4話 VS前田利家
孫四郎こと前田利家は、笄斬りの後2年の謹慎中は熱田神社社宮の松岡家にお世話になったという。
アキラと優梨が連れて来られたのも同家であり、夕飯の準備をしてくれたのも、松岡家現当主のご息女である。
その彼女は今、かつてないほど心をハラハラとさせていた。
なんせ目の前には、向かい合い対峙する男衆二人。一人は竹刀を持ち、また一人はファイティングポーズを取って構えているのだ。
完全に戦闘態勢である。
我が家の境内なのでやめてほしい。
「じゃあ行くぞ兄弟!」
「ッしゃオラ来い!」
そんな久千代の願いは儚くも届かず、男どもは完全にやる気の目をしている。
ヒュン。
風を切る竹刀がアキラの頬を掠める。
伸ばされた竹刀の腹を掴み、引き寄せるように横回転。竹刀を持つ孫四郎の横っ腹を蹴り飛ばす。
「おごッ……! ……やるな兄弟!」
孫四郎の横腹を蹴った足が掴まれる。
やべ、と悟るのも束の間。胸を圧迫する遠心力が、アキラの身体にドスンと掛かる。
「うお……っ」
「どっせい!」
その勢いのまま、宙は放り出された。
この状態では操術は使えない。宙になぞ放り出さないで欲しいものだ。
(やべ、どうしよっか………)
ヒーラーの優梨がいるから死ぬことはないが、マゾではないので痛いのは好みではない。
ノーダメージで受け身を取るには……
「着地と同時に操術、かな!」
幸い、腕からの着地となった。
思いっきり魔力をぶん回して操術を起動する。
アキラの着地が完了するよりも早く。
大地から蛸の触手のように土柱が、アキラの身体に纏わりつき着地を支える。
(あれ、なんか違和感……)
「おおっ! 兄弟お前! 妖術師だったのか!」
いいえ操術師です。
そんな怪しげなモンじゃねえ。
こちとらもっとクリーンなんだよ。
というか、あんまり操術は使う気はなかったのだが。まぁ使わされてしまった物は仕方ない。
ここから先、手加減は一切なしだ。
「操術式展開」
魔力を大地へ回す。
血脈のように枝分かれして、赤い光が地面を侵食していく。
「なんかしようとしてんな。させねえぞ!」
「残念。もう遅い」
起動に必要な魔力は少ない。
手加減なし程度ならば、このくらいで十分だ。
「『百腕巨人・偽』」
バージョン・人型ミニマム。
いつものドデカイ巨人ではなく、少し背が高い人くらいの大きさの鎧で身を包む。
人間一人制圧するくらいなら、このくらいで十分。余計な魔力使用は災いの種だ。
「っとぉ! なんじゃそりゃ!?」
「オレの甲冑。岩より硬いぞ」
「やべえな兄弟! 面白え!」
目をキラキラさせる孫四郎。
戦国日本から見たら反則技とはいえ、褒められるのは悪い気がしないな。
「んじゃ。第二戦と行こうか!」
「よっしゃあ! 今度はそっちから掛かって来い!」
「怪我しても文句言うなよ、孫四郎!」
「そっくりそのまま返すぜ兄弟!」
ーー
数刻後。
「バカモン! 何故神の御前で戦っておるのだ! 人として持つべき尊敬の念はないのか阿呆共が!」
アキラと孫四郎は正座させられ、
ガミガミと説教を聞かされていた。
雷親父とはこの人のことか。
大音量の怒声が、キーンと耳に響く。
「しかし聞いてくれよおやじ殿。オレは兄弟の腕前を確かめるためにちっとは手合わせしなきゃいけね……」
「境内ですることではないと言うておるのだ! その無頓着さが原因で上様に勘当を受けたのだろうが!」
「いや本当に申し訳ございません……」
外に連れ出され早々の戦闘だったので、アキラの頭の中にも一切遠慮の念が無かった。
「ま、まあまあ。二人も反省しているようですし……ここは一旦矛を収めませんか――柴田《・》様」
柴田権六勝家。
織田信長家臣団でも随一の猛将。その勇猛果敢な攻めっぷりから鬼柴田の名で知られる武将であるが、この当時は織田家中に於いても未だに戦功が低い存在であった。
その要因が、今現在織田信長黎明期ということもあるが。
柴田は家督継承が原因で起こった稲生の戦いにて、織田信長の敵側に付いて敗れたからという説がある。
「甘いぞ、おまつ。ここで叱っておかねば、男というものは事の重大性を理解せん」
「アキラくんも反省してね。わたし達は頼ってる立場なんだからね」
「はい。すいませんでした」
女性陣が食後の散歩に出掛けていた時に始まった戦闘ということもあり、優梨はすっかりご立腹だった。
顔は笑っているが目が笑っていない。さながら能面のように動かない表情筋が、アキラにとっては恐怖でしかなかった、
「しかしお主、嘉瀬あきらと言ったか?」
「はい。嘉瀬アキラです」
「そうか。確か元の領地を出奔し、この尾張に来たのだったな。士官先は決めておるのか?」
「しかん……?」
聞き慣れない言葉に優梨が首を傾げる。
その意味を知っていたアキラは、こそっと耳打ちして伝える。
「就職のことだよ」
「あ、なるほど」
「全然決まってないです。まぁでも稼ぎどころ探すなら、いっそ寺子屋でも開こうかなって思ってました」
「え、そうだったの?」
「少なくとも俺達が持ってる知識は、この土地にはない物だろうからね。子供は嫌いじゃないし」
一児のパパだし。
クラスメイトに子供が出来ていることは言ってない以上、これを言う訳にもいかないので口を閉じる。
「高給取りとまではいかないだろうけどね。これくらいでいいと思わない? 農業する知識もなしで戦うのが嫌ならさ」
「そうだね。ちょうどいいかも」
現代知識で戦国無双、なんてこともやってみたかったが生憎そんな知識はない。
とは言っても異世界の魔法でファンタジー戦国無双、なんてことして歴史をぶっ壊すわけにもいかない。
アキラは平々凡々な日本の高等学生徒なのだ。
そもそもこの土地に何をしに来たかって『終末論』とやらを倒しに来ているのである。
戦争だの農業だのしてる時間があるなら、正体やら弱点やらなどの情報を集める時間を作れる職の方がいい。
というかそもそも現代日本の高校生が受ける教育って、戦国時代の人からしたら相当な高等教育なのではないだろうか?
現代知識無双じゃんやったぜ。
「では、場所はどうする?」
「あー……それはこれから探そうかと」
「ならば儂の持つ古屋を貸そう。少し床が傷んで入るが、なに、そろそろ改修しようと思っていたのだ。よかったな、綺麗な小屋で寺子屋を開けるぞ」
「え、いやそこまでしてもらうなんて、その、何で恩返ししたらいいか……」
「案ずるな。儂は貴殿に恩を売っておきたいだけよ。又左衛門と打ち合える者を他国に逃すなど、御家全体の損であろうからな」
まじっすかありがてえ。
甘えられる好意には全力で甘えよう。人の足を舐めるのは嫌いだが、与えられた飴を舐めるのは好きなのである。
「よかったね、アキラくん」
「ああ。第二の人生の始まりだ」
そんなこんなで、アキラと優梨の戦国ライフが始まったのであった。




