのことを思い出し、胸が痛む。
「……マリサ様」
わたくしはそっと彼女の手を握った。
「貴女がお飾りの聖女であるかどうか、そんなことは関係ありません。貴女はこの国のために尽くしてきた。人々のために祈り、努力し、王太子の婚約者としての務めを果たそうとした……。それが、お飾りなわけがないでしょう?」
マリサ様の目が大きく見開きわたくしを見つめる。
「……でも、わたくしにはなんの力も」
「聖女の力があるかどうかじゃないわ! 貴女がどれほどこの国を、この国の民を想い、懸命に生きてきたかが大事なのよ!」
力強く言い切ると、見開かれたマリサ様の瞳から、ぽろぽろと涙が溢れてこぼれ落ちた。
「ありがとう……、ございます……」
彼女は慟哭に咽びながらもわたくしの手をぎゅっと握り返してくれた。
「いいのよ」
わたくしは微笑みながら、そっと彼女の背をさすった。
「今はたくさん泣くといいわ。でも、貴女の価値を見誤るような人のために、これ以上涙を流す必要はないと思うのよ。あ、そうそう、それにもう一つ……」
わたくしは、彼女の目の前に人差し指をそっと立てると、その先にマナの球を浮かべてみせる。そしてそのマナに吸い寄せられるように集まってくるたくさんのギアたち。
「ねえ、マリサ様。貴女、これが見えますか?」
「え? レイニーマイン様の指先に、マナが溢れているのはわかります。そしてそのマナに釣られて精霊さんたちが嬉しそうに集まっていますよね?」
「ふふ。やっぱり。ねえ、マリサ様。貴女には聖女の素質がありますわ」
間違いない。マリサ様はちゃんと聖女の加護を持っている。わたくしのそばに集まっているキュアが見えて、尚且つ『嬉しそうに』だなんて彼らの気持ちまでしっかり理解しているなんて、キュアの加護があるからに違いないもの。
最初に感じた予感じみた期待。この国にはやっぱり聖女の力は伝わっている。それを確信して。
「ねえ、もしよかったら、一度帝都の聖女宮にいらっしゃらない? わたくしも秋の大祭の時には一度帝都に戻る予定ですから、その時に合わせていらっしゃるのはどうかしら? ぜひ会ってほしい方がいらっしゃるのよ」
きょとんとしたお顔のマリサ様。すっかり涙は止まったらしい。
マリサ様には一度大聖女であるカッサンドラ様を紹介したい。カッサンドラ様なら、きっとマリサ様のお力も視てくださるだろう。もしかしたらマリサ様の指導も頼めるかもしれないし。どうしてマリサ様が自分に加護がないだなんて思い込んでいたのかはわからないけれど、正しく加護を使えるようにカッサンドラ様なら色々と教えて下さるかもしれないから。
「わたくしなんかに、そんな、聖女の素質、だなんて……」
「貴女はきっと、正しい加護の使い方を習っていらっしゃらないだけかもしれませんわ」
「正しい加護の使い方……、ですか?」
「そう。まあわたくしもまだ修行中の身ですけれどね。それでも、マリサ様に聖女の素質があるということはわかりますわ」
わたくしはそういうと、マリサ様に満面の笑みを向けた。
マリサ様も、わたくしにつられるように笑顔になった。
「嬉しいですレイニーマイン様! わたくし、頑張ります。頑張って本当の聖女になりますわ!」
これで、大丈夫そうだ。
マリサ様はきっと立ち直ってくださるだろう。
あとは……。これ以上アルベール殿下と関わらなくても済むように、急いでこの国を出てしまえば……。
◇◇◇
泊まっている部屋に帰ったわたくしは、すぐにこの国を発つ旨を周囲の人たちに伝え、何かあったのだと察してくれたメアリィが、何も聞かずすべてを手配してくれた。
アルベール殿下にはまだ祭祀の来賓への対応などのお仕事があるのだろうから、今のうちにこの国を出てしまおう。
それにしても……。もう、クズな男性は懲り懲り。わたくしはただの聖女として生きていければ良いの。もう恋だの愛だのはいらない、そんな心境になってしまっている。
「お嬢様も、もう一回ちゃんと恋ができると良いのですけど」
メアリィが、ときどきそんなふうに呟く。
「もういいわ。わたくし、もう、普通に男性を見ても、素敵だって思えないのだもの」
「それでも、いつかきっと、お嬢様が素敵だな、好きだな、って思える人が現れたら、素直になってくださいね」
メアリィはにっこり微笑みしみじみと語る。
「もし、そんな男性が現れたのなら、ね?」
とりあえずそう、返しておいた。




