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令和時獄変  作者: 青井孔雀
第1章 東京大空襲再び
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5. 五里霧中

東京都千代田区:首相官邸

 

 

 総理大臣の加藤忠彦が到着するなり、すぐに国家安全保障会議が始まった。緊急事態大臣会合という形式だ。

 内閣官房長官の高野英輔、防衛大臣の日下公男をはじめとして、関係者が地下一階の会議室に集まっている。まるで予兆がなかったことから、ビデオ通話での参加もちらほら。連絡が付かない者すらいる。


「来襲せる所属不明機群に対し、陸海空自衛隊は総力を挙げて迎撃戦闘を実施。結論から申し上げますと、既に脅威は排除できたと考えられます」


 投影された戦況図を背に、統合幕僚長の三津谷秀将が説明を続ける。

 縦列をなして飛来した300以上の所属不明機のうち、先頭の1/4はスクランブル機や地対空ミサイルの即応射撃によって壊滅。主にその後ろから半分にかけての機が、防空網の間隙を突いて投弾に成功、23区東部と浦安市に甚大な損害を齎したらしい。

 なお後ろ半分については、完全武装で上がった空自機の迎撃を受け、先程最後の1機が撃墜されたとのことだ。


「現在、投弾を終えた機につきましては、鹿島灘方向に離脱しつつあり……」


「統幕長、それらは撃墜しないのですか?」


 日下が挙手し、尋ねる。

 

「被害局限のため太平洋上で撃墜いたします。空自機は現在待機中です」


「なるほど、了解した」


「それはいいのだが……ああ、被害者の救助についてはどうだ?」


「総理、既に東部方面総監を長とする国民保護統合任務部隊の編制を指示いたしました」


「警察、消防とも被害者の救助に全力で当たります」


「分かった。よろしく頼むぞ」


 加藤は重々しく肯く。今すぐにでも救助の現場へと駆け出したい気分だったが、自分は総理大臣であり、国の武力攻撃事態対策本部長なのだと、もどかしさをグッと堪える。


「それで、所属不明機については何か分かったか?」


「率直に申し上げまして、お手上げです」


 三津谷は困惑した表情で言い、

 

「機種がB-29、これは確実なのですが、現在同型機および派生型、類似機を作戦運用している国は存在いたしません。国籍表示は米軍のものでしたが……IFF応答や無線交信への応答もありませんでしたし、在日米軍も関与を否定しております」


「まあ、そうなるな……だいたいアメリカ本土とは相変わらず連絡不能だ」


「大規模通信障害も未だ回復していない状況です。当面は情報収集に徹する他ありますまい」


「官房長官、そちらについても……相変わらずか?」


「申し訳ございません」


 高野は本当に済まなそうだ。何か分かったことがあれば、すぐにメッセージが届くはずだが、その気配は一向にない。

 大規模通信障害と突然の大空襲。この2つは何らかの関係がありそうではあったが、それぞれの全容も把握できていない以上、確かなことはまだ何もない。


「なお情報収集についてですが、空自では既に電子偵察機C-2EBを発進させております。残余の所属不明機のうち一定数は撃墜せずにおき、帰路を辿ります。そうすれば少なくとも拠点については判明するはずです」


「ならいっそ何機か投降させられないものですかね」


 国家公安委員長の松本大樹がぼそりと言い、視線が集中する。今まで俎上に上がらなかったのが不思議だ。

 

「ああ、可能であれば搭乗員からの事情聴取も有効かと」


「全くだ。統幕長、できそうか?」


「できそうです。やってみます」


 三津谷は自信を滲ませ、命令を受けた連絡員が退出する。

 その姿を一瞥しつつ、搭乗員がいればいいがと加藤は思った。無人の幽霊飛行機だったとしても違和感を感じなさそうなほど、考えられないことが起こり過ぎていた。

 

 



茨城県小美玉市:百里基地

 

 

 滑走路に降りた時、久保田一尉はダブルエースになっていた。B-29をAAM-5で4機、ガンで6機撃墜していたためだ。

 彼の愛機たるF-2Aは、エプロンで給油を受けていた。エンジンを点けたままの、所謂ホットフュエリング。翼下にも新たなミサイルが取り付けられ、20㎜機関砲弾も512発まで回復する。

 

 そんな状態で久保田が空を仰げば、B-29らしき機影が発見された。

 投弾前のB-29は先程全て撃墜されたらしいから、何処かに焼夷弾を落としていった機で、それを思うと居ても立ってもいられない。給油と弾薬補給が終わったらすぐにでも叩き落してやりたいが、太平洋上で落とせとの命令だ。

 

「ドラグーン01、聞こえているか?」


「キャッスル、こちらドラグーン01。もうすぐ上がれる」


「了解した。それからドラグーン01、新たな任務だ。B-29を何機か強制着陸させる。こちらから指示する対象機に対し、無線および発光モールス信号で降伏を勧告、降伏した機を誘導、成田に着陸させろ。できるか?」


「大丈夫だ。従わない場合は?」


「こちらから警告射撃、撃墜を許可する」


「了解」


 久保田は冷静に、力強く返答した。

 何処の誰が何のために、B-29なんていう骨董品飛行機で、自殺行為としか思えない爆撃作戦を実施したのか。いずれも未だ全く不明で、爾後の戦略を考える上でも解明しなければならなかった。


 



東京都千代田区:秋葉原

 

 

 アメリカ陸軍航空隊のジェフリー・テーラー大尉は、完璧に混乱していた。

 東京に一大打撃を与えるはずのミーティングハウス2号作戦は、想定外の事態に叩きのめされていた。僚機は何も分からないまま墜落し、テーラーの機もパルプフィクションから出てきたような糞でか戦闘機に撃ちまくられた。

 機体はあっという間に燃え上がり、パラシュートで脱出に成功したのは自分だけだ。

 

(それにここは……本当に東京なのか?)


 テーラーは異世界に迷い込んだ気分だった。

 東京は木造の都市と聞いていたが、鉄筋コンクリート造の建物ばかり。天を衝く超高層ビルに、乗り捨てられた流線形どころでない自動車。煌びやかな電飾、高速道路の高架。自動販売機は数が多過ぎ、商品の種類も多過ぎる。


(しかも……訳が分からない)

 

 無人になった食堂に置いてあった中東風牛肉サンドイッチを貪りつつ、テーラーは眉をひそめた。

 やたら目が大きくてカラフルな髪をした異形の女の子の絵が、そこかしこに溢れている。謎の商品が山積みされた店頭には、やたら薄いテレビジョンがあって、総天然色の彼女達が歌ったり戦ったり。やたらと美麗で、ウォルト・ディズニーが見たら失神しそうな世界だ。

 

「おい、そこのブツブツ言ってるお前!」


 英語だった。かなり訛っていたが、英語で呼び掛けられた。

 振り返ると、やたらガタイのいい黒人が立っていた。彼のTシャツにはCV-11『イントレピッド』と、実在する航空母艦の名前が書かれている。何故かまた女の子の絵と一緒に。

 

「空襲が始まってんだ、早く逃げないとまずいぞ!」


「あ……?」


「空襲だよ、空襲!」


 そう言って黒人はこれまた謎の板状機械を操作し、テレビジョンみたいな画面を見せてきた。

 当地域に航空攻撃の可能性があります。屋内に避難し、テレビ・ラジオをつけてください――そんな内容が書かれている。そりゃそうだ、俺達がその空襲をやったんだから。それにしても死んだ仲間達のことを思うと頭に血が昇る。

 

(というか……日本に黒人!?)


 テーラーはハッとなり、どうかした頭をフル回転させた。

 日本には黒人なんていない。それがいるってことは――まさか奴等、手を組んだのか!? それでスパイをアメリカ本土に送り込み、暴動でも起こさせようって腹では……。

 

「畜生、このクロンボが!」


 テーラーは激怒した。そして素早く拳銃を構え、腰を抜かした黒人を何発も撃った。

 

 



東京都葛飾区:コンビニ

 

 

「店長、どうしましょ?」


 大学生のバイトが割と軽い口調で尋ねてきた。

 逃げ込めそうな場所もパッと思いつかなかったため、店長はとりあえずJアラートを文字通りに解釈し、バイトとともにコンビニ店舗のバックヤードに避難していた。


「そうだな……」


 店長は今後の行動を考えた。

 点けっぱなしにしたテレビからは、ニュース速報が流れてくる。葛飾区もあちこちがやられたようだ。水元公園にほど近いこの辺りは、今のところ大丈夫なようだが、正直言って不安でならない。

 

「空襲、まだ続くかもしれんしな」


「とりあえずは、大丈夫そうですよ」


「何でそう思うんだ?」


「爆撃機の音、遠ざかっていってます」


 バイトはスマホを取り出し、画面を見せてきた。音量を図るアプリのようで、グラフが描かれていた。

 読み方はよく分からないが、言われてみれば爆音は遠ざかっている気がする。ドップラー効果くらいは知っている。


「どうも音よりかなり遅い爆撃機みたいだったので、さっきから測っておきました。近付いてくる場合、周波数はこの辺になりますが、ぴったり止んでます。まあ、簡単な警報装置としても使えますよ」


「頭いいなあ……ああ、理科大生だったっけか」


 店長は感心した。こういう咄嗟の行動ができる若者は国の宝だ。

 そんな者達のためになることを、自分もできないだろうか。そう思っていたところ、消防車のサイレンが響いてきた。結構な速度で都道307号を走っているようで、暫くするとサイレン音が低く、遠のいていった。

 

「よし、営業を再開しよう。きっと避難者が大勢来るはずだ」

 

 



太平洋:鹿島灘上空

 

 

 日本上空から生きて出られたのが奇跡に思えた。

 超空の要塞B-29は、正体不明の対空兵器によって片端から撃墜された。だがディズニーっぽい城に焼夷弾をしこたま落とした後は、不思議と攻撃を受けなかった。

 

「何だってんですかね、今日は……」


 副操縦士が力ない、憔悴した声で言う。

 

「あり得ないですよ、あんなの。無茶苦茶だ」


「全くだ。とにかくテニアンに帰還して、司令部に報告を……」


 機長のライアン大尉は続けようとしたが、通信士の絶叫に遮られた。


「どうした!?」


「こ、降伏勧告です……主翼を右に振り、降伏の意志を示せ。指示に従わなければ撃墜する、そう言ってきています!」


「無視しろ!」


 反射的にそう命令したものの、生殺与奪の権を握られたも同然だ。全く姿も目撃できていない日本軍機に。

 心臓が握り潰されるようで、ライアンの呼吸も荒くなる。この場を切り抜ける方法を必死に考えるが、死しか見えてこない。

 

「あッ!」


 目の前の闇夜が、野太い光の筋に切り裂かれる。

 物凄い量の弾が放たれたのだとライアンは直感的に理解した。あんなものを食らっては、B-29といえどひとたまりもあるまい。気付けば股間が生暖かかった。

 

「敵機が真横に! モールス信号を送ってきています!」


「糞ッ!」


 罵り言葉を吐きながらそちらを見る。あり得ない飛行機がそこにはあった。

 ジェットエンジンで飛んでいることだけは分かったが――かつて悪魔より恐れていたドイツのジェット戦闘機が玩具に思えた。信じ難いほど優雅で大きな殺戮機械。無慈悲な死の天使。コクピットにはロボットみたいなパイロットがいて、ライトで降伏を促してきている。次はないって警告付きで。

 

「神様……」


 項垂れながら、ライアンは神の名を呼んだ。まさか私達は、あなたを怒らせてしまったのですか?

 

「降伏しよう。降伏して、奴等の世界をこの目で見て、逃げて母国に知らせよう……」


 集中する視線が、刺された剣のように痛かった。

 たが数秒しても、異を唱える者はなかった。誰もが戦意を、いや全てを世界観ごと潰されてしまったのだろう。


「ノルデン照準器を破壊します」


 爆撃手が言った。

 

「……何の意味もないかもしれませんが」


「規則だからな。やってくれ」


 ライアンは気の抜けた顔で肯定した。

 それから指示された通りに主翼を振り、死の天使みたいな戦闘機に従った。言われた通り機体を大きく旋回させた時、炎上して落ちていく僚機の姿が目に焼き付いた。

 

 投降したB-29は、合計7機だった。

5だけに五里霧中でした。このイントレピッドさんはどのイントレピッドさんかでしょうね?

なおシンデレラ(ディズニー映画)は1950年作だったり。


第6話は今日の夜か明日に更新します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 下手したら、米中がすっ転んだら、現代でもこういうことが起きる...かも...し、しれない。こ、怖い
[良い点] 巻き込まれた黒人合掌。 そうなんですよね。 この時代のアメリカの人種差別はすさまじかった。 在日米軍にとって文字通り違う国。
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