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糸を紡ぐと願いになるのかもしれない  作者: 色彩和


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第三章 最初の依頼――イメージ

 Ⅰ


 穂希は月読命と向かい合って座った。地べたでお互い正座をしながら向かい合うという、なんとも言えない状況だった。だが、長い話になる、そう踏んで立ち話もなんだからと今さらながらに座ることにしたのであった。

 穂希は自身がしばらく席を立たなくても良いようにと、飲み物も事前に用意した。

 念のため、月読命にも必要かと問いかけたが、やはり飲めないのだという。人間の世界の飲食物は摂取不可能らしい。

 ということは、神様の世界の飲み物や食べ物は問題なく摂取できるということか……。

 穂希はふむと頷く。

 月読命がそう言うのであれば、いよいよこの目の前にいる見目麗しい男が神様であるということを信じなくてはいけないかもしれない。

 それを穂希は痛いほど理解した。

 月読命の話がどこまで信用できるのか、どこまで本当のことなのかは穂希には分からない。真実を知る術がどこにもないのだ。

 だが、どうにも月読命が嘘を言っているようには思えずにいた。

 というよりも、である。

 ……嘘がつけるタイプ、ではなさそうだからな。

 この数時間、それだけでもこの一点だけは確信が持てる、穂希はそう思っていた。

 ころころと変わる表情に、穂希の言葉に一喜一憂する姿、分かりやすすぎるほどに表現されてしまう態度……。どうにも隠しごとには向いていなさそうである。

 とりあえずは、信用しても問題はなさそうだな……。

 穂希は一つ自分の中で結論付けた。

 いつまでも怪しんでいては進めたい話も進まないし、何より今から願いについて話を聞かなくてはいけないのだ。

 願いを叶えるためのお守りとして、その依り代とする手まりを穂希が製作する。そして、その手まりは穂希のイメージが重要となってくるという。

 ならば、穂希が手まりを作る前にしっかりとイメージを固めておかなくてはいけない。

 しかも、使用する針はほかでもない月読命が与えたもの。普段、穂希が使用している手芸用の針とは違い、特別な力を宿した世界で唯一の針だ。穂希のイメージを具現化するサポートをしてくれる、世界で一本しかない針を穂希は使用しなくてはならない。

 つまり、だ。

 ……失敗は許されない。

 穂希はぐっと膝の上に乗せていた手を握り、拳を作ってしまう。震えている手を隠すかのように、震えを誤魔化すかのように力をぐっと込めていた。

 今まで、会社でも感じたことのないプレッシャーだ。気後れしそうになる……。

 それでも、一度引き受けた以上、穂希に辞退するつもりはなかった。

 ゆっくりと深呼吸する。バクバクと心臓がうるさい。

 心臓が口から飛び出るのではないか。

 心臓の音が月読命に聞こえてしまうのではないか。

 そんな突拍子もない不安に駆られた。

 深呼吸をして、頭をクリアにする。何度か繰り返していれば、バクバクとうるさかった心臓も多少落ち着いていた。

 それに、と穂希は頭の片隅で考える。

 何か特別になりたかった自分。

 自信を持ちたかった自分。

 気後れしそうになるものの、これはもしかしたら千載一遇のチャンスではないのか、と。

 誰かに自慢したいわけではない。

 世界に認めて欲しいわけでもない。

 ただ、自分のために、自分が自信を持てるきっかけとなるのではないか、と。

 不安や恐怖のほうがいまだ大きい。

 自分にそんな大役が務まるのかとも思う。

 それでも――。


 ――これを乗り越えた先に、私は一歩でも前へ進むことができるのではないか。


 それは、確かに期待だった。

 穂希の中で、ごく小さな光が灯っていた。

 ごく平凡な一年を、毎年何事もなく過ごせたらそれで良かった。

 大役を務めたいとも思ったことはなかった。

 それでも、月読命から話を聞いて、内心不安や恐怖に混じって、隠れるように期待が存在していた。

 少しだけ、ワクワクしている。作ったことのない手まりを、作れることに。私が、手がけられることに……。

 穂希は今まで自分が作りたいがために、手まりを作ってきた。自分の好む作り方、自分の好む色、自分の好む模様……。

 すべてが「自分基準」だった。

 だが、今回は違う。

 願いに沿ったイメージが必要となってくるのだ。

「自分基準」ではなく、「相手基準」。考え方も、作る時の注意点も、相手の好みですら違ってくる。

 それは、穂希にとって確かに新たな「挑戦」であった。

 ……我ながら意外とこの状況を楽しめているとはな。驚きだ。

 思わずクスリと笑ってしまった。

 呆れているような、喜んでいるような。

 自分のことだというのに、自分のことのように感じられなかった。

 否定から不安に、不安から期待に。

 この短時間で、穂希の心境は大きく変化していた。

 ……こんなこと、二度とないだろう。二度とない状況、あり得ない展開、奇跡のような依頼だ。やってやろうじゃないか。

 穂希は口元に笑みを讃える。ニヤリと笑ってしまいそうで、思わず口元に手を当てた。

 すると、月読命がぱちくりと目を瞬いて。

「……何だか、楽しんでいます? 穂希さん」

 不思議そうに尋ねてくるのを、穂希は口元に弧を描いたまま答える。

「さあな。良いから話を進めてくれよ。……というか、勝手に名前で呼ぶな」

「それこそ今さらではありませんか⁉」

 穂希の言葉に、月読命が泣きそうになりながらツッコミを入れる。

 穂希はその声を耳にしながらも、話に集中しておらず、今後の展開に淡い期待を寄せるのであった。




 Ⅱ


 何かと騒いでいた月読命だったが、ようやく本題に入ろうとする。

「えっと……、では先に。穂希さんとお呼びしても?」

「良いから先を話せって」

「ああ、人間でどうしてこうむ難しいんでしょうか……⁉」

 月読命が泣き言を告げる中、穂希はさっさと話を進めるために話を促そうとする。月読命の言葉は完全に無視だ。

 穂希が依然として態度を変えようとしないため、月読命は諦めたらしい。一つ咳ばらいをしたかと思ったら、ゆっくりと口を開いた。

「……穂希さんがお望みだったのは、願いの話、でしたね」

「ああ、手まりのイメージ作りのために、な」

「……少し、考えていたのですが。やはりすべてを話すのは気が引けるというもの。なので、大体のお話、ということになるかと思いますが、それで問題ありませんね?」

「ああ……って、それ、さっき私が言ったことじゃないか」

「念のための、確認、ですよ」

 ニコリと月読命は微笑みながら区切って強調しながら話す。

 穂希はそれを見て、内心うわっと思った。

 こいつ……、毎回その笑顔で押し切るつもりか……?

 綺麗な笑顔はこの数時間で幾度も見た。どうやら笑顔を上手に使ってきたらしい。

 今も目の前で世の女性を誑かしてきたであろう笑顔で、穂希に言い聞かせようとしてきている。

 穂希は少しばかり、いや、内心ドン引きであった。

 先に述べたように、穂希自身も他人の願いのすべてを知ろうとは思っていない。願った人の個人情報に当たるからだ。

 だが、手まりを作るためのイメージを固めるためには多少の情報が必要なのも紛れもない事実であった。

 そのため、月読命の判断のうえ、可能な限りで話を聞こうとしていたわけである。

 まあ、別に良いんだが、なんだか釈然としないな……。

 これが考えを横取りされる感覚か、そう思いつつ穂希はその考えをすぐに打ち消した。内心腹が立ちそうだったので、早々にこの感情を手放そうと思ったからである。いつまでも怒りの感情にとらわれていれば、結局自分が苦しむ。それを理解しているからこそ、無理やりにでも感情を手放そうと思ったわけであった。

 目の前にいる月読命は少し考える素振りをして。「そうですねえ……」とわざとらしく呟いてから告げた。

「……簡単に言うのであれば、祈願成就、と言ったところでしょうか」

「……は?」

 穂希は拍子抜けした。驚きを通り越して、間の抜けた声しか出てこなかった。

 何を当たり前のことを、そう思ってしまったのである。

 穂希が何と返せば良いだろうか、そう考えているところで察したらしい月読命が口を開く。

「大切なこと、なのですよ」

「……今のが、か?」

 穂希は怪訝な表情で月読命を見た。この男が何を言いたいのかいまだに理解できていない。何か意図がある、ということは理解したが、今の会話だけでは何も読み取れなかった。

 月読命は微笑む。そして、頷きながら肯定した。

「ええ。簡単に言うと、分類わけ、と言ったところでしょうか」

 穂希は首を傾げた。分類わけ、その言葉が分からないわけではない。ただ、何を分けたのかがよく分からなかったのである。

 月読命は綺麗な人差し指を立てる。

「穂希さんは、お守りにいくつかの種類があることはご存知でしょうか?」

「ああ、それぐらいなら」

 穂希がすぐに思い出すのは、合格祈願や厄除守などだ。学業成就や縁結び守などもあったと記憶している。

 ただ、ほとんど購入したことはないからほとんどのお守りについては知識がないようなものだった。

 月読命は満足そうに微笑む。

「結構です。ただ、今回は分類わけが難しい場合、なのですよ」

「そう、なのか……?」

「ええ。端的に言えば、自身の願いを叶えたい。ですが、無理だろうと諦めている場合なので」

 月読命は眉を下げた。悲しそうな表情をしている。

 それもそうか、と穂希は納得した。

 人間でも信用されなかったり、怪しまれたりすれば悲しくもなる。目の前にいる神様のこの男も同じだろう。

 今さらながらに変な感じだ、と次いで思った。

 何故なら、信仰対象である神様と進行する側の人間が同じ空間で向かい合って話をしているのだから。

 しかも、話を聞く限り、どうも人間と似ているところが多く思える……。

 他の神様を見たことがないし、何なら神様を見るのが初めてだ。神様に対してどころか神様に関する知識なんてほとんどなかった。神様自体のことについてもよく分からない。

 だが、この男――月読命とは、神様と人間という関係でも、歩み寄れるのかもしれない。

 穂希は徐々にそう思えてきていた。

「……穂希さん?」

 その言葉にハッと我に返った。

 穂希が思案して動きが固まっていたからだろう。

 視線を上に向ければ、月読命が不思議そうにどこか心配するように顔を覗き込んでいた。

 そこまで気にすることないのに……。

 穂希はクスリと笑ってしまう。どうやら、神様である彼のほうが人に気を遣い、人に優しいらしい。

 すぐに首を横に振った。

「……何もない。続けてくれ」

「そうですか? では」

 月読命はどこか納得していないようだったが、それでも話を続けてくれていた。

 穂希の意思を尊重してくれたのかもしれなかった。

 穂希は内心安堵しつつ、月読命の言葉に耳を傾ける。

「分類がしやすい話であれば、簡単なのです。例えば、仕事や学業のこと、家族のこと、縁を結びたいなどであればそれに関するお守りがこの世に存在していますから」

 月読命の言葉に、穂希は頭を働かせて。

「えっと……。そうなると、学業成就、家内安全、縁結び……ってところか」

 穂希は朧げな記憶を手繰り寄せる。そして、月読命の例えに当てはまるお守りの分類を述べてみた。

 その答えに月読命は満足したらしい、何度か拍手をして告げる。

「お見事です。それだけの知識があればこちらとしては十分です」

「軽いな……」

 穂希は呆ける。ほとんどたいした記憶もなかったというのに、これだけで十分と言われるとは思わなかったのである。

 何だか拍子抜けである。

 だが、月読命は真剣な表情で伝えた。

「何を言いますか! 種類が答えられるだけで十分でしょう。お守りの種類が分かっているか、分かっていないかは大きな違いなのです」

「……そうか」

 穂希はそれ以上何も言えなかった。

 月読命は説明を続ける。

「なので、今回は祈願成就、という分類が一番当てはまると考えたわけです。まあ、絵馬に願いごとを書いて奉納する、といった感覚でしょうか」

「なるほど……。しかし、分類わけって意外と難しいんだな」

 穂希の素直な感想だった。

 というか……。

 穂希はちらりと月読命を見て。

 神様が願いの分類わけができないって、問題ではないのか……?

 思っていても口には出さなかった。なんだか面倒なことになりそうだったからである。

 穂希は別のことを口にする。

「……それで、叶えたいっていうことは伝えて大丈夫なことなのか?」

「……夢が、あるようです」

 月読命の言葉に、穂希は目を瞬く。どうやら、伝えられる範囲はだいぶ限られているらしい。

 だが、月読命の言葉はまだ続いた。

「将来の夢、ですね。叶えたくて仕方がないようです。ただ、その夢を叶えることも一筋縄ではいかないということ」

「……そう、だろうな」

 穂希は夢を叶えることが安易ではないだろうと想像する。それと同時に、思い出すのは。

 私は、何を夢見ていたんだろうか……。

 穂希が子どものころに思い描いていた夢は、もう忘れてしまっていた。大学を出た後も、自分が本当に何がしたいのかは分からず、漠然と就職してしまっていた。

 何がしたかったのか。

 どうしたかったのか。

 何を目指したかったのか――。

 何も分からないまま、今に至る。

 だからなのかもしれないな、私が「何か」になりたいと思ったのは……。

 唐突に、夢を叶えたいと、そう思っている相手を羨ましいと感じた。

 穂希はその思いを打ち消しつつ、話に集中するため月読命へと問いかけた。

「何に夢見ている、ということまでは難しいよな」

「そうですね。ですが、その夢を志している人はたくさんいらっしゃるようです。競争率、というものに該当するのかは微妙なところですが」

「志願者が多いってことか……」

 穂希はふむと頷く。

 叶えたい夢があって、それでも志願者が多くて諦めてしまう。諦めるということは資格を所持していることや大学を卒業したからどうにかなるというわけではないのだろう。その夢はどこに該当するのだろう、職業なのか、趣味の範疇なのか……。それを生業として金銭を稼ごうとするのなら職業になるが、私と同様で金銭目的ではないとなればプライベートで楽しむためにやりたいこととなるが……。

 もはやここからは推理だ。月読命が話せる範囲は少なそうである。

 毎回この状態だと考えれば、穂希のイメージにすべてがかかってくるようなものだ。

 だが、今回それを知ることができたなら次がある場合まだ心の準備は幾分かできる。

 あとは……。

 穂希はしばらく黙り込んでいたが、月読命に向き直った。

「……一応聞くが、相手は男性か? もしくは女性か?」

「おや、意外にも踏み込んできますね」

 月読命は心底意外とばかりに告げる。

 穂希は「そりゃあな」と返した。

「性別で差別するというわけではないが、男性と女性では好む色やデザインも変わってくるだろう。それに、渡すことを考えるとそれぐらいは知っておきたい。せっかく作るんだ、相手が気に入るもののほうが良いだろうし」

「なるほど。……女性の方、ですよ」

 月読命はそれ以上語るつもりはなさそうであった。

 穂希はまた黙り込む。すべての情報を踏まえて考えることにしたのであった。

「……もう一つ、聞いても良いか」

「……答えられることであれば」

 これは腹の探り合いのようだな。

 穂希は月読命へと視線を向ける。目の前の男は表情が分かりやすいものの、本当に伝えたくないことを隠すのは上手なようだ。表情からは何も読み取れなかった。

 さすがに神様というだけあって、願いに関することは隠すのが上手いらしいな。

 穂希は心にそれを書き留めておき、別のことを口にする。

「……その女性は私に近い性格か。それとも、可愛らしいものを好む感じか」

 穂希は目を細める。

 月読命は意外そうで。

「……そういうことを気にする方だったんですか?」

「つくづく失礼な奴だな。……そうではない、別にこれも差別だとかそういうものではないが。女性でも考え方が全然違ってくるだろう。例えば、可愛いものが好きな人、シンプルなものを好む人、綺麗なものに目がない人……、逆に可愛いものが苦手な人だっている。そういうのも考慮できるならそうしたほうが良いだろうが」

 月読命は「なるほど」と呟く。そして、うーんと考えてから。

「……この答えが正しいのかは分かりませんが、可愛らしいものを好むかと」

「上等」

 穂希はニヤリと笑う。だいぶ興が乗ってきた。

 適当な紙とペンを取り出し、情報を書き出す。頭の中で考えるのには限界がある。書き出して何度も情報を取り入れてイメージを固めたほうが良いと考えたからであった。

 穂希はしばらく黙り込んだ。考えをまとめるためだった。

 月読命が興味深そうに覗き込んでくるが、それは無視を貫いた。今は一人の時間が必要だった。

 穂希は自分で書き出した情報に何度も目を通す。読み込んで、反芻して、そして結論を見つけたのであった。




 Ⅲ


「……桜、」

「え?」

 穂希が小さく呟いた言葉を、月読命は聞き逃さなかった。

 穂希は月読命へと視線を向けて続ける。

「桜ってさ、満開な季節が基本的にめでたい時期と被るだろう。ほら、卒業式とか入学式とか、入社式とかもそうか……」

「確かにそうですね」

 最近は桜が咲く季節にズレが生じることもある。だが、基本的に桜の開花は三月下旬頃。卒業式に咲いていることもあるし、開花が早いと入学式前には散ってしまっていることもあるらしい。

 それでも、穂希の中で桜はめでたいイメージが強かったのである。

「咲き誇っているっていうのが良いんだよなあ。祝われているって感じがするんだよ」

「なるほど、穂希さんの中ではそういうイメージがあるんですね」

 月読命は穂希の話を聞きながら相槌を打っている。

 穂希はその様子を見ていて、多少不安になった。自身のスマートフォンへと手を伸ばし、おもむろに「桜 イメージ」と打ち込んで検索をかけてみる。

 月読命はそれを見て不思議そうに穂希の手元を覗き込んできた。

「何を見ているのですか?」

 穂希はそれにああと納得する。

 神様からしたらスマートフォンは見慣れないのかもなあ……。

 真実は分からないが、穂希は月読命に説明をした。

「いや、念のため世間一般の認識と自分の認識がズレてないか調べておこうかと思ってな」

「慎重ですね」

「そりゃあな」

 月読命の言葉を肯定してから、視線をスマートフォンの画面に落とす。検索結果が並ぶ中、穂希は注意深く視線を走らせた。

 すると、画面には「春の訪れ、始まり」などが記載されていた。入学式や新生活などの新しい始まりの季節を告げる存在とイメージするらしい。あとは、儚さを感じることや喜びなどの場としてお花見を始めとする宴会を思い浮かべると記載があった。

 穂希はふむと頷く。

 どうやら、私のイメージとは少し違うようだな……。

 穂希は表示された内容を読みながらそう思った。

 かけ離れていたわけではないが、認識が違う。

 落胆したわけではない。否定されたとも思わなかった。

 だが、不安になる。

 このまま、穂希が思ったイメージのまま、手まりを製作しても良いものだろうか、と。

 穂希の中に迷いが生じた。この迷ったままの状態で手まりを製作すれば、手まりにも、そして最終の形となる「お守り」にも影響が出るかもしれない。

 私の迷いでそんなことになっては相手にも申し訳ない。月読命にも面目が立たなくなる。それだけは絶対に避けないと……。

 穂希は一つ息を吐き出してから、視線を月読命へと移した。そして、静かに問いかける。

「……なあ、月読命はどう思う」

 すると、月読命は静かに答えた。

「穂希さんのイメージで」

 それを聞いて、穂希はすぐに言い返す。

「真面目に聞け」

 すると、月読命はぱちくりと目を瞬いてから口を閉ざした。聞く姿勢を貫く月読命に、穂希は言葉を紡ぐ。

「……検索したイメージと、私のイメージが違った、それは紛れもない事実だ。私が思っているイメージと、世間一般のイメージは違うのかもしれない。だが――」

 穂希はしっかりと月読命に向き直った。そして、真剣な瞳で語る。

 自分の意思を、伝えるためだった。

「相手の女性が、自ら諦めたことを自ら乗り越えて、『新たな人生の幕開け』を指標とするためにも、手まりの題材を桜にしたいと、私は思っている。……どう、だろうか?」

 穂希の言葉に、月読命は目を見開いた。だが、それも一瞬のことで目を閉じて口元に弧を描いていた。

 なんと、言われるのだろうか……?

 穂希は不安になる。誰かに許可を貰うといったことは、やはり緊張する。仕事場でもよくあることではあるが、それとはまた違った緊張感が走っていた。

 上司と部下、という立場ではないからかもしれない。

 まあ、今のほうが立場的には上を相手にしているようなものなのだろうが……。

 神様に許可を貰う、なんて本来恐れ多いことだ。

 だが、穂希に依頼を持ってきたのは、目の前にいる神様である月読命だ。

 彼の許可が必要になってくる。ましてや、穂希のイメージが大切だと言われてはなおさらだ。イメージがズレているのならば、製作する前に止めて欲しいと思っていた。

 すると、月読命は静かに告げた。あまりに小さな声で、穂希は聞き逃してしまった。

「……あなたに、任せて良かった」

「……月読命?」

「いいえ、失礼しました。……そのイメージでお願いできますか? 私も、そのイメージはとても解釈に合っていると思っておりますので」

「……っ! そうか」

 穂希はホッとした。

 誰かに頷いて肯定して貰えることが、なんと心強いことか。

 安堵した心を落ち着かせ、「よし」と穂希は意気込む。

 ようやく、これで次の段階に入ることができそうであった。




 IV


「さて、」と穂希は意気込んで立ち上がる。紙とペンはそのままに、棚へと足を伸ばした。

「ようやく手まりを製作するのですね」

 月読命がワクワクとした様子で高らかに告げる中、穂希は眉を寄せた。足を止めて振り返り、月読命に静かに告げる。

「まだ針は使わないぞ」

「え、そうなのですか!?」

 月読命が大声を上げる中、穂希はいたって冷静で。

「何言っているんだよ、まだイメージが固まりつつあるだけだろうが」

 穂希は一つため息をついて、それから肩をすくめる。

 そんな様子の彼女を見て、月読命は「え? え?」と困惑しているようであった。

 穂希は止めていた足を再度動かし、棚へと手を伸ばす。そして、仕事道具を箱ごと取り出した。

 仕事道具と言っても、穂希の職に関する道具ではない。

 ここで指す仕事道具とは、手まりを製作するための道具を意味していた。

 穂希は箱を机に置くと、蓋をゆっくりと開ける。

 月読命も一緒に覗き込むその中には、多種多様な糸が綺麗に並べて陳列されていた。ミシン糸や刺繍糸を始めとした、数々の糸たちが、今か今かと首を長くして待っている。自分が使われるためにと、輝きを放ってアピールをしているようであった。

 穂希はその糸たちを見つめながら、腕まくりをする。

 そして、月読命へと首を動かした。目の前の神様は何事かと目を瞬いている。

 そんな彼に向かって、穂希はニヤリと笑ってやった。

 本当に何も知らないらしいな。これからどう思うのか、ある意味楽しみだ。

 少しばかり意地の悪いことを考えながら、穂希は楽しそうに告げる。

「さて、まだ先は長いぞ、月読命。ここからが本番だ」

 穂希は糸たちを選別するために、箱の中へと手を伸ばしたのであった。

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