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032.夏祭りの日に2

おひさしゅー!

前話では、友人の美優さんに浴衣着せられてお祭りに連れ出されました。

その続きでっす。

 赤い提灯がぽつぽつと点灯し始めた。空は昼の名残のわずかな薄明かりをよこすだけで、町は優しい灯りで輝いている。

 提灯の灯りってなんだかほっとする感じがする。でも、それよりもなにかにしがみついていられるっていうのが、すごい安心。巧巳にぎゅってくっつくのは恥ずかしいけど、こんな恰好をしてるし今日はもう無礼講だ。気にしたら負けである。


 それにあいつらが来てるんなら、こうして巧巳の彼女もどきでいた方が安全に違いないんだ。ううん。そうじゃないと危ない。もしこんな恰好をしているってばれたら……そう思うだけで心臓が潰れてしまいそうだ。

 僕だって確かに巧巳にくっついているのは恥ずかしい。でも、あいつらが居るのならば話は別なんだ。

 下手をするとアルバイトの方にだって迷惑がかかるかもしれない。


「トナ……おまえ……くっつきすぎじゃ……」

 巧巳がちょっと恥ずかしそうに目をそらした。

「……いや?」

 だから、わざとらしくそう拗ねて言うと、巧巳は無言になってさらに顔を背けた。

 ここらへんの仕草はフォルトゥーナで働いている同僚のみなさんの仕草が参考だ。


「おアツイですなぁ、お二方……」

「じょーだんだよ、じょーだん。巧巳があまりにもガチガチだったから、ついね」

 じぃとこちらを見て、下卑た笑みを浮かべてる美優さんに僕は当然のように言い訳してみせた。

 いちおうさっきの反応のこともあって、多少は察してくれるところもあるんじゃないだろうか。

 今はこれがベストポジションというやつなのだ。


「よぅ巧巳。もてもてじゃんっ」

 そんな時、不意に前方から声が聞こえた。

 さすがお祭り、これだけ人がいれば知り合いに会うことだってあるみたい。

 ちらりと見てみたけれど、僕が知らない人だ。学校の関係者でもお客さんでもない。


 彼は、にこやかに巧巳に声を掛けると、僕の方をまるで品定めをするかのように全身を見回した。

 それこそ、てっぺんからつま先まで、というやつである。


 僕ら世代よりもちょっと上くらいだろうか。巧巳より少し身長も高くて、身なりもこじゃれている。

 都会の人っぽい感じとでも言えばいいのだろうか。顔も割と美形といっていいかもしれない。

 あまり身近にいないタイプの人である。あ、お化粧もしてるね、これ。


「えと……どちらさまでしょう?」

 巧巳が無言のまま固まっているので僕が代わりに声をかける。


「俺は池波克彦っていうんだ。ヨロシクね」

 彼はそういってにこっと微笑んだ。もしこれで普通に僕が女の子だったらドキンとしてしまうかもしれないくらいの美形さんだ。

(かつ)、そろそろ出番だ。行こうぜ」

 彼の連れから声が掛けられると、彼はおうと返事をして、戻っていった。

 それでも、巧巳は固まったままだ。表情はかなりこわばってしまっている。

 

「巧巳……いまの……」

「……ああ、俺の兄だよ。そして今日の……イベントに参加する予定だ」

「イベント……って、巨大タイヤキ職人ってわけじゃないよね?」

 美優さんに見せてもらったイベント一覧では、この会場で行われるものは三つ。

 すでに始まっている市民参加型の出し物と、巨大タイヤキの作成と、そしてお笑い芸人のライブである。


「市民参加っていっても、しばらく離れてた人がわざわざ来るって言うのも……ってことは、あ、もしかしてゲストで来てた人? かっこいい感じだったし!」

 おっ、じゃあお笑い芸人さんかのかな!? と美優さんがちょっとテンション高めにそう言った。

 たしかに、ここら辺に住んでいる一般の人とはちょっと違うオーラみたいなものは確かにあったと思う。


「そう……だな」

「なーんだ。そっか。修行中ってお笑い芸人の修行だったんだね」

 絞り出すように巧巳が言うので、僕はそれと対照的にお気楽に、言った。

 前にケーキ職人じゃないって事だけは聞いてたんだけど、まさか芸人さんだったとはびっくりだ。


 ステージで行われるイベントは、いくつかあって、それはすでにパンフレットで公開されている。

 僕のうちは新聞をやめてしまったので、広告が入らないのだけど、美優さんの家で見せてもらっているのである。

 そんな中に写真付で紹介されていたのが、さきほどの巧巳のお兄さんだったというわけで。

 まさか写真の人に会えるとも思っていなかったので、まったくもってその人! という風には気づけなかったけれども。


「となっちのメインは巨大タイヤキの方だけどねー」

 いくらか塞ぎ込んでいるような空気に割り込むように、美優さんが僕と巧巳の間に入って戯けて言った。

「そりゃまぁ、メインはタイヤキだけどさぁ……」

 きっと僕としては、巨大タイヤキの甘い匂いにやられてしまうのは目に見えているし、どうしようもないと思うんだけど、巧巳のお兄さんの方も立ててあげないとと思う。


「とりあえず見るだけ見ようよ。もう始まるみたいだからさ」

 もう時刻は七時を迎える。そうすればステージでのイベントのスタートだ。

 巧巳はものすごく嫌そうな顔をしているのだけど、僕はぐぃと彼の腕をひっぱった。

 せっかくおにーさんがいるのに、そんなにつれなくするのはもったいない。

 一人っ子である身としては、兄弟の存在というのは、ちょっと羨ましくもあるのだ。




 会場はもうすでに熱気で溢れていた。

 珍しいイベントのせいなのか、なかなかこういうイベントには来なさそうな大人達の姿も見える。巧巳のお兄さんが入っている、「てっぱんメシ」の熱狂的おっかけと思われる女の子達の群れと、イベント自体が面白そうだと見に来た若者と、だいたい三つのグループに分かれているようだ。

 最初に見たときに、あんまりかっこいい名前じゃないなぁとは思ったんだけど、ばっちり覚えているあたり、そういうのも合わせての戦略なのかもしれない。かっこよくても頭に残らない単語っていうのもあるしね。


「ほら、はじまるよっ」

 別にこんなにくそつまらないイベント来なくてもいいじゃないか、と巧巳は言ったんだけど、せっかくのおにーさんの晴れ舞台なのにもったいないって引っ張ってきた。

「有名人なんて滅多にこないんだからさ、ちゃんと見ておかないと話についていけなくなっちゃうよ」

 っていっても話す相手なんていないけど、と美優さんは苦笑した。お嬢様高校だとやっぱりお笑いなんていうのはあまりなじみがないのかもしれない。


 そうこう言いながらも、ステージが明るくなると巧巳ももう何も言わなくなった。

「どうもー、あつまってもらってありがとー!」

 盛大な拍手と一部からの声援を受けて、二人はステージに登場した。芸人らしい少しリズミカルな動きをしながらまさに躍り出てきたといった感じだろうか。

 なにやら決まり台詞のようなモノを言っているけれど、あまり早すぎて僕にはちょっとよくわからなかった。

 テレビだと字幕とかもでるからアレだけど、ライブだとちょっとだけ置いて行かれるようなハイペースだ。


 それからネタが始まり、会場はどっと笑いが浮かんだり、逆に息をのんだりと、コントが続いていく。

 割と評判はよいようで、若い子だけじゃなくて、おじちゃんやおばちゃんも沸いているようだった。


 そしてその終盤。

「さー、こんな所に来てしまいましたねー。もー浴衣のおねーさんがいっぱいで、オレは嬉しい限りですっ」

 さて、と、克彦さんの相棒がいって、ステージの周りを見渡した。


「実は今日はこの会場の中からオレ達の手伝いをしてもらうコを選びたいと思います。そうだなぁ……」

 爆発的なまでの一部のファンからの叫び声が聞こえた。私を選べと大騒ぎだ。

 そんな中、彼は視線を泳がせながら誰を連れ出すか選び出す。


「はいっ、そこの赤い浴衣の君。ステージに上がってきて」

「えっ、僕?」

 巧巳の隣にいたせいなのか、なんとその視線は僕の前で止まったのだった。当然ファンの子からはムキーという悲鳴が聞こえたのだけれど、呼ばれたものはしかたない。ステージに上る危険性は十分わかってるけど、それよりこのお祭りの雰囲気を壊したくはなかった。


「名前を教えてもらえますか?」

「そうですねぇ……」

 言われてちらりと会場を見ると、先程すれ違った男が見えた。ここで本名を明かすのはちょっと危険が危ない。頭をフル回転させて偽名を考えないといけない。


「池波ミナといいます」

 ミナって呼んで下さいねー、と戯けていうと、会場からみなちゃーん、という黒い声援が聞こえてきた。ちなみにとっさに思いついた名前っていうのは、渚凪(なな)さんと愛水(えみ)さんの名前から一文字ずつとっただけだ。

 テンションをあげているのは、万が一にもあいつらに疑われないための手段というものである。

 中学の頃の僕とはもうまったくもって結びつかない娘を演じ上げる。

 フォルトゥーナで培った接客技術をありったけ込めてあげようじゃないか。


「池波っていうとあいつと同じだね! これは何か運命的なモノを感じないかい、相棒」

「そうだね、ジョルジュ。けれど僕は君を愛しているさ」

 さて。そんな感じで舞台に立ったわけなのだけど。てっぱんメシの二人は僕のことを放置したまま、抱き合って口づけをしようとしているではないか。うん。ちょいちょいそういうネタがあったから二人の少し怪しい関係というのも売りにしてるのかなとは思っていたのだけど。

 さすがに、目の前でやられると、困惑して口に手を当ててしまう。あら、まぁ、といった感じだ。


「わっ、たんま、ミナちゃんへるぷー!」

 巧巳のお兄さんの相棒が僕に手を伸ばして、泣きそうになりながら言った。

 ううむ。会場はどっと沸いているのだけど、正直この笑いが僕にはよくわからないでちょっとだけおろおろしてしまった。

 いきなり目の前でやられて驚いているというようにも見えるだろうけれども。


 けれども、ネタはネタと踏ん切りを付けているのか、ころっと態度を変えてステージのみんなに向き直った。

「さてそれじゃぁ、ミナさんにはアシスタントをしてもらおう。実はもうこのイベントの為に、僕らへの質問を仕込んであるって寸法だ。この箱から五枚ほど引いて読みあげておくんなせぇ」

 最後にはアシスタントをしてくれたお礼に、僕らへの質問を特別にさせてあげるんで、考えておいてね、なんて彼は言った。


 僕は言われたままに五枚を引き上げ、それから一枚目を読み上げた。彼らはその質問によどみなく答えて、ときおり冗談なんかを交えて場を沸かせた。圧倒的に笑っている追っかけの子達と、ちゃんと笑っている若者と、なんじゃなんじゃとステージを見ている大人とのギャップがなんだか面白かった。

 そして五枚が終わり、最後は僕の質問を告げる時がきた。

 さっきから考えていたことを、なるべく優雅な所作で丁寧に言葉にした。


「私は実は父子家族でしてね、父にはいつも可愛がってもらっています。そんなわけで質問なんですが、あなたにとって家族とはなんでしょうか?」

 お答えをお願いします、と、相方さんの方に答えをお願いした。

 本当は克彦さんにぶつけたかったのだけど、さっきの今でこんな質問をするのはちょっと不躾なのでやめておいたってわけ。


「家族かー、芸人の家なんていうのは、案外七めんどくさいものでありまして。うちの場合はもー芸人になるだなんていったら、拉致監禁。もー上京のバスにものれやしない」

 お笑いブームが来たら許してくれるかと思ったら、どーせ吹いて消ちまうんだからさっさと帰ってこいなんて言われたとか、彼はしょぼんとしながら言った。きっと巧巳も、お兄さんには悪感情を抱いて居るんだろう。


「どーせおいらたちゃぁ理解されねぇ。でもそんなもんはいらねぇんだ。なぁ、相棒」

「ああ、だって、俺にはジョルジュ……お前がいるんだから……」

 うっとりと斜め上の視線でジョルジュこと相方を見上げる克彦さんは、やたらと色っぽくて、この位置から見ると思わずドキンとしてしまった。

「ひぃ、へるぷっ、おーたすーけおー」

 でもすぐにジョルジュは騒ぎ始めて。おきまりとも言える情けないジョルジュの姿は、会場から笑いを呼んだのだった。


 はぁ。お笑いはよくわからないや。

克って字には「兄」って単語が入ってるんやで。

それはともかく、巧巳くんのおにーちゃんが登場!

男の名前がちょっと古いのはこの作品書いたのが十年前くらいだからなんすけどねー!

(だったら、はよ! はようp! という声も解るのですが、大改稿してるのです……)


ただ、次話は早めに上げます。

それと、お笑いコンビの名前、変えたので、こっちでいきます。まーコンビで今後でることはないんですけどね!!

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