015.巧巳の幼なじみ
「で、なんで、春花ねーちゃんがこんな所にいるんだよ」
紙コップに入れられたコーラを弄びながら、巧巳は不満そうな声をあげていた。
このスーパーには簡易的な喫茶コーナーが設けられてあって、セルフサービスでドリンクが飲み放題だったりする。150円。まぁ、喫茶店なんかに入るよりは断然安いけど、貧乏人すれすれの僕としてはちょこっと抵抗のある金額。でも今日くらいはいいやって思って、テーブルについた。
「お米はここって決めてるの。ほら、飯村さんちのお米ってここでしか買えないから」
巧巳の家は電車で二駅先の住宅地にある。春花さんの家もその近くっていうならそりゃ確かに買い物にここまでくるのは不思議だ。
彼女は先程買ったスーパーの袋から、どさっと茶色い米の袋を取り出して見せた。袋には、幻の米、とかいう控えめなんだかアピールしてるんだかよくわからないロゴが入っていて、端には生産者、飯村と書かれてある。
「米なんて、どこでも一緒だろう?」
「わかってないなぁ、たっくんは……お米って銘柄でかなり味が違うんだぞ。飯村さんちのは、甘みがあって、ねっとりしてて、いい香りがするんだからね」
「だからーたっくんはやめてくれー」
ひぃ、といいながら、巧巳は頭を抱えた。別にたっくんでもいいと思うのに、なんでそんなに恥ずかしがってるんだろう。
「巧巳がケーキ作るときに素材選ぶのと同じ事だよ。そうだっ、今度はお米でケーキとかつくってよ。新米シーズンに合わせてさ」
「あのなぁ……素材の配合にどんだけ試行しなきゃいけないか……わかっていってるのか?」
「だからほら、夏休み徹夜しまくって、がんばってよぅ」
「……余裕あったら……やってみる」
がくんと肩を落として、巧巳はコーラを飲み干した。
まだまだ若いんだから徹夜の二十や三十くらい別に平気だよね、うんうん。
「悪い、ちょっとトイレ行ってくる」
それから少しして、巧巳は席を立った。
飲み物飲めばそりゃ、トイレにも行きたくなるよね。
「巧巳のあんな顔みたの、はじめてだなー」
二人きりになって、最初に口を開いたのは、春花さんの方だった。
口元だけで軽く微笑するのがなんだかすっごい大人っぽく見えて、ドキリとさせられる。なんだろう。たった一歳しか違わないのに、こんなに自分と違うなんてと言った感じ。音泉にはこんな大人っぽさなんて微塵もないから、余計にほーっとさせられてしまうのだ。
「ほらあいつさ、中学の頃からケーキづくり始めて、趣味っていったらひたすらケーキで。運動とかもろくにやらなかったし、ひたすらケーキつくってて。しかもあいつったら、それがおかしいことだなんて全然わかってなくてさ。女子にはとんでもなく人気あったんだけど男には人気無くってね。だから高校で男友達ができたって聞いて、ちょっと安心したんだよー」
まぁ高校にもなればケーキ好きでも誰もなにもいわないけれどね、と彼女は付け加えた。そりゃまぁ僕も似たようなもんだから、彼女の言い分はよくわかった。
僕の中学校時代だって見たとおりの女顔だし身体だって小さかったし、男友達って全然いなかった。おまけに巧巳みたいにケーキで女心を掌握するなんてこともできなくて、ほんともう忘れたいくらい最悪な日々だった。
やっぱりこう成長途中の男にとって、女っぽいっていうのは侮蔑に値することなんだと思うんだ。女は自分より一段下みたいに思っている、どっかのボスザルみたいな子がクラスに一人や二人はいて、他の子はその子に引きずられるようにして、女性蔑視に明け暮れる。ジェンダーフリーだなんだっていっても、やっぱりそういうのって無くならないんだよね。家庭科が得意な男の子とか音楽が得意な男の子とかって、だいたい他の男からいじめの対象になっちゃう。
まあ、今では、ちょっと異性との違いに戸惑ったあげくの暴走かな、なんて思ったりもするけど。
「今はもう、クラス中で結構人気者ですよ。そりゃ女子にもてもてだから反感はありますけどね」
「やっぱりもててるのか……」
「もててるのは、巧巳のケーキなんですけど」
あはは、と彼女から笑いが漏れた。僕の実感としては、ほんとにそうだ。みんな巧巳本人というより、その手のひらにあるケーキに悶えてる感じがする。
「そりゃあいつのケーキ美味しいから。まさに天才。ってね」
「俺のいない間に、どういう噂してるんだよ」
そんなところへ巧巳が戻ってきた。途中から話を聞いていたのか、不満げな声をあげている。
「えーそれは、ほらー乙女の秘密ってやつで……」
春花さんは笑いながら僕の肩を掴むと、顔を近づけて秘密会議みたいな様子をつくりだした。
「って、僕は乙女じゃないですよ!」
僕はそれからやんわりさけて、言う。
もう。いくら私服だからって、乙女の仲間に入れないで欲しい。
「まぁぶっちゃけこう、巧巳のケーキはおいしいぞ、さぁ、徹夜でしこたま新作つくれって話なわけ」
「俺には休息もなにも無しですか……」
「無し無し。もー早いところ、ちゃっちゃと新作をつくってつくって」
「そうだよ、ああ、せっかくだから、さくらんぼのケーキ食べさせてあげればいいじゃない。幻の限定品」
「ええーそんなのあるの!? ちょっとたっくん。おねーさんを差し置いて、そんなもん作るとは許せないなっ」
「あれは、その……えと……はい。わかりました、今度お持ちします」
どよーんと再び肩を落として巧巳は肯いた。もうホント、巧巳ってば春花さんには弱いよね。
「しかし、ほんとに美味しかったなぁ……さっきのケーキ……」
ああ、今思い出してもヨダレがでる。もう今年はあれを食べられないかと思うと、かなりしょんぼりだ。でも他にも何種類か残ってるから、あとでゆっくりといただこう。
「そんなに美味しかったんだ? いいなぁ、あたしも早く食べたいなぁ」
「あったくもう、そんなに食べたいなら、フォルトゥーナいきゃいいじゃん。メイドさんもセットで五百円ぽっきりだぞっ」
「「それは、むりっ」」
僕達二人の声が見事にハモった。
巧巳の言い分は至極もっともなんだけど、絶対僕がフォルトゥーナに行く事なんてできないんだ。どうあがいたって無理だ。
でも、僕はともかくにして、春花さんまでダメって言うのはなぜなんだろう。
「つまりこう、いつまでも俺の所にタカリに来ると……そういうことか……」
でも巧巳がしょぼんと再び肩を落として、気の抜けはじめたコーラの残りを飲み干しているのを見ると、なかなか春花さんに質問する空気というのにはならなかった。無理につつくとやぶ蛇になりそうなのだ。
「そーいうこと。まぁケーキ持ってきてくれれば、飯村さんちのご飯食べさせてあげるから、それでチャラでいいじゃない」
そんな姿にさすがに見かねて、春花さんはほれほれと幻の米を見せながら言った。
ご近所さんって、こういうときやっぱり有利だよね。
「しっかし、そこまでして買う米とはどうも……」
「まぁ重いし今まではほんとに時々しか買いに来なかったんだけどね。仕事帰りだし丁度いいやって」
「仕事!?」
「おっと、しまった」
いけないいけないと、彼女は軽く舌を出して見せた。
そりゃ仕事してるだなんていくら何でも言っちゃいけないよ。僕達の学校はアルバイト禁止なんだから。
「聞かなかった事にするってことで」
僕は合いの手を入れてアイスティーを口に入れる。まぁ今時アルバイト禁止の学校の方がおかしいくらいだ。若い頃から社会に触れた方が絶対プラスになると思うのに、うちの学校は未だに学業の支障になるとしてこれを禁じている。
「いやぁ、さすがトナちゃんはわかってるなぁ。公認で働けるたっくんとは違って。しがない女子高生が金銭を手に入れるには大変なのだよ」
うんうんと肯いて、彼女はお代わりのオレンジジュースを取りに立ち上がった。
ここは完全セルフサービスなので、僕も彼女に続いてアイスティーを取りに行く。もちろんコップの洗い場なんてなくて、別の種類のにすると、飲み物が混ざるので最初に決めたら永遠にその飲み物だ。
「春花さんはなにか欲しいものとかあるんですか?」
席に戻って尋ねると、彼女はん~と悩みながらそれでも答えてくれた。
「これといって欲しいモノっていうのはないんだけど、なんかこういろんな世界を見たかったんだな」
欲しいモノっていったらだいたい両親が買ってくれちゃうしねぇ、と少しだけ迷惑そうに春花さんは笑った。うーん、やっぱり借金苦に揉まれてやむなく女装してメイド喫茶で働いてるなんて人は滅多にいないもんだね。
「トナちゃんは、バイトとかはしないの?」
「僕は質素倹約でなんとかやってる感じですねぇ。なるべくならいい環境で親父を迎えてやりたいし」
「こいつ、家事全般きりもりしてるんだよ」
ぽん、といつもみたいに巧巳が僕の頭の上に手をのせる。
最近こういう事って無かったけど、久しぶりにされるとなんだか恥ずかしい。
「へぇー。えらいなぁ。将来はいいお嫁さんになりそう」
「だーかーらー、お嫁さんは……」
今日はなんだってこう、女の子扱いされまくるんだろう。いつもはそうでもないのに、巧巳と一緒にいるとこんなことばかり言われる。
「女の子もやっぱりお嫁さん欲しがるんだよねー。家事全般やってくれる夢の存在、お嫁さん! これをゲットすればもう、あんな大変な家事からは解放される!」
「俺は、メイドさんの方が欲しいけどな……」
「うわっ、たっくんがすごいエロイこと言ってるー」
「えろくない、えろくないからっ」
少し悩み込みそうな僕の隣で二人は漫才を繰り返していた。
「しっかしメイドっていうと格調高いけど、家政婦っていうとおばちゃんっぽく見えるのは何故なんだろうねぇ。両方とも家事全般を取り仕切ってるのに違いないのに」
「それはヨーロッパの金持ちが、エロかったからに他ならないんじゃないか? なんか若くてきれいな子ばっかりってイメージあるじゃん」
「まーそうねぇ。あとは、階級制度ってのがあったから、ってのが正解かな。生まれつきメイドはメイド。貴族は貴族ってね。そしてきっと、あれよ! メイドは制服があるからエロさが倍増して、こーなんかもわもわと、果てしない妄想空間が……」
「なんか春花さん……悶えてる……?」
両肩を抱きしめてガクガクいっている春花さんの脇で、僕はひそかに巧巳に尋ねた。
「昔から可愛いものとか制服とかに目がない人でな。そのくせ自分じゃ素顔晒すの嫌だとかなんだとかいってんだよ。変な人だろ?」
「そこっ。ちゃんと聞こえてるんだからね!」
ぺちんと巧巳はおでこを叩かれていた。結構いい音がでて巧巳は情けない声をあげている。なんだか春花さんのキャラクターが少しずつ崩れ始めているみたいだ。最初は元気なおねーちゃんって思っていたのに、どんどんおかしい方向に進んでいる。
「そうですよー。あたしは可愛いものが大好きなのだ。だからメイド服もうちの学校の制服も大好きなんだけど。でも、自分がやるのはちょーっとイヤなんだな」
「そうなんですか」
「いやっ、そこは、ほら! なんで!? って聞いてくれないと話が続かない」
「え、えと……その……なんで、なんですか?」
それでよろしい、と肯いて、春花さんは満足して話を続けた。
「自分でやったんじゃ自分が見れないからよ。可愛いものは外に求めなきゃ。その方がぜぇったい人は幸せになれると思う」
まぁ彼女の言い分は確かにわかる気がする。やっぱり可愛いものが周りにあると和むし、リラックスできるよね。そう思ってる人がみんなフォルトゥーナにきて、ご奉仕されるんだと思う。僕もお店の中ではリラックスしまくりだ。
「おっと、もう五時半か……そろそろお暇しようかな。さすがに帰らないと両親が心配するし」
そんな話をしていると、春花さんは慌ただしく残っていた飲み物を飲み干して、くしゃっと紙コップを潰した。
バイトは許可してくれたけど、仕事が終わったら早く帰るのが条件なんだって言って、彼女は苦笑した。せっかく友達になったのに、こんな少ししかしゃべれないなんて残念と肩を落とす。
「えーっと、トナちゃん! せっかくだから、携帯番号交換しておこう。たまには遊びに誘いたいしね」
もちろんLINEでもいいのだぜ! という彼女の笑顔にこちらはいささか苦笑気味だ。
「えっと……その……」
「あーこいつ、スマホどころか、ケータイすら持ってないから、無理だよ」
言いにくそうにしていたら巧巳が代わりに答えてくれた。今の時代、携帯電話を持っていない高校生なんてほとんどいないんじゃないかって思えるくらいだけど、残念ながらここにそんな希少生物がいるのである。中学の頃はあんなものを持つ必要性なんてものは皆無だったし、高校でだってまずスマホを持つという発想にならなかったんだよ。そりゃ、あのまま何ヶ月か経てば、あのクラスになら馴染めただろうし、連絡手段を使うようなことにもなったんだろうけど、六月の親父の事件があってからそんなお金の無駄をするわけにはいかないということで、無駄なものとして排除した。
それから仕事を始めて千絵里オーナーから預かっている携帯はあるんだけど、これは音泉が持っているのであって灯南が持っているわけではない。クラスメイトにも教えていないし、こういう場には持ってきてもいない。完全にフォルトゥーナ専用回線である。
「じゃー家の電話でいいや。私のはこの番号」
おっほー、これぞ昭和なやりとりなのかねぇなんて、揶揄されたものの。
彼女はバッグの中から取り出したメモ帳を一枚ちぎって、番号とメールアドレスを書いて僕に渡してくれた。その代わりに僕も家の電話番号を教える。彼女はそれを書くと、満足そうに笑った。
「夏休み中、一回くらいは遊ぼうよ。都会に出てもいいし、田舎に行っても良いし」
「そうですね、じゃあ予定たったら電話してください。ちょっと僕も出かけてることとかあるんで、繋がらないこともあるかもですけど」
その時は留守番電話でなにか吹き込んでおいて下さいと、僕はお願いした。
実を言うと、我が家の電話にもしっかりと留守電機能がついているのだ。去年新しいのに買い換えたばかりなので、留守電機能とかファックス機能は結構充実しているつもり。こー携帯ばっかりが普及すると、相手はいつでも出て当たり前って思いがちだけど、本来はこうやって留守で出られないってこともあったんだよね。その為の留守番電話機能なんだから、是非ともちゃんと使って欲しいと思う。
「おっけー。そいじゃー今日はこれにてお開きということで。それじゃ、またねー」
彼女はそういうと、手を振りながらスーパーの外へと消えていった。
「さて、じゃーたっくんには、お米を運んでもらいますかねー」
「だーからー、たっくんはやめろって言ってるだろー」
残された僕は、とりあえず巧巳をからかって笑ってから、荷物を持ち上げた。膨れているものの、巧巳もちゃんと十キロのお米を担いでくれている。結構ほっそりしてるから力なんて全然ないんだろうと思っていたのに、しっかりと彼はお米を自転車の荷台の上まで運んでくれた。ここまでくればもう、これをくくりつけて前のカゴに買い物袋を入れて押しておけばいいだけの話だ。
「じゃ、いこっか」
「俺が、押していこうか?」
「ん? いいよいいよ。この自転車使い慣れてるし、重くないからさ。巧巳は歩いてついてきてくれればいいよ」
さすがにこれ以上彼の手を借りてしまうのも申し訳なくて僕は断った。普段だってこれくらいの荷物を載せて自転車を漕ぐことだってあるんだから、全然問題ない。
「しかしだな……」
「じゃーかえるよー」
まだもそもそ言っている巧巳を置き去りにして、僕は歩き出す。
夏を迎えるこの季節の夕陽が嫌になるくらい赤くて、僕は目を細めながら自転車を転がした。
やだもう! 気がついたら11月じゃないのよぅ! もうもうもう。と大人時間が切ない。
はい。月一でいこーとかいってましたが、こんな体たらくです。
で、でもいちおう続きをアップです。
はるかねーちゃんと、となっちのやりとりがまだ、女子同士ノリではないのが、普段「あれを書いてる」身としては新鮮です。
あと、スマホの取り扱いが悩ましいです。この話かいてたの八年前とかなので、スマホなかったですし! でもパケットとか料金の関係で、フォルトゥーナのめんめんは「ケータイ」を持たされています。ま、みんな真面目だから大丈夫!
そして、次回は早めに……あげられるといいなぁ。とほほ。




