第十一話 アニマルズも健在
空港に迎えに来たダビさんと裕章さんに見送られ、タラップをあがり政府専用機に乗り込む。機内に入る直前に振り返った。
「これが、総理大臣さんが見ている光景なわけね。なかなか貴重な体験だわ……見えるのはコンクリートばっかりだけど」
そうつぶやくと、入口で待機していた女性自衛官が噴き出す。そして慌てて咳ばらいをすると、仕事用の顔つきに戻った。
「写真が撮れないのが残念ですわ。娘達が喜びそうなのに」
「申し訳ありません。機内での撮影は原則禁止になっていますので」
「政府専用機ですものね」
「はい」
言われてみれば当然のことだ。この航空機は民間機ではなく日本政府の航空機で、政府要人が乗り込む機体なのだから。
「時間がありましたら、担当に言って写真を撮らせますが?」
「もし良ければ、お食事だけでも撮らせていただけます? 娘が興味津々なもので」
「承知しました。責任者に伝えておきますね」
裕章さん達に手をふると、機内に入った。普通の旅客機なら座席が並んでいる場所は、たくさんドアがついている壁だった。それぞれが様々な用途で使われる部屋になっているとのことだ。
「南山先生と栗林先生の部屋は、患者さんの部屋の隣です。お食事もそちらに運ばせていただきますね」
「回診は自由にやらせてもらっても?」
「はい。お二人の判断にお任せするようにと、上から言われています」
さっそく栗林先生と一緒に、それぞれの部屋を確認する。山崎一尉はまだ眠っているが、あとの二人は意識もはっきりしている状態だ。日本ではリハビリに力を入れることになっている。
『ご気分はどうですか?』
『軍の輸送機とは比べものにならないぐらい快適ですね。ベッドから出られないのが残念です』
『しばらく家族と離れて寂しいでしょうけど、がまんしてくださいね』
『戦地に行くことを思えば、どうということはないです。キャプテン・ヤマザキの容体はどうですか?』
二人からは元軍人らしい返事が返ってきた。
「栗林先生と山崎一尉がまさか同級生とは」
最後に山崎一尉の様子を診ながら、横に立っている栗林先生に話しかける。自己紹介の時に聞いたのだが、二人は山崎一尉の奥様を含め、高校の同級生なのだとか。
「自分が無理を言って、今回のフライトに参加させてもらったんですよ。日本で待っている山崎の嫁さんも、知っている人間が一緒のほうが安心でしょうから」
「奥様の体調は大丈夫? 妊娠されているのよね?」
「今のところは。何かあったら、こいつと同じ部屋に入院させますから御心配なく」
栗林先生がニヤッと笑った。
「しかし、こいつの悪運もたいしたもんです。腹部の傷、血管の横を弾がかすめたって聞きましたが」
「心臓はスマホが盾になってくれたし、山崎一尉は本当に強運の持ち主ね」
「昔からそういうところがあるんですよね、こいつ。あやかりたいぐらいですよ」
「先生がた、そろそろ離陸の準備に入ります。しばらくこちらの席へお願いできますか?」
部屋の外から、さきほどの女性自衛官の声がする。どうやらこの人が、日本に到着するまでの私達のお世話係のようだ。
「わかりました」
部屋を出るとその人についていく。
「……あれはなんです?」
窓の横に、見たことがあるものがぶら下がっていた。あれはどう考えてもテルテル坊主だ。私が指をさした先を見て、女性自衛官がほほ笑む。
「好天になるようにとのゲンかつぎですね。航空祭でぶら下げているテルテル坊主なんですけど、今回のフライトでも効力を発揮してくれたみたいで」
「ああ、なるほど」
「今のところ大きな天候の崩れもみられませんし、機長によると、定刻通り日本に到着するとのことです」
愉快な顔をしているテルテル坊主をのぞき込みつつ、案内されたシートに落ち着いた。シートベルトの着用など離着陸時の機内の対応は、民間の旅客機と大して変わらないらしい。
窓の外を見ていると、飛行機が動き出したのが分かった。ここから半日。患者さん達は落ち着いているが油断はできない。いつもどおりのパターンで回診をしたほうが良いだろう。山崎一尉のことは、栗林先生に任せて良いかもしれない。
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『政府専用機って初めてだけど、広くてお部屋がいっぱいあるねー』
『貨物室行きにならなくて良かったよ』
『あとで皆で探検しなきゃ!』
機内にいる人間達、そして怪我人の様子を診ていた御主人様がようやく眠った後、ベッドの足元に集合した。今日の集会は政府専用機で行われることになったのだ。
『本当に大変だったねー』
『壷君、また壊れちゃったね』
『張り切りすぎなんだよ、壷君とお面君は』
『お面君なんて味方に燃やされそうになったし!!』
今回の事件は本当に大変だった。公邸に追っかけてきた連中は、前とは段違いのすごい武器を持っていて、壷とお面をおとなしくさせるのが大変だった。それでも最後はドサクサにまぎれて大暴れをして、壷は粉々、お面は危うく灰になりかけた。
『僕達だって大変だったよ』
『まったくだよ、僕の頭、山崎君を助けたせいではげちゃったし!』
今も眠っている山崎一尉の腹に命中した弾丸。ご主人様によると大きな血管をかすめていたそうだ。かすめただけですんだのは、ハコフグが山崎一尉の前にいたからなんて、ご主人様をふくめ人間達は誰も知らない。
『そんなこと言ったら、僕のシッポもちょっと短くなっちゃったよ!』
『僕はクチバシ!!』
そう声をあげたのは招き猫とペンギンだ。山崎一尉と一緒に日本に行く二人の警備員が助かったのは、この招き猫とペンギンのお陰だということも、人間達は知らない。
『まったくねー、もう僕達も年なんだから、あまり無茶したらダメだねー』
『ご主人様と一緒にいるとこんなことばっかだよ』
『これってご主人様のせい? そんなことないよね? 日本に帰ったら平和になる?』
『そんなことない気がするー。それに何も起きないのってつまらなくない?』
『それは言えてるねー』
『でも年には勝てないから、これからはもう少し自重しないと』
『ねえ、見て見て!! こんな子がいた!!』
カモメがはしゃぎながら、なにか白いヤツをつかんで飛んできた。
『なんや、自分ら、なにもんや!! ここは政府専用機の中やぞ?!』
白いヤツは、アニマルズに囲まれひるんでいる。
『君こそ、なにもの~?』
『わいはテルテル坊主さんやぞ、知らんのか?』
『ああ、よく運動会とか旅行の前にぶら下がるヤツだ!』
『そうや! 今日のお天気もわいのおかげでカンカン照りや!』
テルテル坊主が偉そうにふんぞり返った。
『お天気だから飛行機が揺れないの良いねー』
『ねえ、もしかして君、ここの中、くわしい?』
『なんでや』
『探検するからに決まってるじゃん! くわしい子がいるほうが助かるし』
『そうそう、迷子になったら大変だからねー』
『探検するんかいな……』
テルテル坊主がイヤそうな顔をする。
『するんだよー! じゃあ今日の会議はこれで終わりにして探検タイムだよー!』
ハコフグの声にいっせいに歓声があがる。
『じゃあ案内を頼むねー、テルテル君』
『……妙な連中が来たもんや。かなわんで』
『妙な連中じゃないよ、僕達アニマルズは大使館でも大活躍なんだから!!』
そうだそうだと声を上げながら部屋を出た。
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「……久し振りに変な夢を見た気がする」
時計のアラームを止めてご主人様が目を覚ましたのは、それから2時間後、僕達が探検を満足してしばらくしてからのことだった。




