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第9話◆DEATH=MARKING

『もしもし。ユイちゃん、ごめんね。本当は面と向かって言うべきなんだろうけど、ちょっと今、疲れちゃってるんだ。だから留守電入れるね。

 今日からしばらく、学校に行けない。だから一緒に登校することもできないんだ。

 ね。ユイちゃん。多分ユイちゃんは優しいから、自分のせいだって思うだろうけど、それは違うからね。

 いじめに巻き込まれたのは、わたしのせいだから。わたしがポンコツでね、巻き込まれたんだ。だからユイちゃんのせいじゃない。

 それにね、昨日のユイちゃん、とってもカッコよかったよ。まるで……ヒーローみたいだった。

 すっごく……カッコよかった。

 じゃあ、また会おうね。ユイちゃん。ごめんね』──ガチャン。


 ウイ…………。

 ……くよくよしてちゃダメだ。

 このまま私が地獄に連れて行かれたら、ウイはどうなる。

 これ以上ウイを傷つけるのか?

 ダメ。それはダメだ。


 必ず死ニ噛ミとしての仕事を果たしてみせる──!!


◆──◆──◆


「で、あんたが千年地獄にぶち込まれるまで、残り4日なわけだけど」


 マヒロさんから教えてもらったマキさんのロイン(連絡先)は、こちらが何を送っても既読がつかなかった。


 深夜の学校にレドルの能力で忍び込み、マキさんの家電を見つけるも繋がらず。住所を控えて即脱出。


 12月13日。マキさんが死んでしまうまで、今日を含めて残り4日。


 夕焼け小焼けの焼き芋日和。心を焼かれるような焦燥感を抱えて、マキさんの家に突撃する私とレドルだった。


 ピンポーン。


 山岡団地の三階。

 無機質な鉄製の扉。

 インターホンをじっと見つめて数秒後。


『はい……』


 どうも幼い、そして弱気な男の子の返事。確か、マキさんの9歳下の弟の、篠原ナルくんだっけ。


「あ、こんにちは。マキちゃんのお友達なんだけど」


 一週間前の私が今の私を見たら卒倒するだろうな。いじめられていた女の子の家に友達を偽ってインターホン押してるんだから。


『あ……。お姉ちゃんは、ちょっと用事があって……いないので』


「そ、そうなんだ。えーと、その用事が終わるまで……家で待ってるとかは、ダメかな」


『あ……。でもお姉ちゃん、いつも夜遅くに帰ってくるので……』


 むむ。これはまずいぞ。正直今の私には時間が惜しい。ただでさえ死に方を変える、だなんて無茶振りをふっかけられているのに、正攻法で正座をする余裕は無い。


 ──と。レドルが割って入って、


「ごめんごめん今の今まで喋ってたお姉ちゃんちょっと頭悪くて記憶飛んでたのー☆ ワタシたちね、てみ……キミのお姉ちゃんから頼まれて、ここに来たんだよ」


『お姉ちゃんの、頼み?』


「そーぉ。夜まで小さな弟を一人にするのは、いい加減心配だから、ワタシたちは留守番を頼まれたってワケ。だからいれてくれる?」


『え、でもお姉ちゃんそんなこと言ってたっけ……』


「おっぱい見せたげるよ☆」


「はァ!?」──と叫ぶ私の足の甲にレドルの踵が突き刺さ「ぐぎ」る。


『え……。あ……』


「おっきいよ」

「分かりました」


 プツン、とインターホンが切れる音がして、少ししてから鍵の開く音がした。ゆっくりと開いた扉の隙間から、ひょっこりと顔を出す、小さな少年。


「ど、どうぞ……」


 私のお父さんとお母さんが見ていたら卒倒するだろうな。愛する娘は小さい男の子を胸で釣って騙してます……。


◆──◆──◆


 運命力。それはこの世の〝起こり〟と共に仕組まれた、絶対のプログラム。万物の生と死の筋書きが全て記された、所謂この世界のシナリオ。


 常世の管理人、閻魔大王は、このシナリオを読むことができる。


 万物の中でも、知能だけではなく、感情という機能を有した曖昧な種族〝人間〟は、時々シナリオとは違った結末を目指してしまうことがある。


 プログラムにはバグが起きて当然。故に、管理人に分かりやすいように、シナリオに付けられた、不可解なバツ印。


 誤りの聖数(デス・マーキング)


 バグの発生が見つかれば、閻魔大王直属の部下、書記官。さらに閻魔大王に仕える眷属、最後に悪魔達へと通達され、死ニ噛ミが活動を始める。


 私たち死ニ噛ミは、バグにより、異なる死が確定されてしまっている人間のプロフィールを教えてもらうことができる。


 年齢、身長、出身、家族構成などなど。決まっていた死に方と、間違った死に方について。あとなぜか最後に自慰行為をした日付まで。


 ただ、あくまでその人間のプロフィールだけで、連絡先だとかネットの裏垢だとかは教えてもらえない。


 4日後に死ぬ篠原マキさんの、本当の死因は『交通事故』。しかし、バグにより『自殺』になってしまっているという。


 私は篠原マキさんの自殺を止めなければならないわけだ。


「お姉さんたちは、学校のお友達、なんですか?」

「あ、うん。高校入ってからの、ね。私の名前はユイ。この子は、レドル」

「そ、そうですか。ところであの……」

「ん?」

「おっぱいは……」

「あ」

「はーいこのユイお姉ちゃんが見せてくれまーす☆」


 そう言うなり私のブレザーに手をかけるレドル。


「最ッ低……自分のデカ乳見せればいいでしょ!?」

「テミャアだってつい最近ビッグバン起こしたんだから、そこの小学生にエグい性癖叩き込んであげなさいよネ!」


 掴みかかるレドルを引っ剥がし、頭を地面におさえつけて、


「って、て、ていう風にね、おっぱい見せるとか言って変な不審者が家に入り込んでくるかもしれないっていうことを教えておいて、ってマキちゃんに言われていたの。分かってくれた?」


 ぎこちなく口角を上げて、にへら、と笑ってみせる。さぁ、ピエロのショータイムだ。


「じゃあおっぱいは……」

「現実はね、そんなに甘くないんだよ」

「はぁ……よく分かりました」


◆──◆──◆


 2DKの少々狭い団地の一室。篠原家のリビング。木製のまんまる机に、コップが3つ。私とレドルのために、ナルくんが麦茶を入れてくれた。7歳だというのにしっかりした子だ。


 篠原家は4人家族だ。ナルくん曰く、父親は起業に失敗し、借金を背負ったまま自殺してしまったそうだ。残された二人の兄妹のために、母親は仕事に出ずっぱり。なかなか家に帰ってくることはない……けど家族を支えていくにはお金が足りないそうで、姉、マキさんもアルバイトをしているらしい。


「学校の人に言いふらしたら、だめだよ」

「そんなことしないよ。友達だもの」


 藤高は県立高校だが、バイトは基本的に禁止されている。家庭の事情があれば許可されることもあると聞いたけど……マキさんは学校に相談していないのかな。


 篠原家にテレビやテレビゲームの類もなく、ナルくんは中古で買ってもらったというスマホで遊んでいた。


 小学校には通っているものの、貧乏だ、といじめられてからは、誰とも遊ばずにすぐに帰ってくるそうだ。


「ターゲットが帰ってくるまで暇じゃない。あんた……なんとかしなさいよ」


 ひそひそ、とナルくんに聞こえないように話す。


「そう言われても……。ぶっちゃけ私も同じタイプだし……」


 親が家を空けているところとか、いじめられて一人なところとか、シンパシーを感じる。けど、ナルくんにはお姉ちゃんがいて、一人ではない。……でも、そのお姉ちゃんはあと4日後に死ぬことが決まっている。


 なんだか精神がおかしくなりそうだ。ただでさえスマホの画面ににらめっこしている一人ぼっちの少年が、本当に一人ぼっちになってしまう。姉が死んだら母親が面倒を見てくれるようになる……?


『はぁ……。交通事故とか阿呆らしい。お人好しにもバチは当たるものね。可哀想に』


 思い出したくない、私の記憶。親戚のおばさんの、あの笑顔。そうだ。血の繋がった人間が優しいだなんて保証はない。ココはそんな世界なんだ。


「じゃ……さっそくアレ、使ってみようか。マキさんのことも分かるかもしれないし」

「いいけど。テミャア、ちゃんと使いこなせるわけ? あのクソ教師は散々だったって言ってたケド」

「いけるよ」


 確証はない。もし使い方を誤れば、私の精神は本当の意味で壊れるだろう。

 でも、いい。半魔に堕ちた時点で、破滅衝動のブレーキはとっくに壊れてしまっている。

 それよりもまずは、目の前の男の子を助けたい。


「ね、なにしてるの。ワタクシちゃんにも見せてよ」


 ナルくんの注意を引くために、レドルが彼にくっつく。彼女の大罪が彼の腕に当たっているが、そこはまぁ、サービスということで。


「あ、私、お手洗い借りるね」

「え、うん。玄関のすぐ横にあるよ」

「ありがとう」


 ナルくんの後ろに回り込む。


「ふぅ──」


 右腕に力を込める。ぎちり、と腕の中の筋肉でも血管でもないナニかの管が軋む音。

 右腕が誰かに掴まれたような感覚に陥ったその刹那──異能の芽を摘み上げる。




 それは──〝異常〟の体現だ。




 この世に存在する物質のどれもに類されない黒の塊。


 窓から差し込む、沈みかけの夕日がスポットライトとなって照らすと、鋼のような輝きが見えるものの……何処か忌々しい。


 人間が概念として捉える、死や呪いというものを煮詰めてカタチにした、という表現が適切に思える、巨大な殺人武装。


 全長約2メートル、刀身部分のみでも1メートルの凶器。


 異能の鎌(アトリビュート)


 現世と常世を繋ぐ、虚構の武器は、たしかに私の手に。


◢◢◢


『鎌……?』

『あぁ。名を〝異能の鎌〟という。悪魔の特権だよ』


 何も手にしていなかったはずなのに、突如として伊藤先生の手に出現した、巨大な鎌。


 地面に突き立てられた巨大な鎌は、2メートルほどの大きさで、見た目は歪だけど……どこか、見惚れてしまう美しさだった。


『まず誤解を解いておこう。この鎌は普通の人間には見えない。常世に属する者にしか見えない。そして、この鎌に殺傷能力は無い。一般人、悪魔問わず、これで斬りかかっても、殴ろうとしても、すり抜けるだけだ』

『は、はぁ……』

『ほら』


 ブゥン、と空気も音も切り裂いて、光の速さで私の首に到達する鎌の刃。私は声を上げることもできずに、首と胴体が切り離され──ることはなかった。


『ほ、ほんとだ…………』

『つまり、この鎌は見た目だけのハリボテだ。本来の用途は別にある。名前の通り、異能力だ』


 異能力。

 アニメや漫画でよく見る、アレ。


『時間が無いから、原理については割愛するが、兎も角、悪魔には特殊な能力が使えて、能力を使用するために、常世と繋がる必要がある。その繋がるための道具が、コレというわけだ』


 伊藤先生はもう一度鎌を振り回してから、地面に突き立てた。


『習うより慣れろ。早速、出してみたまえ』

『私に……? や、やり方とか、分かりませんよ、そんなの』

『ただ望むだけだ。腕に力を込めて、ただ、欲しいと願うだけで、君の異能は開花する。ほら』


 まったくもってよく分からないけど、言われた通り、ただ目を瞑って、念じてみる。先生が手にしていたような、巨大な鎌。……そういえばあの時も、暗くてよく見えなかったけど、レドルが手にしていたっけ。


 お願い、出てきて──!


◤◤◤


「…………」


 呼吸を整える。別に体力を消費するわけでも、精神を削る作業でもない。ただ、そのあまりの恐ろしさと迫力に、呑まれそうになるだけ。


 使うのは2度目なのに、驚くほど手に馴染む。鎌の大きさはみんな平均して2メートルだけど、形状や重量は使用者によって異なるらしい。


 軽すぎず、重すぎない。もし、これに殺傷能力があったら、好奇心で誰かを──いや、雑念はいらない。


 ここからが本番。


「『超超心理眼ギガント・ローディング』」


 半魔になった瞬間に、頭に叩き込まれた、能力の名前と使い方。


 私の、能力。


 紅く灯る両のまなこは、然とナルくんを捉えている。


 私の、能力。


 ゴシュー、という排気音。異能の鎌が正常に稼働している証。


 私の、能力。






 私は、彼の過去を直視する──!




    ド   ォォ  ン。


 花火の散る音。すぐ近く。いや真正面。全身がふわりと浮いて、そのまま地面に還ることなく空に連れて行かれてしまうような、衝撃。


〝─あなた達なんて生まなきゃ良かったわ─〟


〝─殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる─〟


〝─大丈夫。お姉ちゃんが、守ってあげるからね─〟


〝─お前いつもボロボロの服だよな。まじビンボーくせ─〟


〝─ははっ。あたしも母さんと一緒だ─〟


※※※※※※※※※※※※※※※※


「げ──ぉぁ」


 そうして。私は自分の吐瀉物に溺れるのでした。






「あー、びっくりびっくり。質問したいことしかないんだけどさ。まず聞くね。なんであんたらが人ん家にいて、ゲボ吐いてんの?」


「お姉ちゃん……今日は、帰って来るの……早いね」

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