13話 街を目指せ
「さてと、アイツらもいなくなったことだし……これからどうする?」
「ノープランだったんですか……」
当然だ。
寝てたら突然馬車に乗せられて、それが奴隷商が乗る馬車で連れ去られようとしていて、思い付きの作戦で自由の身になったのだから、後先を考えられる時間なんてないだろう。
悪いとは思ってる。こんな獣だの魔物だのが徘徊している危険な森に、武器もなく身を投げ出してしまっている状況なのは百も承知だ。リーシャを巻き込んでいるのもわかっている。
でもしょうがないじゃん! あのまま運ばれてったら奴隷になりそうだったんだもの! 異世界に誘拐されて、何故だか分からないけど超弱体化されて、挙げ句の果てに奴隷になるとか遠慮したい。貴重な体験ではあるけれど。
「……ここからだと一番近い街はカプアですが……ここはやめておきましょう」
「なんで? 近い方が楽じゃん」
「ここら一帯の奴隷商達が在籍している、奴隷商の総本山がある町ですが、本当に行きたいですか?」
「……ごめん。俺が悪かった」
アキラは口を噤んで、ポリポリと頭を掻く。まだ地理には詳しくないため、安易に口出しは出来ない。そして口出しをしようものならこうなってしまうのだ。
「ただ、カプアには冒険者ギルドがありますから、これは捨てがたいんですよね……。銅等級のクエストだったら簡単ですし、資金繰りにも困りませんし」
「冒険者ギルド」
なんだか異世界っぽくなってきた……!
召喚されたら1人だけ勇者じゃなくて。あと一歩のところで暗部の人間を差し向けられそうになって。ダンジョン行ったら弱すぎて酔って。挙げ句の果てに奴隷商に捕まって。
日本や異世界関係なく面倒事に絡まれて来た俺は、ようやく冒険者ギルドと言う異世界っぽい組織に入れるのか!
そんな淡い期待で密かに胸一杯になっている俺に、リーシャは冬場の冷水のように冷たい言葉を浴びせる。
「ただ、ここらじゃ冒険者ギルドはカプアにしかないんですよね。他の町に行っても店や住宅街があるだけで、特にこれと言って一気にお金を稼げるような所はないんです。世の中所詮金ですから、何を始めるにしても資金繰りから始めないと……どうしました? 大丈夫ですか?」
「い、いや、大丈夫。……この世界、味気なさすぎない? 現実味溢れすぎてない? 夢と魔法は?」
何をやるにしてもまずは金、なんて魔法が現存するファンタジーな世界の住人に言われてしまうと、異世界を感じる高揚感なんてあったもんじゃない。もう少し夢を見させてくれても良いのではないだろうか。
……世知辛い世の中だなぁ。
というか、淡白すぎないだろうかこのエルフ。エルフなんだからエルフっぽくして欲しい。金髪で潔癖で耳が長くて、身体能力が高くて知識に富んでいるような完璧超人のイメージが、一気に瓦解してしまった。
おかしいな。エルフってこんなに幸薄そうで金にうるさいイメージだったっけ? たしかに耳は長いし髪は金髪だけど。
「げんじつみっていうのが分かりませんが、とにかく身の安全を優先させるならカプアではなくカゼルタが良いと思います。少しだけ遠いですが、治安は良いですし町の整備も整っています。奴隷商に見つかる可能性は限りなく低いかと」
「よく知ってんなぁ」
「これでも数々のご主人様の下で働いて来ましたから」
誇らしげに胸を張るが、それは一重にリーシャの体の中に住み着いている寄生虫が原因だ。痛いだろうに我慢してるんだろうな……
よしよしと頭を撫でてやると、リーシャは「なんですかやめてください」と言って非難がましい視線を向けて、アキラの手を払った。
「よし、じゃあそのカゼルタって町に行くとしますか。冒険者ギルドへの登録は、また今度ってことで」
「はい。ですね」
アキラの言葉にリーシャが頷く。彼女の体に奉仕精神が、デットりと染み付いているのは間違いないらしい。文句を言わず、有無を言わず、先頭に立っている者の規律を守ろうとしているその様子は、ご主人への忠誠を尽くす奴隷そのものだ。
「……うーむ」
「? どうしました?」
「いや、大したことじゃないんだがな」
言うか言うまいか、アキラは思い悩む。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言う。今は聞かない恥よりも聞く恥を優先させた方が良いだろう。
ましてや命が掛かっている危機的状況にあるのだから、この情報の重要性はぐっと増す。
この情報を知らなくて死んだりでもしたら、それこそ死に恥だ。後世で「異世界から勇者様とともに召喚された操術師は、森の中でひっそりと死んでしまいました」なんて物語にされでもしたら、洒落にもならないくらいにしょうもない死に様だ。
だから、一時の恥を偲んでリーシャに問う。
「カゼルタって……何処?」