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糸を紡ぐと願いになるのかもしれない  作者: 色彩和


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第六章 最初の依頼――完成

 Ⅰ


 穂希が取り出したのは手まりに普段つけている金具やビーズ、それからそれらをつけるために必要な道具であるペンチなどであった。一気に机の上が埋まっていく。まるで商品を並べているかのようであった。

「先ほどよりも多くの道具を使うのですね」

 月読命が感心しながら顔を覗き込ませてくる。目を輝かせて告げるその姿は、まさに無垢な子どものようで。

 穂希は頷いた。

「金具の種類や飾りの種類は多めに揃えているほうだな。手まりをキーホルダーにしたりとか、ネックレスや簪などの装飾品にしたりとか、結構完成形は様々だな。一番多く作ったのは、キーホルダーかな。金具の大きさによってバランスも変わってくるし、ビーズに対して使用できるものも変わってくる。穴の開き方とかつけ方とかな。あとは金具の太さとか長さかな。それだけでも変えると違いが出てくるし、イメージに沿った飾りがつけられるかも大きいかな。今は全部出しているけど、これも選別していくぞ」

 穂希は説明しながら、自分でもイメージを固めようと再認識する。

 実際、手まりと一緒につける飾りだけでもかなり印象が変わってくるのだ。

 そして、自分のイメージ通りになるか、イメージと違いが出てくるかの違いは大きい。それに、バランスも重要となってくる。

 手まりは、いわば一つの「作品」だ。だからこそ、一つでも妥協はしたくないのである。

 穂希は、最初こそそこまでビーズや金具にこだわりがなかった。気に入った物だけ購入して使用できれば良い、それぐらいにしか思っていなかったのである。

 だが、作り始めてしばらくした頃、ようやく自分の作りたいものができ始めた頃に穂希の中で「こだわり」の感情が強くなった。

 手まりと一緒に着ける飾りも、手まりをつけるために使用する金具も、その金具をつけるための道具も。

 穂希自身、ここまで「手まり」という沼にどっぷりとはまることになるとは思ってもみなかった。興味本位で本を手に取って始めて見たが、ある程度楽しめるだろう。それぐらいの感覚でいたのである。

 だが、蓋を開けてみたらどうだろうか。予想と反して穂希はのめり込んでいた。手まりを作れば作るほどハマっていくし、こだわりは最初よりも全体を通して強くなっていく。次の作り方や初めて作る作り方をすぐに調べるし、糸の種類や糸の色も徐々に増えていった。

 糸ですら最初は百均ショップで良いかと考えたぐらいだ。どれぐらい使うかも分からないなら、最初は安くて良いかと考えたのである。

 だが、実際に使ってみると違うことが分かってしまった。手芸店で購入した刺繍糸と百均ショップで購入した刺繡糸を見比べた時から大きな違いが見て取れた。

 光沢の出方が違ったのである。

 また、解いた時にも解けやすさが違って、あれ以来穂希は百均ショップで刺繡糸を購入することはやめてしまった。ビーズなどは手頃で使いやすいため、百均ショップで購入することが多いが、糸だけは必ず手芸店で購入するようにしていたのである。

 話はそれたが、それもあって穂希の手元にはかなり手まりのために集められた材料や道具が揃っていた。

 ハマるって、すごいな……。

 穂希は自分のことながら、他人事のように思ってしまった。

 だが、それだけ穂希を手まりは虜にしてしまったということ。

 穂希を引き込んだ世界観。

 穂希の中で充実している大切な時間。

 より充実するために、こだわりを持って、必要なものを揃えてバリエーションを増やしていく。

 穂希はさらに手まりの世界へと引き込まれていくことだろう。まだまだ魅力が尽きない。作り方だってすべてに挑戦できていないのだ。

 穂希の中での興味が尽きない限り、彼女はこの世界観から抜け出すことはないはずだ。

 地道に集めてきた材料や道具たちを見ながら、「さて、」と穂希は気合を入れなおす。先ほど製作した手まりを自分の目の前に置き、イメージを湧かせて固めていこうとする。

 穂希の中で金具の色だけは決めていた。

 金具は金と銀の二種類が用意されているが、手まりの帯を金の糸で製作したため、金具も金にする。それだけは即決していた。

 金具は丸カンや九ピンなど、基本的にアクセサリーを作る際に必要なものは一通り揃えてあった。すべて金と銀の二種類を揃えてある。どんな手まりを作ったとしても、金具が合わせられるようにと数も豊富に揃えているため、抜かりはない。

 手まりには、「Tピン」と呼ばれる金具を通せば良いだろう。あとは丸カンを使用して、キーホルダーなり根付なりにつけて落ちないようにしっかりと金具を締めておけば問題ない。

 ここまで考えて穂希ははたとあることに気が付いた。

「……月読命、確認なんだが、手まりはキーホルダーの形でも良いのか? お守りとするなら根付のほうが良いのか? もしくは、紐、とか……?」

「そうですね……」

 月読命はふむと頷いてから思案する。顎に手を添えて考える姿が様になっていたが、穂希は何とも思わなかった。

 強いて言うなら、「本当に世の女性を魅了していそうだな」という感想だけである。

 月読命はしばらく黙り込んでいたが、それも一瞬のことで。すぐに二コリと笑いながら口を開いた。

「穂希さんにお任せします」

「おい」

 月読命の回答が投げやりな感じがして、穂希は怒りを露わにした。低い声でただ一言返しただけで、月読命にはきちんと伝わったらしい。

 月読命はすぐに否定した。

「そういう意味ではなくてですね! 細かいことを知らないというのもそうなのですが、いまいちキーホルダーとかを分かっていなくて……」

 尻すぼみになる彼の言葉に、穂希は眉を寄せる。

「……境内にも、キーホルダーぐらいあっただろう?」

 穂希は記憶を必死に手繰り寄せながらそう問いかける。

 お守りとかが販売されている、境内の中にある社務所では根付以外にもキーホルダーや置物なども販売されていたはずだ。最近ではその置物の中におみくじが入っているものが増えつつあるらしい。穂希は深く知らないものの、遠目に見た際におみくじだけでも数多くの種類が用意されており、見た目だけでもかなり華やかに思ったほどだ。飾られている絵馬ですら、種類は複数あるようで、最近は種類が多いんだなと穂希は暢気に思っていたものである。

 自分が購入しないから、余計にそう思っていたのだろうが。

 社務所も遠目に見て通るだけで、近くまで足を運んだことはなかった。今思えば、後学のためにも多少なりとも目を通しておけば良かったと痛感する。

 今度は神社に行った時に見てみるか、穂希がそう考えている中、月読命はおどおどと「それが……、」と切り出す。

 穂希も意識を戻した。じっと見ていれば、月読命は指をいじいじとしながら、ぼそぼそと零し始めた。

「……境内でなかなか目を通すこともできなくて。私は特に境内に入らないことが多いですから……」

「……は?」

 穂希はポカンと口を開けた。

 今、目の前にいる神様である男は何と言ったのだろうか。

 境内に入らない、そう聞こえた気がするが、気のせいだろうか。

 穂希は眉間をもみながら言葉を濁しつつ、再度問いかけることにする。

「いや、えっと……? 神様って、社を持っているものだろう? 境内に入らない、なんてことある、のか……?」

 まさか、社を持たない神様、とか……。

 穂希は神様に対してほとんど知識がない。基本的に知っている内容と言えば、創作物で名前が使われていることぐらいだろう。

 目の前にいる「月読命」ですら、創作物に出てきた名前だから知っているだけで、それ以外は何も知らない。何の神様だとか、どの地方で有名な神様なのだとか、まったくこれっぽっちも知らないのだ。

 予想していなかったが出会ってから数時間、その間では調べる暇もなく、結局彼がどんな神様であるのかもよくは分からない。

 だから、穂希が問いかけている内容も本当に合っているのかは知らなかった。「それは違う」と言われたなら、「そうか」と記憶すれば良いだけの話だが、結局のところ神様に関して何も知らない穂希からしたら彼のことは謎過ぎるのである。

 穂希が尋ねれば、月読命はこくんと頷いて。

「……境内、というのはなかなかに人が多いでしょう。ごくたまにいらっしゃるんです、人の中で私たちの姿を確認できるという人が」

「いや、私もなぜか見えているんだが、」

「それに、私はこうして外に飛び回っていることが多くて、ですね……」

「聞けよ。……まあ、良い。つまり、月読命が言いたいのは、社はあるけど、その中にいることがごくまれってことか……」

 穂希が口を挟んだことは軽く無視されてしまったが、解釈を口にすれば彼はまたこくんと頷いた。どうにも気まずそうである。

 内心呆れてしまうものの、それ以上言えばもしかしたらこの男の心が砕けてしまうかもしれない。そう考えた穂希はそれ以上何かを言うことをやめた。

 話を切り替えることにする。

「……話は戻すが、キーホルダーにしても問題はないんだな。根付だと取り外しがしにくい場合もある。キーホルダーはその点、取り外しはしやすいからな。可能なら、そのほうが個人的には良いと思う」

「穂希さんがそう考えるのであれば。私よりもそういったことには詳しいでしょうから」

 穂希は了承を得たと理解し頷く。そして、キーホルダーの金具を取り出す。もちろん、キーホルダーの金具も金だ。

 金具は基本的に色を統一するようにしている。個人的に作る時は、金具が不足している場合のみ金具の色がバラバラになることもあるが、それはごくまれだ。金具の色にも統一性があったほうが綺麗に見えるからだ。それに、相手に渡すことを考えれば、特に統一しておきたい。

「あとは、飾りだな」

 穂希はビーズを収納しているケースを手元に引き寄せる。そして、そのケースの蓋をゆっくりと持ち上げたのであった。




 Ⅱ


 蓋を開いた瞬間、月読命が高揚しながら顔を覗かせてくる。

「わあ、宝石がたくさんありますね……!」

「宝石じゃなくて、ビーズ、な。高価なものじゃなくて、安価なものだ」

「ビーズ……?」

「そこからか」

 穂希は月読命が首を傾げるのを眺めやり、頭を悩ませる。ビーズの説明なんてしたことがなかった。なんと説明して良いのかが分からない。

「なんて説明すれば良いんだろうな……。プラスチック……、なんていっても分かんねえよな。……昔の勾玉を簡易的に作ったって感じ、か……?」

 穂希は結局スマートフォンで調べてみた。

 ただ、調べたところでその説明が月読命に伝わるのかは理解できなかった。インターネット上では、「穴が開いた小さな飾り玉」、「数珠玉や何京玉とも呼ばれる」と記載があったが、穂希からしたらその説明のほうが疑問が生じてくる始末だ。

「……とりあえず、ほい」

 穂希は説明を諦め、悩んだ末にビーズの一つを手に取った。結晶をかたどったかのような水色の透明なビーズ。それを自身の手に乗せて月読命へと見せるように差し出した。

 月読命はしげしげとビーズを観察してから、ふわりと浮かせた。触れないと言っていたから、浮かせて近づけながら観察するつもりなのだろう。

 それを眺めながら、穂希はふと気が付く。

 ……そういやあ、触れないってことだったが、重さは分かるのか?

 穂希たちは手で持てばビーズがとても軽いことを理解する。それこそ、手まりにつける金具なんかもとても軽く、落とすと探すのに苦労するものだ。小さければ小さいだけ見つけにくくなる。重さがあれば多少は音がするから分かるものだが、軽いものほど音がしないのだ。軽いものはそういう時に困る。

 穂希は見ても納得しないかもしれない、と急に不安になってきていた。

 だが、その不安は杞憂に終わった。

 月読命はビーズをじっくりと眺めてから、驚きの表情を浮かべた。そして、感嘆の声を上げる。

「すごいですね……! こんなに軽くて、綺麗だなんて……! 現世(うつしよ)はなんとすごいものが集まっているのでしょうか……! とても楽しみで満ちている世界ですね」

 月読命は自分のことのように喜んでいた。ビーズにいまだに視線を注ぎながら、その世界に浸っている様子だった。

 穂希はそんな月読命を見ながら、もしかしてと一つの結論に至る。確信が持てないまま、その結論が合っているのか確認をするために口を開いた。

「月読命ってさ……。もしかして、かなりの人間好きなのか?」

「……え、」

 月読命がびしりと固まる。穂希の言葉に衝撃を受けているようだ。もしくは、予想外の言葉に思考が停止しているのかもしれなかった。

 穂希は気にすることなく、顎に手を添えながら「いや、」と言葉を零しつつさらに続けた。

「なんて言うのかな……。妙に人間のことについて嬉々とするなあと思って、さ。人間が作ったものにも興味を引くし、私がずっと作っている時も目を逸らすことなく覗き込んでいただろう。さっきの話、社にいないのも、人の願いを叶えようと動くのも、そういうことなら納得がいくと思、って……?」

 穂希は自分の考えを淡々と述べていたが、視線を月読命へと向けた瞬間、言葉が不自然に途切れてしまった。いや、言葉を紡げなくなったというほうが正しいだろうか。

 それは、月読命が和服の袖で口元を覆い隠しながら顔を真っ赤に染め上げていたからであった。

 今度は穂希が驚きで固まる中、月読命は「ああ」だの「うー」だの言葉を零していたが、やがてぼそりと小さな声で告げ始めた。

「そ、の……、確かに、人間のことは好き、です。私たちの世界にないものも多いですし、初めて見るものも多いです、から……」

 穂希はそれを聞きながら思う。

 ……聞けば聞くほど、箱入りお坊ちゃんなんだな、こいつ。

 穂希は内心呆れているものの、表情には出さないように努めた。

 月読命どころか、神様たちの世界がどうなっているのか、どこまで人間の世界と一緒でどこから違うのか、穂希には想像もつかない。神様の世界で何が普通なのかも謎であるのだ。穂希の感覚だけでは何とも言えないことは理解している。

 理解してはいるのだが、それにしてはこの男、何も知らなさすぎるのではないだろうか。そう思ってしまうのである。

 なるほど……。神様にも箱入りお坊ちゃんはいるということか。

 だいぶ失礼ないことを思いながらも、穂希の目の前ではいまだに何かを言おうとしている男がまごついていた。とりあえず、話に付き合うか、そう考えながら耳を傾けることにする。

 月読命はさらにぽつりぽつりと話し始めた。

「……それに、私には人間は強くて輝いているように見えるのです」

「……」

 穂希は複雑な感情を抱く。

 その間も、月読命の話は続いていた。

「発想力に溢れていて、自分の信念を持っていて、夢を抱いて、前に進んで……。新たなものを生み出そうと日々進んでいるその姿に、心を打たれるのです」

 ――そんな、綺麗なものじゃない。

 穂希は心の中で叫んでいた。月読命の言葉を力強く否定したくなっていた。思わず唇を噛みしめる。

 そんな……、そんな強い人間ばかりじゃない。私、だって……。

 月読命が述べる「人間」に、どれだけの人間が当てはまるのだろうか。この世にはたくさんの人間が生活しているが、そんなすごい人間ばかりじゃないだろう。

 確かに世界にはすごい人もいる。自分では考えられないようなことを成し遂げている人も存在している、そんなことは理解していた。

 穂希は何か特別な人間になりたくて。自信を持てるようになったのは、手まりと出会ってからだった。

 月読命のいう、「人間」になれたのなら、どれだけ良かっただろうか……。

 気落ちする自分を理解する。月読命の言葉に一瞬で奈落に落とされた気分だった。

 だが、次の言葉に、穂希は一瞬で我に返ることとなる。

「――穂希さんも、強くて優しい方ですから。私が見初められたのでしょうね」

 穂希はその言葉に、三拍間しっかり考え込んだ。目を見開いて固まり、月読命の言葉を何度も反芻して、時間をかけて理解すると大声を上げて抗議する。

「はああああああああああっ!? 何を言っているんだ、お前はっ!?」

「ええ、何でですかあっ!?」

「私のどこが強いというんだっ! そんなわけがないだろう!?」

 穂希は月読命に掴みかからんばかりの剣幕で詰め寄った。実際のところ、実体があるのかないのか微妙な月読命に掴みかかる気はまったくなかったが。

 穂希は内心で強く叫んでいた。

 私はそんなに強い人間じゃない、と。

 その中に紛れるようにして、「お前に私の何が分かるというんだ」という批判の気持ちもあって。その強い気持ちが、鋭い眼差しとなって月読命へと突き刺さる。

 穂希の心はぐちゃぐちゃとなっていた。落ち着かせたいのに、邪念を振り払いのに、何もかもが上手に取り払われてはくれない。

 ああ、もう少しで手まりが完成できるというのに……。

 穂希の心情が冷静でない中、複雑な感情が手まりに混じってしまうだろうと不安に思った。そして、このまま作ってはいけないことを悟る。

 別日に、もしくは時間を空けて完成させたほうが良いかもしれない……。

 このまま作って台無しにするぐらいなら、自分が落ち着いてから作ったほうが良い。そう考えた時、穂希は再度月読命の言葉で意識を引っ張られた。

「そう、でしょうか……。私は穂希さんは強いと思いますが……」

「何を、言って……」

「だって、私に強く言い返すことができるでしょう?」

 穂希はその言葉を聞いて、再度思考を停止する。

 何を言っているんだ、こいつは……。

 どう考えても「強い」の定義が違うだろう、そう考えたのもつかの間、月読命の言葉は続いた。

「それに、信念を持って、自身の考えを持って手まりに真摯に向き合っているではありませんか。相手のことを想い、真剣に考えて対応する……。それは強さと優しさを持っているという証拠ではありませんか?」

 月読命は言い切るとニコリと微笑んだ。

 穂希はポカンとする。どうやら、目の前の神様は何事も前向きに捉えるらしい。

 それにしても、と穂希は思う。

 ……意外と、相手のことを見ているんだな。

 またしても失礼なことを考えつつも、穂希は褒められたことを思い出して照れくささを感じた。

 自分では自分の良いところを見つけらないものの、相手はすんなりと自分の良いところを見つけてくれるのは何故なのだろう。

 人間も、神様も、それはどこか共通しているらしかった。

 ……こそばゆい。

 穂希はだんだんと顔が熱くなってきているのを理解した。右手で思わず顔を隠す。

「……穂希さん?」

 月読命が不思議に思ったのだろう、名前を呼んでくる中、穂希は小さく「何でもない」と返した。それから、当初の目的を果たすために気を取り直す。

 先ほどまで黒く濁っていた何かは、いつの間にかスッと消えていた。

 逆に、胸を満たしているのは、確かな温かさ。春の日差しを浴びているかのように、ぽかぽかと心地の良いものが存在している。

 ――これなら、大丈夫。

 穂希は確信を得ていた。

 今は負の感情は一切ない。温かく心地の良い気持ちだけだ。

 それは穂希の感情を前向きに押していた。背中を押してもらった時に似ているような気がした。

 作ろう、大事なお守りを。完成させよう、この手まりを。

 自己犠牲だとか、他人のためにだとか、そんな大層なことからではない。

 ただ、ただ穂希は目の前にある手まりを完成させたかった。

 最後まで、今の前向きな気持ちの状態で。

 それにである。

 ……この気持ちが相手にも伝わるかもしれない。この先に進んで良いと、前向きな気持ちを抱いてくれるかもしれない。

 誰かの前を向く姿は、時として自分にも大きな影響をもたらしてくれることがある。

 穂希が今前を剥こうとしている気持ちが、相手にも伝わったら嬉しいと思ったのだ。

 誰かの背中を押すきっかけになったとしたら、自分の自信にも繋がるのではないかと思ったのだ。

 だからこそ、穂希は今手まりを完成させたいと強く願う。

 視線を手まりと飾りに交互に注いだ。そして、桜の花びらをかたどったビーズへと視線を落とす。それを手にして、手まりに近づけて確認して。キーホルダーのイメージを固めていく。

 月読命はまた興味深そうに手元を覗き込んできた。

「可愛らしいですね、ちりめんのようです」

「ちりめん模様のビーズだな。手まりのイメージは和が強いと思うから、結構和を連想させる飾りを購入することが多い。あとは、好みで購入することが多いかな。もしくは、先に作りたいイメージがあれば、そのイメージで買うこともあるな」

「例えば、どんなものでしょうか?」

「例えば……? 行事ごと、とかか。ほら、ハロウィンとかクリスマス、とか? あとは季節もの、とかな」

 月読命は穂希の説明を聞きながら、「へー」と言葉を零す。どうやら、納得してくれたらしい。

 穂希はそれを確認すると、ビーズの選別に意識を戻した。一つ一つ眺めやり、その中からイメージに合いそうなものを手に取り、手まりと近づけて吟味する。

 そして、最初に手に取ったちりめん模様の桜のビーズと、シンプルな丸い白のビーズを一つずつ手にした。

 それから、ケースを片付け、吟味した飾りとそれをつけるために使用する九ピンや丸カンなどの金具を引き寄せて「よし、」と意気込む。

「完成させるぞ」

 穂希は決意を口にし、手まりと月読命から預かった針を手にするのであった。




 Ⅲ


「あの、手まりはまだ分かるとして、何故針を手にしたのですか?」

 月読命がおずおすと疑問を口にする。

 無理もない、針など不要のように思うのだろう。針を使う要素など、ないように見えるだろうから。

 だが、穂希からしたら針の存在は欠かせない。月読命の言葉に、「ああ、」と頷いてから手まりを手のひらに乗せて説明をする。

「今から()()に穴を開けるからな」

「手まりに、穴を、開ける……!?」

 月読命からしたら相当な衝撃だったらしい。敬語が外れているし、しかも雷をもろに食らったかのようなショックを受けた顔をしているのだ。そして、穂希をじっと見てくるが、その瞳には絶望を灯していた。

 穂希はやれやれと首を振る。

「何を想像しているのかは知らないが、手まりを壊すわけではないぞ」

 穂希が先に訂正したものの、月読命は納得がいかないようで「で、でもおー……っ!」と不服の声を上げた。おろおろとしているその姿が、穂希がしようとしていることに恐れをなしているからなのだろう。

 これは見せたほうが早いか。何を言っても、聞く耳持たないだろうしな……。

 そうと決めたら即行動。穂希は手にした針を迷いなく手まりへと差し込む。帯が巻いてある部分の中心、旧赤道めがけて中心に針を深々と貫通させたのだ。

「ああああああああっ!?」

 月読命の悲痛な声が部屋を満たすものの、穂希は気にせずに何度も手まりの同じか所を針で貫いた。貫通させては抜いて、また貫通させてを繰り返す。

 すでに製作途中で願いに針が当たらないことは確認済みだ。それに、月読命から預かった針ならさらに迷いなく使用することができる。

 ただし、月読命から預かった針でなければお守りとする手まりを貫通させることは叶わない。他の針では万が一のこともある。使用は避けたほうが良いだろう。

 ただ、作る側からしたら気にせずに針を貫通させられるというのはありがたい話だった。

 穂希は何度か針を貫通させると、一度針を針山に戻す。そして、今度はTピンを手にした。そして、その金色の金具を今度は手まりに突き刺す。今回はすんなりと通ってくれた。たまに金具が通らないことがあるため、そういう時は根気よく手まりに針を通して、金具を試してを繰り返さなくてはいけない。そうなると時間がかかるのだが、今回は時間短縮ができている。

 あまり何度も貫通させるのもな……。

 願いに傷がつかないことは理解したが、それでも貫通させる回数を減らせるのであればそれに越したことはない。無事だと理解していても、良心が痛むものは痛むのである。

 穂希は金具が通ったことを確認すると、今度はペンチを取り出した。そして、ある程度の長さを残した状態で、金具を切る。余分な部分が邪魔になるからだ。長すぎても良くないし、短すぎても良くない。加減が難しいが、何度も作っているとだんだんと分かってきた。

 穂希は残っている金具の端をペンチで摘まむと、手まりの上に円を描くかのように金具の輪を作った。

 そして、放心状態だった月読命を呼ぶ。

「ほら、できたぞ」

 穂希は月読命に手まりを見せた。手まりに金具を通したものが完成したのである。これでキーホルダーへと加工することができるようになった。

「……こ、この状態にするために、針が必要だった、というわけですか……?」

「そういうことだ。安心したか」

 穂希が尋ねれば、月読命は急に床にぺたんと座り込んだ。どうやら脱力したらしい。座り込んで、長いため息を吐き出している。

 穂希が驚いて目を丸くしていれば、月読命は気の抜けた表情で力なく告げた。

「よ、良かったですう……。せっかく作ったものを、壊すのではないかと、気が気でなくて……」

「誰がそんなことするか」

 穂希は肩を竦める。それから、桜のビーズやシンプルな白くて丸いビーズも加工できるように金具を手にする。ただ、桜のビーズは丸カンだけつければ良いので、丸いビーズにだけ九ピンを入れる。九ピンをつければ桜のビーズを下につけられる。それで飾りが完成するだろう。

 穂希は手を動かしながら説明を始める。

「手まりを綺麗な状態で加工するためにも、針は不可欠なんだ。これがないと綺麗な穴も開けられないしな。この形までしたらキーホルダーなり、簪なりに加工できるんだよ。もっとも、簪にする場合はもっと大きな穴を開ける場合もあるけどな。この加工をする場合は、簪の先に飾りとしてつける場合だな」

「こ、これ以上、大きな穴を……!」

「ああ、これを使う」

 穂希が取り出したのは、目打ちだった。

 月読命に見せれば、彼は魂が抜けたかのように脱力した。

「もっとも、お前の依頼の時は使わないけどな。さすがに中に入れた願いのことも気になるし。簪にすること自体が早々ないだろうけどな」

 穂希が先に述べれば、月読命は顔を青くした後、真っ赤にさせて。

「あ、当たり前ですっ‼」

 初めて穂希に対して強く言い返してきたのであった。




 Ⅳ


 穂希には丸カンでキーホルダーの金具と手まり、それからビーズを繋げて完成させる。それから、丸カンがぴったりと締まっていることを確認した。この丸カンがしっかりと締まっていないとせっかくの手まりやビーズがキーホルダーの金具から外れて落ちてしまうことがあるのだ。それだけは阻止しないといけない。それに、相手に不良品を渡すわけにもいかなかった。

 穂希は念入りに確認して問題ないと判断すると、月読命へと見せる。

「ほら、完成したぞ」

「うっ、わあああああ……!」

 月読命が瞳を輝かせて感嘆の声を上げる。ふわりと浮かせて、完成品を自分が貰ったかのように喜んで見つめた。つらつらと楽しそうに感想を述べている。

 穂希はそれを見ながらくすりと笑った。

「ご期待に添えたか?」

「想像以上です!」

 月読命が高揚しながら返答する。

 穂希は安堵しつつ、ゆっくりと肩を回した。手まりが小さく細かい作業になることから、背が丸くなり身体が強張るのだ。肩にもつい力が入ってしまっていたし、余計に動かしたくなっていた。

 肩を回しながら穂希は安堵の息を零す。

「それにしても良かった。作り直しは難しいだろうから余計にプレッシャーがかかっていたしな」

 穂希がそう告げれば、月読命は首を傾げて。

「? どうしてですか?」

 本気で尋ねてきた。

 穂希は「どうしてって……、」と言いながら、月読命へと返答する。

「そりゃあ願いは一つだけだし、中に入れたらどうにもならないだろう? 手まりを壊して取り出すわけにもいかないしなあ。それに、取り出している間に万が一のことがあっても困るし……」

 穂希がそう答えれば、月読命はキョトンとして。それから、あっけらかんと告げる。

「え、取り出すことはできますよ?」

「……は?」

 穂希は聞き間違いかと思った。ぴしりと固まり、月読命を見つめる。

 月読命は安心させるかのようにニコリと笑いながら、人差し指を立てて説明を始めた。

「何度だって取り出せますよ。穂希さんが取り出すことは難しいかもしれませんが、私なら可能ですので。作り直したいと仰っていただければ、私が対応いたしますよ」

 月読命はほわほわと暢気に告げる。

 それを見た穂希は身体をわなわなと震わせて――。


「……それを、早く言えっ‼」


 ――本日、一番大きな声で月読命を叱ったのであった。



 とにもかくにも、こうして穂希は第一号のお守りを完成させることに成功したのであった――。

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