悪い魔女といけにえの王子
そうしてふたたび、サロルンの国から王子さまが魔女の手によりさらわれました。
それから日を置かずに、国中どころか世界中で、不思議な生きものたちが、真っ赤な薔薇の花びらを降らせはじめます。
しかし、降り注ぐ花びらを見つめるひとびとの顔は、暗いものではありませんでした。
驚き、おそれ、興味、感動。さまざまな表情を浮かべるひとびとを、花びらを降らせる生きものたちは楽しげに見下ろしました。
なかにはその生きものを弓矢で打ち落とそうとしたひともいましたが、くすくすと笑って避けられてまったく歯が立たず、むしろ矢を放ったひとが、けたけたと笑いながら追いかけられることすらあって、人間では決してかなわない相手なのだと思い知らされるだけでした。
空飛ぶ生きものに追いかけられたひとは肝を冷やし、死にものぐるいで逃げます。そんなひとが、もう駄目だと絶望しかけたときには、不思議とべつの空飛ぶ生きものが乱入して、それ以上追いかけられはしませんでした。
あの生きものはなんだろう、疑問に思ったひとのだれかが、妖精、とつぶやきます。
妖精と言うつぶやきを聞いたひとびとはみな、魔女と妖精の話を思い出しました。
魔女と妖精の話を信じていたひとも、信じていなかったひとも、あんな生きものがもし、花ではなくもっとおそろしいものを降らせたらと、思わずにはいられませんでした。
不思議な生きものは丸一日、薔薇の花びらを降らせ続け、花びらを浴びて真っ赤に染まった世界を見たひとびとのなかにはもう、妖精の存在をうたがうものはいなくなっていました。
そんななか、とある国の王子さまが、全世界にむけて情報を広めます。
本来、妖精が降らせようとしていたのは、花ではなく毒であったこと。
魔女が妖精と話し合い、ひとりの王子を差し出せば、毒を降らせることだけはやめる、と言うとりひきを、成り立たせたこと。
魔女は王子にいけにえとなってもらうかわりに、山火事で焼け野原と化していた森を、森として復活させたこと。
かれの言葉をうそだと笑い飛ばせるひとは、いませんでした。
もちろん、うそだと主張したひとはいましたし、まるまる信じたひとばかりではありませんでした。
けれど、妖精が毒を降らせてもおかしくなかったことだけは、だれも否定できなかったのです。
「ハウラプ、妖精遣いがあらすぎるんだけど」
ひさしぶりに会った妖精の谷のリーダーは、ピリカにそう不満をもらしました。
妖精の谷の妖精たちは、花降らしに参加することと引き換えに、ほかの妖精たちがやりすぎないように監視する仕事を、ハウラプから命じられたそうです。
「でも、おもしろかっただろう?」
「まあね」
肩をすくめるリーダーが、かなり花降らしを楽しんだのであろうことを、ピリカは察しました。ハウラプも変わっていませんでしたが、リーダーも変わりないようです。
「キミ、良いね!楽しませてくれそうだね!」
べつの妖精、ピリカがほしいと願った妖精が、にこにこと笑って言いました。かれらはひとの来ないふかい森のなかにある、高い鉱山を住みかにしていました。
鉱物で水を染めるつもりだろうと言っていたハウラプの言葉を思い出し、ピリカはぞっとします。妖精は無邪気で、だからこそおそろしいのだと言うことは、いやと言うほど知っていました。
自分の生きているあいだだけでも、かれらが暴走しないよう気をつけよう。ピリカは心に誓います。
「きみたちが思いつくより楽しいことも、思いつけるかもしれないな」
だからピリカは、にっと笑って妖精をあおりました。
「言ったね!これでつまんないことしか言わなかったら、ぷんぷんだからね!」
「おもしろい人間は、本当におもしろいよ。ぜんぜん飽きない」
リーダーが、鉱山の妖精に言います。
まだ、メムやチセたちは妖精の谷の妖精たちを楽しませているのか。なつかしい顔を思い出して、ピリカはちいさくほほえみました。
はじめて会ったときのメムのように、明るく笑って話しかけます。
「まずは、どんな遊びをする?」
ピリカが必死に育てた下地の上に、ひとびとが妖精の存在を認め、そのおそろしさを理解したことが上乗せされて、ピリカのあとをついだサロルンの第三王子のはたらきかけは、大きく作用しました。
ピリカが旅して回っていたときをはるかに上回る勢いで、ひとびとの魔女への悪意はくつがえされて行きます。
人間たちの考えが変わって行くにつれて、魔女の考えもすこしずつ変化し、妖精たちも変わりました。
ひとまえに姿を見せる魔女が増え、いたずらよりも交流を求める妖精が出て来たのです。
まちがいなく、ピリカが火種となって起きた変化でした。
そんな変化を、約束を守ってピリカのもとを訪れるハウラプが、ピリカに話して聞かせます。ピリカは自分の努力が実ってゆくさまが、その実りをだれよりも知ってほしいひとの口から語られるところを、それはそれはよろこんで聞きました。
ハウラプの手により若返らされたピリカはその後、五十年を妖精の住む鉱山で生き、ピリカが永久の眠りの床に着くそのときまで、鉱山に住む妖精たちの興味を惹き続けました。
そして、ピリカが永眠りに着いたそのとき。
森の魔女を悪い魔女だと語るひとは、だれひとりとして、いなくなっていました。
以上で完結です
つたないお話に最後までお付き合いいただきありがとうございました!




