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おいでませ幽鬼神道町  作者: 狐面 シノ
前日譚其壱「望みすら滅びに導いて」

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■漆章『結界が引き寄せた衝突する思想』

 幾つか歩けば大通りに差し掛からんとするくらいだろうか。()(いま)だ高く、これからゆっくりと高度を落としていくだろう。タカが路地裏を一瞥(いちべつ)した時、イアが言っていた通りの柄を有していたすねこすりが、突き当たりのところで怯えているのが見えた。


「―――イア、あれって……」


 イアはぱぁっと顔を明るくした。その反応からして、間違いなく(くだん)のすねこすりだろう。

 懸念していた傷や、極端にやせ細っているということはないのだが、イアが居てもこちらを酷く警戒しているようで、タカが近づこうとすると、フシャァと威嚇の姿勢を取った。出会った時用にと持ってきたマタタビをちらつかせても、(なお)こちらを睨んで後退(あとずさ)るだけだ。


「なんや、猫やったら好きなモンやと思ったけどなぁ」

「うーん……ちょっと待って‼」


 すると、イアがふと思いついたように声を上げた。イアが持ってきた(かばん)を漁り取り出したのは、人型のクッキーのようだった。そこからはトウモロコシに似た香りが漂っていき、すねこすりの鼻をくすぐった。耳をぴんと立たせたかと思うと、走り出し飛びつくように、イアの懐へと収まったのだ。


「よし、よし……よかったぁ……‼ ありがとう、タカさん‼」


 イアは心底安堵したように、ぎゅぅっとすねこすりを抱きしめる。すねこすりもまんざらでもなく、同様に頬をこすり合わせた。

 これで依頼は解決―――なのだが。タカにはどうしても腑に落ちないところがあったようで、イアに問いかけたのだ。


「なぁ、最初から好物を出しときゃ、勝手に寄ってきたんとちゃうか?」

「んー……それでも、この子は来なかったと思うよ」

「そりゃぁ、なんでなん?」


 「なんとなくでも、わからない?」そう返された時、イアを中心とした空気が一変する。凪とは程遠い生々しさと、粘っこく貼り付けられる言の葉の威圧。自らが地面に吸い寄せられ、今にも溶けて埋められそうな程圧力のある、安らかなる温風。それが路地を(うごめ)かせ、土塊(つちくれ)一つ一つが生きているかに錯覚させられる。


「イア……?」

「ねぇ、優しさを感じさせるには、どうしたらいいかな?」


 その問い掛けは、タカを試すようであった。間違いは喜ばしくない、しかしその間違いこそ、理不尽な常識の上だというプレッシャーを纏わせて。


「……優しく、する」

「いいえ、違うよ。()()()()()()()()()()()()可能性がある」


 ―――そのように思慮深い台詞を、ただの子供が吐けるモノだろうか。タカのありきたりな疑問を押し流すように、イアは優しく(たしな)める。波に吞まれたタカの目から、徐々に光が失われていく。


「……じゃあ、欲しいモンをあげる、か」

「それも違う。惜しいけれどね」


 「最も確実な方法がある」とソレは(ささや)き掛けた。イアと名乗った少女は、既にかつての姿を失っている。少女は冷たく伸びきった爪をだらんと垂らし、背丈は高く見合わない位にやせ細り、けれど若々しくとも死人ともとれる顔へと塗り替わった。……暗黒の神か、(ある)いは堕落した人外の如き魅力があり、眼の辺りには気まぐれが浮き上がっているようであった。

 すねこすりに至っては、見る影もなし。舌は二股に裂け、毛皮を突き破って黒くぬたついた鱗が睨み付ける。口は蛇のように頬を裂き、瞳も爬虫類のソレではあったが、足であった部位は蝙蝠(こうもり)を彷彿とさせる翼が二対生え揃っていた。

 タカはこの場で逃げも隠れもしない。奇妙なことに、本能由来の危険信号が全く頭に届いている気配が無かったのだ。ただ目の前の崇拝対象に見惚れ、(わず)かな救いを欲す心が、強く、強く脈打っているように、心音をごまかしている。

 イア―――いいや。正体たる『赤の女王(ナイアーラトテップ)』は、タカに悪知恵を吹き込んだ。


「欲しいモノをずぅっとちらつかせておくんだ。目の前、ふとしたとき、甘い蜜を見せびらかして、引っ込める。……そうして、本当に欲しがった時に渡せば、キミを信じ続けて()()()()()()()だろうね」

「欲しがった……時に……」

「長い長い時間の中、待たされた分まで欲しがるのが人間さ。だから、飼いならすには時間が必要なんだ」


 そう()()()()()()、既にタカの瞳からは光が失せていた。残ったのは過去が「あった」という認識だけで、今迄(いままで)の不運や不幸でさえ、幸福を満足に与えていなかった自責(じせき)の念が渦巻き、さてここからどうしようか、とそれだけが脳裏にしがみついて離れなくなっている。


「―――手を離さないように。この時を、永遠にも思わせるんだ」


 ……タカの振り切った片笑(かたえ)みは、涙を伴って路地に(こぼ)れる。滴る度に、何処かから鈴の音が響いている。


 『結界(けっかい)』という存在があった。そもそもは神聖な地とそうでない日常の地を区切る壁―――神社仏閣の門や木々がそれにあたる―――であった。現在でも浮世における結界の認識はそうであるが、第二地獄では降閻魔尊(コウエンマソン)との大戦を皮切りに、特異な「固有の神力(しんりき)」として定着していくこととなる。焔摩(エンマ)が降閻魔尊を討伐した際、自らを結界で包むことによって「神聖な地」そのものを自身と定義した。その影響により、焔摩は神力を持ってして戦いを終わらせたのだ。

 かなり簡単に言えば、「対象に神の力を付与する」ことで、不条理を可能にしているのだ。

 ツグの右手にも、第二地獄における結界を効率的に、かつ制限して行使する為の指輪がはめられていた。指輪型の「結界制御装置」は幽鬼神道町のトレンドの先端であり、円環は結界の生成に、中の僅かな細い空洞は結界の強弱に、それぞれ役立っているのだ。


 さて、泉がツグとその後ろ―――こっそり背から語りかける、ツグの結界によって呼ばれた―――の存在「月読尊(ツクヨミノミコト)(いわ)く、泉の持つ結界というのは『あらゆるモノを断ち切る』素質がある、とのことだ。


「……すると、この瞳の力というのが『結界』なのか?」

「多分そうじゃないですかねぇ。瞳は中々聞いたことはないですが、腕や口なら一般的ですし、あり得ないことではありません」


 ツグは続けて、タカの結界についても補足する。タカの(ゆう)する結界というのは『あらゆるモノを引き寄せる』ことが可能である。武器を手中に収めることに始まり、感情によっては「引き寄せる」という概念そのものを掌握することができるのだそうだ。―――現在、第二地獄を包むタカの結界は、あらゆる『(えにし)』を引き寄せてしまっているのだ。


「ちょっと待て。先程の話では、その指輪から結界が発生するのだろう? なれば、この町全域を包むことなど、容易ではないだろう」

「そうですねぇ。一般的には、指輪の制御装置によって、相対する存在―――つまりは、敵の強さに応じて、結界の強度や範囲は比例して増減するのです」


 「もし……」とツグは言葉を続ける。


「この結界を生み出せる程、()()()()()()()()()()()()()()()のなら、或いは指輪の機能を奪われているとすれば、不可能なことではありませんよ」


 泉の頭には、既にれっきとした仮説が構築されていた。薄々嫌な予感はしていた。イアと名乗るあの少女は、不可思議な程自らの気配を薄く取り(つくろ)っていた。そういう結界であるにしろ、彼女が狙って気配を消していたのなら、目的があって自分らに接触したのだろう。

 そして、仮にこの黒幕がイアであるのなら、彼女に強く影響されているだろうタカは切り捨てる他ないだろう、と。泉はかつての精神を引き出し、冷酷な判断に踏み切ろうとしていた。


「……(それがし)は、どうすればいい」

「話の通りがよくて助かります。アナタがすべきは、アナタの結界を用いて『幽鬼神道町』と『タカ』の『縁』を断ち切ることでしょう」

「それは―――どういうことだ?」

「アナタの力を用いれば、幽鬼神道町全域にまで広がったタカの結界を断ち切る―――正確には、()()()()()()()()()()()()()()ことができるでしょう。そうなれば、アナタとの縁も、無理に繋がった縁も、元に戻るかと」


 ここまでの話を聞いて、タカは泉を縛り付けようと、意図して黒幕側に力を使った人物だと疑わしい。そこに色があるなら、黒くあるべきだ。……しかし泉は迷いを捨てきれず、(むし)ろ僅かな共感が邪魔をしているようだった。

 その気になれば、縁深いツグとの縁を結びに行くことだって出来た。何故手配されているとわかりきっている泉との縁を選んだのか?

 ……偶発的だろうと、何故純粋な優しさを持って接していたのだろう。


「……縁を断ち切れば、お前と町の縁まで切れてしまうのか?」

「ご心配に及ばず。幽鬼神道町の縁とワタシの縁は、また別物ですからね。……ですが、何故そのような心配を?」


 泉はそれ以上は閉口せざるを得なかった。自分でも、他人の縁を心配した理由が分からなかったからだ。

 悩んだ末、泉は今夜計画を実行することにした。ツグと別れ、イアとの取引を終えた時も、不審そうにタカを見つめては、少し戸惑いを見せる泉。タカは不思議だと見つめ返し、どこか安堵した目つきをしていたのだ。

 それから太陽が町の端に到達し、(ともしび)はやがて月明かりに変わる。とは言え、新月に灯るは星に見立てた穴埋めの光の玉。それだけが頼りなく輝く夜に、泉は何も言わず、荷物を纏めて便利屋の事務所を後にしようと、ドアノブを握った。早いところ、影響下から脱さなければならない。自らが吞まれる前にと、一歩を踏み出した刹那であった。


「―――なぁ」


 泉は、自身の行動が隙だらけで、焼きが回ったと悔いる。既にタカは泉の背後を陣取って、服の裾を逃さぬと握っていたからだ。同時に、仮説正しく虚ろな瞳が、真っ直ぐに見つめていた、とも。


「どこいくん、こんな時間に」


※本エピソードは「小説家になろう」への投稿として公開されており、後にエピソードの内容が変更される可能性がありますことを、ご留意ください。

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