8話 今川大将首
アキラ達が辿り着くと、そこでは既に戦闘が始まっていた。
どうやら先行していた騎馬隊が義元本陣へ突っ込んで行ったようだ。
しかしお陰で今川方は混乱状態。戦闘自体は織田方優勢に進んでいるようだ。
「っしゃあ! 行くぞ!」
「「応っ!」」
孫四郎の言葉に反応したアキラ達は、勢いをそのままに今川勢へと突っ込んだ。
「背中は任せたぜ兄弟! 藤吉郎はオレと行くぞ!」
「了解しましたぞ又左衛門殿! 嘉瀬殿、参りましょうぞ!」
「おう任せろ」
ここに来るまでに考えていた三竦みの陣形。
孫四郎と藤吉郎の二人で前線を切り開き、アキラが二人が討ち漏らした兵を捌き、さらに背後からの奇襲に備える。
アキラの武功が少なくなる懸念があったが、そもそも武功だの功績だのを求めていないアキラにとっては有難い役目だった。
「……にしても豪華だなこの布陣」
「なんか言ったか兄弟?」
「いいや何にも」
片や後の天下人。片や後の加賀百万石。
戦国乱世全体を見ても別格の武将二人が、槍を携えアキラの眼前を走っている。マジで場違いだなこれ。
「お、見えてきましたぞ!」
「……うん?」
藤吉郎が指差した先に、織田家の旗印を掲げた騎馬が見えた。先行していた織田の騎馬隊だ。
ここまで来れば、今川の首は最早眼前。そら武功を上げるチャンスだぞ頑張って走れ二人とも。
「一気に突っ込むぞ!」
「応!」
「了解」
仕切るのはやはり孫四郎だ。
この三人の中で武勇が一番高い孫四郎の判断なら、少なくとも死ぬことはないのだろう。
「…………操術式展開」
こっそりと。
あくまでもこっそりと、余計に目立つことはしないように操術を地面へと展開する。
「『沈殿堕落』」
雨を含んで液状化した泥を、操術で弄ってさらに柔らかくした大地を展開する。
人が持つ平均体重くらいの重みならば即座に沈んでいってしまうくらいには柔らかい。即席罠の完成だ。
「な、なんだ!?」
「足が、足が取られて動けん!」
巻き込まれた織田軍は可哀想に。
後で助けるから許してくれすまん。
「な、なんでおじゃるか! 何が起こっているのでおじゃるか!」
キンと頭に響く声が戦場に響き渡る。
装飾の主張が激しい派手な鎧。あれが今川義元だ。
目の前に広がる異様な光景、地面へと沈んでいく兵士達の姿を見たらそりゃ誰でも発狂するだろう。
「孫四郎! 藤吉郎!」
「わかってんぜ兄弟! あれが大将首だ!」
「突っ込むのです!?」
「いんやなんでか知らんがあそこ一帯は泥沼化してる。流石に迂回すんぞ!」
「……泥沼になってなきゃいいんだな?」
泥沼を作った本人が孫四郎へ問う。
アキラを妖術師の類だと認識している孫四郎は、すぐさま背後のアキラへ期待の目を向けた。
「おう、なんとか出来っか兄弟?」
「そもそもあの泥は俺が作ったもんだ」
「おっしゃ、なんとか出来んだな!?」
「もちろん」
要は固めればいいんだろ?
簡単簡単。やることは至極単純だ。
道を作ればいい。
「『百腕巨人・偽』」
土巨人の腕を作り出す。
液状化した泥を凝固させた道。大きな男が一人走る程度なら崩れはしない。
「『百腕の散弾銃』」
橋が掛かる。
大将首への一本橋だ。さぁ行け孫四郎。得意なんだろ、一番槍。
「ラァアアアア!!」
「なんでおじゃるか! 今度は何事でおじゃる!」
そう言う義元は、ようやく此方から架かる橋に気付いたようだ。そしてその上を走る男の存在も同時に気付いたのであろう。
「ちっ……やむを得ん!」
突撃してくる孫四郎を見ながら、義元は右腕の裾を捲る。
白塗りの見た目に反して、かなり筋肉がしっかりしている腕だ。しかし普段から鍬を振るっている農民兵と比べても脆弱そうだ。
問題は、内包する魔力量にある。
「っ!?」
アキラの片目は特殊である。
人の持つ魔力量を、左目の結界眼を通して確認し、さらに自前の鑑定スキルである程度の個人戦力を伺える。
数値化出来ればさらに楽なのだが、鑑定する物体が『物』でない限りは視ることはできない。
しかしそのアキラの目をしても、今の異常事態には気付けた。
今川義元の右腕から放たれる魔力量が尋常ではない。筋力が物を言う戦国日本で、何故ここまで魔力を放てるのか。
「藤吉郎すまん! あと任せた!」
「え、嘉瀬殿も向かわれるのか!?」
あれはモロに受けたらまずい。
魔力のことなんて空っきしな孫四郎が受けたら、まず間違いなく死ぬだろう。ンなことさせるわけねえだろ!
「操術式、大規模展開……!」
思考連結、一括取得。
地形情報、主軸転送
擬似地盤形成……
全工程、完了。
「……共感覚終了!」
削がれる魔力は普段の倍以上。
アキラの魔力が大地へと放出される。
「『土波』!」
超大規模ちゃぶ台返し。状況としてはこんなものだ。
座礁に打ち上がる波のように、アキラの眼前に土の大壁が捲り上がった。
壁の耐久力など知ったことではないが、人間一人分の魔法攻撃を抑え込むなら十分すぎる質量だろう。
「な、なんでおじゃる……!?」
迫る雑兵の対処をしようとしていた義元は、おそらく天にも届く壁の出現に驚き怯んだのだろう。
アキラの瞳から見えたのは、義元側から放出されていた魔力が急激に減少していっている現状だ。
しかし、そこは東海の総大将。
花倉の乱を始めとした数々の難事に対応した度量で、大大名の名に劣らない胆力で気を取り戻した。
「【魔刀錬鉄】」
再び、義元側の魔力が増幅した。
「大和武士の血を引く麿が、だいだらぼっち如きに劣るわけがなかろう!」
義元が捲った右手に、突如として刀が出現する。
輝く浅葱色の刀身だ。流れる流線型の魔力を垂れ流し、美しい刃先をアキラへと向ける。
「【義元左文字】!」
押し寄せる土波に反抗するように、義元の刀が魔力の唸りを上げる。
無駄だ。技術も文明も発展していないこの時代なら別格だったのかもしれないが、異世界で魔法文明を体験してきたアキラにとっては些事に等しい。
「残念。諸共ぶっ飛ばす」
フィリアさん。そしてリーシャ。
明らかに魔剣慣れして、さらに戦闘経験するが義元を遥かに凌駕する二人の面影を思い返しながら、発動している操術の規模を広げ始める。
「な、土が足に!?」
絡みつく。地団駄も踏まさせねぇ。
動くことは許さない。抵抗なんてさせない。歴史通り、ここで天下人の踏み台になってもらうぞ今川。
「そら、ぺしゃんこ」
捲り上がる土にも限界はある。
土の重さが限界に達すれば、自然と重力に従って落ちる。
アキラの操術も万能ではない。いくら土を無限に操れるとは言え、自然の法則には従わざるを得ないのだ。
大将首、討ち取ったり。




