進路選択
「――というわけなんですけど…どうしたらいいですかね」
私の通う学校ではもうすぐ進路希望調査が行われる。といってもうちの高校は入学した時から大学を見据えてるからもう何度目かの希望調査だ。それに進学校だからどの難関大に進むのかっていう調査で、みんな同じような大学名が記入される。
私もついこの間までは難関大への進学を考えていた。だけど今年の春、裕に話した通り、幼稚園の先生になることを決めた。実は裕に話した時はまだ迷っていて早苗さん以外の周りの人には相談していなかったんだけど、裕に私に似合っていると言ってもらえたことで決心ができた。
できたのはいい…けどここで次の問題が発生した。大学に行くか短大に行くか。もちろん大学でも学べる環境が整っているところはある。だけど短大でとても魅力的な学校を見つけたんだ。
学校の担任にはこのことを話すわけにもいかない。速攻で大学にいけって言われるから。だから家族と裕と早苗さんにしか話していないこの状況で一番この手の相談ができるのは…。
「自分の進路なんだから自分で決めなさい」という母は駄目。「やりたいことができてよかったね。学校?健斗たちの方がわかるんじゃないかな」という父も駄目。健兄は私が将来男がたくさんいる職場に勤めることがなくなったと大喜びで話にならず、将兄は大学のレポートが忙しいみたいで相談を持ち掛けるのに気が引けた。
と、いうわけで私は今裕に相談をしている。敬語なのはそばで早苗さんがケーキをきっているからだ。
「あきちゃんが幼稚園の先生なんてとってもぴったりよね」
「早苗さん、健兄と同じようなことになっちゃいますよー…」
早苗さんが手作りケーキを出してくれたからいただきますと言って一口食べる。
うん。やっぱり早苗さんが作るケーキはお店のに比べてもすごく美味しい。
「明菜ちゃんは進学校に通っているから短大への進学に迷っているんだよね」
「はい」
「あきちゃんが通ってる高校ってT大とかK大とか受かっちゃうんでしょ」
「もうすごい確率で。私が言うのもあれですけどね」
私が通う高校は日本で有名な超難関大学に受かる人が多い。それに見合った教育をしているわけで短大や専門学校に行く人はほんの一握りしかいない。
「大学は本当に時間があるからその短大でやりたいことがあるなら短大に行ってどんどん勉強して実習してっていう方がいいかもしれないよね」
「そうよね。ほんっとうに大学は自由な時間がたくさんあるのよ。アルバイトやり放題遊び放題」
早苗さんはそれでも時間が余っちゃうのよ、と続ける。私も2年間通ったからよくわかると心の中で呟く。そういえば私も和菓子屋でバイトしてたなと久しぶりに懐かしいあの味を思い出した。ああ、あそこのじゃなくてもなんだか和菓子が食べたくなってきた。
「っていけないいけない」
「どうしたのあきちゃん」
「また話が逸れて…っていや、こっちの話です」
私がそう言うと裕が思い出したように手を1つポンと叩いた。
「明菜ちゃんって和菓子が好きらしいよ」
「え?」
「は?」
突然の裕の発言に私と早苗さんは顔をしかめる。
「最近ハマったんだって。ね?」
「あらそうなの?」
「え?あー、まあ、はい」
「丁度挑戦してみようと思っていたところなのよ。頑張ってみるわね」
なんだかわからないけど早苗さんが和菓子を作ってくれるらしい。私は笑って頷き裕の顔を見る。4月のあの日以来2人きりの時に限って見せる子供みたいなしてやったりな顔。私の考えなんてお見通しって顔に頬が綻ぶ。
「あ、そうだ。それで、結局どうしたら…」
「ああ、そうだったわ」
ちゃんとした相談がどういうものかはわからないけどこの2人に話してもスムーズに解決に辿り着くことはできないだろうということはわかったいた。…というのも偏に私の脇道に逸れる癖のせいなんだけど。
「短大なら早くに実習して就職もできるからすぐに働きたいなら短大じゃないかしら」
早苗さんの言葉に頷く。学生生活をこれでもかというくらい経験してる私としては今すぐにでも社会人になりたいくらいだ。
「なんだか迷うまでもなく短大に行きたい気がします…」
「だけど明菜ちゃんが迷うのもよくわかるよ。結局は自分がしたいようにすればいいんだ」
「そうよ。大学で専門分野以外のことも学べたりするのはすごくためになるわ」
「確かに、そうですよね」
「明菜ちゃん、そろそろ自分の中で結論が出てるよね」
「…はい」
短大と大学、両方の利点を聞いて、裕と早苗さんの考えも聞くと、進学校からの進路と
して周りと違ってても私はしたいことを優先するべきだと思った。
「私、短大にします」
「そう。頑張ってね。毎日ハードよ」
「はい、頑張ります」
そういえば、と裕が言う。
「どうしました?」
「その短大ってどこにあるの?」
「あー、一人暮らしになるかもです」
私がそう言うと裕も早苗さんもえ、と言ったきり固まってしまった。
「やっぱり大学の方が…」
「そうよね。女の子が一人暮らしだなんて危ないし…」
手のひらを返すように大学にしたらと言う二人に大学でもどちらにしても通える距離じゃないです、と私は言った。
しかも私女の子って年じゃないし。精神年齢40のおばさんだから。なんて言えないけど。
「でもそれは紺野さんも反対すると思うわ」
「大学がどこも通える距離にないことは知ってるんで大丈夫ですよ」
早苗さんがそれじゃあ会えなくなっちゃうじゃないと、嘆くから私は笑うしかない。そりゃあ私だって一人暮らしをしたら寂しいと思うけどね。
けどこれで解決だ。学校の先生にははっきり短大に進学することを伝えよう。実は学年主席だったりする私だからすごく説得されると思うけど、絶対に短大に行くんだ。
「ただいま」
「あ、裕也だ」
部活から裕也が帰ってきた。
時計を見ると6時を過ぎてる。お昼を食べてからお邪魔してるからもう4時間も経っていたんだ。最初の雑談時間が長すぎたんだろうな。
「あれ?なんであきちゃんいるの?」
「ちょっとね。おしゃべりにきたんだ」
「えー。僕がいる時に来てよ」
「うーん。ごめんね」
相談を裕也に聞かせても楽しくないだろうからそんなわけにもいかない。
「裕也、洗濯する物出しちゃいなさい」
「はーい」
裕也は泥だらけのユニフォームを洗濯機に入れに行った。
「何度も言ってるけど裕也大きくなりましたよね、裕也」
「あら、あきちゃんもよ」
「男の子の成長はすごいんですよ。あれ絶対中学1年じゃないでしょ…」
この前会った時よりもまた身長伸びたんじゃないかな。中学1年生ってもっとこうあどけなさが残ってたりするものなはずなのに裕也は身長…170くらいはあるしガタイはいいし、可愛い顔からかっこいい顔になっている。目だけは二重でくっきりしてて可愛いからそれがまたギャップになってて…って私危ない?
けどこの可愛い弟の成長がなによりも大きい喜びなんだよね。
「あきちゃん遊ぼう」
「うわぁ」
後ろから首に抱き着いてきた裕也。
こういうとこは変わらない。可愛い。だけど…
「く、苦しい…」
「裕也。明菜ちゃんから離れな」
「あ、あきちゃん大丈夫!?」
慌てて腕を離した裕也が私の顔を覗き込んできた。
この顔がまた可愛いんだ。まだなにも言ってないのに怒られた子犬みたいな不安そうな顔をする。こういう時は大人びた表情から一転して私は思わず抱きしめてしまう。
「大丈夫だよ。ほら、そんな不安な顔しないの」
「…うん」
「いい子いい子」
とても中学生に見えないけど中身はあいかわらず。私は甘えたな裕也の頭を撫でてゲームしようか、と言う。
「あきちゃん夕ご飯食べていって?」
「はいっ。いただきますっ」
申し訳ないけど料理はお母さんより早苗さんの方が美味しいんだもんな。裕也とテレビゲームをして夕ご飯を根本家でご馳走になってから私は家に帰った。