7
戦場だった。
魔族との激戦。
王直属部隊と魔族の精鋭が真正面からぶつかり、爆発音と剣戟が絶え間なく響く。
「左翼押せ! 後衛は結界維持!」
隊長の怒号が飛ぶ。
「了解!」
レオは笑いながら魔族を蹴り飛ばした。
「はいはい、次いこー!」
その時だった。
敵の将が、不意に詠唱を切り替える。
「……っ、隊長!!」
副隊長が叫ぶ。
「避け――!」
遅い。
巨大な漆黒の槍が、一直線に隊長へ放たれた。
避けきれない。
そう判断した瞬間。
「よいしょ。」
軽い声と共に、一つの影が割り込んだ。
「レオ!?」
槍はそのままレオの身体を貫いた。
鈍い音。
一瞬、時間が止まる。
「……あ。」
レオ自身が、一番驚いたような顔をした。
口から血が零れる。
「レオォォォ!!」
隊長の怒声が響いた。
次の瞬間、隊長は目の前の魔族を力任せに叩き潰し、レオを抱き止める。
「おい!」
「へへ……。」
レオは苦しそうに笑った。
胸を貫かれ、血が止まらない。
「いーじゃん。」
咳き込みながら、それでも笑う。
「隊長じゃなくて……僕なんだからさ〜。」
「喋るな!」
「僕のほーが若いし……。」
また血を吐く。
「治りも……早いし?」
隊長の表情が凍りついた。
「……医療班!!」
「今向かっています!」
副隊長が結界を展開し、周囲を守る。
隊長はレオの傷口を押さえる。
止まらない。
血が、指の隙間から溢れていく。
「隊長。」
「喋るなって言ってる!」
「そんな怒んなくても……。」
「怒るに決まってんだろうが!!」
戦場中に響くほどの怒鳴り声だった。
レオは目を丸くする。
「お前……!」
隊長の声が震える。
「なんで前に出た!」
「え?」
「なんで庇った!」
「だって。」
本当に不思議そうだった。
「隊長死ぬじゃん。」
「だからって!」
「僕なら平気だし。」
「平気じゃねぇ!!」
隊長が怒鳴る。
「見ろ!」
レオの胸を指差す。
「これのどこが平気なんだ!」
「えー。」
レオは困ったように笑う。
「痛いけど。」
「そういう話じゃねぇ!」
「僕、丈夫だし。」
「丈夫でも死ぬ時は死ぬ!!」
レオはきょとんとした。
「……死ぬ?」
「当たり前だ!!」
隊長は歯を食いしばる。
「お前、自分が死なないとでも思ってんのか!」
「いや。」
レオは首を傾げた。
「死ぬよ?」
あまりにも自然な返答だった。
「いつか。」
「……。」
「どうせみんないつか死ぬし。」
その言葉に。
隊長の中で、何かが切れた。
「ふざけるな。」
低い声。
「隊長?」
「どうせ死ぬ?」
もう一度。
「ふざけるなって言ってんだ。」
レオは初めて、その声に怯んだ。
隊長は普段怒鳴る。
でもこれは違う。
静かだった。
静かすぎて、怖い。
「お前。」
隊長は血だらけのレオを抱えたまま睨む。
「それは自分の命を粗末にしていい理由にはならねぇ。」
「……。」
「若いから?」
「……。」
「治りが早いから?」
「……。」
「俺じゃなくてお前だから?」
隊長の拳が震えている。
「そんな理由で、自分を投げ出すな。」
レオは黙って見つめる。
「お前は!」
隊長は叫んだ。
「俺が拾った時より、何年生きたと思ってる!」
「……三年?」
「三年だ!」
「たった三年。」
「たったじゃねぇ!」
隊長の声が掠れる。
「三年も生きたんだ!」
「……。」
「お前が『まだ面白い』って笑ってた、その三年全部、お前の人生だ!」
レオは何も言えない。
「俺はな。」
隊長は目を逸らさない。
「その三年を無駄にするために、お前を拾ったんじゃない。」
「……。」
「国益だから拾った。」
「うん。」
「危険物だから拾った。」
「うん。」
「面倒だから拾った。」
「うん。」
「……でも。」
隊長は息を吐く。
「今は違う。」
レオが目を瞬かせた。
「お前が死ぬのは嫌だ。」
その一言だった。
レオは固まる。
「……え。」
「嫌なんだよ。」
隊長は言い切る。
「部下だからとか、戦力だからとか、そんな話じゃない。」
「……。」
「お前だから嫌なんだ。」
レオの思考が止まる。
そういう言葉を。
真正面から向けられたことがなかった。
「隊長……。」
「二度と。」
隊長は額をレオの額へ軽くぶつける。
「二度と『僕でよかった』なんて言うな。」
「……。」
「お前がいなくなるくらいなら。」
隊長は苦笑した。
「俺が怒鳴られる方が百倍マシだ。」
その時だった。
「医療班です!」
治癒術師たちが駆け込んでくる。
「搬送します!」
「頼む!」
担架へ移されるレオ。
その途中。
レオは隊長の袖をちょん、と掴んだ。
「……隊長。」
「なんだ。」
「ごめん。」
素直な謝罪だった。
「怒らせるつもりじゃなかった。」
隊長は大きく息を吐く。
「知ってる。」
「……。」
「だから余計に腹が立つ。」
レオは少しだけ眉を下げた。
「僕。」
しばらく考えて。
「自分が死ぬの、あんまり怖くないんだ。」
「……ああ。」
「でも。」
ゆっくり笑う。
その笑顔は、いつもの無邪気な笑顔ではなく、少しだけ照れくさそうだった。
「隊長に嫌だって言われるのは。」
ほんの少しだけ声が震えた。
「なんか、嫌だった。」
隊長は目を閉じる。
「……そうか。」
「うん。」
「だったら覚えとけ。」
隊長は担架の横を歩きながら言った。
「俺はこれからも嫌だと言い続ける。」
「何回でも怒る。」
「何回でも止める。」
「お前が『僕でよかった』なんて言うたびにな。」
レオは小さく笑った。
「……そっか。」
その笑顔は、以前なら「面白い」で終わっていたものとは少し違っていた。
怒られるのは好きじゃない。
でも。
自分が傷ついたことを、本気で怒ってくれる人がいる。
その事実は、不思議なくらい胸の奥に残った。
担架で運ばれていくレオを見送りながら、副隊長は静かに呟く。
「隊長。」
「……なんだ。」
「彼、あなたの言葉だけはちゃんと聞いていますよ。」
隊長は苦く笑う。
「だったら最初から無茶するなって話だ。」
「ええ。」
副隊長も苦笑した。
「ですが今ので、少しは変わるでしょう。」
隊長は担架の先を見つめる。
「変われ。」
誰に聞かせるでもなく、静かに言った。
「今度は、自分の命も大事だと思えるくらいには。」




