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014.お買い物

 コロコロコロコロ。

 軽く、自転車のチェーンが車輪を噛む音が聞こえてくる。

 あれからすぐ家をでて、僕達はスーパーまでの道を歩いている。僕は荷物があるから自転車だけど、巧巳が歩きなので乗っていくなんてこともできずにのんびりだ。


 巧巳は走ってついてくからお前は乗れって言うんだけど、このペースで行ってもタイムサービスには間に合うので断った。

 巧巳の家はうちから二駅離れた所にあるので、移動は電車。まぁ若い男の子ならたかだか十キロに満たないくらいの距離なら自転車で走破するんだろうけど、高低差があったり、ケーキを持っていたりで、彼は電車を使っている。フォルトゥーナに行ったときは、近くまでいけるバスがあるから、それを使ったそうだ。


「あら、榊原さんところの……」

 二人であれやこれや話をしながら先に進んでいると、国道を渡って少しいったあたりで、米屋のおばさんに声をかけられた。小学生の頃ここは通学路だったから、よく朝の挨拶をしたもんだけど、中学からは通学路が変わったのでほんとご無沙汰だった。買い物に行くときはだいたい自転車で一気に行っちゃうから、ホントに話すのは久しぶり。


「こ、こんにちは……」

「ずいぶんと大きくなったねぇ。今日はボーイフレンドも一緒なのかい」

「ボーイフレンドじゃなくて、ただの友達ですよっ」

 おばさんは巧巳の方をちらりと見ながら、なぜか目を細めてとんでもないことを言ってきた。ボーイフレンドって言葉は英語だったら、そんなに深い意味は無いんだろうけど、日本でははっきりいって、恋人の一歩手前みたいなそんな風に使われる言葉だ。


「それに僕は男なんですから、ボーイフレンドだってできるはずがないですって」

「あらまっ、ごめんなさいね。夏都さんの若い頃にそっくりだったからつい口がすべっちゃって」

 悪いことをした、とも思ってない様子で、おばさんは軽く口に手を当てて笑っていた。


「それじゃあ、僕達は買い物の途中なんで……」

 それから二言三言言葉を交わして、僕は会釈をして進み始めた。タイムサービスが迫っているのもあるけど、どうもあのお米屋さんと長話もしていたくないのだ。


「って、あそこは米屋じゃないのか?」

 足早に通り過ぎる僕の隣で、巧巳は慌てたように僕と米屋さんを見比べていた。

 そりゃね、近所にお米屋さんがあるのに、わざわざ遠いスーパーで買い物をするべきではないだろう。


「んー、あそこで買うと親父が嫌がるんだよね。母さんの事も知ってるみたいだから、昔はたぶんあそこで買ってたんだろうけどさ」

 お米の味だけで、ほんともう、ああ、あそこの米だ……とかいってどよーんとするから、銘柄までまるっきり関係のないのに変えたくらいだ。それくらい親父はあそこの店にトラウマがあって、だから僕はわざわざ遠出をして買うようにしている。


「しかし、お前の母さんって、美人だったんだな……」

 巧巳は、ふーんと言いながら、なにやら考えている様子だった。

 って……ちょっと、それ、どういう意味だよ。僕を基準に母さんを美人って言うって。


 それをつっこんだら、巧巳は少しだけしまったなーという顔をしながらも、何も答えずに先に進んだ。

 そりゃさ、綺麗って言われれば多少嬉しくもあるよ。音泉になってるときは可愛いっていわれれば、素直に笑顔がでたりもするよ。でもさっ、十五の男が美人って言われるとやっぱりちょっとどーなのって思っちゃうよ。


「巧巳んところの、ご両親はどんな感じなの?」

 でも僕はカラカラ自転車を転がして巧巳に追いついてから、話題を変えた。さっきからずっとうちの事情ばっかりだから、なんか不公平な感じがしてたしちょうどいい。


「うちは脱サラするほどケーキ大好きな親父と、一般的専業主婦のお袋だよ。どんな人かって改めて聞かれると答えにくいけどな」

 なんだか恥ずかしいもんだな、と彼はぽりぽり人差し指で頬の辺りを掻いていた。

「お母さん……か……」

 そんな巧巳の様子を見ながら、僕はぽつりとつぶやいた。


 時々、どういう人だったんだろうって、思うことがあるんだ。あの倒産すれすれの親父と恋に落ちた人。ちょっと想像がつかない。


「まぁ、もしよかったら、今度うちにも遊びに来いよ。きっとお袋も喜ぶから」

「そうかな……じゃあ、いつか遊びにいくね」

 だからちょっと、よそ様の家の母親というものに憧れを持ってしまう。

 巧巳の申し出にはありがたく二つ返事だ。和人さんと会うとちょっとまずいかなって思うけど、おばさんの方ならきっと平気。


 いまから遊びに行くのがちょっと楽しみだ。職業柄、おばさん方の相手をすることも多いけど、やっぱり、メイドという立場で接するのと、普通の男の子として接するのとちょっと感じが違うもんね。

「さて、じゃーちょこーっとスピードアップするよー」

 にこっと笑いかけると、僕はハンドルを押す手に力を込めた。

 もうちょっとで四時半。タイムサービスの時間なのである。




 カタカタカタカタ、とショッピングカートを押しながら、僕は野菜のコーナーで少しだけ思考を巡らせる。一本の大根が百円。半分の大根は六十円。もちろん一本まるまる買った方がお得だし鮮度だっていいんだろうけど。そんなに消費するだろうか。今日のメニューは焼き魚なので、大根おろし用に買おうと思っていたんだけど、かなりまいった。


「タイムサービスって、急がなくてもいいのか?」

「んー。まだ平気よー。五時まではやってるからさ」

 心配そうにそわそわしてる巧巳の横で僕はまだ大根を見比べながらむーと唸っていた。


 まだ時間は四時半過ぎ。タイムサービス品は逃げも隠れもしないから、別に急ぐ必要なんてどこにもない。

 たぶん巧巳は夕方六時の超激安店のタイムサービスを見て、さぁ急げとでも思っているんだろう。残念ながら、このお店のタイムサービスには、組んずほぐれつの奪い合い、なんてものはない。


 ああいうのは品数限定の、おまけに超破格のお店でだけ成り立つ現象だ。お客さんが殺到して、まさに筋肉をしならせて戦う奥様バトルなのである。たとえばキャベツ一個十円とかなら、誰だって飛びつく。僕だって近くにああいうお店があったら、立派に奥様バトルの仲間入りだろう。


「商品がなくなったら補充も入るし、買いはぐれる事もないってわけ。タイムサービスのシールが貼られてれば、五時過ぎたってその値段だから、そんなに急がなくても平気だよ」

 僕は、悩んだ挙げ句に一本のほうの大根をカートに入れた。みそ汁にでも使えばきっとすぐにでもなくなるだろう。確かに超安売りタイムセールをやってるお店っていうのは憧れるけど、こうやってちょっとずつ悩みながら買い物ができるっていうお店も、僕はありがたいと思う。買いすぎはもちろんしないし、材料だって無駄にはしなくて済む。


 野菜コーナーで必要な野菜をあらかた入れ終えたら、今度はお豆腐。今日は特売で、普段よりも三十円安いから、もちろんこれも買う。

「トナーのとこも、うちと同じ牛乳なんだな……」

 乳製品がずらっと並んでいる所で、酪農牛乳を手に取ると巧巳が言った。

 何種類かあるけど、うちはだいたいこれだ。安い牛乳でも僕は別にいいんだけど、親父がなぜかこれじゃなきゃ嫌っていうんだよね。フォルトゥーナで働く前は、もちろんカットしようって思ってた項目なんだけど、今だったらもう気にせず買うことができる。

 やっぱりお金があるっていいことだなぁ。


「あとは、タイムサービスのお魚さんだね。アユ二匹、てきとーに選んでくれる?」

 そんな実感を噛みしめながら先に進んでいくと、鮮魚コーナーでは、でーんとタイムサービスの札がかけられていた。今日の目玉商品はアユだ。巧巳がちょっと手持ち無沙汰にしているので、ぬるっとした生ものを担当させてみる。

 彼は、ん。とだけ言うと、隣に備え付けられているビニール袋をとって、その中に二尾を入れた。いちおう、魚を見て良さそうなのをとってくれてるらしい。

 いや、魚の目利きって僕はさっぱりできない口なんだよね。というか、魚自体あんまり好きじゃなくて。だって魚って骨も多いし食べにくいじゃない。それでも買うのは、親父がお魚大好きだから。だいたい仕事がない日は魚って決めている。


「ありがとー」

 ぺにょりと、お魚さん達をカートの中に捕獲すると、後はお米を買っておしまいだ。

 カートをカラカラ動かしながら、お米売り場に移動してお米を探す。うちでいつも食べているのは、地元でとれたコシヒカリだ。いつもは五キロしか買わないんだけど、今日は巧巳が運んでくれるっていうから、十キロでいいだろう。


「あれ? たっくん?」

 巧巳にお米の袋を持ち上げてもらうところで、不意に声を掛けられた。

「うわーこんな所で奇遇だねぇ。たっくんも買い物?」

「うわっ、春花ねーちゃん!? ちょっと、勘弁してくれ……」

 巧巳は慌てたようにそう言うと、お米を手放してその声の主の側にずいと寄って、たっくんって言うのはやめてくれーと抗議をしていた。相手の女の人は、えー学校の中だけってこのまえは言ってたじゃない、とおかしそうに笑っている。


 たしか……そう。前に教室にきて巧巳を呼んだ二年生だ。すらっとした長身の、それでいて前髪はがっちりのばされていて、ものの見事に目を覆い隠してしまっている、ちょこっと地味な感じの女の人。


「えと……こんにちは」

 とりあえずただ突っ立ってるだけというのもなんなので挨拶をしてみる。すると彼女はこちらの存在にようやく気付いてくれたようで、巧巳の抗議をあしらってこちらに近寄ってきた。


「こんにちは。えっと……たしか、榊原くんだったっけ?」

「え? なんで……」

「この前教室に行ったときに、たっくんに聞いてあったからさ」

 だからたっくんはやめろぉ~~と、巧巳が後ろの方で呻いているモノの、僕達二人は見事に黙殺だ。彼女ははきはきと自己紹介を済ませると巧巳を手招きした。


 彼女は、西島春花といって、巧巳の近所のお姉さんなんだそうだ。小学校とかも一緒に登校していたし、家族ぐるみの付き合いみたいな感じらしい。

 全体的な見た目の雰囲気とは違って、しゃべり方は結構活発な感じ。そんな彼女は巧巳にちょっとお小言をいうと、先程放り出してしまった僕のお米をカートに入れさせる。


 巧巳が適当にあしらわれてるのなんて、初めて見た。なんだか、かわいい。

「五時……か。良かったら、ちょっとおしゃべりしていかないかな?」

 彼女は自分のカートにお米の袋を載せると、僕にスマイルを浮かべながら、そう言った。

月一回はアップしようと思っていた頃が私にもありました……

ごめんなさい! 大変おまたせいたしました。

現物はあるんだから、推敲してアップしとけばよかったっす。

ええと、まあ、まったり行こうかと思ってます。次は一月以内に……

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